OL、扱いに困られる

 そうしてその姿がはっきり見える距離まで、グリフォンはやって来たのだった。


「おい! 誰か人が載っていないか?」

 城壁で立ち竦んでいた騎士団のひとりが叫ぶ。黄金のグリフォンの上に白っぽいドレスのようなものを着た黒髪の女らしき人影が見えたのだ。


「馬鹿な…、あのグリフォンを騎獣にしているとでもいうのか…」

「騎獣にするって、魔物を従わせる必要があったよな…」

「まさか…、あのグリフォンに勝ったとでもいうのか…」

 口々に話し出す騎士団と冒険者達。信じられない、信じたくない現実に戸惑いどうすればいいかわからなくなる。少なくともあの女はグリフォン以上の脅威である可能性は否定できないのだが、その華奢な姿からは想像が出来ないのだ。


 そうして城壁の上で固まっている間に、ついにグリフォンが城門前に降り立つ。やはり人は乗っていたようで、その背から黒髪のスタイルの良い女が飛び降りグリフォンの頭を撫でている。


「やっぱり、騎獣なのか…」

「いい女っぽいが、手を出したら瞬殺されるんだろうな…」


「ヨルグ、まずは会話が出来るなら俺達が行くべきだろう」

「そうだな、アルベルト様。万一馬鹿が居れば、ノイルガウが滅ぶかもしれんからな」

 騎士団長のアルベルトと、ギルマスのヨルグは呆然と呟くばかりの者達を放置し、慌てて城門に駆けて行くのだった。




~~~~~~~~~~




「あれ? 城門前なのに誰もいないわね? 留守なのかしら?」

『主…、これだけの街なのだ人が居ないわけは無かろう。おそらくワイバーン共の姿を見て怯えて引っ込んでいるのではないか?』

 城門前でグリフィスから降りたミヤビは、無人の城門を見て困惑する。これだけの街の城門に誰もいないなどあり得ないはずだし、人通りも全くないなど意味が解らない。グリフィスが説明してくれるが、今一つ腑に落ちないようだ。


「ふうん、あんな羽の生えたトカゲ程度が怖いんだ? グリフィスでも簡単に倒せたんだから、そんなに大した相手じゃなかったんじゃないの?」

『主よ、これでも我はグリフォンの王だ。そのうえ主に従属したことでさらに力は上がっている。主を基準に考えるのは止めた方が良いぞ』


「そうなの? まあ私のステータスもおかしなことになってるし、そう言うもんなのかな?」

『主が規格外であることは間違いないぞ。人間の国を相手にしても十分過ぎるだけの力はあると思う』


「失礼ね! 私はか弱い女の子なの! 人を化け物扱いしないでよね」

『我を従えた時点で、か弱いというのは無理があり過ぎると思うが…、主がそう言うのであればそうなのであろう』


「もういいわ。 それよりどうしよっか? このまま中に入ってもいいのかな?」

『主、誰かが向かってくるようだぞ』

 グリフィスの視線の先に、ふたりの男が駆け寄ってくるのが見えた。



「ねえ、街に入るのって手続きはいらないの? 城門に誰もいないからどうしようかと思ってたのよ、良いところに来てくれたわ」

 ミヤビは何事もなかったかのように、駆け寄ってきた男たちに話しかける。


「失礼だが貴方は何者なのだ? そしてそこのグリフォンは貴方の騎獣なのか?」

「質問に質問を返すのってどうなの?」

 ミヤビは鎧姿の男を軽く睨む。


「す、すまなかった。あまりにもいろいろあり過ぎて混乱している様だ。まず質問に答えさせてもらうと、今は緊急事態という事で城門の衛兵たちも避難しようとしているので無人なのだ。そして本来であれば、街に入るには身分証を提示してもらう必要がある」

「ふうん、ありがと。それで何があったの? 緊急事態って穏やかじゃないわね」


「えっ! いや、そのなんだ、ワイバーンの群れがだな…」

鎧姿の男、アルベルトは、(お前が言うな!)と叫びたいのを抑え、なんとか答えようとする。


「ああ、あの羽の生えたトカゲたちのこと? あんなのが緊急事態なの?」

「トカゲっ?! う、ごほんっ、失礼。ワイバーンのような災害級の魔物が群れを為してやって来たのだ、これほどの事態は十分緊急事態といえるだろう」


「そうなんだ、なんかごめんね。折角迎撃しようとしてたんなら、うちのグリフィスが横取りしたみたいになっちゃったね」

「い、いや。こちらこそ助かった、感謝してもしたり無い程だ。おかげで無傷でこの街を守りきれたのだからな」


「ふうん、なら問題なしってことで良いよね? そうだ! ワイバーンって美味しいのかな?」

「はぁっ?! ワイバーンを確保しているのか? 確か、そうだな…、食用になるというのは聞いたことがあるが、味まではわからんな。役に立てず、すまない」

 アルベルトはミヤビのペースにはまり、しどろもどろになりつつも何とか会話を続ける。その横でヨルグが唖然とした顔でいるのは、仕方のないことであろう。しかし何とか己を取り戻したヨルグがミヤビに話しかける。


「お嬢さん。儂はヨルグ、このノイルガウで冒険者ギルドのギルドマスターをしている者だ。率直に問うが、この街にはどのような用事で来られたのだ?」

