OL、宿で酔っぱらう

「ミヤビ様、お待ちしておりました」

 未だに守備隊であったモノを蹴り続けるミヤビに、セルジオが声を掛ける。


「あら、セルジオさん。お久しぶりってほどでもないか?」

 ミヤビは突然現れたセルジオに驚いた表情を浮かべるが、相変わらず足は動いたままである。


「ここは少し目立ちすぎますので、場所を変えてもよろしいでしょうか?」

「いいけど、これ避けとかないと通行の邪魔じゃない?」

 ミヤビはすでに半数以上の守備隊を路地に蹴り飛ばしてはいるが、まだ20ほど残っているのを指差す。セルジオはそのずれた感じが相変わらずミヤビ様だと思いつつも、賢明にも口に出さずに先を促す。


「そこに放り込んでしまうと、路地を利用する者に不便がかかるかと。放置しておいてもすぐに衛兵が参りますでしょうから大丈夫でしょう」

「あ、そうか。そこも使う人がいるよね。じゃあ面倒くさいし放っとこうか」


「ではご案内いたします。一旦は宿にご案内させて頂いてもよろしいでしょうか」

「そうね、助かるわ。ちょうど宿を探しに行こうとしたら、この変なのが集って来たからね」

 ミヤビにとっては守備隊の50人程度はハエが集った程度にしか感じていない。後片付けが面倒であった程度の違いなのだろう。しかし早々に帝国軍と事を構えたミヤビに、セルジオは相変わらずと言って笑えばいいのか、間に合わなかったことを嘆けばいいのか判断に悩むのであった。


 守備隊に囲まれたにもかかわらず、あっけなく返り討ちにしたうえその遺体を蹴り飛ばす謎の美女。その様子を眺めていた民衆は関わり合いを避けるように、ふたりが姿を消すと散り散りになっていくのであった。




 屋台のオヤジに教えてもらったあたりから少し歩くと、見るからに高級な宿が立ち並ぶ一角に行き当たった。セルジオは迷うことなくその中でもさらに立派な宿のひとつに入って行く。ミヤビも特に気にする様子も無くセルジオに着いて行くのだった。


 セルジオが先にひとりで受付に行き、二言三言告げると部屋のカギを受け取りミヤビの所に戻ってくる。

「ここってステファンのとこの宿なのね?」

 セルジオの様子を見てミヤビはそう言いながら鍵を受け取り、隅のスペースでセルジオと喋り出す。


「はい、その通りでございます。ここであれば宿泊客の情報が簡単に流れることはございませんし、貴族であっても無理やり押し入ることは出来ませんから」

「ふうん、じゃあ面倒なのが来ても追い払ってくれるってことなのね?」


「はい、おそらく愚かな貴族どもがミヤビ様を狙って動くことが予想されますので、なるべくお手を煩わすことの無いようにと思い用意させて頂きました」

「ありがと。で、何をして欲しいの? 大分ストレスが溜まってるから帝国を蹂躙するとかだったら喜んで手伝うわよ」


「細かな話はさすがにここでもできませんので、一度お坊ちゃまとお会いくださいませんか」

「いいけど、やっぱりステファンっていいとこの坊ちゃんなのね。ここに来てからセルジオさんもちょっと態度が変わってるみたいだし」


「それは失礼しました。さすがに帝都では人の目もありますので、お坊ちゃまを弄るようなことはなかなか…」

「ふふふ、そういうことね。じゃあどうしたらいい? 今から行く?」


「長旅でお疲れでしょうから、まずはお部屋にてごゆっくりお過ごしください。後ほどこちらに迎えをまわすように致します」

「助かるわ。帝都ってあんまり食事も美味しくないからドルアーノで作ってもらったのを食べてゆっくりしてるわ」


「あの街での食事はミヤビ様がずいぶん改善させましたからね、帝都で満足するのは難しいでしょうな」

「つまんないわね、帝都ってぐらいなんだからすっごい料理とかあるって期待してたんだけどなあ」


「申し訳ございません、料理はダメでも古い街ですから観光する場所はございますよ」

「でも出歩いたら、またなんか湧いてくるんでしょ」


「確かに。申し訳ございません、折角お出で頂いたのに」

「まあ、その辺はステファンで遊ぶからいっか。それに暇になったら表を歩けば馬鹿が沸くだろうし、潰してれば退屈しのぎぐらいにはなるでしょ」


「ふふふ、お手柔らかに。では、私は一旦お暇致します、それでは後ほど」

「うん、じゃあまたね」

 ミヤビはセルジオに軽く手を振ると部屋に向かう。受付に鍵を見せると部屋まで案内してくれるようだ。案内にたった男はミヤビが手ぶらなのに驚いたようだが教育が行き届いているのか何も言わなかった。そして案内されたのは最上階、5階の部屋であった。このフロアには一室しかないようで、とにかく無駄に広い。本来ならば王族のような大勢のお供を連れた客向けのようだが、今回はステファンの指示によりミヤビの為に用意されたのだった。


