OL、クズを一蹴する

「きゃはは! いいぞやっと僕に見合うだけの女を見つけた! こいつは僕のモノだからな!」

 トカゲ顔の男が、満面の笑みを浮かべてミヤビを指差す。


 だが指差されたミヤビは、まるでトカゲなど存在しないかのようにグリフィスと会話する。

「折角見つけてくれたけど、あんなのに興味ないや。さっさと戻ろ?」

『すまない主。無駄な時間を取らせたようだ』


 完全に無視されたトカゲ男は、激高して怒鳴り声をあげる。

「僕を無視するな! 女!お前はもう僕のモノだ勝手にどこかに行くなど許さないからな! その魔物も僕に寄こせ! お前たち、こいつらを捕まえるんだ!」

 トカゲ男は駄々っ子のような内容を叫びつつ、部下たちに指示を叫び命じる。しかし、どう考えても高位の魔物であるグリフォンを相手に戦いを挑もうなどとは自殺行為以外の何ものでもない。結果部下の盗賊たちが誰一人動こうとしない状況にしびれを切らしたトカゲ男はさらに怒鳴り声をあげる。


「とっとと行くんだ! 逃げる奴は僕に逆らうと見なすぞ!」

 トカゲ男の強さは部下たちも理解はしているため、逃げようとしていた者も足を止める。しかし目の前のグリフォンとトカゲ男、いずれが強いかと考えたときにはグリフォンに軍配が上がるのは仕方がない。人語を話す高位の魔物、それはもはや災厄ともいえる脅威なのだ。トカゲ男がいくら強いといってもせいぜい高ランク冒険者と比較できる程度のレベルでしかない。高位の魔物はその高ランク冒険者達が複数パーティーで挑むような相手なのだ、そもそも比較にすらならないという事だ。


 そして動かない部下たちを剣を抜き督戦しだすトカゲ男。さすがに部下たちもトカゲ男に切りかかられるのを避けざるを得ない。しぶしぶと武器を持ちグリフォンを取り囲もうと動き出す盗賊たち。距離を取りつつではあるが、それでも包囲網は完成しつつある。




「臭い! なんで近寄ってくるのよ!」

 ミヤビは突然叫び出したトカゲ男と、その取り巻きをあきれた様子で見ていたが、自分を取り囲もうと動く盗賊の臭いに思わず怒鳴りつける。当然風呂などいつ入ったかさえ定かでは無く、汚れなど川に飛び込む程度でしか洗ったことの無い盗賊たちだ。街で暮らす冒険者達でさえ不潔と言い切るミヤビにとって、そんな盗賊など論外である。そんな悪臭を振りまく盗賊が自身を取り囲もうとしているなど、鳥肌ものでしかない。しかしミヤビの言葉を無視してさらに包囲を狭めようとする盗賊たちにミヤビは切れる。


「臭いから消えなさい!」

 ミヤビが思い切り腕を振り魔法を発動させると、周囲を取り囲んでいた盗賊たちが突然消え失せる。盗賊たちだけでなくそばに生えていた木々や、足元の下草さえも巻き込み周りの悪臭と共に消失したのだ。トカゲ男の指示に従ってミヤビを取り囲んだ男たちが消え失せたことで、残りは半数を割る数、20人程度の盗賊とトカゲ男がその場に残される。だが目の前で繰り広げられた光景に言葉も無くただ固まる盗賊たち。


「女! おまえ僕の部下に何をした!」

 一番最初に正気に戻ったのがトカゲ男であったのは流石というべきか。抜き放っていた剣を握りなおし、ミヤビに向かって構えを取る。その姿に釣られて残る盗賊たちも手に手に武器を構えだす。


「あーめんどくさい。キモいし臭いしだから喋らないで、生理的に無理だから!」

 トカゲ男の動きに思わず叫ぶミヤビ。さすがに生理的に無理といわれたトカゲ男は、思わず一歩下がってしまう。美女から放たれた言葉による、精神的なダメージが応えたようだ。

