OL、再会する

 ミヤビを乗せた馬車はステファンの待つ公爵家へ向かう。未だ酔いが醒め切らずご機嫌のミヤビは、鼻歌交じりに馬車から見える帝都の街並みを見てはセルジオに説明を求める。

「ねえねえ、あれは何?」

「あれは帝都の教会本部でございます」


「じゃあ、あれは?」

「あれは特に何というわけではない商人の家かと…」

 見るもの何でも興味を持つ子供の様にご機嫌なミヤビに、セルジオはひたすら説明を続ける。馬車は公爵家の用意したものにふさわしく、全く揺れず音も静かにすべるように帝都を駆け抜ける。皇帝の居城に向かって進む馬車、公爵家ともなればそのすぐそばに館が与えられるのだ。やがて馬車は速度を落とし、目的地に着いたことを告げる。



「到着いたしました、ミヤビ様。お手をどうぞ」

 セルジオは馬車が止まるとすぐに馬車を降り、ミヤビの下車をエスコートする。


「うわっ! お姫様みたいね」

 相変わらずご機嫌のミヤビはセルジオの手を取り跳ねるように馬車を降りる。その様子は子供のように楽しそうに見え、そばに控えていた公爵家の使用人たちも目を綻ばす。


 セルジオの案内ですぐに中に通され奥まった部屋まで行くと、ソファにステファンが座っていた。だがその恰好はこれまでの冒険者風のものでは無く、貴族のようなひらひらのいでたちである。

「ぷっ、何その恰好! 悪いものでも拾い食いしたの?」

 当然ミヤビがその姿を見逃すわけも無く、挨拶も無くいきなり指をさして大笑いする。


「久々に会うなりそれかよ! はあ、だからこの格好は嫌なんだよ。俺だって好きでこんな格好してるわけじゃないからな」

 目の前で腹を抱えて笑うミヤビに、少しすねながら言い訳がましく語るステファン。


「一応公爵家の嫡男でございますから。帝都にいる間ぐらいは貴族らしい格好をしていただかねば」

「へえ、ステファンって公爵家の長男だったんだね。人は見かけによらないってよく言ったものよね」


「それ絶対褒めてないだろ、普通公爵家の長男を前にしたら畏まりぐらいはするぞ」

「だってステファンだし、今更でしょ? ぷっ、その恰好で真面目な顔しないで、ぷぷっ、面白過ぎる…、ぷっ」

 セルジオとミヤビの言い分に反論するが、真面目な顔を逆に大笑いされさらにステファンは拗ねる。


「もういい、それよりも状況の把握と共有だ」

「あ、話を変えたわね」


「うるせぇ、もう勘弁してくれ」

 ようやく本題に入ることが出来、セルジオがお茶を用意して話し合いが始まる。とはいえドルアーノの街を出るときに想定していた状況とは大きく異なる今、それをミヤビに話しても意味はない。セルジオからミヤビと出会ったあたりからの状況を説明されると、