 もちろんミヤビの身を守るためと理由もあったが、普通の部屋を用意して隣室から襲撃など行われたら宿が崩壊しかねないのだ。もちろんミヤビの反撃によってなのは言うまでもない。それを恐れたステファンがこの部屋を用意したのも仕方がないことだろう。ここならばフロアの入り口と屋根からの侵入だけを警戒すればよく警護もやりやすいし、何かあっても他の客への迷惑もかけにくい。そしてミヤビがこの部屋に案内することが決まってからは一般客はこの宿に泊まれなくさせているため、現在この宿に居るのは従業員とミヤビ、そして警護を行う者たちのみなのであった。



「はあ、すごいわね。元の世界のスイートでもここまで豪勢じゃなかったわよ」

 部屋に入ったミヤビの感想は無駄に豪華で広い、という身も蓋もないモノではあったが、それでもここまで豪華な部屋に泊まるのはワクワクするようだ。確かにそういった知識のないミヤビが見ても明らかに高級感のある調度の数々、それがセンス良く並べられている上に、広大な部屋のすべてが隅々まで丁寧に清掃されている。まさに王様にでもなった気分という感じであろうか。


「まずはとりあえず、お風呂よね」

 そう言うとミヤビは浴室を探してフロア内を足取りも軽くうろつきまわる。何しろワンフロアが丸まる客室なのだ、部屋の数も複数ありトイレや浴室も複数存在するのを確認したときにミヤビはため息をつく。


「ちょっとやり過ぎじゃないかな…、ここにひとりってどうしろって言うのよ」

 とはいえ風呂には入りたいので一番豪華な浴室に向かう。10人は軽く入れる浴槽と20畳近くはありそうな洗い場、とても客室にあるような浴室では無い広さだが、暖房でも聞かせているのか寒々とした様子はなくいい感じに浴室全体が温まっている。


「はぁー、これはちょっとはまるわね」

 広大な浴槽で全身をゆったり伸ばし寛ぐと、心地よい暖かさが全身に広がり疲れが取れていく。グリフィスとの旅では風呂に入ることも稀であったこともあり、気が済むまでのんびりと浴室で過ごすのであった。



 結局一時間近く風呂を楽しむと客室に戻るが、どの部屋を使うかがまた問題になる。しかし魔道具らしいもので飲み物が冷やされていた部屋を見つけたので、ミヤビは迷うことなくこの部屋をメインにすると決めた。


「ぷっはっぁー、やっぱり風呂あがりの一杯は最高よね!」

 この後ステファンのもとに向かう予定だが、そんな事には一切構わず良く冷えたビールを飲み干していく。つまみになる物は収納にたっぷりあるため、ビールに合いそうな揚げ物を中心にテーブルに並べソファーにもたれかかって優雅な時間を楽しむ。大人数を想定していたのか飲み物はひとりではとても飲みきれない量が用意されているため、無くなる心配も無く心置きなくミヤビはひとり楽しむのだった。





 そしてちょうどミヤビが寛いで酒を飲んでいる頃、無能貴族達の放った私兵や命令を受けた帝国兵がミヤビを探して帝都中を走り回っていた。既にミヤビが帝都に入っていることは確認されていはいるが、入って来た時は城門は無人でどこに向かったのかは未だ確認できていない。グリフォンに乗ってきたことから帝国に敵対する者だろうという判断で、裏社会や人目に付かない場所が重点的に探されている。皇帝の命令という大義名分があることから捜索に当たった者たちは、これまでは手を出すことを控えていた裏社会の拠点ですらも躊躇なく次々と乗り込み、小さくない騒動をあちこちで起こし始める。


