OL、帝都に到着する
帝都、ドーベルク帝国の首都であり皇帝の住む都である。人口は数百万に上る大都市であり、帝国の政治経済の中心としてだけでなく文化面でも他の街の追随を許さないほどの華やいだ都市でもある。さらに軍事面でも常駐の軍隊が存在し、さらに皇帝を守る近衛兵や貴族たちの持つ私兵を合わせれば数十万の兵が住まう街でもある。
ステファンはセルジオと共に、皇帝のすげ替えを謀っている。すでに過去の帝国の栄光は遠く、まだ帝国民の目には見えてはいないかもしれないが帝国は衰弱の一途を辿っているのだ。帝国の上層部には過去の優秀な官僚など誰も残ってはおらず、無能な貴族とその親類たちが好き勝手に帝国を運営している。その結果貴族の懐が肥大するにつれ帝国の経済基盤は弱体化するという悪循環がここ数年顕著になっている。
「つまり、まともな貴族は地方に飛ばされたか、爵位を奪われて在野に下ったという事か?」
ステファンは苦虫を嚙み潰したように報告してきたセルジオに向き直る。セルジオにはこちら側で役に立ちそうな貴族の調査を依頼していたのだが、結果は無能な貴族たちの手により中央から追い払われていたという目も当てられない事実だった。
「なんてこった…、これじゃあ手の施しようがないぞ」
帝国を立て直すには、上層部に蔓延る無能貴族どもを一掃する必要があるが、そのための兵力が集まらないという事実にステファンは頭を抱える。
「俺が帝都を出たときには、まだそれなりの人材が残っていたはずなんだがなぁ。無能は無能なりに頑張ったという事か…」
数年前までは有能な文官や将軍たちが皇帝の周りに名を連ねていたはずだが、いまはそのいずれも失脚や、冤罪に嵌められ帝都にその姿を見ることが無いらしい。過去に声をかけ賛同してくれたはずの面々の姿が無いという事は、ステファンにとって手足をもがれたに等しい。
「こうなってはミヤビ様だけが頼りですな、お坊ちゃま」
頭を抱えるステファンを見かねたセルジオが声を掛けるが、その内容はあまり想像したくない結果を生むものだ。
「ミヤビが好き勝手に暴れたら、それこそ帝国が滅びるぞ。帝都ごと消滅しても俺は驚かないからな」
「確かに。ミヤビ様ならやりかねないですな。ですが愚かな貴族どもを一掃するにはそれぐらいは必要かと」
「馬鹿貴族が死ぬのは別に構わない、というかドンドンやってくれた方がありがたい。だが、帝都に住む民たちが巻き添えを食うのはな。ミヤビにそんな絶妙な加減が出来ると思えないしな」
「ミヤビ様の力は強すぎますからな、いっそのこと皇帝の居城だけを破壊してもらってはどうでしょう?」
「セルジオ、お前も結構過激なんだな。まあ、それが出来れば民への被害も最小限で済むかもしれんな、その後の面倒ごとに目をつぶればだが。だがミヤビがそんなことに力を貸してくれると思うか?」
「そうですな、ミヤビ様にお願いしたとしても一言で拒絶されるでしょうな」
「だろ? 結局手詰まりってことなんだよ」
「それでもミヤビ様が帝都に来れば、愚かな貴族の誰かが手を出す可能性は高いかと」
「そうだな、もう作戦どうこうじゃなくミヤビ次第ってとこだな」
「せいぜい愚かな貴族が動くことを祈っておきましょう」
ステファンとセルジオは顔を見合わせ、力なく微笑むのだった。
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帝都を囲む城壁、その四方には監視のための塔が建てられている。とはいえ帝国の中心である帝都に進軍するような敵国は今のところ存在しないため、監視の対象は魔物になる。その魔物ですら軍の訓練も兼ねた帝都周辺の見回りにより、ほとんどその姿を見かけることはない。そうなると監視についた兵士も気が緩み中には居眠りする者さえ現れる始末だ。だがそれを指摘し改善しようとする将官は、無能貴族の縁故にその座を奪われたため存在しない。
その日も監視塔に2名の兵士が交代の時間に現れた。さっきまで監視していたはずの兵たちが酔っ払い、残った酒とつまみはお前らの好きにしていいと言っていたため嬉しそうに監視塔に上っていったのだった。すでに監視の職務などは形骸化し、単なる時間つぶしの場でしかない。上役の目の届かないところで、ただ監視するだけの職務。しかもさぼったところでそれを注意する者すらいないのであれば、こうなるのもある意味当然のことなのだろう。
