OL、歓迎される

「貴様っ! 女を引き渡さないというなら、力ずくで手に入れるまでだ!」

パシリュー子爵はそう叫ぶと、馬車に戻り急ぐように大聖堂から離れて行った。おそらく手勢をまとめたうえで改めて攻め入るつもりなのだろう。そもそも教会がミヤビの引き渡しを拒むなど想像すらしていなかったのだ、手勢をまとめるにもそれなりに時間がかかる事は想像に難くない。


司教は、遠ざかる子爵の馬車を見てため息をひとつ溢すと大聖堂に戻っていった。


「少し忙しくなりそうですな。まさか帝国貴族があそこまで愚かとは…」

司教は自室に戻ると急ぎ書簡をしたため始める。一通は教国に居る大司教に宛てたもので、奇跡を目の当たりにし司教の権限で聖人認定を行った事。そして、帝国との間に結ばれた条約による帝国領における教会の権威を、帝国貴族に侵されたこと。それらを出来る限り詳細に取りまとめたものである。そしてもう一通は、帝国内の教会に対する通達。帝国貴族より一方的に教会の権利を侵害されたこと、これにより今後帝国への優遇措置を停止すべし、という内容でこの書簡を書き写し各地に手配させるための文書であった。


書簡を書き上げ、近くにいた助祭に指示を出し終えるとやっと一息つく。

「おそらく平和な解決は見込めないでしょうな…。しかし聖女様の御為、教会の総力を挙げてでもお守りしなければ」


司教はミヤビの起こした奇跡に心を奪われ、全てを賭けてでもミヤビを守ろうと決心してた。例えそれが守られるミヤビがどう思っていようとも…。




ミヤビは与えられた豪華な部屋から騒ぎを聞いていたが、怒鳴っていた貴族が帰ったので大丈夫だったのだろうと、すでに半分忘れかけていた。やることもないのでずっとベッドに寝転び収納内の確認や、新しい魔法について考えたりと、のんびり過ごしている。


王都に行くつもりではあるが、それもミヤビには急ぐ理由もないので慌てることもない。ステファンたちも向かっているらしいが、王都に行けばいずれ会うかも知れないな程度にしか考えていない。


(そういえば歓迎の宴って言ってたけど、ご馳走が出るのかな? それとも教会だし質素なものだったらショックかも…)

ドルアーノの街では好き放題して、この世界ではまだ存在しないような調理法で贅沢なものを口にしてきたミヤビにとって、塩だけの味付けの肉や魚もない料理だと辛い。


暢気に晩御飯のことを考えていたら、部屋の扉がノックされた。どうやら宴とやらの準備が出来たらしくミヤビを呼びに来たようだ。



大聖堂内の食堂は非常に清潔感に溢れた百人は楽に座れる大きさで、すでにほとんどの責が教徒と思われる人々で埋まっていた。ミヤビは最前列の皆と向き合う形に置かれたテーブルに案内され席に着く。


(うわぁ、みんなこっち見てるよ…。なんか動物園のパンダになった気分だわ…)


しかし、教徒たちからの視線にさらされながらも、ミヤビの思いはテーブルに並んだ食事に向いていた。


(やばい…。悪い方の予感が的中だわ、オートミールかお粥みたいなのに、薄そうなスープとサラダ、パンはやっぱり発酵させてないぱさぱさのやつなんだろうな…。あっ、ワインがある!)


ミヤビの視線は食事を素通りし、テーブルの横に置いてあるワインにくぎ付けになる。



「では、聖女様も御出で頂けましたので、ささやかながら歓迎の宴を始めましょう」

司教の声が食堂に響く。司教はミヤビの目の前の席についており、この挨拶の為にミヤビのそばまで来たようだ。そして皆がグラスを手に取るが、どうやらそれはただの水のようなのが気になる。ミヤビも慌てて目の前にあったグラスを手に取った。


「それでは聖女ミヤビ様の奇跡によって、この街が救われたことに神に感謝を!」

司教が声をあげると皆も同じように声を上げグラスを傾ける。そしてそのまま食事が始まったようだ。


(よかった、ここでも一言とか言われたらたまらないからね…)

ミヤビも気は進まないが食事に手を付けようとすると、司教から声がかかる。


「聖女様、質素なもので申し訳ございませんが、なにぶん教会ですのでご容赦いただけますよう」

「いえいえ、これはこれで良いものでは無いかと思いますわ」


「そう言って頂けると助かります。もしお口に合わないようであれば後ほどお部屋の方に別のものをご用意いたしますので、この場はこれでご容赦ください」

「ありがとう、それより聖女様はやめてよね」


「ははは、そうでしたな。ミヤビ様失礼しました。それと話は変わりますが、帝国貴族がミヤビ様を狙っているようです、何かお心当たりはおありでしょうか?」

「ああ、なんかちょっと前に表で騒いでたわね。前にいた街で貴族が私を無理やり呼びつけて、持っていた宝石やこの身を差し出せって言ってきたのよ」


「なんと、なんと愚かな!聖女様に対してその様な非道、必ず神罰が下りましょうぞ」

「いやいや、それで私は身を守るために貴族を殺しちゃったのよ。多分その件で帝国から追われてると思うわ。だから私を匿って教会に迷惑を掛けたくないから、もしまた貴族が来たら遠慮せず突き出してもらっていいからね」


