OL、帝都への旅
帝国を脅かした盗賊団の脅威は、討伐隊と謎のグリフォンと美女のおかげで解決に向かった。あれから数日たち街に帰還した討伐隊の隊長を務めたジャービスも、被害を出さずに解決出来たことに胸をなでおろすのだった。報告するのを忘れたため、アルベルトから嫌味を言われた程度はご愛敬だろう。
残る問題は、捕らえた盗賊どもの処遇だろう。単なる盗賊であればここで処断すればよいが、今回は帝国南部を荒らしまわったことで、その名が帝都にまで届いている。既に帝都から引き渡しの要求と、早急に帝都まで連行するようにとの指示が街にはすでに届いていた。こんな時だけ伝令が早く到着することに苛立ちつつも、ジャービスは指示に従わざるを得ない。さすがに自身で指揮を取り長い帝都までの道中盗賊たちの顔を見たくはなかったので、部下に指示を出して体よく押し付けることにしたのは上役の特権の範囲だろう。
そして気になるのは、あのグリフォンと女のことだ。正直、横からかっさらわれた感があるのは否めないが、それを差し置いてもあの存在は異常だ。まずはあのグリフォン、色からしておかしい。通常種ならば灰色のようなくすんだ毛色のはずが、金色の羽など聞いたことも無い。サイズもふた回りは軽く違う、あのようなグリフォンが普通の訳が無い。しかも何やら言葉まで話していたというではないか、ただの魔物が言葉を話すなどあり得ない。昔話に人語を話す魔物がいたとは聞いたことがあるが、実在するなど聞いたことはない。
そんな意味の分からないグリフォンを従魔にする女、こちらはさらに理解不能だ。魔物を従魔にするには当然魔物を従える、つまり力で圧倒する必要がある。そうなるとあの女はあのグリフォンよりもさらに力があるという事になってしまう。人語を話す黄金のグリフォン、聞いただけでも災害級以上であることは間違いないだろう。軍を動員しても討伐は困難とされる災害級、それをあの女は従えたというのだろうか。全く理解できない。
盗賊を倒した後は何事もなかったように飛び去ったときには、心の底から安堵した。万一敵対するようなことがあれば、盗賊などとは比べるだけでも馬鹿らしいほどの強敵になる。全滅を覚悟のうえで、何とかひとりでも連絡に戻れたら御の字という戦いになっただろう。あの女の目的は分からないが、ひとまず敵では無くて良かった。
捕らえた盗賊どもは牢獄に放り込むまで目を覚まさなかったが、予想通り喧しい。外に出せや、腹が減ったぐらいなら他の囚人と変わらないが、あのトカゲのような男は頭がおかしいのではとしか思えない。何やら奴は勇者で呪いにより姿を変えられているらしい。どこのおとぎ話だと、部下たちも酒のネタにしているほどだ。勇者とは遥か過去の伝承で伝えられる存在、100万の軍勢を一蹴したというような訳の分からない力を持つ者の事である。どう考えてもあのトカゲと結び付けることはできない。他にも公国がどうとか喚いているようだが、正直部下も含めて誰もまともに耳は貸していない。妄想癖のある狂人、いや狂トカゲか? 皆その程度の扱いをすることにしたようだ。こいつらはとっとと帝都に厄介払いしたいというのが、皆の共通した思いである。
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コスタリオ公国、
すでに帝国軍は敗退し、帝国領へ撤収してはいる。しかしもともと国力が限界まで低下していたところへの、帝国軍による略奪や蹂躙により帝国との国境付近の街や村はほぼ壊滅状態である。直接戦闘を避け、焦土作戦とひたすら糧食を襲う、帝国軍への兵糧攻めが成功したのは単に帝国軍の司令官が無能であっただけなのは、公国側も認識している。
帝国が一小国に敗れた報は、帝国のプライドを大きく傷つけることになった。近いうちに再戦を挑んでくるのはほぼ確定と考えていいだろう。公国としてはイグレシア連邦への協力を依頼する以外にもはや打つ手はない。国庫はすでに空っぽ、軍としての体もなすことが出来ないほど兵力の消耗も激しい。この状態で帝国が侵攻してくれば抵抗する事も出来ずに蹂躙されるしかないのだ。
