OL、召喚の一部始終を知る
「ねえ? 隠したいのはわからないでもないけど、私には無意味よ。だって私も勇者だもん」
ミヤビの発言にフェルディナンドと名乗った男は固まってしまう。ミヤビにしても自分が勇者であることを明かすのは初めてだ、しかも初対面の男に対してなど考えてもいなかった。だが、何となくだがこの男は勇者召喚に関わっているという勘がミヤビの口を滑らせたのだ。
「ま、まさかあの時のもうひとつの光が貴女だというのか…」
男の呟いた言葉で、ミヤビの勘が正しかったことが証明される。やはりこの男は勇者召喚の関係者、しかもかなり核心に近い位置にいる。
「ねえ、そのあたりの話はしっかりと全部話してくれるわよね」
ミヤビは自身がこの世界に来た経緯を知る男に意図せず出会ったのを良い機会と、その全容を吐かせることに決めた。男が素直に吐くかを懸念したが、素直に喋り出したのは少し拍子抜けではあったが。
男、フェルディナンドの話は、ある程度想像通りなものだった。
コスタリオ公国の存亡の危機を救うために、公主アルバーノと共にフェルディナンドとのふたりで勇者召喚を実行したこと。召喚は成功したように見えたが、その時に発した光がふたつに分かれその大きいほうがどこかに飛び去ったこと。残った小さな光がトカゲ男こと勇者ツヨシであること。トカゲとなったのは召喚時に施した契約によるもので、公国に対して害意を持った時に発動する。そして勇者ツヨシは、侍女やメイドをたびたび暴行しようとしたためにあのような姿に成り果てたこと。
そしてクズ勇者と呼ばれているのは、そもそも勇者としての力があまりにも貧弱である為で、その自己中心的すぎる性格と相まって呼ばれるようになったということ。訓練による成長も乏しく小隊程度の力しか持てず、帝国の補給部隊を奇襲させたがそのまま姿をくらませてしまった。
これがフェルディナンドの知る全てであるらしい。そして飛び去った大きな光がおそらくミヤビのことで間違いないだろう。クズ勇者との能力の違いに首を傾げつつも、おそらく同時期に現れたふたりに何らかの関係はあるのかもしれないが、その真相は誰にもわからないだろう。
「貴女が真の勇者ならば、その力はどれほどのものなのだろうか?」
フェルディナンドの問いは、ある意味当然であった。公国の存亡をかけて召喚した勇者のあまりにも酷い能力が、実は偽物であったためと分かればまだ納得できるものもあるのだろう。もちろんハズレを引いたという事実は変わらないが、根本的な誤りだったのかそうでないかの差は、当事者にとってはぜひ知りたいものであった。
「そうねえ、隠すつもりはないから別にいいんだけど言いふらしたりはしないでよね」
ミヤビはそう前置きすると、フェルディナンドは当然と頷く。
「体力とかは全部60万は越えてるわ、スキルも10個以上あってほとんどLv10ね」
「60万? 私の聞き間違えだろうか?」
「いいえ、一番低いので60万ちょっと、高いのは100万を超えてるわ」
「は、ははは…、もはや笑うしかないような数値だ。やはり勇者の伝承は本当のことだったのだな」
「ちょっと! 笑うとは失礼ね!」
「すまない、いや、本当に申し訳ない。だが我々この世界の者からすれば、その数値はあり得ないものなのですよ」
フェルディナンドは吹っ切れたかのようにすっきりした顔で微笑みながらミヤビを見る。
「ありがとう。貴女のおかげで勇者召喚は失敗ではなかったとわかった。それだけでも帝都に来た甲斐があるというものだ」
「ん? そういえばなんで帝都に来たの? 公国って滅びそうな状況って聞いたけど」
「単なる嫌がらせですよ。我が公国はお世辞にも強国などとは言えぬ弱小国家で、その公国に最強を誇る帝国軍が敗れた。そしてその公国の使者が皇帝に向かって賠償請求したらどうなると思います?」
「ふふふ、なるほどね。その場で切り捨てれば恥の上塗り、かといって賠償金を払うなどもってのほか、ってわけね」
「そういうことです。そのために道すがら大声で宣伝しつつ帝都に向かってきたんでね。無かった事に出来ないように手を打ってたのが、まさか皇帝が居城事消え去っているとは想像もしなかった。それでもなんとか有力者にあって少しでも嫌味を言ってやろうと、居座っているんですよ」