「で、早速無の貴族共に目を付けられてひと暴れしてたってことか」

「正当防衛よ、正当防衛。こんなか弱い女性にむさい男が50人ぐらいも群がってくるのよ、酷いと思わない? だからちょっと温めてあげただけよ、うん」


「温めただけで50人もやっちまったのか? どういうことだ?」

「ふふん、仕方がないから教えてあげよう! 人って高熱が出ると死んじゃうでしょ? だから中からちょっとだけ温めてあげたの」

 相変わらずご機嫌なまま、わりと残酷な事を笑顔で説明するミヤビにステファンたちは少し引いているが、全く気付かずにミヤビは説明を続ける。


「えーっとね、燃やすと臭いでしょ。出来るだけ迷惑にならないように考えた私って偉いわよねぇ」

「あ、ああそういう考え方も出来るかもな」


「なによお、ステファンも温めちゃうぞ」

「わ、悪かったからこっちを指差すな」


「ふふふ、仕方ない。許してあげよー」

「ってか、どれだけ飲んだんだ? ちょっとやばいぞ今日のミヤビは」


「わかんなーい、セルジオさんの取ってくれた部屋に一杯お酒があったから、どれだけ飲んだんだろうね?」

「知るかっ、まあミヤビが無事なのがわかっただけでもういいや」


「えへへ、心配してくれてたんだぁ」

「そりゃあな、ミヤビに下手にちょっかいを掛けたら帝都が滅ぶからな」


「いいじゃん、もう帝国なんか滅ぼしちゃえば。なんか面倒くさくなってきちゃった」

「どうした? ミヤビらしくないな」


「何それぇ、私だって悩みぐらいあるんだからね! やっぱりもうみんな吹き飛ばしちゃおー!」

「飲み過ぎだろ…、その様子じゃ今日はゆっくり寝た方がいい。また迎えを出すからその時はしらふで頼む」


「どうだろ? 前向きに検討してみてあげよう」

「ああもう分かったから今日はゆっくり休め」


「なによ人を呼びつけといて。お土産のひとつも寄こせー」

「はあ。セルジオ、悪いが頼めるか?」

 移動したことでさらに酔いが回ったのか、ミヤビはただの酔っぱらいと化したようだ。この様子ではどうしようもないとステファンはセルジオにミヤビを送るように頼む。メイドを呼び、これ以上酒を飲まないようにということで、大量のお菓子が土産として包まれ馬車に運び込ませる。


「それじゃあ近いうち、いや少し時間をおいてから迎えを出す。気を付けて帰ってくれ」

「なんでえ? ダラダラ待つのはいやよ。なんかぱぁーっとするんでしょ? さっさとやろうよ」


「いや、こっちのも都合があってな。ある程度は動ける人数を揃える必要があるんだよ」

「何たくらんでるのよ? あんまり待たせたら飽きてどこかに行っちゃうからね」


「ああ、出来るだけ急ぐからおとなしく待っててくれるか」

「まあ気が向いたらね。じゃあねん」


 最後までご機嫌なミヤビは、セルジオに連れられ馬車に向かう。行きと同じ無紋の馬車に乗り込み夜の街に走り出すのであった。



「ねえ、皇帝がどうとか言ってたけど何しようとしてるのよ」

 馬車が走り出すとミヤビは少し眠そうな表情を浮かべてセルジオに問いただす。


「最終的には今の皇帝にはその座から降りて頂きます。ただそのための準備が予定と大幅に狂ってきたので、その対応をどうするかお坊ちゃまは悩まれているようです」

「なにそれ? じゃあいつになるかわからないのをずっと待ってろってこと?」


「申し訳ございません。ただ思った以上に帝都に居る貴族が無能なものに取って代わられているのです」

「そんなの、バーンってやっちゃえばいいじゃん」


「それはミヤビ様であれば可能でしょうが…」

「でしょ? だからあのおっきいお城ごとやっちゃえば早いんじゃない?」


「そうなると帝都中が混乱に陥り、民衆にも大きな被害が出るかと思います。無能貴族が帝都脱出に合わせて無茶をしかねませんし」

「結局一緒じゃないの? 派手にやっても地味にやっても人は死ぬときは死んじゃうってものよ? 自分手を汚したくないとか考えてるなら辞めちゃえば? 私はどうでもいいけどね、まあいいや今日は戻って寝るっ、っと」

 ミヤビが返事をしたときに馬車が急停止する。何事かと確認するためにすぐにセルジオが御者のそばに移動するのは流石だなと、ミヤビはぼんやり眺めていた。何があっても大丈夫という余裕なのだろうミヤビは落ち着いたものである。さらに酔いが回っていることでいつもよりも判断が鈍いのかもしれない。



「ミヤビ様、どうか馬車からは出ないようにお願いします」

 戻ってきたセルジオがミヤビに小声で囁いてくる。何事かと状況を聞いてみると、貴族の私兵が馬車を取り囲み黒髪の女を探しているから馬車の中を確認させろと詰め寄っているらしい。間違いなくミヤビを探し出すための貴族の手先だろう。外から御者に大声で詰め寄るガラの悪い声が聞こえてくる。


