クズ、初日から呪われる
覚えてますでしょうか? プロローグから放置されてきたもう一人の召喚者、彼の不幸な物語をお楽しみください。
~~~~~~~~~~
僕はフェルなんとかっておっさんに案内され結構離れた部屋に通された。
どうせ案内するならもっと可愛い子にさせりゃいいのに、あんな白髪みたいな頭のおっさんと2人で歩くなんて最悪だよ。
しかも別れ際にメイドに手を出すななんて余計な事までいってきてむかつく。
せっかく異世界にやってきたんだ、しかも勇者なんて最高じゃないか。
前の世界みたいに周りに気を遣うことなく、好き勝手に暮らせると思うとワクワクしてくる。
僕のことだから、きっとハーレムが自然にできて、いい女を毎日選り取り見取りなんだろうな。
勇者ってことは、当然周りは尊敬するだろうし持て囃されるに違いない。
もう浮気はダメとか、子供ができるとか面倒な事は一切気にしなくていいんだろうな。
メイドに手を出すのはダメでも、言い寄ってくるのは仕方ないしきっと問題ないだろうし、はやくメイドが来ないかな?
きっと勇者ってだけですぐに惚れちゃうんだろうな、俺って罪な男だな。こっちの世界での初めての女だし、たっぷり可愛がってあげないとね。勇者だしちょっとぐらいいじめてもいいかな?泣き叫ぶ姿もそそるからなぁ…。
「失礼いたします」
部屋に置かれたお菓子をつまみ、いかに楽しく苛めるかといった妄想に浸りながら待ってると、メイドが部屋にやってきた。
白人っぽい感じで割と好みのタイプだ、ちょっと優しくすればコロリといくんだろうな。
「僕は勇者のツヨシだ、これからよろしく頼むね」
いつもの得意のスマイルでメイドに微笑みかけると…
「いやぁぁ~~! 無理無理ムリムリ~!」
メイドは走って部屋から出て行った。
おかしい、こんなはずじゃない。何が悪かったんだ? 僕の笑顔を見て逃げ出すなんてあの女の感性はおかしんじゃないか?
そもそもメイドのクセに僕の顔を見て逃げるなんて許されない! 次に会ったらお仕置きだな。
メイドは結局戻ってこなかったので、仕方なく一人で部屋を物色する。
ホテルのスイートのように複数の部屋があり、入り口そばの応接室、寝室、風呂、トイレ、他にも2つほど部屋が用意されていた。
運よくお菓子はそれなりの量あったから、空腹で寝られないということはないだろう。
することもないのでまずは風呂に入ることにした。
どういう仕組みなのか風呂は直ぐに入れる状態になっていて、沸かす必要はなかった。
事故のときに着ていた制服はなぜか破れたりはしていなかったが、そういうもんなのかと深く考えることもなく服を脱いで風呂に入る。
そして湯船につかり顔を洗ったときに違和感に気が付いた。
なにかザラザラ、ヌメヌメするんだ、両手でお湯を掬って顔を洗うといつもと違う触感がする。
慌てて風呂場の壁にあった鏡に駆け寄る。
曇っていた鏡にお湯をぶっかけて覗き込むと、そこには見知った輪郭に見知ったパーツが見知った位置に配置された僕の顔があった。
ただ、その肌が爬虫類のようなマダラに光る皮に替わっていることを除けば。
「何でこんな顔に! 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い…」
僕はその場に蹲り、頭を抱えて震えることしかできなかった。
~~~~~~~~~~
「フェル、奴はどうだった?」
フェルディナンドが地下室に戻ると、まだアルバーノはそこに居た。
「アルの想像通りだと思うよ、あれはダメだな。賭けてもいい、今頃もうさっきの隷属の魔法による罰を食らってるよ」
「そこまで愚かなのか? それで隷属の魔法については伝えているのか?」
「そういえば忘れていたな、あの低俗な顔を見ていたら早く離れたくて仕方がなかったからな」
「じゃあ、今頃ビビッて震えてるって所かな」
「ああ、間違いないだろう。メイドを見て自制が効かなくなってって所だろう」
「初日ですでに人間を辞めることになるとは、可哀そうにな」
「まったく心がこもってないよな、アル」
「まあ自業自得って所だろ? あれに人間的な事を期待するのは諦めた。
単なる兵器として考える方がまだ建設的だ、あの性格と人間性では共に事を成すことはできない」
「相変わらず人を見る目は確かだな、それに決断も早い。
で、これからあれはどうするんだ?」
「ジャンに任せようと思う。あいつなら人間性になど興味なく鍛えてくれるだろうからな」
「ふふ、ジャンに丸投げか? あの少年にも少し同情したくなるな」