「なんと! さすがは聖女様ですな、その様な愚かな貴族は自らの命で償って当然ですし、聖女様が手を下さずともいずれ神罰が下っていたでしょう。いえ、聖女様が神罰を下したという方が正しいでしょう。しかしそれで帝国から追われるなど、帝国ももはや取り返しのつかないほどに腐敗が進んでいるようですな」

「私は恩には恩を返したいと思うけど、やられたらやり返すわ。例えそれが帝国だとしてもね。だから、こんなにいろいろしてくれた教会には迷惑はかけたくないの」


「いえ、大丈夫ですよミヤビ様。先ほどの貴族とのやり取りと、その後調査させたことでいくつか見えてきました。まずミヤビ様を捕まえるなどという愚かにもほどがある所業を成したのは冒険者ギルドの様です」

そして司教はミヤビの捕縛命令について調査結果を色々と説明してくれた。


本来であれば皇帝の名のものもとに発せられるべき捕縛命令が、どうやら公国との戦争に注力するために冒険者ギルドに丸投げしてしまったこと。そのために貴族といえども単なる賞金稼ぎとしてしかミヤビの捕縛に動けないこと。そして教会は冒険者ギルドに従うべき理由がないことなど。


「そもそも、この街カークブルのように帝国領内にはいくつか教会による支配を皇帝より認められている街が存在します。これは先の皇帝が周辺諸国に仕掛ける戦争に、教会が介入するのを避けるために教国とかわした約定のひとつなのです。

教国は帝国による戦争を快く思っておらず、攻め入られた国から依頼があれば、間に入り停戦の為に動いてきた歴史があります。しかし先の皇帝はそれを良しとせず、あろうことか教国に対しても兵を向けようとしたのです。しかも直接教国に攻め入るのではなく、各地に存在する教会を攻撃するという卑怯な手段を使ってです。

結果として教国が折れ、帝国内の教会には手を出させないためにその街の支配権を要求したという経緯があるのです」

「ふうん、それを今回の帝国貴族が破ったという事なのね」


「はい、帝国側からの一方的な約定の破棄と我々は認識しています。すでに教国や帝国内の教会に対して書簡を送っております」

「それじゃあ、教会が帝国にまた攻撃されるんじゃないの」


「ええ、もちろん覚悟の上です。しかし、現在公国と戦争中の帝国に我々に割く兵力があるかどうか疑問ではあります」

「じゃあ、すぐには攻められるようなことはないのね?」


「恐らくですが帝国が教会に兵を向ける可能性は低いでしょう。先の帝国貴族が私兵を向けてくるのは避けようはないかもしれませんが、その程度なら教会騎士がいれば十分守り抜けます」

「じゃあ、大丈夫ってことで良いのね? 私がここを発った後で何かあるなんて嫌だからね」


「ええ、大丈夫ですよ聖女様。聖女様に心配をおかけするような真似は致しませんから」

「また、呼び方が聖女に戻ってるわよ」



「司教様、パシリュー子爵が手勢をまとめてこちらに向かっているようです」

ミヤビと司教が話しているところに、騎士がひとり走って来て報告する。


「愚かな、おのれの行動が何を引き起こすかも理解できないとは…。ミヤビ様少し失礼いたします」

「それってさっきの貴族のことよね。私も行くわ、そもそもの原因は私ですもの。教会の方に迷惑はかけれないわ」


「いえ、聖女様のことは我々がお守りいたします」

「だめよ、教会が帝国貴族に手を掛けたら、もっと大ごとになるんでしょ」


「聖女様の為ならば、この命が果てようとも悔いはございません」

「そうじゃなくて、無関係の教徒や民衆も巻き込まれるのは嫌なの。それにこう言っては何だけど、騎士さんより私の方が強いはずよ」


「…確かに、あの奇跡を起こされた聖女様のお力をもってすれば、たかがいち貴族など歯牙にもかからないでしょうが、それでも教会騎士はこのような時の為に日々鍛錬を積んでいるのです」

「その騎士さんたちの力は私がここを発った後に使って。折角私がいるんだからここは私に任せて頂戴。それにくだらない理由で人を追いかけまわす馬鹿にはもううんざりなのよ、だからそのストレス解消もかねてだから」


「そこまでおっしゃっていただけるのであれば、愚かな貴族に神罰をお与えください」

「わかったわ」



こうして愚かな貴族、パシリュー子爵の命運がここで尽きることが確定したのであった。

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