OL、いつも通り絡まれる
翌朝、高級宿を昼前に出たミヤビは特にこの街に用事があるわけでもないので、さっさと帝都に向かおうとグリフィスを呼び出すために街の外に向かっていた。昨日アルベルトとヨルグに語った通り、さっさと出発するつもりであった。
そして昨夜ミヤビと別れたふたりは、それぞれ得た情報をもとに徹夜で動いていた。
ヨルグはそのままギルドに戻ると、改めて冒険者たちにミヤビには一切かかわらないよう指示を出した。冗談ではなくシャレにならない事態を引き起こしかねないことを告げ、万一ミヤビにちょっかいを掛けた場合は冒険者の資格剥奪、以降ギルドは一切関わり合いにならないとまで言うヨルグに、ようやく冒険者たちも真剣に話を聞くようになっていた。
しかし、どこにでも馬鹿はいるものである。ヨルグが熱く語れば語るほどミヤビへの興味が増し、なんとか手合わせしようと考える者、いい女なら何とかモノにしようと考える者などは、やはり少数ながらも存在し、ヨルグの目をかいくぐって行動に移すのだった。
だがヨルグは話を聞いて出て行った者までは手が回らず、新たにギルドにやってくる者に向けた説明や、面倒を起こしそうな冒険者の選別、そしてその冒険者への伝達などで、結局朝を迎えても休むことはできなかった。
そしてアルベルトは、ミヤビと別れたその足で領主のもとを訪れる。事前にかわした会話のとおりミヤビには早々にノイルガウを出て行ってもらえそうな事を報告するためだ。
遅い時間にもかかわらず領主とはすぐに面談がかない、ミヤビの人柄や帝都へ向かおうとしていることなどを報告する。
「一安心だな。そのミヤビとやらが明日出発するまでは気は抜けんがな。ご苦労だった」
領主であるシュタッドミュラー候は、一息つくと安心した顔でアルベルトをねぎらう。
「念のため宿に張り付かせた騎士団はそのままにしています。街を出るまでは引き続き監視は継続するつもりです」
「ああ、そうしてくれると助かる。どこに馬鹿がいるかはわからんからな」
「ギルドマスターのヨルグにも、冒険者達に注意するよう頼んではおきましたが、完全に抑え込めるとは思えませんから」
「まあ、冒険者とはそういう生き物なのだろう。強い相手が居れば戦ってみたいというのは、解らんでもないからな」
「しかしそのために街が滅びるような真似は許すわけにはいきません」
「当然だ。ミヤビとやらが街を出るまでは、引き続き頼む」
こうしてミヤビの気づかぬところで、監視の継続が決まっていたのだった。
ミヤビが宿を出るとその後から監視のためにもぐりこんでいた騎士団の者達が何食わぬ顔をしてミヤビから付かず離れずで見守っている。街の人出が多い為その姿はミヤビには気づかれていないようだ。ミヤビが本気で気配を探れば逃れることは不可能だろうが、特に気にすることもなくミヤビは街の様子を眺めつつのんびり歩いていく。
ノイルガウは巨大な都市であるため、ミヤビがこれまで見てきた街並みよりも店も多く品ぞろえも豊富である。昨日コメを見つけたように他に珍しいモノは無いかと、あちこち覗きながらミヤビは移動している。武器や防具の類はエンシェントドラゴンの素材で揃えているので、新たに探す必要はない。そもそもミヤビに武器や防具が必要なのかという話はさておきだ。
そうなるとやはりミヤビも女性であるのか、服やアクセサリーが見てまわるメインとなる。元の世界程洗練されたものはないが、それでも奇麗なモノや可愛らしいモノを見ているだけでミヤビの気分は上がってくる。適当な店に入っては気に入ったものや気になるものを大人買いしていく。店としても、「ここからここまで全部!」などと買い占める客を粗末に扱うわけも無く、ミヤビを丁重にもてなし、その美貌を褒めたたえる。もともと美人ではあったがこの世界に来て肌の艶やきめ細かさが向上し、スタイルもさらに良くなったミヤビであるため、店側もお世辞ではなく本心から褒めることが出来るのは双方にとって幸せな事だろう。