「あら、丁寧な挨拶ありがとうね。私はミヤビ、ただのか弱い女子よ。

 そうね、別にちゃんとした用事はないんだけどお腹が空いたから何か食べて行こうかなってのと、いい宿があれば泊まっていこうかなと思って」


「なるほど、そう言う事なら歓迎するよ。ミヤビ殿、ようこそノイルガウへ。

 それとさっきのワイバーンの件だが、かなり美味いと聞いたことがあるな。良ければ持ち込んで調理してくれる宿を紹介するぞ」

「おぉっ! ありがとうねヨルグさん、是非宿の方はお願いするわ」


「おい、ヨルグ。勝手に話を進めるな」

 アルベルトが横から割り込むが、ヨルグは気にもせず答える。


「なら、追い返せというのか? ミヤビ殿と誼を結ぶ方が、追い返すよりも遥かに良いと思うが」

 暗に追い返して反感を買えばどうなるかわかっているのかと、強い視線でアルベルトに答える。


「う、うむ、そうだな。騎士団長としてミヤビ殿の来訪を歓迎しよう。出来れば夕食でも共にしたいものだ」

 慌ててアルベルトも、ミヤビに友好的な視線を向ける。


「まあ食事ぐらいは別にいいけど、身ぎれいにしてきてよね。不潔な人とは食事したくないから」

「あ、ああ、もちろんだ。ご婦人との食事なのだ、その位は当然だな」

「良ければ俺も混ぜてもらえるか? 当然風呂に入って奇麗にしていくからな」


「ふふ、いいわよ。それより入ってもいいなら立ち話もなんだし、その宿屋に連れてってよ」

「ああ、早速行くか? 金に余裕があるか? 何軒か候補があるから、財布にあった場所を紹介するぞ」

「いや、ワイバーンを討伐してもらったのだ。ミヤビ殿の宿代は騎士団で持つから、最高級の宿を紹介してくれ」


「アルベルト様は太っ腹だな。まあそう言う事ならいい宿がある、案内するよ」

「ふふ、ありがとね。それじゃあグリフィスは一旦ここまでね、また移動するときに呼ぶからよろしくね」

『わかった主よ。ひと時の間戻らせてもらう事にする』

 グリフィスの足元に魔法陣が広がると、グリフィスは姿を消した。


「お、おお。これは召喚魔法なのか? あれだけのグリフォンを騎獣にするだけでなく従属までさせていたのかミヤビ殿は…、恐るべき強さなのだな」

「失礼ね、か弱い女子に向かって言うセリフじゃないわよ」

「ははは、今のはアルベルト様が悪いな。女性の扱いは相変わらず苦手のようだな」


「うるさいぞヨルグ! だが確かに女性にかける言葉ではなかったようだ、失礼したミヤビ殿」

「まあいいわ、それより早速連れてって」


「ヨルグ、すまないがミヤビ殿の案内を頼む。私は今回の件の報告と事後処理があるのでな。夕食までには一段落付けるようにするから、宿が決まったら騎士団まで連絡をくれ」

「ああ、任された。騎士団の奢りなら例の最高級宿にするつもりだから、それとギルドの方にも誰か走らせてくれると助かる」


「ああ、わかった。それでは後ほどミヤビ殿、一旦失礼する」

 そう言ってアルベルトは走り去っていった。残ったミヤビとヨルグは人通りの少ない街の通りを連れ立って歩く。


 アルベルトとヨルグの、ミヤビとのやり取りを聞いていた騎士団員が、緊急事態は回避できたと判断し民衆の避難を取りやめさていた。とはいえ、いまだ避難のために動いた者もほとんどいなかったため、皆自宅で取りまとめた荷物を紐解いてでもいるのだろう。そのため通りにはほとんど人が居ないのだった。


 歩きながらヨルグは当たり障りのない会話で場をつなぐ、肝心な話はアルベルトが同席しているときにする方が良いと判断したためだ。そのため食用の魔物の話や、どの魔物が美味いか、調理方法についてなどを説明しているうちに、目的の最高級宿に到着した。



「へぇ、すごい処ね。ヨルグさん、ありがとね」

 そこは高位貴族の屋敷と見間違うほどの凝った造りと、奇麗に整備された敷地をもつ宿であった。3階建てのようで、ヨルグによると各部屋に風呂が備え付けられているらしく、ミヤビは中に入るのが楽しみになった。



「いらっしゃいませ。本日はお泊りでしょうか?」

 建物に入ると奇麗に身だしなみを整えた男が声を掛けてくる。


「ああ、騎士団の奢りだからそっちに付けといてくれ」

 ミヤビが答えるよりも先にヨルグが答える。どうやらヨルグの顔をみて上客だと判断したのか男は姿勢を正して対応する。


「畏まりました。お荷物等ございませんか? 無ければ早速受付をさせて頂きます」

 男は受付らしきカウンターに向かうとミヤビの身分書を預かり、登録を流れるようにこなしていく。


「ヨルグ様のご紹介ですので、最上階のお部屋を用意させて頂きます」

 ギルドマスターはよほど信用されているのだろう、最上階ならこの宿の中でもハイレベルと思われる部屋を用意してくれるようだ。ミヤビにすれば風呂があればいいだけだが、いい部屋になって困ることはないので素直に了承する。


「じゃあ、一旦俺もここで失礼させてもらうよ。夕方ごろにまた来るからその時に食事にしよう」

 そういってヨルグは宿を後にする。残ったミヤビも受付の男に案内されて部屋に向かうのだった。