「ぼ、僕がキモイだと…。これは呪いのせいだ、ホントはもっと美しいんだぞ…」

 何やらブツブツと呟きつつ、光を失った目でミヤビを見つめる。そして彼我の実力差に気付くこともなく剣を構えるとミヤビに襲い掛かる。


「ふざけるなぁっ! お前は黙って僕のモノになればいいんだよっ!」

 トカゲ男はグリフィスの直前で飛び上がり、剣を振りかぶって全力でミヤビを正面から切りつけようと襲い掛かる。そしてそれに合わせてトカゲ男の体臭がミヤビの鼻を突く。


「臭いっ!」

 ミヤビは心底嫌そうに言うと直接触れるのは絶対に嫌なので、腰に佩いたエンシェントドラゴンの素材で作られた剣を抜き放ち、トカゲ男を追い払うために剣を振り抜く。


「えっ! ぐゎぁっぁー!」

 トカゲ男はミヤビの剣を見て、防がれた剣を支えに再度飛び上がろうと体勢を変えようとするがミヤビの力を大きく見くびっていた。だが合わせた剣は切断されるが、空中であったのが幸いしたか弾き飛ばされるだけで済んだのであった。


『主よ、我がやってしまおう』

 嫌そうなミヤビの姿を見てそう言うと、グリフィスは翼を広げて魔法で突風を巻き起こす。突然巻き起こる突風に街道に転がるトカゲ男や盗賊たちは空中に放り上げられ、数十メートル先に叩きつけられるのだった。


「グリフィス、ありがとね。あれは生理的に無理だし助かったわ」

『主の役に立てたのなら重畳だ』


「でもあのトカゲ、自分がって言ってたわよね?」

『うむ、確かに勇者がどうとか言っていたな』


「げぇ、よりにもよってあんな臭いトカゲと同じ扱いなの、私?」

『あの姿には何か理由があるのかもしれないが、力は主の足元にも及ばんな』


「あんなのと比べられるだけでも嫌なんですけどぉ」

『す、すまぬ主よ。だがあの程度であれば放置しても問題ないだろう』


「そうよね、なんか周りに兵隊さんみたいなのもいるし、任せちゃって大丈夫かな?」

『うむ、では帝都とやらに向かうぞ』


「ええ、よろしくね」


 伏せられていた討伐軍の存在などは、とうにミヤビは気づいていたが、関わると面倒そうなのでさっさとこの場を離れることにした。そして突然現れたグリフォン主従は、嵐のように去っていくのだった。




 森に伏せていた討伐軍の兵たちは、離れた場所からその一部始終を見ていた。ここまで準備が必要だった盗賊たちを鎧袖一触で打ち倒したグリフォンと美女。しかし目のまえで起きた光景が理解できず混乱する者、あまりのことに呆然と身を隠すことも忘れて立ち竦む者など、混乱を極めていた。


「なあ、何が起きたんだ?」

「悪い。おれもあんまり理解できてない」

「さっきのはグリフォンだったよな?」

「すっごい美人もいたよな」

「そういや盗賊ってどこ行った?」


 逃亡に備えて盗賊の背後に配置された部隊が到着するまで、森の中の部隊は呆然としていたのだった。


 

 そして討伐隊によって街道に転がる盗賊たちが全員捕縛される。そして捕縛された中にはトカゲ男もいたのだが、気絶しているようで動く様子もない。暴れると面倒なのでトカゲ男は特に厳重に縛り上げられていた。


「なんだこいつは? 魔物なのか?」

「こいつがボスじゃないか?」

「こんな化け物に俺の家族は殺されたのか…」


「お前たち! 一旦ホルツハイムに向かう! 盗賊どもも引きずっていけ!」

 現場の妙な空気を拭い去るようにジャービスは大声で指示を出す。街道沿いとはいえ魔物が現れないというわけではない。戦闘が無い以上、安全な場所に移動するのを優先すべきと判断したのだ。



