OL、帝都でも絡まれる
「何を言っておる! さっきはグリフォンが襲来したと言っておったではないか! それが姿を消したとはどういうことだ!?」
皇帝の居城、皇帝に報告に来た兵士をきらびやかな服を着て入るが醜く太った男が唾を飛ばしながら怒鳴りつけている。他にも皇帝のそばには服だけは豪華だが、卑しい目つきをした者や、脂ぎったカエルのような男、逆に痩せぎすで貧相な男など、とても高位貴族とは思えないような下品な男たちが、報告に来た兵士をなじり続けている。
「まあ待て、それで報告は終わりか?」
皇帝の横に立つ軍服に身を包んだ男が、貴族たちの罵倒を遮り兵士に報告を再開させる。男は帝国軍のトップ軍務省長官のジェリコ侯爵である。見た目はここに居並ぶ貴族に比べればまともだが、とても軍人といえるような引き締まった身体では無く、軍服でごまかしているだけではあったが。自身の縁故を軍の重要なポストにつけ、帝国軍を私物化するような男である。それでもこの部屋の中では報告の兵を除けば、常識的な判断が出来るのはこの男のみだった。
「はっ! 報告を続けます。グリフォンの背には女がひとり乗っておりました。おそらくグリフォンはその女の従魔であると推測されます。そして女はグリフォン襲来により無人となった城門をくぐり帝都への侵入を確認しております」
「なんだと! その女は美人なのか!?」
「多少見た目が悪くとも、グリフォンが付いてくるなら十分な価値があるであろう」
「そうだな、よし貴様!その女を捕らえてまいれ」
「殺してはならんぞ、グリフォン付きの女など帝国中探しても他にはおらんだろうからな」
兵士の報告の内容を聞くと、貴族たちは先を争うように大声で喋り出す。グリフォンを騎獣にしていると言っているにもかかわらず、簡単に捕らえろなどと言うのはモノを知らないにも程がある。にもかかわらず誰一人止めようとしないどころか、女は美人かなどと愚にもつかないことを尋ねてくる始末だ。兵士はうんざりした表情を出さないように、下を向き耐え忍ぶ。
「女の戦闘力が不明な以上、帝都内での捕縛は愚策であろう。グリフォンを従えるような女だ、最悪帝都にも大きな被害が出かねないからな。とはいえ野放しにすることも出来ん、早々に女を捕捉し監視体制を取れ。女に動きがあれば逐一報告するように」
ジェリコ侯爵は、品も無くわめくだけの貴族を無視し兵に指示を与えると退室させる。
「何を勝手な指示を与えておるのだ! そのようにもたもたしておるから公国などと言う小国にさえ敗北するのだ。軍には任せておけん、我が兵を持ってその女を確保してくれるわ」
「なにを、我が兵の掛かればたかが女ひとりなど、どのようにでもできますぞ」
「いやいや・・・」
また口々に好き放題喋り出す貴族達、さすがに女に手を出すのは不味かろうとジェリコ侯爵が止めようとした時であった。
「そのような女がいるならぜひ見てみたいな。誰でも構わん余の目の前にその女を連れてまいれ」
それまで興味もなさそうに玉座に座っていた皇帝が突然指示を出す。皇帝の命とあれば、もはや誰も口出しするなど不可能である。その部屋にいた者すべてが膝をつき首を垂れてその指示に従うのであった。グリフォンを従える女の脅威は理解はしていたジェリコ侯爵でさえも、皇帝の命の元その女を捕らえる機会を与えられ好きに軍を動かすことが出来るとほくそ笑む。もはや帝国の上層部には人はいないも同然であった。
~~~~~~~~~~
「なに! グリフォンが来たって? そりゃ間違いなくミヤビだろ」
皇帝が捕縛指示を出したころ、ステファンの下へもグリフォン襲来の報が届けられていた。
「ええ、間違いなくミヤビ様かと思われます」
ともにその連絡を受けたセルジオも相槌を打つ。
すでに皇帝を引きずり下ろすための打ち手を失ったステファンにとって、ミヤビの帝都への訪問は歓迎すべき事態だ。ただそれはミヤビがこちらの想定内の行動を取ってくれた場合に限る。そういう意味ではステファンにとってもミヤビは諸刃の剣である、しかも飛び切り切れ味の鋭い。
