OL、ワイバーン定食を食す

「なんだとっ! 例の女に手を出した馬鹿が居たのかっ!」

 ヨルグは、ミヤビとの夕食の準備のために風呂に入り身だしなみを整えたところに入ってきた話に、怒鳴り声をあげる。そろそろ日も傾きだしミヤビのいる高級宿に向かおうとしていたときのことであり、なんとか無事に過ごせたと思い安心していたため、その分怒りも大きい。


「それで、状況は!?」

 起きてしまったものは仕方が無いと割り切り、状況把握に努めようとするが返ってきたのは

予想外の内容だった。


「はい、ミヤビという女性に冒険者数名が難癖をつけて拉致しようとしたところ、対象のミヤビという女性が何らかの魔法と思わるものを行使し、冒険者達は全員消失したとのことです」

「消失!? 消失ってことは消えたってことか?」

 ヨルグは間抜けな事を聞いていると自覚しながらも、聞き返さずにはいられなかった。馬鹿が現れることはある程度予想はしていたとはいえ、その結果が予想の斜め上を行くのだ。それでも街ごと吹き飛ぶようなことにはならなかったことに安堵すると、ヨルグは改めて手出し厳禁との指示を出してミヤビのいる高級宿に向かったのだった。




 そのころアルベルトも、騎士団の詰め所でヨルグと同様に騎士団員に手出しは厳禁するとの命令を出していた。領主との会談でミヤビを怒らせるような真似はせず、街の安全を最優先にすると決まったこともある。アルベルト自身が今一つ納得はいかない点もあるが、それでも手出しした場合の反応が大きすぎる可能性が否定できないため我慢しているのだ。部下たちにも同様に求めることは当然ともいえる事だった。


 すでにミヤビの泊まる宿には数名の騎士がもぐりこんでいる。ミヤビの見張り以外にもミヤビに馬鹿な事をする者が居ないよう抑止の意味も兼ねている。そして見張りの騎士から、愚かな冒険者が消されたという報告が上がってきた。直接その様子を見ていた騎士からの報告は、未知の魔法を無詠唱で放ち、相手の冒険者が塵の様に消え去ったらしい。部下の報告でなければ笑い飛ばしてしまうような、信じられない内容であった。さらに報告者はミヤビはまるで自然体で、行使した魔法はその力のごく一部でしかないように感じたとも伝えている。これが真実ならば、やはり恐るべき力を持った女と判断せざるを得ない。


 夕食までにミヤビの力の一端だけでも確認できたのは大きい、愚かな冒険者たちの死も無駄では無いということだ。あのグリフォンを従魔にできる力は持っているのは確定と考えておいた方が良いだろう。少なくとももう無力なただの女の可能性は完全に否定された。後は本当に人間なのかどうか、その一点が気になるアルベルトだったがミヤビの脅威度を考えるとどちらでもよい気がしてきて、考えるのをやめるのだった。


 そして、ミヤビについての情報収集を目的として、アルベルトも高級宿に向かうのだった。もちろんミヤビの言いつけを守り風呂に入るのを忘れていなかったは、アルベルトにとって幸いな事なのだろう。





 そして、ノイルガウの主要人物の注目を一身に集めるミヤビはその頃何をしていたかといえば、宿の厨房を借りて土鍋でご飯を炊いていた。炉を一つ占有しニマニマと笑みを浮かべながら土鍋を眺めるミヤビの姿は、厨房で働く料理人たちを一歩引かせるのに十分な怪しいものであった。


「はじめちょろちょろ、なかぱっぱ♪」

ミヤビは楽しそうな笑みを浮かべ、無意識に口ずさむ。


「ワイバーンのお肉でまず食べるでしょ、それからお結びもいいわね。おこげが出来てるとうれしいな♪ あっ、お茶漬けもすてがたいわよね」

 アルベルトやヨルグとの夕食のことなどきれいさっぱり頭から消え去り、炊き立ての土鍋ご飯をどう食べようかしか考えていないミヤビ。そしてその様子を横目で距離を置きつつ眺める料理人たち。


「あっ! お箸が無いわよね」

 ご飯といえばお箸、お箸の国の人であるミヤビにとってはご飯をスプーンで食べるなど考えたくもない。料理人に確認しても箸はやはり無いらしいので、収納を漁ることにした。たしかこの世界に飛ばされたときに持ってきた鞄に弁当箱が入っていたはずなのだ。久しぶりに元の世界の鞄を見て感慨深いものがあったが、それよりもご飯に意識を取られているミヤビは弁当箱を取り出して箸を確認する。


