OL、聖女になる

「使徒様、こちらへどうぞ」

司教自らの案内で、大聖堂に入るミヤビ。そこには大勢の教徒たちが跪き感動の涙を浮かべながらミヤビを仰ぎ見ていた。

ドルアーノの街でも神のように崇められたことはあったが、このように宗教の本拠地で全ての信者から崇められるというのは、比較にならないほどのプレッシャーをミヤビに与える。


ミヤビは一言も口を利くことなく、司教に案内されるまま聖堂の祭壇まで連れてこられた。そして司教はミヤビに皆にお言葉をと告げると、他の信者の先頭に跪きそのままミヤビの言葉を待っていた。


(やばい、やばい、これってガチの宗教じゃん。お言葉って何言えばいいのよ、っていうか嫌がらせ? 神様っぽいことって何? とりあえず微笑んどけばいいの?)

ミヤビは今の状況が把握できず、半ばパニックになりながらもかろうじて笑顔を浮かべる。しかし、ミヤビの言葉を待つ信徒は身じろぎひとつせずただミヤビの言葉を待っている様だ。


(どうしよう…、神様っぽくすればいいのか、ただの通りすがりってすればいいのか…、ああもう!こうなったら自棄よ!)

信徒からの無言のプレッシャーに負け、ミヤビは開き直って適当に話し出すことにした。


「皆さん、私のことを使徒と呼んでいますがその様なものではありません。皆さんと同じただの人間です。ですので、そんなに畏まらず楽にしてください」

ミヤビが話し出すと、信徒たちは一言一句聞き逃すまいと真剣な表情でミヤビを見つめる。


(あー、どうしよう…。もう話すことなくなっちゃたよ…、魔法のことはマッチポンプがばれたらシャレにならないし…)

ミヤビが何をしゃべるか悩んでいると、司教が声をかけてくる。


「使徒様、いえ使徒では無いと仰られるのであれば何とお呼びすればよろしいでしょうか?」

「私はミヤビよ、気軽に呼んでもらえると嬉しいわ」


「たとえ使徒様ではなくとも、神の代理を務めたお方を気軽に呼ぶなどとは…。それではミヤビ様、改めて今回のことまことに感謝いたします」

「そんなに何度もお礼を言わなくてもいいわよ。ほんとについでというかたまたまなんだし」


「いえ、あの神罰に対して我々は全くの無力でございました。それは当然のことでしょう、神の力に抗うなど人の身には過ぎたことでございますから。しかしミヤビ様はそれをいともたやすく成し遂げた、これを奇跡では無いといわれるのであればなんと呼べばいいのでしょうか」

「いや、ほんとたまたまだから。そんなたいそうな事じゃないから、ね」


「その謙虚な姿勢、神の代行にふさわしいお姿、使徒では無いと仰られるのであれば、司教の名においてミヤビ様をここに聖人と認定し様として教皇へ報告させて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」

「いやいや、ほんと勘弁して。聖人なんて柄でもないし、聖女なんて恥ずかしすぎる」


「さようですか…、ではせめてこの件は教会本部に報告し、史書に残すことはお許しください」

「はあ、まあそれぐらいならいいかな…」


「ありがとうございます、教会の教えとしてミヤビ様の奇跡を伝えることが出来るとは、神に感謝を」

「えぇ?史書に残すってそういう事なの?」


「もちろんでございます。過去の偉人聖人が成し遂げた偉業を伝えるのも教会の役目。そこに今回のミヤビ様の奇跡も付け加えることになります」

「ってことは、これからあちこちで私のことが広まるってこと?」


「はい、ミヤビ様の奇跡は<>として過去の聖人に並ぶものとして、各国の教会で伝え広めていくことになります」

「ちょっと、それは恥ずかしいっていうか、困る」


「何故でございましょう? ミヤビ様のことを教会が認めるという事に何か問題がございますでしょうか」

「どこに行っても聖女だとか言われたら、のんびり暮らせなくなるじゃない」


「しかし、神の代行たるミヤビ様を崇め奉るのは当然のことかと」

「私は目立たずのんびり暮らしたいの、だからあまり目立つような真似は困るのよ」


「さようでございますか…。残念ですがミヤビ様がそう仰られるのであれば仕方ございません。各地の教会には今回の奇跡は伝達いたしますが、教えとして広めるのは止めるように致します」