「ジャンバッティスタ少将、"機械仕掛けの猛将"と呼ばれた奴のことだ、きっちり鍛え上げてくれるだろう」
二人はお互いに目を合わすと、何とも言えない笑いを浮かべあう。
そして、地下室を後にしてそれぞれの仕事に戻るのであった。
~~~~~~~~~~
「起きろ、飯を食ったら訓練を開始する。5分待つから支度するんだ」
翌朝、僕は無表情な男に起こされた。
昨夜は風呂場で震えていたところまでは覚えているが、その後どうやってかベッドで寝ていたらしい。
寝ぼけ眼で男を見ると、軍人のような恰好をしているのが分かったが、言っている内容は頭に入ってこなかった。
そういや昨日、異世界召喚されて勇者になったんだよなぁと考えていたら、男に無理やりベッドから引きずり出された。
「時間だ、支度は終わったものとみなす。食度に向かうぞ、明日からは自分一人で行動してもらうからしっかり行き方を覚えておけ」
僕の返事も待たず、男はとんでもない力で僕を引きずるように歩いていく。
必死で逆らってみるが、男の表情ひとつ変えることも出来ずズルズルと引きずられていく。
「着いたぞ、しっかり食っておけ。夕方まで食事はないからそのつもりでな」
男は僕を食堂らしき場所に連れてきたようだ。長テーブルがいくつも置かれ大勢の人が食べられるようになっている。
その中の1つのテーブルの上には、すでにパンとスープ、果物らしい何かが配膳されており、それが僕の分だった。
昨日のこともあり、自分の顔を触ると夢ではなかったようで違和感のある手触りを感じる。
男はこの顔を見て何も思わないのだろうか? 男の方を見ると、黙々と食事を詰め込んでいくかのように朝食をとっている。
食堂までの強引さを思い出し、質問は後にして朝食を急ぐ。食事は見た目通りの美味くもなくまずくもない普通のものだった。
まともな食事を召喚されてから取っていなかったため、結構量があった朝食もすべて腹に入った。
「よし、訓練場に向かうぞ」
男はすでに食べ終わっていたようで、僕が食べ終わるのを待っていたかのように声をかけてくる。
もう引きずられるのはごめんなので、しぶしぶ男の後に続く。
しばらく進み建物の外に出て少し歩くと、学校のグラウンドのような整地された場所に着いた。
「ここが訓練場だ、明日からはひとりで食事を取ってこの時間までにここに来ておけ」
僕に命令する男をうっとおしそうに睨むと、男の後ろから昨日会ったフェルなんとかのおっさんが顔を出してきた。
「ツヨシ君おはよう。その顔を見ると私の言う事をきけなかったようだね」
「どういうことだ! こんな顔にしたのはお前の仕業か!」
「それは、契約を破った代償だよ。"私達の言う事を聞く"ことで契約は成立している。
ツヨシ君が私の言う事を聞かずにメイドに劣情を催した結果がその姿だよ。それに少しぐらいなら契約に引っ掛かることはないはずだ、そこまでの変化があったという事はよっぽどろくでもない妄想でもしてたんじゃないか?」
「ふざけるな! 誰がお前の言うことなど聞くものか! 早く元の顔に戻せ!」
「昨日契約は双方の合意のもと成立してるんだよ。言ったろ、"契約成立だ"って?
そうそう、ツヨシ君に伝え忘れていたことが1点あった、君の胸に楔型の文様があるのには気が付いているよね?」
「何のことだ!」
慌てて僕は服をはだけて自分の胸を見る。そこにはそれまでなかった黒い歪な丸い刺青のようなものがあった。
「なんなんだよ、これは!」
「うん、契約の成立は認められている様だね。ツヨシ君が目覚める前に魔法をかけておいたんだよ。
それは隷属の魔法っていうものでね、双方合意した内容に反することを考えただけで、そんな風になるんだよ。
双方の合意がなければまだ楔型のままだったんだけど、ツヨシ君も合意してくれたから楔が刺さった状態になったんだ」
「さっさと解除なりして元の姿に戻せ!」
「それは無理だよ、契約内容を思い出してごらん? 帝国を滅ぼすまでが契約だ、契約が完了すればその醜い顔も元に戻るはずだよ」
「そんな…他に方法はないのか?」
「ない。ツヨシ君は勇者として我々のいう事を聞いて帝国を滅ぼす以外に道はないんだよ。
他に道があるとすれば、その顔のまま我々から離れて生きていくかだね。
ただその顔では、人と話すことすらままならないと思うよ。小さい子なら泣き叫ぶのは間違いないし。
女性も怖がるか気味悪がるかのどちらかしかいないだろうね」
「卑怯者め! 何が勇者だ、これじゃあ奴隷と一緒じゃないか!」
「その言い方は心外だな。女性にちやほやされると言ったら喜んで乗ってきたのはツヨシ君だろ?
