クズ、初陣
「はあ? いきなり戦闘ってどういう事なんだ? しかもひとりって意味がわかんねえよ!」
フェルディナンドから今後の方針の説明を聞いたが、全く納得がいかない。さんざん使いもんにならないとこき下ろしておいて、ひとりで戦場に出ろなんて死ねといわれてるのと大差ないじゃないか。しかも相手の補給部隊をこっそり襲うなんて、どう考えても勇者の仕事じゃねえだろ。
「はっきり言って私も無謀ではあると思う、ツヨシ君の実力じゃ補給部隊相手でも勝てるとは思えないからね。しかしこちらもこれ以上のんびりしている余裕はないんだ。ツヨシ君に求められているのは実戦経験を積み少しでも成長すること、補給部隊の攻撃成功は二の次で構わない。はっきり伝えると、勝てなくてもいいから経験を積み、死ぬ前に逃げて生き残るように、ということだ。ツヨシ君にはコストがかかっているからね、簡単に死なれると困るのだよ」
「ふざけんな! 人を勝手に召喚したのはそっちの都合だろ! なんで僕がそれに付き合う必要がある」
「確かに、ツヨシ君の言う通り全てはこちらの都合だよ。でも帝国を滅ぼさない限りツヨシ君との契約が終わることはないというのも事実だ」
「知るかよ! こんな国とっとと亡べばいいんだよ」
「そうなると、その隷属は二度と解除できなくなるよ? あくまでも契約は公国の為に帝国を滅ぼす、という事だ。我が国が滅べばもうその条件を満たすことはできなくなるからね」
「くっそ! 解除されたら絶対に殺すからな」
「ああ、その意気だ。是非その希望を叶えるためにも帝国を打ち滅ぼしてくれ」
そうして公国の勇者は初陣にたつことになる。もっとも、それが補給部隊への奇襲という勇者本人ですら納得のいかないものであるが…。
帝国軍がコスタリオ公国に侵攻し半年以上が経過している。侵攻当初は前公主の苛政により疲れ切った公国など簡単に征服されると帝国だけでなく周辺諸国も考えていた。
コスタリオ公国はイグレシア連邦の加盟国であるが、前公主の振舞いにより連邦内の関係性は最悪の状況になっているため、どの国も救援に向かおうなどとは考えていなかったためだ。
帝国に近い鉱山都市が陥落し、もはや公国の命運も尽きると思われたときに前公主の息子であるアルバーノが、公国のことなど考えず己の欲を満たすことのみを考える前公主であった父親を処刑し、新たに公主の座に就いたことで風向きが変わった。
これまでまともに連携すら取れなかった公国軍を再編成し、正面からではなく搦め手からの攻撃に切り替え長期戦となるように戦略を切り替えたのだ。
そもそも軍に予算をつぎ込み強化を続ける帝国と、単なる連邦の一国家でしかないコスタリオ公国では、その規模、装備、練度いずれをとっても勝負にはならないのだ。
それでも帝国はまともな軍を持たない疲弊した一小国には十分な兵力を向けてはいた。しかし帝国も皇帝が周りに耳障りの良いことを言う者しか寄せ付けないという暗愚な皇帝であり、公国に向かった司令官もまたその同類が選ばれる。その結果戦略も持たずただ力押しで進軍していたため、アルバーノも侵攻を抑えることが出来たのだ。
そして帝国の司令官オワッタピオ子爵は、単なる功績稼ぎであったはずの公国への侵略戦争が思うように進まず、部下に当たり散らすだけの日々を過ごしていた。
もともとの帝国の戦略では、電撃戦で一気に首都を攻め落とすべきだったのだが、オワッタピオ子爵は自身が馬に乗れないために馬車でダラダラと進軍し、移動が長ければ文句を言いつつ近くの街を攻め落として休憩するといった、電撃戦とは真逆の戦術を取り続けたのだ。
その結果、本来であればひと月も掛からず首都を攻め落とす予定であった侵攻軍は手持ちの糧食は尽き、帝国から物資が届くまでの時間を略奪によってなんとかつなぎ切るという状況であった。そこにアルバーノによる補給線への集中的な攻撃が見事にはまり十分な物資を得ることが出来ない。
しかし公国による補給部隊への攻撃は最初は有効であったが、もともとの軍としての力に差があるのはどうしようもなく補給部隊の護衛が増やされると手も足も出なくなってしまう。
勇者が戦線に投入されたのは、公国軍正規兵によるゲリラ戦でギリギリ膠着状態を維持しているような状況であった。
「で、僕がその補給部隊をつぶせばいいんだな?」
僕に付けられた中年のおっさんが帝国軍の部隊を見つけたと報告してきたので、やっと好き放題暴れられるとテンションが上がってきた。
フェルなんとかの指示で戦闘に駆り出された僕に付けられたのは、このおっさんひとりだけ。人数が少ない方が逃げるときに見つかりにくいとかなんとか言っていたが、そんなことより奇麗な女を寄こせと言いたい。何が悲しくてこんなおっさんと2人で過ごさなきゃいけないんだか。
それに戦闘は僕ひとりで向かわないといけないらしい、このおっさんは偵察はできるが戦闘は苦手らしい…、ほんとに使えない。補給部隊とはいえ数百人はいるところにひとりでどうしろっていうんだ。
「ですので、何度もご説明した通り別動隊が敵補給部隊に奇襲をかけて護衛部隊をつり出しますので、その隙に補給物資に火をかけるとういう作戦です」
「そうだっけ? まあいいや、その補給物資とやらに火をつければいいんだな」
「あの…、火をつけるといってもこちらの魔道具を補給物資にぶつけていただくだけですが、大丈夫でしょうか…」