「御者の人は大丈夫なの? 大分頭の悪そうなのが絡んできているみたいだけど?」

「さすがに御者を殺すようなことはしないかと、ただ多少の怪我は致し方ないかと」


「なにそれ? それであいつらがどこかに行くまで放っておくつもり?」

「ここでミヤビ様が見つかる方が大問題ですから。すぐに私が出て対処しますのでここでお待ちください」

 そういってミヤビが外から見えないようにセルジオはすべるように外へ飛び出すのだった。残されたミヤビはセルジオなら大丈夫かと、終わるのを待つことにしたのだった。



「なんだ貴様は! いいから馬車を開けろ、女がいるかどうか見せるだけで解放してやると言っているだろう!」

 御者に向かって怒鳴り声をあげていた男が、突然現れたセルジオにも怒鳴り声をあげて威嚇する。ごろつきにしか見えないが、その装備からは貴族の私兵であることが伺える。50人程の同じ装備をしたごろつきの集団、普通の者なら恐れおののいて言いなりになるしかない。だがセルジオから見れば、数だけの未熟者の集まりでしかない。


「お引き取りを。あなた方如きが姿を見ることなど許されませんからな」

 セルジオは恐れる様子も無く淡々とごろつきたちに告げるが、当然素直に言う事を聞くわけがない。


「黙れ! 刃向かう奴に容赦はいらん! とっととぶっ殺して中から引きずり出しちまえ!」

 怒鳴り声をあげていた男が指示を出すと、一斉にごろつきたちが剣を抜きセルジオに群がってくる。しかしその様子を冷静に眺めていたセルジオは、ごろつきの剣をかわして懐にもぐりこむと一撃で相手の意識を次々に刈り取っていく。倒れた仲間を踏みつけつつ、さらにごろつきが迫るがわずかな時間差を突かれ、各個撃破されて気絶した者の仲間入りをしていくだけでしかなかった。


 やがて残りは10人を切り、怒鳴り声をあげていた男が剣を抜き放つ。この男がごろつきのリーダーのようで、そばの仲間に耳打ちするとセルジオを取り囲むように隊形を整えていく。対するセルジオは息を切らすことも無く、ごろつきたちの動きを冷静に見つめている。


「今だ! やれっ!」

 リーダーが声をあげると一斉に周囲から網が投げかけられる。捕縛用に用意された棘の付いた金属製の網が、四方からセルジオに向かって飛んできたのだ。さすがのセルジオも予想外のことに慌てるが背後には馬車があり完全にかわすことが出来ないと判断すると、一方の網に向かい剣を抜き放ち突破を図る。セルジオの剣は金属製の網を奇麗に両断し、ごろつきの包囲を抜けた外側に転がり抜けることに成功する。


 だが、それもまたごろつきたちの想定内であったようだ。リーダーは守る者のいなくなった馬車の扉に駆け寄ると、無遠慮に扉を開け放つ。



 ミヤビはセルジオの戻りを待ちながらお土産に包んでもらったお菓子を頬張っていたのだが、突然開かれた扉に驚き喉に詰まらせて咽こんでしまう。だが扉を開けた男は嫌らしい笑みを浮かべて、ミヤビを引きずり降ろそうと手をのばすのだった。

「ちょ、ちょっと、ゴホッゴホッ 汚い! ゴホッ」

「へへっ、ついに見つけたぞ! 女ぁっ、とっとと降りてこいや。思いっきり可愛がってやっからよぉ」


 喉を詰まらせ咽ながらも、男のあまりにも自分勝手な言い分にミヤビの中で何かが切れた。これまで無茶な魔法も使っては来たが、極力無関係の者は巻き込まないように気を付けてきた。か弱いと自分では言いつつも、この力が異常であることには気が付いていたし自由に使うといっても常識の範囲内に留めてきたつもりだ。しかしそんなミヤビの気遣いなどは誰も気にもせず、行く先々で面倒事が振りかかり周りからは見て見ぬふりをされてきたのだ。そして帝都でもすでに2回目だ、酔いも手伝ってミヤビのリミッターは解除されてしまうのだった。


 切れたミヤビは薄汚いリーダーの顔を蹴り飛ばす。全力ではないが加減のされないミヤビの蹴りである、リーダーの男は弾丸のように馬車の外に飛び出し建物の壁にめり込み、そのまま壁のシミと化す。


 あまりにも想像を超えた事象に、セルジオも含む外の全員が固まってしまう。馬車の扉を開けて手を伸ばした男が、とんでもない勢いで飛び出し壁に貼り付いたのだ。呆然としてしまうのも仕方がないのかもしれない。


 その間にミヤビは馬車に用意されていたお茶を飲んで一息つくと、ゆっくりと馬車の外に降り立った。

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