国家を相手に契約の内容も理解せず、ただモテたいという理由で即決した愚かな自分を恨むことだな」
「ジャンバッティスタ少将、やり方はすべて任せる。早急に彼を使えるように鍛え上げてほしい」
「わかった、急ぐのならかなりの無茶をさせることになる。ポーションや治療師は手配しておいてくれ」
「手配は任された。それと、定期的に彼のスペックについて報告を頼む」
「まずは一般兵との比較程度でよいか?」
「そうだな、見た限り今のスペックは一般人程度のようだし、その辺りは任せるよ」
「了解した、では早速訓練に取り掛かるとする」
「ちょっと待てよ! なんで僕がそんな訓練に付き合わないといけないんだよ。
僕は勇者なんだろ? すごいスキルとか魔法があるんじゃないのか?」
「なるほど、ツヨシ君はすごいスキル持ちなのか。現状確認のためにもまずは鑑定しておくか?」
「そうだな、訓練後の鑑定結果を報告に変えてもらえると助かる」
「では、さっそく鑑定しようか」
フェルなんとかはそう言うと、僕に向かって掌を向け呟く。
「鑑定…」
「どうだ僕のステータスは? 勇者らしいのが並んでるんじゃないか?」
「ふぅ、ちょっと書き出すから待っててください」
----------
フルヤ ツヨシ
転移者
人間
職業:勇者見習い
LV:1
HP:20
MP:0
体力:5
知力:1
精神力:1
耐久力:2
俊敏性:2
幸運:0
スキル:
言語理解
剣術LV1
----------
「ひどいな、一般人程度どころじゃない。幼児と変わらんぞ」
「兵の入隊制限がLV20、HPが500、MPが200以上、ステータス値も平均50程度だったな。
スキルも複数所持は最低限なんだがな…、この内容はちょっとひどすぎるな。
しかも、勇者ではなく見習いなのか。もう成長補正が高いとかに期待するしかないか」
「おい! 僕のステータスがこんな訳ないだろ! 勇者なんだろ僕は!」
「残念な事に正確な値だ。私の鑑定はこの国でもトップレベルのものだから、間違いはない。
私としても間違いであって欲しかったがな」
「これを一人前に訓練するのか、時間のムダではないのか?」
「ジャン、こんなのでも一応勇者として召喚したんだ。鍛えるだけ鍛えてもらえないか」
「仕方ないな、了解したが時間はかかるぞ」
「このステータスでは仕方がない、だがなるべく急いで欲しい」
「死なない程度の加減が難しそうだな、急ぎ手配を頼む。初日に死なれたら困るからな」
「ああ、この後すぐに治療師を連れてこさせるよ」
「ちょっと待てよ! さっきから言いたい放題言いやがって!
お前が勝手に僕を召喚したんだろう? もっと丁重に扱えよ!」
「のんびりしている暇はないんですよ。それに契約を完了しなければその顔はずっとそのままですよ」
「くそっ! いつか思い知らせてやるからなっ!」
「負け犬の遠吠えを聞いている暇はないんです、悔しければさっさと強くおなりなさい」
そして、拷問の方がましと思えるほどの訓練が始まった。
基礎体力をつけるとかで、ひたすら走り続けさせられた。
剣術を伸ばすとかで、ただただ訓練用の剣で叩かれ続けた。
気を抜けばやる気がないと殴られ、頑張ってみたら筋が悪いと怒鳴られる。
怪我や骨折は、治療師とやらがその場で直してくれるが、そのせいで休むことすら許されない。
結局夕方も過ぎ日が落ちるまで訓練は続けられた。
その頃には全身筋肉痛で指一本動かすのも悲鳴を上げるほどだったが、筋肉痛は治療師に直させると成長しないらしく放置された。
身動きできない僕をジャンと呼ばれた男が片手で担いで食堂まで連れて行かれる。
「しっかり食っておけ、無理やりでも食べないと回復が遅れるし成長につながらんからな」
目の前には山のように食事が盛られているが、フォークすらまともに持てない僕にこれを全部食べろって、まだ拷問は続いているらしい。
残すことも許されず、1時間以上かけてなんとか食事を詰め込むと、自室に連れて行かれベッドに放り投げられた。
「明日からも訓練は続く、場所は今朝と同じだから朝食を取って遅れずに来い。
遅れたらその分過酷な訓練になることを覚悟しておけ」
ジャンと呼ばれた男はそれだけ言うと部屋を出て行った。
僕と同じだけ動いていたはずなのに、まったく疲れた様子もない奴は化け物か何かなのだろうか?
風呂にも入りたいが、まともに身体が動かないので諦めてそのまま眠りにつく。
疲れ切った身体が睡眠を欲していたのか、すぐに僕は意識を手放した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます