OL、道に迷う

「ねえ、グリフィス? 帝都の場所って分かる?」

 私はカークブルの街から飛び立ち、一路帝都へ! とグリフィスを向かわせようとしたが、帝都の場所を知らないことに気が付いた。ドルアーノの街の方向は分かるが、正直なところ帝国の地理が全く分からない。


『主よ、我はダンジョンで生まれ育ったのだ。帝都とやらの場所など分かるわけがない』

 グリフィスの冷静な回答にミヤビは頭を抱える。多分ドルアーノよりカークブルの方が帝都には近いはずと、おおざっぱな感覚で適当に進路を決めることにした。


「じゃああっちよ! 多分…」

『主…』

 とりあえず方向は決めたが主従共に全く自信のない空の旅が始まるのだった。



 グリフィスに高高度を飛ぶように指示し、街道沿いに適当に飛んでいく。途中に村程度の規模の集落は見つけたが、わざわざ立ち寄るようなことはしない。降りていき道を聞けばいいのだが、何となく帝都の場所を聞くのが恥ずかしかったのだ。


 目的地の場所がわからないことを除けば、空の旅は快適だ。グリフィスの魔法で風は遮られているため、ミヤビはフワフワの羽毛にまたがりのんびりと景色を眺める。


「はぁ、やっぱり自然は良いわね」

 眼下に広がる草原や森林、正面にはまばらな雲の漂う青空、グリフィスの翼の音以外聞こえない上空でミヤビは空の旅を楽しむ。


 やがて街道沿いの先に、ドルアーノよりも遥かに巨大な街を見つけた。とりあえずお腹が空いたし、何かここで食べて行こうかとミヤビが考えていた時だった。何か敵意ある存在がこちらに向かって飛んでくるのに気が付く。視認できる距離ではないがミヤビはもちろん、グリフィスにとって無人の平原であれば数10キロ先のそれなりに大きな気配を感じることなど造作もないことだった。


「グリフィス? 何か来たみたいだけど、お友達?」

『主よ、さっきも言ったが我はダンジョンで生まれ育ったのだ。外に知り合いが居る訳なかろう』


「ふうん、そっか。じゃあやっちゃっても問題ないわね」

『この程度の気配なら主の手を煩わせるまでもない、我が片付けよう』


「グリフィスって戦えたんだ?」

『主…、我はグリフォンの王、そこらの魔物など敵ではない』


「じゃあお願いしよっか、グリフィスの戦うのって初めて見るし」

『まかされた』


 ミヤビとグリフィスがその場に留まりつつのどかに話していると、ようやく敵の姿がかすかに視認できるまで近づいてくる。

『あれはワイバーンだな、羽の生えたトカゲと言ったところか』

「へえ、物知りなんだね。私は魔物の名前なんかさっぱりわからないから」


『主の前では、ドラゴンもゴブリンも大差ないであろう。名を覚える意味はない』

「そんなので良いのかな? ま、面倒くさいからいっか」


 近づいてくるワイバーンは10数匹、黒っぽい鱗に覆われた10メートルはある巨体の群れがミヤビ達に敵意を向けて突っ込んできている。


「やっと来たのね。あんまりのんびり来るから寝るところだったわ」

『この辺りはあのトカゲ共の縄張りのようだな、黙っておれば死なずに済んだものを』

 ミヤビの言葉はスルーして、グリフィスはそう言うと翼を大きく広げてワイバーンに向け魔法を放つ。グリフィスの翼がはためくたびに無数の風の刃がワイバーンめがけて放たれる。ワイバーンたちも射程に捕らえた縄張りを荒らす獲物に向かい、ブレスを放とうと大きく口を開けていたところに、グリフィスの魔法が襲い掛かった。


「グギャァッ!」「ギャウッ!」

 グリフィスの放った風の刃は、豆腐でも切るかのようにワイバーンたちの身体を簡単に切断する。そして一撃で仕留められたワイバーンたちは、そのままバラバラの死体となって地表に降り注ぐのであった。


「やるじゃん、グリフィス!」

『当然だ主、トカゲ程度我の敵ではない』

 ミヤビが褒めると、グリフィスは少し得意そうにミヤビに答える。ミヤビは初めて見るワイバーンをとりあえず回収しようとグリフィスに降りすように指示を出す。


「へぇ、奇麗に切れてるわね。ワイバーンって美味しいのかな?」

『主…、そこは相変わらずなのだな…』

 ミヤビの言葉にあきれるグリフィスを無視してミヤビはワイバーンだったものをすべて収納する。


「近くに街があったし、そこで料理してもらおうか?」

『わかった、街に向かうとしよう』

 そうして何事もなかったようにミヤビ達は街に向かって飛び立つのだった。



~~~~~~~~~~



 少し時は遡る。


 ノイルガウ。ドーベルク帝国の帝都の東に位置し、東部の流通の中心であり帝都の守りも兼ねた城塞都市である。駐留する騎士団や冒険者たちにより周囲の安全は守られているのだが、ここ数年北の山脈にワイバーンが住み着き少なくない被害を出し続けている。


 ワイバーンは下位の竜種であり、空を飛ぶことからその脅威は計り知れない。騎士団が全力で立ち向かって1匹をどうにか退治できるかという強さを誇るため、群れで行動されるともはや逃げるしか手が無い状態となる。


 強靭な鱗に覆われ騎士の全力の剣で傷をつけるのがやっと、魔法にも耐性があり低位の魔法では傷一つ付けることが出来ない。さらにワイバーンの放つブレスは騎士の鎧ですら簡単に溶かすほどの熱量を持ち、上空から一方的にそのブレスによって蹂躙されるのだ。ワイバーンとの戦闘はまず地上に引きずり下ろすところから始まるが、それが非常に困難であること。そして地上に引きずり下ろしたとしても、その時点で味方の大半がワイバーンにやられており、強力な爪や尻尾、噛みつきに加え至近距離からのブレスといった多彩な攻撃を持つワイバーンは、地上戦においても簡単な相手ではない。つまり多くの犠牲を払っても1匹を討伐できるかどうかは賭けになり、貴重な騎士や高ランクの冒険者を消耗することが確実な戦いに皆消極的になるのは仕方のないことであった。


 結果、ノイルガウの街は流通が滞り、かつての活気が失われつつあったのだ。訪れる商人が減り生活の必需品のみがかろうじて流通するだけ、贅沢品や珍しい品などが店先から消え失せ人々の生活から潤いが失われる。低ランクの冒険者はまともな稼ぎにありつけず、その不満をまき散らし治安は悪化していく。それを取り締まる騎士団も戦力の損失により、治安維持はおざなりにならざるを得ない。


 かつて東の都と呼ばれたノイルガウは、その輝きを失いつつあった。すべてはワイバーンの為に。




「おい! ワイバーンが現れたぞ! しかも大量にだ!」

 その日、見張り番であった騎士が大声で叫ぶ。これまでは1匹か多くとも数匹でしか行動しなかったワイバーンが10匹を超える群れをなして飛来してきたのだ。このまま街が襲われることになれば、間違いなくノイルガウは滅びる。


 見張りの声を受けた伝令達がすぐさま駆け出す。騎士団本部や冒険者ギルド、そして領主に緊急連絡をするためだ。しかし伝令達も10匹を超えるワイバーンの群れに対して、打つ手がない事は解っている。それでも少しでも助かる命があればと、全力で駆けるのだった。




「馬鹿な! これまでワイバーンが群れで行動することなどなかったはずだ! いったい何が起こっている!」

 騎士団へ伝令が報告を上げると、騎士団長であるアルベルトはその内容に悲鳴のような声を上げる。しかし、それでも騎士団としてノイルガウを守るという誇りは失ってはいない。


「至急全員を集めろ! 遅れる者は放っておいて構わん! 大至急城壁に向かうぞ!」

 アルベルトは大声を上げ本部にいる騎士を招集する。巡回に出ている者や休暇中の者も全員が対象だ。しかし、10匹以上のワイバーンの来襲である。すべての騎士団員を集めてもどうにかできるとは思えない。


「領主様の屋敷にも誰か走らせろ! 方針をすり合わせる必要がある!」

 騎士団として全力は尽くすが、おそらく時間稼ぎが良いところだろう。その間に住民を避難させるのかは領主の判断が必要になるのだ。


 続々と集まる騎士たちに、その命を懸けてわずかな時間を稼がせるための命令を出さねばならない。ワイバーンの群れが相手では、確実な死が待っているのは避けようがない。それでもアルベルトは騎士として住民の命を守るために死地に向かう。




「なんだと! ワイバーンが群れで向かってきているだと! ふざけるな!」

 アルベルトが腹をくくっていたころ、冒険者ギルドにも伝令が到着していた。ギルドマスターのヨルグもまたその報告内容に大声をあげるのだった。


「くっそう、ワイバーンが相手に俺達に何が出来るっていうんだ! とりあえず冒険者共を集めろ! ランクの高い奴は騎士団の援護に向かわせる! 低ランクでも住民の非難の手伝いくらいなら出来るだろう」