数件の店をはしごして満足したミヤビは、そろそろ出発しようかと思い城門に向けて歩き出した時だった。突然ミヤビを守るように男たちが取り囲む。そして目の前からは10数人のガラの悪そうな男たちが現れる。
「ミヤビ殿! この馬鹿どもの相手は我々にお任せください」
ミヤビを守るように囲んだ男のひとりが声を掛けるが、ミヤビは状況が良くわかっていない。
「ってゆうか、あんたたち誰なの? 向かってくるのはよく見る馬鹿みたいだけど」
「我々は騎士団の者です。ミヤビ殿を守るために潜んでおりました」
「それって、ずっと付いて来たってこと? ストーカーじゃん…」
「いえ、その、何事も無ければ表に出ることはありませんでしたし、なによりミヤビ殿をお守りするために、」
「でも、ずっと私を監視して付いてきてたんでしょ? 客観的に見てどう思う? こんな美女の後をこっそり付け回している男たちって?」
「ぐっ、確かに…。その点については申し開きのしようもない、この後しっかり謝罪させてください」
「てめぇら何こそこそ喋ってんだぁ? 見たとこ騎士団の野郎どもみたいだが、その数で俺達に勝てると思ってんのか? とっとと女を置いて消えちまいな!」
騎士団とのんびり会話するミヤビたちに、ガラの悪い男が無視されたのが気に入らないのか怒鳴り声をあげる。
「うるさい! 臭い! 醜い! 視界に入らないでくれる!」
突然怒鳴り出す男にミヤビが怒鳴り返す。ただその内容は男たちを深く傷つけるものなのはミヤビだから仕方がないのだろう。
「くそっ! この女ふざけた口をききやがって! その汚い俺達にこの後徹底的に嬲られるんだよ、その時になって泣き叫んでも手遅れだがな」
「ああもう、息が臭い。喋らないでくれるかな?」
「ミヤビ殿、我々がこいつらの相手をしますので少し下がって頂けますか」
「別にいいけど、ちゃちゃっとしてね」
そう言ってミヤビは臭い男たちから距離を取るため、後方に下がる。
「はっ、騎士団のお坊ちゃまに俺達が止められると思ってるのか?」
「黙れ。ミヤビ殿への手出しは無用と伝達はされているはずだ、それを無視した以上貴様らは他の犯罪者でしかない」
「まあ女の前の肩慣らしといこうか。てめえらやっちまえ!」
ガラの悪い男たちは掛け声と共に剣を抜き、騎士団に向かって襲い掛かる。騎士団の面々は尾行の為に普段着でしかない、かろうじて短剣は持ってはいるが完全武装の冒険者相手ではどう見ても分が悪い。
そして装備の差は如何ともしがたく、次第に騎士団は押されていく。短剣だけで攻撃を防ぐ騎士団の動きは悪くはないが、個人戦ならともかく集団での戦いにおいて武器のリーチの差は決定的な差となる。
「はあ、やっぱりストーカーじゃこんなものよね」
次第に数を減らす騎士団を見て、ミヤビはため息交じりにこぼす。
別に騎士団がどうなろうとミヤビの知った事ではないが、ストーカーとはいえ自分を守ろうと戦ってくれている者が目の前で倒れていくのは気分が良くない。とはいえ適当な魔法でもミヤビが使えば敵味方関係なく瞬殺されるだろうし、面倒くさいので細かな操作はしたくない。
街中の戦闘を人々は巻き込まれるのを恐れて遠巻きに眺めている。傍から見ればガラの悪い冒険者から美女を守る集団のようにも見える。騎士団といいつつもその姿は一般人と変わりない為だ。そして解りやすい悪者と、美女を守る正義の集団という構図も人々の目を引く一因であった。
「うーん、みんな吹っ飛ばしたら楽なんだけどなぁ」
守られている美女、ミヤビがそんなことを考えているとは誰も気づかずに、徐々に数を減らす騎士団と、嫌らしい笑みを浮かべ舌なめずりしつつミヤビを見つめる冒険者達。見守る人々はこの後の美女の運命に心を痛めつつも手を出すことはない。