「セルジオ、ミヤビを迎えに行けるか?」
無能な貴族どもに見つかる前にミヤビと今後の話をしておきたいステファンは、セルジオに指示を出す。セルジオも同じ意見であったようで頷き返すのであった。
「お坊ちゃま、ミヤビ様はこの館にお迎えするということでよろしいですか?」
「ああそうだな。いや、ちょっと待て。俺とミヤビがつながっているのがばれるのは不味い気がするな」
「そうでございますね、おそらく今後貴族達がミヤビ様に様々な形で接触を計ろうとするでしょうから、公爵家で保護するという形にするか、無関係を装うか判断が難しいですな」
「ああ、ミヤビを貴族どもの手から守るのは問題ない。ただ問題を起こした時に公爵家の名が上がると庇うのが難しくなる」
「では、その手の問題に強い宿をご紹介するように致しましょう。貴族でも手の出し辛い宿もいくつかございますから」
「そうしてくれるか。無能な奴らだけに何をしでかすか、想像できないようなことを平気でやりかねないからな」
帝都には諸外国からの訪問客でも身分の高いものを受け入れるための宿がいくつか存在する。そういった宿では他国の王族や高位の爵位を持つ者も利用するため、よほどのことが無い限り宿泊客を無下に扱う事はないし情報を漏らすことはない。もちろん完全に守ることはできないだろうが、少なくとも一般の宿よりははるかにましである。そういった宿を公爵家も所有しており、今回はそこにミヤビを案内するようにという事だ。
「わかりました。手のものを使いミヤビ様を早急に保護することとしましょう」
「ふっ、ミヤビを保護ってなんか変な感じだな。どこの誰がミヤビに手出しが出来るっていうんだよ」
「確かに。ミヤビ様に手出しするような愚か者はその場で消し去られますからな。どちらかと言えば手出しする貴族どもを保護するといった方が正しいでしょうな」
「違いないな。ではよろしく頼む」
セルジオは一礼するとステファンの元を離れる。それを見送ったステファンは今後のことを考え、何とも言えない表情を浮かべるのだった。
ステファンの下を辞したセルジオは部下を使いミヤビの行方を追う。そしてそれとは別に自身でもミヤビの好きそうな場所を目当てに捜索に向かうのだった。
「ミヤビ様の事ですからまずは食事でしょうな」
ミヤビを探しにまず訪れたのが、食事を提供する店が立ち並ぶところであったのはミヤビには恐ろしくて告げることはできないが、それでもセルジオにはそれなりに自信があった。とはいえセルジオ自身もこのような場所に来ることはほとんどない為、実際に目で見てみなければミヤビの好みかどうかは判断が付かないと来てみたのだが、どうもミヤビの好みではないように見える。無駄に飾り付けられた店や、高級感を前面に押し出した店、貴族御用達と言わんばかりの雰囲気の店など、気軽に入れるような感じは全くない。
しばらく辺りを見回したセルジオは、それならばと今度は屋台の連なる通りを目指す。食欲をそそる臭いを巻き散らかすように立ち並ぶ屋台の数々。おそらくミヤビならこちらに向かうと確信したセルジオは人ごみをかき分けつつミヤビの姿を探し始める。
居並ぶ屋台には大勢の人たちが商品を選んだりただのぞき込んだりと、買い物客以外にも人だかりができている。黒髪の目立つミヤビとはいえ、この中から探すのは骨が折れそうだ。見逃すことの無いようセルジオは屋台の並ぶ通りをゆっくりと進んでいく。そしてついに少し先に黒髪の女を見つけることが出来た。それなりに長くミヤビと行動を供にし、仕事柄人の動きに敏感なセルジオはミヤビであると確信する。
ミヤビに追いつくように人ごみを縫うように進んでいくセルジオ、そしてようやく声が届く距離に追いついたと思った時であった。ミヤビの正面から帝国軍の制服を身にまとった者達、おそらく帝都を守る守備隊の者達であろう50人ほどの軍人が、ミヤビを取り囲むように待ち受けていた。
「女! 貴様があのグリフォンに乗ってきた女だな! おとなしく着いて来い!」