「そっか、悪いことしたわね。そんな面白そうなイベントがあったならあんなことしなかったのに。ほんとお酒って怖いわよね」
「まさかあれも貴女がやられたのか? くくくっ、痛快だな。公国の召喚した勇者が結局皇帝に一矢報いたということか」
「なるほど、そういう考え方もできるわね、まあ喜んでくれる人がいたならいいわ。それよりこれからどうするの?」
「貴女が一矢報いてくれたと聞いた以上、もはやこの地にとどまる理由はありません、明日にでも公国に戻るとしますよ」
「じゃあ、最後に美味しいものでも食べていけば? さっきのお肉おすそ分けするわよ」
そういってミヤビは厨房に向かい何やら告げた後、フェルディナンドと席を共にする。
「肉とはさっき取り出していた塊のことですか? いったい何の肉です?」
「びっくりするぐらい美味しいのよ、エンシェントドラゴンのお肉。食べたことある?」
ミヤビの規格外に当てられつつも、フェルディナンドはミヤビと楽しい食事の時間を過ごす。普通に相手をする限り、ミヤビは親しみやすい性格なのだ。敵対する者に対してのみ、ミヤビの容赦のない制裁がくだるだけなのだから。
「ありがとう、ご馳走様。最後にこんな美味いものを頂け感謝する。貴女が公国に召喚されていればと心から思うが、いまさら言っても詮無き事。貴女との友誼は忘れない」
「こちらこそ、久しぶりに楽しい時間を過ごせたわ。これは公主さんにお土産よ、最後なんて言わずに美味しいもの食べてもうひと踏ん張りしてみたら?」
そう言ってミヤビは新たなドラゴンの肉の塊を手渡す。しかし公国までの長旅、間違いなく腐り果てるだろうことを思い、断腸の思いでフェルディナンドは申し出を断る。
「本当に、非常に残念だが、公国までの日程を考えると生ものは無理だ。その気持ちだけ受け取っておくよ」
「あら、そういうことなら送らせるわよ」
残念そうな表情を浮かべるフェルディナンドに、ミヤビは軽い調子で伝える。しかしフェルディナンドにしてみれば何のことか全く理解できない。それでもミヤビの好意を感じたのか、素直にうなずくのだった。
翌朝、荷物を整えたフェルディナンド一行はミヤビの案内のもと城門の外に並んでいる。公国に戻るなら馬車の手配が必要と告げたのだが、ミヤビがまあまあと言って相手にせずに外に連れ出されたのだ。
そして、
「グリフィスおいで!」
ミヤビの呼び声と共に召喚陣が浮き上がり、黄金のグリフォンがその巨体を現す。突然目の前に現れた魔物、それも災厄級は確実なグリフォンの変異種の姿に、フェルディナンドの部下達は腰の剣に手をかけようとする。
「この子はグリフィスよ、私のペットみたいなものかな。グリフィス、この人たちを乗せて運んでくれる?」
『主の命とあれば喜んで』
何事もなかったようにグリフォンを撫でるミヤビと、言葉を話すグリフォン。その姿にフェルディナンドだけでなくその部下たちも動きを止めて固まってしまう。
「ミヤビ殿、まさかとは思うのですが、このグリフォンに乗せて、運んでくれると、いうこと、では、無いです、よね…」
腰の引けたフェルディナンドが、かろうじてミヤビに問いかけるが、ミヤビの満面の笑みに冷や汗を流す。
「こう見えてこの子早いのよ、公国なんてあっという間なんだから!」
フェルディナンドたちの様子に気づかないのか、ミヤビはグリフィスに運ばせる前提で話を続ける。
「わかりました…。折角のご厚意ですしありがたく受けさせてもらいます…。こんなグリフォンンに乗る機会など、二度とはないでしょうし…」
何を言っても無駄とあきらめたフェルディナンドは心を決める。その姿を部下たちは何とも言えない表情で見つめるのだった。
そしてフェルディナンド一行を乗せたグリフィスは公国に向けて飛び立つ。この状況はひとまず置いておき、今回の旅の結果に満足するフェルディナンドの表情は明るいものであった。
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