 突然の凶報にも関わらず、ヨルグは的確に指示を飛ばしていく。落ちぶれつつあるとはいえノイルガウの冒険者ギルドのマスターなのだ、その能力は並のギルドマスターを大きく凌駕する。指示を出し終えたヨルグは自身も装備を整え、高ランク冒険者を引き連れて騎士団との合流に向かうのだった。




 そしてノイルガウを治める領主、シュタッドミュラー侯爵もまた伝令の報告を受け大声を上げていた。

「直ちに民衆の避難を始めさせろ! 食料もあるだけ運び出すのだ! 水も忘れるな!」

 現シュタッドミュラー家の当主である、シュタッドミュラー候フレデリックは現在の帝国では珍しい民のことを考えられる貴族であった。能力も悪くはなく、これまでワイバーンの為に衰えていくノイルガウをなんとか治めてきたことからも、それは明らかである。逆に言えばドルアーノのアブドンのような無能では、ノイルガウを統治できないのである。


 ノイルガウは街の規模を遥かに超えた、巨大な城塞都市である。大陸全土の各地から様々な商人や冒険者、職を求めに来た民衆などが流れ込む。一旗揚げようというものが多く、覇気に溢れた民衆を貴族というだけで抑え込むには、この都市は規模が大きすぎるのだ。民衆の不満を抑え、都市を富ませる政策を敷かなければ貴族といえども民衆は着いてこない。過去には私欲のために税率を上げようとした愚かな貴族もいたが、民衆の反感を呼び帝都までその悪評が流れるとさすがの帝国と言えども領主の首を変えざるを得ないのだった。それだけの富と戦力がこのノイルガウには存在する、しかしそれでもワイバーンの脅威には太刀打ちできなかった。


 シュタッドミュラー候フレデリックは、己を受け入れ、これまで守り通した民衆をひとりでも多く助けようと采配を振るう。騎士団へも民衆が避難するまでの時間稼ぎと、避難後の護衛の依頼を出し、さらに冒険者ギルドへも同様の依頼を出す。突然すぎる凶報に領主の館も騒然とするのであった。





 アルベルトが途中合流したヨルグと共に城壁に到着したのは、伝令が到着して僅か20分後の事だった。しかし、そこで見た光景はふたりだけでなく騎士達や冒険者たちの目を見開かせ、呆然とさせるのに十分なものだった。



 それは巨大な鳥のように見えた。黄金の羽と漆黒の足、災害級の魔物グリフォンのようにも見えるが、その色が違い過ぎる。通常のグリフォンであれば全身は灰色だったはずだ。だがそのグリフォンの気高く気品さえ備えたその雄姿は、魔物ながらも美しいものであった。おそらくこのグリフォンが迷い込んだために、ワイバーンが総出で襲い掛かろうとしているのだろう。魔物のランクとしてはワイバーンがわずかに劣るが、1対10以上の個体数の差がある以上グリフォンには勝ち目がないように見える。


 騎士たちはワイバーンの目的がここノイルガウではなくグリフォンであることに安心し、2種の魔物の戦いを観戦するのだった。それがただのグリフォンならば騎士たちの想像通り、ワイバーンに嬲り物にされたのかもしれない。


 だが、騎士たちの想像とは大きく異なる結果となる。グリフォンが翼を広げたとたんに、ワイバーンが次々と切断され、飛び散り、その巨体を地上に降らせていくのだ。すべてのワイバーンが地に堕ちるのにそれほど時間は必要なかった。その後グリフォンはワイバーンを捕食するつもりなのか優雅に降下していく。


 しかしそれを見ていた騎士たちは、それどころではなかった。たった1匹のグリフォンが、騎士団の総力をあげて1匹討伐で切れば上出来であるはずのワイバーンを瞬く間に10匹以上打倒したのだ。たとえ1匹であろうとその脅威度はワイバーンなど比較にならない。ワイバーンを殲滅したのは恐らく魔法と思われるが、ワイバーンを切り裂くなど上級魔法以上の威力が無ければ不可能だ。そして上級魔法など王都にいる魔法師団のごく一部がかろうじて使える程度、それをいとも簡単に行使するグリフォンは通常種ではなく上位種、下手をすれば変異種の可能性すらある。いずれにしても、騎士団では手も足も出ないのは自明であった。


 ワイバーンを捕食して腹がふくれて、このままどこかに行ってもらえればよいが、もしこの後ノイルガウに向かってきたら、もはや防戦など意味が無く撤退以外に方法は無いように思える。


 そして悪い予想ほどよく当たるとは良く言ったものだ。グリフォンは食事が終わったのか、ノイルガウに向かって飛来するのであった。


 城壁の上に居る騎士団や冒険者の顔に絶望が浮かぶ。あれだけのワイバーンを瞬殺したグリフォンが向かってくるのだ、もはや人の手でどうにかできるといったものではありえない。民衆の避難も始まったばかりで、ようやく一部の者達が動き始めた程度。グリフォンの到達までに逃げ切れる者は居ないという現実に打ちのめされる騎士団。冒険者も今更逃亡したところで結果は変わらないと腹をくくる。グリフォンに攻撃の意思がないことを願うばかり、間違っても先制攻撃などしてグリフォンの怒りを買うような愚かな真似はできない。


 そうしてその姿がはっきり見える距離まで、グリフォンはやって来たのだった。

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