 ホルツハイム村に到着した討伐隊は、無事に盗賊の捕縛に成功したことを喜び合い、休憩をはさんだのちに解散となり各々の隊は各地に撤収していく。討伐隊の隊長であるジャービスの率いる部隊も、捕縛した盗賊たちを連れて自身の街に撤収していくのだった。


 これで帝国南部を荒らしまわった盗賊の被害は収まることになるはずだと、皆は晴れ晴れとした気持ちで故郷に帰還していく。ジャービスも帰還中に何か忘れているような気がしたが、無事に討伐が完了したので気にするのを止めた。





 数日後、増援として現れたアルベルトが平和な村々を見て、討伐に増援が間に合わなかったことに落胆しつつ、盗賊捕縛の連絡が無かったことでジャービスに当たり散らすのは別のお話。




~~~~~~~~~~



「思ってた以上にまずい状況だな…」

 ステファンはセルジオに集めさせた貴族の勢力を取りまとめた資料を前に、ため息交じりに愚痴をこぼす。


「そうですね、まさかここまで腐っているとは…」

 セルジオがそれに答えるが、その顔はステファンと同様明るいものでは無かった。貴族の勢力、現在どの貴族が力をつけ、どの貴族が没落しそうなのかを調査した結果をまとめたものである。そこからは皇帝に媚びへつらう貴族の勢力が大きく伸び、真面目に民衆の為に力を尽くしてきた貴族の力が落ち込んでいることが読み取れる。さらに詳細を読み解けば、自身の財を増やすためだけに領地に重税を課し、そのほとんどを着服するために天候不順や凶作といったでたらめでごまかす貴族が力を付けていることがわかる。そしてそういった貴族にとって目障りな真面目に税を納める貴族が冤罪や、嫌がらせにより力を失っているのだ。


「自分だけ肥え太ってどうするつもりなんだこの馬鹿どもは、帝国が滅びればその財も失う事に何故気づかないんだ」

「愚かな貴族とは、そういったものですよ。過去にも似たような愚か者は居ましたが、ここまでの数が居るとなると、もはや帝国を支える基盤は失われていると考えるべきでしょうな」


「ああ、この資料だけでも過去の半分も税が納められていない。この状態が続いていたとなると国庫が空になるのも時間の問題だろう」

「それに皇帝陛下は無駄遣いがお好きなようですから、さらに拍車がかかっていると思われますな」


「この状況で公国に新たに派兵を検討中とか、頭がおかしんじゃないか」

「まともな者ならそう判断するのでしょうが、愚かな貴族連中にとっては帝国の名誉が傷つけられたことが大問題なのでしょう。しかも自身の懐が痛まないのであれば反対する理由も無いと考えているのでは」


「自分の懐は痛まなくても、帝国の国庫が空になればどうなるかぐらいわかるだろうが。奴ら帝国を滅ぼす気なのか?」

「何も考えてはいないのでしょうな。暗愚な皇帝を意のままに操り、帝国兵を自在に動かせることに酔っているのでしょう」


「はあ、もはや一刻の猶予も無いな。味方になる貴族と兵力を早急にまとめてくれるか。愚物どもを一掃する以外、もはやどうしようもない」

「確かにこのままの状態では、帝国を立て直すなど不可能ですな。わかりました、早急にまとめ上げます」

 想像をはるかに超える皇帝とその取り巻きの無能さに頭を抱えるステファンを残し、セルジオは一礼すると執務室を後にする。


(はあ、皇帝を誅したとしても、その後がさらに問題だな。誰を次期皇帝にするのか、今の皇帝には世継ぎは居ないし兄弟は全て葬られてる。次に濃い血縁となると公爵家か、それとも…)

 ステファンの悩みは尽きることはないようだ。

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