「あ、ああ、それをぶつけるんだろ。当然分かってるよ、うるさいなぁ!」
「さようですか…、ではこちらの魔道具は衝撃で起動しますので、落とさないように気を付けてください」
男が渡してきた鞄には仕切りがありそこに10本の瓶のようなモノがきれいに並んでいた。僕はそれをひったくるように奪うと男には見向きもせず、帝国がいると言われた方向に向かって駆け出して行った。
「はあ、あれでほんとに大丈夫なんだろうか…。転んだら跡形もなく消し飛ぶだろうに、なんで走るのかなぁ…。まあ上の指示は伝えたし後はあの小僧次第だな」
男がつぶやいたのは、僕の耳に届くことはなかった。
おっさんが見つけたという帝国の補給部隊に向かって森をかき分けて進んでいく。勇者である僕は、この程度で疲れることはない。
しばらく進むと十数台も連なる馬車とその前後に護衛であろう帝国兵がそれぞれ百名程度ずつ隊列を整えて進軍しているのを見つけた。
帝国軍は森の横を走る街道に沿って進んでいるようで、その進行速後は馬車の速度並みと早い。とはいえそれは徒歩と比較してであり、勇者である僕にとっては誤差の範囲だ。
森の少し奥から帝国軍と並走するように森の中を進む。そして帝国軍の様子を伺っていくと、思わぬ発見をした。
「なんだ、軍隊でも女がいるじゃん!」
思わず森の中でひとり呟く。
護衛の兵士の中に明らかに小柄で、簡易な兜の後ろに髪をなびかせる女兵士の姿を見つけたのだ。
「これだけの数がいるんだ、ひとりだけってことはないだろ…」
すでに獲物としてロックオンしたが、顔が確認できない以上他にも何人かは確保しておきたい。森の中を進む速度を上げて帝国軍の前方に回り込み、帝国兵をひとりずつ確認することにした。
女に気を取られても、さすがに音を立てて見つかるようなことはしない、勇者だから当然だけどね。そして先頭の護衛を追い抜くとゆっくりと帝国兵の確認を始める。
結局前方の護衛に3人、後方にふたり女がいることが確認できた。あとは全員は無理でも数人は確保する方法を考えないと…。
帝国軍と並走しながら女だけを確保する方法を考えるが、そんな都合のいい方法は直ぐに思いつかないなと思っていた時に、帝国軍のさらに向こうから共和国の兵による奇襲が開始されてしまった。
「ちっ、まだどうするか決めてないのに先走りやがって…」
個人で正確な時間を確認することが出来ないこの世界で、詳細なタイミングを合わせることなど出来るはずもなく、仕方なく女の確保を後回しにして様子を伺うことにする。
奇襲を受けた帝国兵は、さすがに護衛全員が応戦に向かうことはせず、一部は補給物資の護衛に残していくようだ。そして残った護衛には目を付けていた女たちも含まれていた。
「くくっ、やっぱり僕ってついてるよな。女以外はほとんどいなくなったし、あれぐらいなら他は皆殺しにできるな…」
都合の良すぎる事態に含み笑いが洩れる。
応戦に向かった帝国兵が共和国兵と交戦し始めたのを見計らって、僕も動き出すことにする。
一部とはいえ、前後合わせれば20人は護衛はいる。全員で一度に来られると面倒なので、補給馬車の先頭と最後尾に向かって鞄の中の魔道具を投げつける。勇者の僕が的を外すわけもなく、狙い通りに命中した魔道具により補給物資を積んだ馬車が炎を上げて燃え上る。
前後に分かれた護衛兵は突然の炎に動揺したのか、隊列を崩し右往左往し始める。
「今がチャンスだな」
僕はひとり呟くと、まずは最後尾の護衛に向かって駆け出した。
突然森から現れた僕に気付いた森側にいた護衛兵を、声を上げさせる間もなく剣で切り伏せる。そしてその勢いにのり体制を整える時間を与えないためにも急いで護衛兵たちを切り殺していく。当然女兵士は生かしておくが、騒がれると面倒なのでとりあえず殴り倒して気絶だけはさせておく。
後部の10人程度の護衛兵は動揺していたこともあり、ものの数分で無力化できた。
さすがに前方の護衛兵もこちらの事態に気付いたようで、全速でこちらに向かって来る。しかし、まだ魔道具は残っておりこちらに向かってくる女兵士を避けるようにして投げつけると半数以上が炎に巻き込まれ倒れる。
せっかくの女に逃げられるのは避けたいので、僕も数を減らした護衛兵に向かい駆け出す。数人にまで数が減り、魔道具の炎により命は助かったがそれなりの怪我をした護衛兵など、もはや敵にすらならない。さっきと同様女だけは生かして後はとどめを刺していく。
これで全ての女を確保できたが、全員を抱えて行くわけにもいかないため、近くの補給物資を積んだ馬車から荷物を放り出して、気絶した女を積み込んでいく。
女の回収を終えると、あとは補給物資を燃やすだけだ。
風上の馬車に向かって魔道具を適当に放り投げると、連続で魔道具が上げた炎は風に乗って風下の馬車にも延焼していく。荷物に炎が燃え移ると繋がれた馬が恐慌を起こし、炎をまき散らしながら他の馬車にぶつかっていき、もはや補給物資の全焼は免れないだろう。
もはやこんなところに用は無い。それよりもはやくこの女たちで楽しまなくてはと、僕ははやる心を抑えながら女たちを積んだ馬車を走らせるのだった。
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