そしてついに騎士団最後のひとりが倒れる。冒険者たちはギルドで聞いたミヤビの強さなど思い出しもせず、ただこの美女を手籠めにして楽しむことしか考えていない。その薄汚い手をミヤビの伸ばしながらミヤビを包囲していく。
「やっぱり無理、臭いのは処分よね。それにストーカーは倒れてるから大丈夫でしょ、多分」
そう言うとミヤビは片手で鼻を押さえつつ、もう片方の腕を振り魔法を発動させる。発動させたのは消失、ミヤビの指定した範囲に存在するモノはすべてその存在を失うというとんでも魔法だ。これは冒険者たちの酷い臭いごと消し去りたいというミヤビの願望がそのまま反映されたものだった。そしてミヤビの周囲、地面から少し上のモノがすべて消失する。ギリギリ倒れ伏した騎士団員がその範囲外となる高さであった。消失により範囲内の空間にあるモノが全て消え失せる、つまり空気すらも消失しミヤビの前の空間に向かい突風が舞う。
倒れている騎士団員はともかく、周りで見ていた街の人々は今何が起こったのか理解できなかった。美女が冒険者たちに襲われる直前で目を覆う者もいたが、その美女が腕を一振りしたとたん冒険者たちが消え失せたのだ。いや冒険者たちは足首を残して消え去ったという方が正確であろう。あまりにも現実味のない光景に人々は声を失う。そこに突風にあおられた冒険者の足首が倒れる音だけが響くのだった。
「まあ、守ろうとしてくれたみたいだし治しといてあげようか、ストーカーだけど」
もう一度ミヤビが腕を振ると、倒れていた騎士団員の身体がうっすらと輝きだす。どうやら死亡した者はおらず皆気を失っていたか動けなくなっていただけのようだ、そしてあちこちから流れていた血が止まり傷口もふさがっていく。そして何人かの怪我で動けなかっただけの者は、ゆっくりと起きだして自身の怪我が治っていることに驚いている。剣で切り裂かれたひどい怪我を負っていたのは、破れた服から間違いはない。だが傷跡は無くこびり付いた血だけが怪我があったことを示しているだけなのだ。
そもそも治療魔法は非常に珍しく、使える者は教会や病院などに取り込まれているのがこの世界の常識だ。そして治療効果もわずかなもので、かすり傷程度であれば完治可能でも今回受けたようなものは何度も通わなければ完治はしないというのが一般的な治療魔法である。中には例外的に強力な治療魔法を使う者もいるが、そのような者は貴族や王族が囲い込んでおり表に現れることはまずない。
つまり、ミヤビの使った治療魔法はこの世界の常識と照らし合わせれば、王族が囲い込む程の効果を持ちそれを複数人に対して行使した、常識外の治療魔法という事だ。ここにステファンが居れば「ミヤビだからな」の一言で済むが、初めて目にした者にとっては神にも等しい力に見えるのだ。
その美しい容姿、目の前で振るわれた奇跡のような魔法。騎士団だけでなく街の人々までもが、自然にミヤビに対して跪き首を垂れる。
だがもちろんミヤビは大したことをしたつもりもなく、軽い気持ちで治療した程度のもの。それが気が付くとこのありさまだ。
(またやっちゃたみたいね…、なんでこの世界の人ってすぐに人を拝むんだろう?)
「ミヤビ殿、この度の事誠に申し訳ありませんでした。そして我々を治療頂き心から感謝いたします」
やがて騎士団の最初に話しかけた男が、ミヤビの前に跪き頭を下げつつ礼を言う。
「別に大したことじゃないわよ。失敗したけど一応守ろうとはしてくれたみたいだし」
ミヤビはいつも通りの流れになりそうだと、心底めんどくさそうに男に答える。
「じゃあもういいよね。私はもう行くから、後はよろしく」
そう言うとミヤビは跪く人々を残し、街を出ようとこの場を去るのだった。
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