監視塔に上った兵士たちは、さっきまでの兵士が散らかした場所を片付けると早速酒に手を付けようとする。しかしその日は監視塔から見える上空に違和感があった。どうせ鳥か何かだろうとは思うが、報告が漏れると怒られる為めんどくさそうに遠見の魔道具を使って違和感の正体を探ろうとするだけ、まだまともな兵士なのだろう。
「おい! 何か接近してくる、見たことも無い魔物だ!」
「はあ? どうせでかい鳥か何かだろ? それよりさっさと飲もうぜ」
「いや、あ、あれはグリフォンだ! しかし色が違うな、ま、まさか上位種なのか!」
「グリフォンだと? 馬鹿か? こんなとこにそんなバケモンが居るわきゃないだろうが」
「いいからお前も確認しろ! 見ればわかるから!」
「ちっ、めんどくせぇな。見間違いならこの酒は全部俺が貰うからな!」
そう言うと遠見の魔道具をひったくり、なにやら点のように見える先を確認するもう一人の兵士。そしてその先にあるものが何かわかるのにあわせ、顔色が青く変わっていく。
「くそっ! なんで俺達の当番の時に来るんだ!」
「それどころじゃないだろ! すぐに本部へ連絡しないと!」
そう言われて、ようやく仕事の内容を思い出したのか遠見の魔道具を放り出すと連絡用の魔道具に駆け寄っていくのだった。
「なんだと! グリフォンの上位種だと? お前らまた朝から酒を飲んでるのか? こっちも暇とはいえ酔っ払いに付き合うほどじゃないんだよ」
連絡した後の第一声がこれである。それでも何度も報告を繰り返すと、ようやく城壁に部隊をまわしてもらえることになった。通常のグリフォンですら、空中を飛び回る魔物に対して決め手の無い兵たちににとっては非常に脅威となる魔物である。さらにその上位種ともなれば、多少の部隊では太刀打ちできないのは明白であるにもかかわらず、到着したのは30名程度でしかなかった。
コネのみでその階級にいる者は、当然指揮経験も戦闘経験すらない。そんな者が現場に来ても役に立たないどころか邪魔でしかない。もともと行く気のない将官とその取り巻きと、現場に立つ兵士たちの総意により現場に到着したのはこの人数だけであったのだ。
その頃には目視で確認できる距離までグリフォンは近づいている。そしてそれを見た兵士たちは成す術も無く固まるしかなかった、一部の者により再度連絡が取られるがもはや援軍が来たところでどうしようもないのもあきらかではあったが。
グリフォン襲来の報告は皇帝の居城にも届けられる。ただのグリフォンではなく上位種と思われるとの報告は皇帝だけでなく、貴族達を震え上がらせるのに十分な内容であった。貴族たちは意味も無く叫び、軍部に何とかしろと喚くばかりで具体的な指示などは全く出てこない。慌てて荷物をまとめて逃げ出そうとする者すら現れる始末である。一昔前の帝国では魔物の襲来ごときで慌てるような者はおらず、如何に討伐するかと会議が始まったものであるが、その様な時代からは考えられないような情けない姿をさらす者しか今の帝国の上層部には存在しない。ただただ慌てふためくばかりでまともな指示も無く、報告に来た兵士はただ呆れ果てるばかりであった。
「なんか騒がしいわね、やっぱりグリフィスで来たから目立ってるのかな?」
帝都の騒ぎなど気にする様子も無く、ミヤビは城壁で動き回る兵たちを暢気に眺めている。
『主よ、あの門の前で降りればよいか?』
グリフィスもミヤビが気にしていないこと、そもそも他の人間など眼中にもないことから普段通りの口調でミヤビに確認する。
「そうね、ここまで来たなら乗り付けちゃいましょうか」
『わかった主よ』
そうして慌てふためく城壁の兵たちや、悲鳴を上げつつ逃げ去る街に入る手続きの為に並んでいた者達や城門の衛兵などを無視して、グリフィスはその巨体を静かに地に降ろす。衛兵すらも逃げ去った誰もいない城門。ミヤビはため息交じりにグリフィスの背から降りると、長大な帝都の城壁を見渡す。
「これだけおっきいのに、みんな逃げちゃうって帝国ってどうなの?」
『我の姿に怯えたのだろうが、情けないことだな』
「誰もいないし、入っちゃおうか?」
『では我はここまでだな』
「そうね一緒に入るとかは無理そうだしね。ありがとね」
『我が主の為に動くのは当然の事、礼には及ばぬ』
そう言うとグリフィスは光に包まれその姿を消す。ひとり残されたミヤビは人っ子一人いない帝都の城門をゆっくりとくぐり抜けるのであった。