ミヤビを知る者にとっては、まさに怖いもの知らず。飢えたドラゴンの口に頭を突っ込む方がましと言える暴挙であることに、守備隊の面々は全く気付くことも無くミヤビに命令する。このような人ごみの中でミヤビが手を出せば、少なくない人々が巻き込まれることになるとセルジオは焦る。そんなセルジオの気も知らずミヤビは愚かな守備隊たちを睨みつけるのであった。
そして関わり合いになるのを避けるため、大勢いた人々は距離を取るように離れていく。
ミヤビにしてみればまたかという程度ではあったが、行く先々で同じように絡んでくる帝国の愚かさ加減にうんざりする。ミヤビの感覚はあくまでも元の世界が基準であり、ナンパ程度なら笑いごとだが、このような力ずくで言う事を聞かせようとする輩が平然と存在するなどあり得ない。そして女ひとりを囲むような状況にもかかわらず誰も手助けをしようとはしないことにも、苛立ちを募らせている。このような状況を何とかするための衛兵はやってこず、周りの者もただ見ているだけで助けに入るどころか衛兵を呼びに行こうともしない。
帝国以外はこの世界のことは知らないが、行った先々で少なからず同じような状況に出会い帝国の程度の低さにミヤビの鬱憤は溜まるばかりであった。そのためもはや穏便に済まそうなどとは考えることも無く、思ったままを口にすることになる。
「用があるならそいつを連れてきなさい。なんでわざわざ私が出向かなきゃならないのよ」
「貴様! 陛下の直々の勅令である! ガタガタ言わず黙ってついて来ればいいんだ!」
「陛下? 結局貴族だけじゃなくて皇帝も馬鹿なのね。もう帝国は私の敵ってことでいいかな」
「皇帝陛下に対して何たる口のききようか! さっさとついて来い!」
「耳が聞こえないの? それともただの馬鹿なの? 私は行かないって言ってるの」
ミヤビの言葉に守備隊の面々は激昂し、街中にもかかわらず剣を抜き放つ。
「面倒だ! 少し痛めつけてやれば言う事を聞くだろうからやってしまえ! ただし殺さぬように手加減を忘れるな!」
守備隊の隊長らしき男がそう叫ぶと、守備隊たちはミヤビを囲み陣形を整えだす。そしてそれを見ていたセルジオは頭を抱えそうになるのだった。
「はあ、ほんと帝国ってこんなのばっかりよね。温和な私でもいい加減うっとうしくなってきたわ。剣を抜いたのはそっちよ、これからやるのは正当防衛だからね」
ミヤビはそう言うと少し方法を考える。
(塵にしても汚そうだし燃やすと臭いんだよね。じゃあ燃えない程度に中だけあっためてあげようっと)
「温めて、あ・げ・る」
ミヤビは蠱惑的な笑みを浮かべて人差し指を軽く振る。
人間の体温は36度程度である、そして42度を超えると命の危険があると言われている。ミヤビの放った魔法は守備隊の全員の体内に熱源を発生させるという精緻な制御が必要ではあるが、非常に効率的なものであった。ミヤビの桁外れにもほどがあるステータスに掛かれば、この程度の制御などさしたる問題ではない。そして見た目には全く変化は見られないが、急激に体温が50度を超えるほどに上昇した守備隊たちは気分が悪いと思ったのも束の間、その場に倒れ伏していく。
「全く、倒れるなら道の端に行って倒れなさいよ」
ミヤビは理不尽な言葉をつぶやきつつ、屋台同士の間に空いたスペースから路地に向かって守備隊の遺体を蹴り込んでいく。その様子を遠巻きに眺めていた人々は何とも言えない顔で眺めていた。何をしたのかわからないうちに50人ほどいた守備隊が崩れ落ちるように死んでいったのだ。そしてそれをやったのが目の前で遺体を蹴り飛ばしている女であることは間違いないだろう。恐怖に怯える者、関わり合いを避けるため早々のその場を後にする者、取り押さえた方が良いか悩みつつも目の前の女が怖く身動きの取れない者、様々な者達の視線を一身に受けつつも通行の邪魔だからという理由とストレス解消のために遺体を蹴り飛ばし続けるミヤビ。
一種異様な空間が出来上がっていたが、そこにようやくたどり着いたセルジオが声を掛けるのであった。
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