「あった、あった!」

 昼食後給湯室できれいに洗浄していた弁当箱と箸を見て、笑みを浮かべるミヤビ。そしてその姿を見てさらに一歩遠ざかる料理人たち。そしてようやく土鍋が吹いてきて炊き立てご飯の香りが漂ってくると、さらにミヤビは笑みを深める。


「たしか吹いたら弱火で、最後に蒸らしだったわよね」

 ミヤビは箸を片手に、火加減を注意深く調整する。そのときニヤニヤと笑みを浮かべるミヤビの姿にドン引いていた料理人の一人が、そんなミヤビに声を掛ける。


「お客さま、そろそろワイバーンのステーキが焼きあがりますがいかがいたしましょう?」

 突然声を掛けられ現実に戻ってきたミヤビは、土鍋の様子を見つつ答える。


「そうねあと10分ほどでこっちも出来上がると思うから、それに合わせて準備をお願いできる?」

「承りました。それでは10分後に出来立てを提供できるよう準備させて頂きます」

 そう言ってその料理人が下がると、今度は受付の男が厨房に顔を出す。


「ミヤビ様、お連れ様が参りましたが食堂にお通ししてよろしいでしょうか?」

「ん? 誰?」


「騎士団長のアルベルト様と、ギルドマスターのヨルグ様のお二方になります」

「あ~、そういえば夕食がどうとか言ってた気がするわね。いいわよ食堂にお願いね、私も10分ほどで行くから」


「承知いたしました」

 受付の男は丁寧に頭を下げて厨房を後にする。ミヤビは奇麗に忘れていたふたりのことを思い出し、ご飯が足りるかを心配し始めていた。


 やがてご飯が炊きあがり、土鍋の蓋を取り満面の笑みを浮かべるミヤビ。近くにいた料理人に食器の指示を出してから、ふたりを待たせている食堂に向かうのだった。




「お待たせ、ちょうど料理が出来上がったわ」

 ミヤビは待たせていたふたりに軽く挨拶すると、同じテーブルに腰を下ろす。大きな4人掛けのテーブルで男ふたりが両並び、その向かいにひとりミヤビが座る形だ。ミヤビが腰を下ろしたタイミングで料理が運ばれてくる。オードブルや前菜といったコース形式ではなく、いきなりメインのワイバーンのステーキが同じように3人の前に並べられる。だがその後並べられた主食には違いがあった。男ふたりには普通のパンとスープなのだが、ミヤビには定食のように土鍋とそこの深い小ぶりな器が並べられた。そしてその土鍋を見るミヤビはとても嬉しそうな笑顔を浮かべている。


「ミヤビ殿? その鍋は一体なんなのだ?」

 ヨルグはミヤビの笑顔を訝しみ、問いかける。


「ふふふ。これはね、ご飯って言うのよ♪」

 そう言ってミヤビが土鍋の蓋を取ると、炊き立てのご飯の香りが湯気と相まって鼻腔をくすぐる。しゃもじはさすがになかったので大きめのスプーンで茶碗代わりの器にご飯をよそう。土鍋の底の部分にちょうどおこげが出来ていたのでそこを丁寧にご飯の上に盛り付ける。


「さあ、折角のワイバーンだし冷める前にいただきましょう♪」

 ミヤビは、置いてけぼりを食らったかのような顔をしているふたりをよそに、早速箸を進めだす。まずはご飯の味見と、おこげの部分をつまむと口に頬張る。ワイバーンのステーキを一口サイズに切るとご飯の上にのせて一緒に頬張る。目の前で繰り広げられる、あまりにも幸せそうなその姿に男たちはただ見とれていた。


「どうしたの? 食べないの?」

 ご飯の器を空にし、おかわりをよそおうとしたときにようやくミヤビは目の前のふたりが食事に手を付けていないことに気付く。


「い、いや。ミヤビ殿があまりにも美味しそうに食べるのに見とれていてな…」

「あ、ああ、そうだ。我々も冷める前に頂くとしよう」

 ヨルグとアルベルトは、再起動するとそう言ってようやく料理に手を付けだす。


「美味いっ! これがワイバーンの肉なのか、初めて食べたがこりゃ絶品だな」

 ヨルグはステーキにかぶりつくとそう言って笑みをこぼす。


「ああ、あのワイバーンがこれほど美味いとはな」

 アルベルトも同じように表情を緩めて同意する。だがミヤビはふたりの話など聞いておらず、ただただ久しぶりのご飯に夢中だった。その様子にミヤビの食べているものが気になったヨルグは思わず尋ねてしまう。