すでにイグレシア連邦諸国には使者を派遣はしているが、どの国も帝国相手では腰が引け明確な協力を了承してくれるものはない。しかしコスタリオ公国が帝国に奪われた場合、連邦に楔が撃ち込まれることになる。地理的には海を奪われることによることで帝国の戦略の幅が広がるのも当然だが、帝国への対応についても意見が割れるのは間違いなく、そこを帝国につかれるようなことがあれば連邦も安泰とは言えない。そのため、積極的な協力はしないが物資や資金の貸与という形での間接的な協力を申し出てくれる国もあった。
だがすでに国家の体を保つことすら困難なコスタリオ公国にとって、わずかな食料や資金など焼け石に水でしかなく、滅亡へのカウントダウンを待つ状態なのは変わりはないのだった。
そして公主の館では公主であるアルバーノと、幼馴染みで執事でもあるフェルディナンドが暗い顔で酒を飲んでいた。
「フェディ、もはやこれまでだな」
「ええ、打てる手はもうないですね」
「ふふ、勇者召喚とはいったい何だったんだろうな」
「あのクズが勇者とは、神も冗談が過ぎますね」
「フェディ、召喚の時にもうひとつ輝きがあったのに気づいていたか?」
「アルも気づいてたのですね。飛び去ってしまいましたがあちらの輝きの方が大きかったですね」
「やはりそうだったのか、飛び去った方が本当の勇者だったのかもな」
「そうですね、あのクズが勇者といわれるよりもよほど納得できますね」
「ふふ、フェディはよほど彼が気に食わないようだな」
「当然です。苦労して準備した召喚で呼び出されたのがアレでは、納得いくはずもありません。能力的にも勇者と呼べるものでは無いうえに、人間性は最悪なのですから」
「そうだな、時間と金の無駄でしかなかったかもしれんな」
「申し訳ございません。私が勇者召喚などという事をお止めしなかったばかりに…」
「気にするな、それに決めたのは私だからな。フェディに責任はないよ」
両者の間に沈黙が広がる。もはや手の打ちようも無く公国の滅亡を待つしかない状態で、公主であるアルバーノは何を思うのか。先代公主の放蕩のツケを何とかするために、起死回生の一手として選択した勇者召喚、しかしそれは失敗に終わったとしか言えないだろう。もはやこの国を立て直すことなど不可能、何の特産も無く借金に塗れたこの国などだれも本気で救済しようとするはずもないのだから。
「思い切って帝国に賠償でも求めてみますか?」
空気を変えようとフェルディナンドは冗談交じりに公主に笑いかける。
「ふふ、それもいいな、もう失うものなど何もないのだ。それに民を安全な国へ送り出すぐらいしかすることはないからな」
「民衆の避難はすでに進めております。何も渡すようなものは用意できませんでしたが、なんとか道中の食事と安全ぐらいは確保出来そうです」
「そうか、ありがとう。民には何の責任も無い、これまでこの国を支えてくれたのは間違いなく彼らだからな。せめて滅亡の巻き添えにしないようにしなければ」
「ええ、そちらはお任せください」
「じゃあ、最期ぐらいは好きにしてみようか。帝国へ使者を派遣しよう、最期の嫌がらせだな」
「ではその使者には私が向かいます。確実に殺される事がわかっている使者に他の者を使う訳には行きませんから」
「そうか。私も民の安全が確認できれば後を追うよ、私の最後の仕事だな」
「では派手に最後を飾りましょうか。連邦諸国にも戦勝と帝国への賠償の件を改めて使者を出し、帝国内では大声で喧伝しながら向かうとします」
「ふふ、まさに嫌がらせだな。帝国のプライドを傷つけるぐらいしかもはや我々にはできないが、やるなら徹底的にやってくれ」
「お任せください、帝国には嫌な思いをさせて見せますよ」
「楽しみだな、こんな弱小国に敗北した上に賠償まで求められるなど帝国にしたら恥の上塗りだろう。その時の奴らの顔が見れないのが残念でならないな」
「ええ、全力を尽くしましょう」
フェルディナンドは笑顔で公主に応えると、部屋を後にした。残された公主アルバーノはその後姿を目に焼きつけるように眺めるのだった。
