OL、コメを見つける
「はぁ~、やっぱりお風呂は良いわよねぇ」
ミヤビはヨルグと別れ、ひとり部屋の風呂でくつろいでいる。用意された部屋は想像以上に広く高級な調度が整っていた。風呂も10人は入れそうなサイズで思い切り手足を伸ばしても十分余裕のあるものだった。
「そういえば、化粧品も使えないけど肌は前よりいい感じよね」
ミヤビは風呂につかりつつ、全身を撫でてその感触を試す。元の世界に居たときよりも、陽を浴びる機会も多く当然日傘など指さない、日焼け止めも化粧水も使わない暮らしなのだが以前よりも張りも艶も良くなっている気がする。髪も何もつけていないというより、この世界にはリンスもコンディショナーも無いのだが、以前よりも良い状態が保たれている。
「それに全然太らないのよね?」
ドルアーノでは、暇にあかせて好きなだけ飲み食いしていたはずなのだが、特に太ることもなく逆にウエストは引き締まり、出るところはしっかり形よく維持されている。世の女性からすれば嫉妬に狂いそうなスタイルを何の努力もなく、それどころか暴飲暴食に近い生活をしつつ維持できているのだ。
「まあ、いいことだし気にすることもないか!」
考えても答えは出ないだろうと、ミヤビらしく気にすることを止める。女子として奇麗になることに何の不満もないし、それが努力せずに手に入るのだ。逆なら大問題だが、そうでない以上気にする必要はない。
のんびりと風呂を堪能した後は、楽な服に着替えてベッドに転がる。部屋に入る前にワイバーンの肉は渡してあるので、どう料理されるのか楽しみである。帝都に向かうという以外特に今のところ目的も無いので、はっきり言って暇である。まだ昼を少し回ったぐらいの時間、昼食はグリフィスの上で収納にあったものを適当につまんでいたのでお腹は減っていない。
このまま夕方までゴロゴロするのもつまらないと、街を散策することにした。
~~~~~~~~~~
「いいな! あのグリフォンに乗ってた女には絶対に手を出すな! 声を掛けることも許さん!」
ヨルグはギルドに戻ると、状況を知りたいと集まった冒険者たちに指示を出す。だが、それは冒険者たちに疑念を抱かせるだけの悪手であった。何の説明も無く手を出すなといわれて素直に聞くような者は冒険者などになるわけがない。無理やり隠そうとするギルドマスターの態度に、逆に美味い話が隠れているのでは? と考える者がほとんどだった。その上つい最近あった帝国からの依頼で低ランクの冒険者が大量に街を出たまま帰ってこない。ノイルガウに残っているのはそれなりに腕に覚えのある高ランク冒険者しかいなかったのも話をややこしくしている。
低ランクならギルマスの言う事にはある程度従うのだろうが、高ランクになればそれよりも自分の判断で行動するのは、自己責任が問われる冒険者としては当然のことなのだ。
ヨルグにしても冒険者たちの考えは手に取るようにわかるが、強者と聞けば勝負を挑もうとするのが冒険者というものだ。しかも相手は見た目に関しては、戦いから縁遠い美女にしか見えない。下手に情報を流せば問題が起こるのは間違いなく、無理やり抑えつけるしか手が無いのだ。
それにヨルグにしてもミヤビの実力は目にしていない。あのグリフォンを従えている以上弱いわけはないが、あの嫋やかな姿からはその力が全く想像できないのだ。装備は非常に上等なものに見えたが、ジロジロ見て機嫌を損ねたくないという思いから、詳しくは確認できていない。おとなしく宿に引きこもっていてくれればよいが、街に出てきたらと思うと胃が痛くなりそうだ。
アルベルトとの暗黙の了解で手は出さないようにさせようとはするが、実際どの程度効果があるのかはわからない。ヨルグは痛む胃を押さえながら神に祈るのであった。
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ミヤビは宿を出ると、まずは商店が連なる地域に足を運ぶ。宿までの道すがらヨルグに聞いたのは、ワイバーンのせいで必需品以外の品ぞろえは良くないとのことだったが、それでも折角だからと見に行くことにしたのだ。
しばらくは大したものも無く、やっぱり聞いた通りだなとあきらめ半分で商品を眺めつつ店を転々と覗いて回る。だが、ただでさえ人気の少ない商店の中でもひときわ人のいない商店を除いた時だった。
「あっ! お米だっ!」
そう、その商店にはコメが商品として並んでいたのだ。主食はパンであるこの世界、コメなど嗜好品にしかならないのであろう、山積みされた袋入りのコメは誰からも見向きもされず放置されてきたに違いない。だがお米の国のミヤビにとって、それはまさに宝の山に見えたのだ。
「ねえ? これっていくらするの?」
ミヤビは店主に値段を確認する。店主は久しぶりの客なのだろう、愛想よくミヤビの相手をする。
「ああ、これかい? 東方の商人から試しに仕入れたんだがね、誰も興味が無いみたいで売れ残りなんだよ。もしお姉さんが買ってくれるなら、安くさせてもらうよ」
「ちょっと手に取ってみてもいい? 出来たらちょっと貰えると嬉しいかな?」