「ミヤビ殿、その白いものは何なのだろう? ひどく美味そうに食べているので気になってな」


ミヤビは夢中で食べていた手を止めると、ヨルグに答える。

「お米よ、私はご飯って呼んでるけどね。ちょっと食べてみる?」

そう言うとすぐにミヤビは土鍋から軽くご飯をすくうと、ヨルグの皿にのせてやる。


「ふむ、初めて見る食材だな。ミヤビ殿の国のものなのか?」

ヨルグは初めて見るご飯に恐る恐るスプーンをのばしながら尋ねる。


「うーん、私の故郷の料理というか主食だけど、手に入れたのはこの街よ」

「ほう、ん? これはなかなか、うん、美味いな。パンよりもステーキにあう気がするな」

ヨルグは一口ご飯を口に入れるとまんざらでは無い顔をして感想を伝える。


「へへ、よかった。こっちの人でも口にあうんだね」

「ミヤビ殿、私にも少し分けていただくことはできるだろうか?」

ふたりのやり取りを見ていたアルベルトが、艶やかに美味そうに輝くご飯を見てたまらず声を出す。ミヤビはヨルグと同じようにご飯をアルベルトの皿にのせてやると、アルベルトも美味そうに食べるのだった。



「長くこの街にも住んでいるが、こんな美味いものを見逃していたとはな」

「ああ、モノは見たことはあるのかもしれんが、このような料理法は初めてだな」

ふたりはすっかりご飯が気に入ったようである。


「少しなら分けてあげるわよ、あるだけ買い占めたからね」

そう言うとミヤビは収納からコメの入った袋をひとつずつ渡してやる。そしてコメの精米や炊き方などを簡単に伝える。


「なるほど、この種のようなモノは見たことがある。しかしこれがさっきのご飯になるとは不思議なものだな」

「ああ、東方からの希少品と聞いたことがあって一度食べたことがあるが、炒っただけで大して美味いとは思わなかったが、料理法を変えるとここまで変わるのだな」

ふたりはミヤビに感謝しつつ、コメを納めていた。それから雑談が続くがアルベルトは当初の目的を忘れてはいなかった。



「それで、ミヤビ殿はどこに向かわれているのだ? 急ぎの旅で無ければ、ぜひゆっくりとしていってもらいたいが」

「いちおう帝都を目指してるんだけどね、待ち合わせもあるからあんまりゆっくりはしてられないのよ。ごめんね」

「ほう、帝都か。あのグリフォンで乗り付けたら大騒ぎになるだろうな。帝都のギルドの連中も慌てふためくといい」


「別にグリフィスは私の騎獣だし、帝都だからってそこまで気を使うこともないだろうからそのまま乗りつけるつもりよ」

「わはは! ぜひ頼む。帝都のギルドの連中は、お高く留まって気に入らないからな。騎獣で乗り付けるのは別に罪ではないし、ミヤビ殿が責められる事は無いだろうからな」

「ヨルグ、あまり妙な真似を勧めるな。帝都に居る馬鹿な貴族なら、グリフォンを寄こせとか言って面倒になりかねんぞ」


「馬鹿が来たらやり返すだけよ。貴族だからって遠慮するつもりはないし」

「おいおい、さすがに貴族に歯向かうのは不味いだろう? 帝国で貴族に逆らえば即お尋ね者だぞ」

「ああ、ヨルグの言う通りだ。余計な揉め事は極力避けた方がいい」


「ありがとね、心配してくれて。じゃあ出来るだけ目立たないようにはしてみるかな? 多分…」

「多分って、おい。ほんとに貴族に絡まれると面倒だからな、気を付けてくれよ」

「そうだぞ、特に今の帝都には皇帝陛下に媚びへつらうだけのろくでもない貴族が多いからな。十分気を付けた方がいい。それに連邦と交戦中とはいえ、帝都にはまだまだ兵の備えはあるからな。下手をするとその軍に追われることになるから気を付けた方がいい」


「ふうん、了解! 出来るだけ気を付けてみるように頑張ってみようかな? って感じで、ね?」

「はあ、まあミヤビ殿なら何とかしてしまいそうだが、これでも帝国民として騒動は避けてもらえるとありがたい」

「確かにな。あのグリフォンもいることだし、ミヤビ殿がどうこうされるのは想像できんな」




「じゃあご飯も食べたし、今日はゆっくり休んで明日にでも出発するわ。色々教えてくれてありがとね」

そういってミヤビはふたりを置いて席を立つ。残されたふたりも笑顔でミヤビを見送るのだった。

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