「フェディ、ありがとう…」
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帝都、皇帝の居城を囲むように展開された街並みは帝国内最大の規模を誇る。帝国兵だけではなく、皇帝を守る近衛兵、騎士団の他にも、貴族がそれぞれ抱える私兵団も含めると、数十万の兵が常駐する軍事都市でもある。公国に敗戦したとはいえ、その規模は大きく変わることはない。
すでに敗残兵の収容は完了し、各隊の解体や再編もほぼ終わっている。今回の敗戦は明らかに司令官のオワッタピオ子爵の失策が原因であるため、従軍した将官達には訓戒程度の処罰で済んでいたのも再編が早く終わった原因のひとつだろう。残るはオワッタピオ子爵の処遇のみ、しかしオワッタピオ子爵は自身の無能を認めず、公国の勇者による妨害と主張。実際には勇者と呼べるほどの力も無く、補給部隊に火をつけただけで勇者らしい戦果などかけらもないのだが、オワッタピオ子爵は自身の延命のために誇大に勇者の力をアピールするため、処遇がなかなか決まらないのだ。
皇帝は自身の無罪を訴えるオワッタピオ子爵が、自身で選んだ人事であることと、そもそものお気に入りの人材、太鼓持ちという観点でしかないのはさておき、なので死罪どころか厳罰に処すのもためらう始末である。さらにオワッタピオ子爵の話を聞いているうちに、公国の勇者を脅威と感じるようにまでなってしまう。優柔不断な皇帝と、早々に処罰を行い公国への再戦を果たしたい軍上層部、オワッタピオ子爵と同様無能ながらも高い地位を持つ貴族達、三者が思いのままに喋り、結論が出ない会議が延々と続く。
そんな無駄な時間がダラダラと経過していた時に、帝国南部を荒らす盗賊団が現れた報を受ける。たかが一盗賊団如きに帝国兵を差し向ける訳はなく、現場の部隊で対応させるように指示を出したが、盗賊団の想像以上の力とその全員皆殺しにするという残虐性から思いのほか捕縛に手間取っている様だ。
しかし帝都に居る皇帝にとっては南部の民がいくら殺されようとどうでもいいようで、放置され忘れ去られていた時にようやく捕縛に成功したとの知らせが入る。しかもその盗賊団のボスが公国の勇者と自称しているという聞き捨てならない情報も添えてだ。
オワッタピオ子爵によりとてつもなく誇張された公国の勇者像を信じ込む皇帝により、盗賊団の帝都への護送が決まる。現地で処刑しておけばよかったものの、これがどれだけ愚かな選択だったのかを知るのはもう少し先のことである。
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トカゲ男こと、クズ勇者ツヨシの元を離れたミヤビはグリフィスに乗り帝都目指して空の旅の途中である。
「ねえ、帝都ってどんなとこ?」
『すまない主、我はダンジョンの外のことはほとんどわからないのだ。だがダンジョンに入ってきた冒険者の知識からだと、賑やかな場所だが貴族とやらも多いらしい』
「うげぇ、また貴族かぁ。この世界の貴族って碌なのが居ない印象なのよね」
『貴族とはそういうものでは無いのか?』
「ふふ、まともなのも居ると思いたいけどどうだろうね? ああ、なんか行きたく無くなって来たなぁ」
『我は主の意思に従うぞ』
「でもセルジオさんに行くって言っちゃたしなぁ。ちゃちゃっと行っちゃうか」
『わかった、ではこのまま向かおう』
少し寄り道をしたため、予定よりも時間がかかる事にはなるがグリフィスによる空の旅ならば、大した差異ではない。おそらくあと数日もすれば帝都が視界に入るだろう。
すでに帝都に到着したステファンとセルジオ、護送されていくクズ勇者、さらにコスタリオ公国からの使者としてフェルディナンドも帝都に集まりつつある。そこにミヤビが加わることでどんな事態が巻き起こるのか、平和な帝都に気付くものが居るのだろうか…。
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