ミヤビは山積みされたコメの手前にあるサンプルを指差して確認する。
「ああ、どうせ売れないんだ好きにしてくれていいよ」
店主は投げやりに了承する。ミヤビは何粒かのコメ、精米前の籾殻の付いたものを手に取り指先でほぐすと口に含み記憶の中の米と比較する。見た目はジャポニカ米の様に丸みを帯びた形状、タイ米のような長細いものでは無い。後は味だが、ミヤビも生米を口に含んだのは子供のころ零れたコメを食べた以来で、正直比較は難しい。だが、口に入れたときの感覚からおそらく味は落ちるかもしれないが元の世界で口にしたものと大差ない気がした。
「これ、あるだけ頂くわ!」
ミヤビは勢いに任せてそう宣言する。
「いいのかい? こっちは助かるがそれなりの量があるぞ?」
店主は大人買いするミヤビを見て。気を使って確認する。
「いいの、でおいくらかしら?」
「あ、ああ。裏にも結構な量があるが、どうせ売れる見込みもないし金貨5枚で買って貰えたら助かる」
「どれぐらいあるの?」
「ここに出してる10倍以上はあるかな?」
店主は山積みされた小袋を指差して答える。ざっと見た感じ、一袋当たあたり1キロは入ってそうだ、それが100袋はないかというほどの量である。その10倍以上となると、千キロつまり1トン以上はあるということだ。金貨1枚が10万円程度のはずだから50万円で1トン以上なら妥当な額だろう。東方から仕入れたとなると破格の割引かもしれない。
「買った!」
ミヤビはざっくり計算すると、その場で即決する。店主は驚いた顔をするがミヤビの知った事ではない。すでに炊き立てご飯が思考のほとんどを占めているのだ。収納から金貨を取り出すと店主に握らせる。店主が頷くのを見るやいなやコメをすべて収納に格納し、裏といわれる場所に案内させる。店主はいきなり消えたコメに驚くが、金を受け取った以上案内するのに否やはない。店の裏手にある倉庫に山積みされたコメを指し示すと、ミヤビはさっきと同様に収納していく。
「お姉さんはマジックボックスか何か持ってるのかい?」
店主は何とかミヤビに確認しようとするが、ミヤビの返事はそっけない。
「そんなの、どうでもいいじゃない。それよりこれで全部かな?」
「ああ、これで打ちにあるコメは全部だよ。ほんとに助かったよ、こいつのせいで他の商品の置き場所が無くて困ってたからね。
ちなみに教えて欲しいんだが、このコメってのはどうやればうまく食べれるんだい?」
「ふふふ、コメは炊くものよ。この辺りに土鍋を扱ってる店はない?」
「土鍋? 土を焼いて作った鍋の事かい? それなら向かいの店で扱ってたと思うよ」
「ありがとう! コメは土鍋で炊き上げると絶品なのよ、早く帰って試さなきゃ!」
ミヤビは挨拶もそこそこに店を飛び出すと、向かいの店に飛び込みよさげな蓋つきの土鍋を飼うと宿に急いで歩き出す。
店主は嵐のように過ぎ去るミヤビを、ただただ口を開けて眺めるだけだった。
「やっと見つけたぜ、ネェチャン! てめえがワイバーンを仕留めたグリフォンの飼い主なんだろ?」
コメを見つけてウキウキ気分で宿に戻ろうとしていたミヤビを、薄汚れた冒険者達が取り囲む。冒険者はそれなりに腕に覚えのある者達、なかには過去ワイバーンの討伐に参加し、成功した者もいる。今回のワイバーン討伐でも美味しい思いが出来ると見込んでいたのが、突然現れたグリフォンに横取りされた気分の者達が、グリフォンに乗っていた女を探して街中をうろついていたのだ。
だが、タイミングが致命的に悪かった、声を掛けた冒険者たちにとって。ミヤビはすでに炊き上がったご飯のことで頭がいっぱいの状態である、それを邪魔されたのだ。もはや平穏無事な決着など望む方が愚かとしか言えない状況である。
「何? 話しかけるならお風呂に入って奇麗にしてからにして。臭いのと話す気はないから」
ミヤビは楽しい気分をへし折られ、ブチ切れる直前である。
「ふざけるな! これだけの人数相手にたかが女ひとりでどうするつもりだよ? いいからガタガタ言わず黙っておとなしく俺たちに付いて来い!」
「へへへ、思ったよりいい女じゃないかよ。こりゃ別の楽しみも増えたってもんだな」
「こいつが居ればしばらく娼館通いもしなくて済みそうだぜ」
冒険者はミヤビの静かな怒りにも気づかず、好き勝手なことを口にする。
「話が通じないなんて面倒ね、消えなさい!」
ミヤビは会話することすら面倒になり、腕を振り魔法を発動させる。発動したのは分解、カークブルでミヤビを捕らえようとした貴族に放ったものと同じものだ。
ミヤビに手を伸ばそうとしていたミヤビに近い冒険者から塵と化していく。後方に居た冒険者ですら何が起こったかわからないまま、その場に立ち竦んでいる。そして数秒と掛からずにミヤビに絡んだ冒険者たちは跡形もなく消え去ったのだった。
当然街中でのこと、ミヤビの所業は通行中の人々の目に留まるが、あまりの出来事にミヤビに声を掛ける者は居ない。そしてミヤビがその場を立ち去った後に、口々に噂が駆け巡り始めるのだった。
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