~~~~~~~~~~



 ミヤビと別れたアルベルトは、シュタッドミュラー候のもとに急いで向かっていた。

(なんなんだあの女は? 美しい女ではあるがあのグリフォンを従属させるなど意味が解らん。従属させたという事は、あのグリフォンよりもあの女の方が強いという事だがどうみてもそれほどの強さを持つようには見えない。

 だが下手に手を出して、その強さが本物であれば冗談ではなくノイルガウが滅ぶ可能性もあるからな。まずは領主様に報告し、今後の対応を決めなければ)


 アルベルトはミヤビの見かけから大したことは無いと思いつつも、グリフォンを従えている以上それなり以上の力はあると思っている。だがあのふざけた態度や物腰からはとても強者の威厳を感じ取ることはできなかった。ひょっとしたら人間ではない可能性すらありうる、伝説にしか残っていない魔族や魔人といわれても納得してしまいそうな状況なのだ。しかしそれを確認するような賭けには出ることはできない。賭けに勝ててもミヤビの強さが大したことが無いとわかるだけ、負ければノイルガウが滅びるかもしれないのだ。そしてハイリスク・ノーリターンといっても良い賭けに手を出すほどアルベルトは愚かではなかった。



「つまり、そのグリフォンが今回ワイバーンの群れを討伐してくれたという事か。いずれにせよ、この街と民衆が無事で何よりだな。

 それで、何が問題なんだねアルベルト?」

 シュタッドミュラー候フレデリックはアルベルトからの報告を受け、無事に危機を乗り越えられたことに胸をなでおろす。しかし、アルベルトの顔はそれだけでないなのかを感じさせる。


「私が気にしているのは、そのグリフォンを従属させている女の事です。普通に考えれば魔物を従属させているという事は、その魔物以上の力を持つということ。しかしワイバーンの群れを瞬殺するような魔物を、ただの人間が従属させることが出来るものなのでしょうか?」

「何が言いたいんだ、アルベルト?」


「あの女は本当に人間なのかという事です。伝説の魔族のような類のものでなければ良いのですが、帝国、いや人間に対して敵意を持っていないかを懸念しているのです」

「その女がもし敵対するとなった場合、そして本当にグリフォンを従属させるだけの力があったとして、君にどうにかできるのかね?」


「いえ、騎士団をすべて差し向けても勝てるとは思えません」

「つまりはそう言うことだろう? 手の出しようもない相手なんだ、出来る限り丁重に相手をして、何事も無く街を出てもらう。これ以外にやりようはないのではないかね?」


「はっ、おっしゃる通りです」

「悔しいという気持ちもわからんではないが、ノイルガウを守るためだ。その女の化けの皮をはがすのは我々の役割ではない、私にはこのノイルガウとその民たちを守る責任があるのだからな」


「わかりました。今後の為にこの後その女と食事する時間を取っております、そこで女の目的や目的地を可能な限り聞きだすようにします」

「うむ、そうだな。その女についての情報はいくらあっても多すぎるという事は無いだろう。こちらでも手を尽くそう。

 もう一点気がかりなのは、その女に手を出す者が居ないかという事だ。君ですらその女に心を囚われている、冒険者のような者たちの中には愚かなことをしでかす者もいないとは限らないからな」


「そちらはヨルグとも協力して抑えるようにします。女の泊まる宿にも騎士団の者を潜りこませていますので、ある程度の監視はそれで可能と考えています」

「くれぐれもその女に手は出させないようにな、目的はこのノイルガウを無事に守り切る事だ。それ以外はすべて些事と割り切ってくれたまえ」

 フレデリックはアルベルトに念を押す。万が一その女が想像通りの力を持っていたとすれば、その逆鱗に触れるようなことには決してさせてはならない。自らの館で隔離することも考えたが、もしフレデリックがターゲットであった場合それは愚挙としか言いようがない。領主である自分と、ノイルガウを守るためにアルベルトに期待するしかないのだ。


 そうしてある意味ではワイバーンよりもたちの悪い脅威であるその女、ミヤビについての対応を共有し、アルベルトは領主の館を去るのだった。

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