「おい、見たか。グリフォンの背に女が乗ってたぞ」
「ああ、まさかグリフォンを騎獣にするような奴がいるとは信じられんな」
「それも上位種か変異種だぞ、まともに戦えば帝都が落ちるかもしれないような魔物だぞ」
「それでも、消えてくれてよかったよ。あんなのと戦うなんて自殺するようなもんだろ」
「ん? 消えたってことは騎獣じゃなくて従魔ってことか?」
「あっ! そうなるな! まさかあの女にあのグリフォンを従えるだけの力があるってことか?」
「騎獣と従魔って違うのか?」
「全然違う! 騎獣なら戦わずに好物なんかで気を引いて契約することも出来るが、従魔は魔物を服従させないと無理だからな」
「ってことは、あの女はグリフォンの上位種よりも上ってことなのか…」
「おまえら絶対に手を出すなよ。上にもその様に報告を上げてくる」
城壁の上に集められた兵たちは、目の前で見た光景に口々に騒ぎ出す。そして一部の兵たちはグリフォンが消えた報告の為に駆け足で向かうのだった。
「うーん、誰もいないけどどうしよっか? とりあえずステファンを探すのが良いのかな? でもお腹もすいたし先にご飯かな?」
ミヤビは誰もいない城門を抜け、帝都の街並みをひとり歩いていく。帝都と呼ぶにふさわしく美しく整備された街並み、ひとつひとつの建物も立派で3階建て以上あるものも当たり前のように存在する。しばらく歩いていくとようやく人の姿も見え始めるが、皆何かに怯えたように建物に潜む者や、入り口から顔だけ出している者などの姿だけで、街を歩くものはまだ誰もいない。それも当然のことで、グリフォンが襲来したと言われているのだ、みな避難の準備に忙しいか家に引きこもって様子を見ようとしていたのだ、
「これじゃあ、ご飯屋さんの場所は聞けないよね」
ミヤビはそんな怯えた人々たちの前を素通りし、さらに歩みを進める。ミヤビが普通に歩く姿を見て、恐る恐る道に出てくる者もいたがミヤビは気にすることも無かった。さらに進んでいくとやっと道を歩く人々がいる場所に来た。様々な店が立ち並び、冒険者らしい者達が厳つい格好で武器やを覗いていたり、買い物客が店頭で店の者と話していたりと、賑やかな様相を見せてくる。おそらくこの辺りまで連絡が来る前にグリフィスが消えたことで連絡が止まった為であろう。
「この辺りなら何か食べれそうよね」
ようやく出会ったまともな街の様子にミヤビは嬉しそうにあちこちの店を確認しながら進んでいく。食事を取れそうな店がいくつか見つかったが、お高く留まった感じがしてスルーする。さらにしばらく歩くとなにやらいい匂いがしてきたと思えば、食べ物を扱う露店や屋台が見えてきた。ミヤビはとりあえずと、あちこちの店から少しずつ買っては次のよさそうな店を探すといった食べ歩きを始める。
「帝都っていうけど、味はたいしたことはないわね」
すでに5件以上の店をまわり、次の店を探しながらミヤビは呟く。ドルアーノの街でさんざん好き放題元の世界の料理を作らせて堪能したミヤビにとっては、帝都の食事といっても大したものに感じないのは仕方のないことだろう。
「うーん、これなら宿で作ってもらった料理の方が美味しいかな」
ドルアーノの街を出ることになった時に、ミヤビ宿にこれまで作ってもらった料理を一式、大量に作ってもらっていた。そのほとんどがまだ手つかずで収納に収まっているのだ。空腹も解消すると、大して美味でもないモノをわざわざ食べるのも面倒になり、宿を探すことにした。
「ステファンの家がわかればいいんだけど、やっぱり男の家に泊まるのはちょっとだしね」
ミヤビは適当な店で串焼きを買うついでに、宿屋の場所を店員に聞くと愛想よく宿の多い場所や、女ひとりでも安全な宿、値は張るが一度は泊まってみたいような高級宿など、色々な情報を教えてくれた。
「やっぱり美人は得よね」
ほぼ間違いなく買い食いする美女に話しかけられた店のオヤジが鼻の下をのばしてペラペラと喋っていたのをミヤビは気づいてはいたが、害はないのでにこやかに聞いていたのだ。オヤジは美人と喋れたし、ミヤビは必要な情報を得ることが出来た。ミヤビは教えられた高級宿に向かう事に決めて言われた道を歩き出すのだった。
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