 平和に見えていた帝都であったが次第に治安は悪化の一途を辿る。これまで住み分け出来ており表面上だけでも穏やかであった裏社会との関係に、一方的に喧嘩を売るような真似をしてしまったのだ。帝都の裏と闇に蔓延る裏社会の者達、これまでは表立っての反抗は行ってはいなかったが、それはただ自分たちのにとって関係が無かったため、それだけの理由だ。今回のように何の根回しも無く喧嘩を売られたも同然の状態、指示を出した皇帝や貴族の敵に回るのは当然の帰結と言える。


 しかしそういった想像力さえ持たない無能な貴族達は、帝都の治安になど興味を示さずただグリフォンに乗ってきた女を捕らえる事だけに執着する。グリフォンを手に入れれば己の権力がより強化される、ついでに女も手に入れば弄ぶおもちゃが手に入る程度の認識で帝都を騒乱へと導いている事にも気づくことはなかったのだ。グリフォンの脅威度も理解せず、それを従える女がどれほどの脅威かも理解できず、ただ権力に執着するだけの無能の群れ、それが現在の帝国上層部の実態なのである。


 ミヤビの捜索の手が裏社会に向いている現在は、一般の民衆の暮らす地域には未だ何の変化も無く平和な光景が広がる。この平和が何時まで保つかは別としてだが。





 夕刻頃、ミヤビの泊まる宿に迎えの馬車が到着する。豪華ではあるが家紋の無い馬車からはセルジオがひとり降りてきて、宿の入り口をくぐる。受付でミヤビの呼び出しを依頼するとロビーの椅子に座りため息をつく。

(ミヤビ様を早い段階で見つけることが出来たのは良かったのですが、貴族の動きが読めなさすぎますな。まさか手当たり次第に裏社会へ手を出すとは、奴らは交渉という事を知らないのでしょうか。このままでは裏に住み分けられていた者たちが表に現われてしまうことになりますね。いっそこの混乱に合わせて動きましょうか…)


 セルジオの悩みは尽きない。ステファン相手には軽く話してはいるが、実際の状況は非常にまずいものである。当てにしていた兵力は無く、皇帝に直接会おうとすれば貴族共の邪魔が入る。公爵家のわずかな人員では情報収集までが限界である。元々は極力被害を押さえて帝位を挿げ替える予定であったのが、今の状況では被害を抑えることは難しい。相談できそうな有能なものはすでに帝都を離れているか、在野に下り権力から距離を置いているため、ステファンは孤立無援な状態なのである。



「お待たせっー! 遅くなってごめんね!」

 悩むセルジオのもとに現れたミヤビは、ずいぶん飲んだのかご機嫌な様子であった。ミヤビは珍しいセルジオの姿にその顔を覗き込む。


「どうったの? セルジオさんが悩むなんて珍しいよね」

「申し訳ございません、ミヤビ様にご心配をおかけするとは…」


「良いの良いの。そりゃあ長い人生悩みのひとつやふたつはあるわよねえ。よし! ミヤビさんに相談してみなさい! 今ならどんな魔法でもぶっ放してあげるわよ!」

「ははっ、そうですね。いっそのこと皇帝の居城ごと無能な貴族どもを吹き飛ばしてもらえればよいのですが。なかなかそうはいきませんからな」


「皇帝の居城って、表からも見えるあのでっかいお城の事? あれぐらいなら楽勝! ちょっと吹き飛ばして来てあげるね」

「ちょ、ちょっとミヤビ様! お待ちください!」

 まるでちょっと買い物にとでもいうようなノリで、皇帝の居城を吹き飛ばそうとするミヤビを慌てて止めるセルジオ。そして折角セルジオの為にと思って行動したミヤビは不満顔になる。


「あれを吹っ飛ばしたらセルジオさんの悩みも一緒に吹っ飛ぶんでしょ? なんで止めるのよ!」

「確かに居城を吹き飛ばせば今の悩みは消えますが、もっと大きな問題が降りかかることになるので、お止めいただけませんか」


「ふうん、まあどっちでもいいけど。なんかつまんないわ」

「申し訳ございません。それよりお坊ちゃまがお待ちですので、まずは馬車まで」


「そういえばそんなこと言ってたわよね。いいわステファンをからかって遊びましょ!」

「ええ、ええ。お坊ちゃまもミヤビ様がいらっしゃるのを楽しみにしておりますから」


「ふふ、こんな美女が行くんだから当然よね」


 そしてようやくステファンの下へ馬車が動き出すのであった。

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