「各地に伝えはするのね…」


「ええ、そこはご容赦いただければと思います。このような奇跡を管理するのが教会の役目でもあります。つまりこの地で独占することは教会に背くこと、全信徒は無理でも教会関係者には奇跡を伝え、今後ミヤビ様が教会にお尋ね頂いた際には最大限の便宜をはかるように致します」

「わかったわ…。ほんとに大したことしてないのに、手間をかけさせてごめんね」


「いえ、この街とその住民はミヤビ様に救われたのです。この程度のことなどそれこそ大したことではございません」

「じゃあ、そろそろ私はいいかな?」


「もうお立ちになるのですか? せめてお礼もかねて歓待させて頂けないでしょうか」

「一日ぐらいならいいかな、でもちょっと帝都に用事があるから、あんまりのんびりはしてれないのよ」


「さようでございますか、では長々とお引止めするのもご迷惑でしょうから、今夜歓待の宴を催させて頂きます」

「ありがとう、じゃあ一晩だけどよろしくね」




聖女として広められるのは避けれたが、なし崩しに歓待の宴とやらへの参加が決まってしまう。そして宴の準備が整うまでと、大聖堂にある貴賓室に案内された。


そこは上位の貴族や皇族のために用意された部屋らしく、とても広く調度も高級ながらも落ち着いた雰囲気で調和された素晴らしい部屋であった。とはいえ、何もすることもなく風呂に入ると暇を持て余してしまう。無駄に広いベッドに寝転がり、時間をどうやって潰そうとミヤビが考えていた時だった。


「ここにミヤビという女がいる事は解っている。その女は貴族殺しの犯罪者だ、すぐに引き渡してもらおう!」

開け放った窓から、大聖堂の入り口で叫ぶ男の声が聞こえてきた。


どうやらこの街の貴族らしく、グリフォンに乗った魔法を使う女という情報からミヤビと当たりを付けてやってきたようだ。

(あちゃー、こないだ見逃した奴がちゃんと報告したようね…。予定だと敵わないからもうやめようってなるはずだったんだけど、私の見た目の情報だけが周知されただけみたいね)


ミヤビの想像通り、ガスパールはあの後這う這うの体でギルドに戻り、ミヤビの馬鹿らしくなるほどの強さを報告したのだが、Sランク3人を投入したギルドの威信をかけたレイドが惨敗したことを認めることが出来ないギルド上層部により、ミヤビの非常識な強さは隠蔽され、その見た目と騎獣の情報のみが周知される結果となっていたのだった。


そしてその結果、大聖堂の入り口で怒鳴っている貴族のように未だにたかが女ひとりと全く警戒されることがなかった。


罪状が貴族殺しであるにもかかわらず、表の貴族は自分には手を出すはずが無いと高を括っているのだろうか。貴族を前に当然膝を屈するとでも考えているのだろうか。それはあまりにも傲慢で、平民の情報を調べることすら汚らわしいと感じる、帝国貴族の見本のような男であった。



しばらく表の貴族が怒鳴り続けていると、司教が表に出てきたようだ。


カークブルは教会の街である。つまり、その支配権は教会に移譲されておりこの街での実質のトップは教会ということである。当然この町に住む貴族も教会の指示に従う義務がある。ただしそれは建前上であり、身分による価値観に凝り固まった帝国貴族たちは教会など知らぬと、これまでは思うが儘にふるまってきていた。


そこにミヤビが現れたことで、これまでの貴族の振る舞いと建前が激突することになる。


「パシリュー子爵、教会の前で大声を上げるなど非礼にもほどがあろう」

「黙れ!糞坊主どもが。ここに貴族殺しのミヤビがいることはわかっているのだ、とっとと連れてこい!」


「子爵殿は、この街で教会に対して命令しようとされているということで、よろしいかな」

「耳も悪くなったのか、糞坊主が!貴様らは黙って俺の言う事を聞いていればいいのだ!」


「なるほど、子爵殿は皇帝陛下よりこの街カークブルの支配を預かる教会に対して、命令しているという事ですな」

「ば、馬鹿を言うな!俺は犯罪者を引き渡せと言っているだけだ!」


「いえ、先ほどの言いようはあたかも教会を自身の部下とでも思われているような口ぶり。皇帝陛下より預かる支配権の侵害と我々は認識いたしました」

「黙れ! そもそも教会の糞坊主が我々誇り高き帝国貴族の上位に位置することが誤りなのだ! いいからさっさと女を連れてこい!」


「なるほど、子爵殿は教会に支配をお認め下さった皇帝陛下が誤っているといわれるのですな。つまり陛下の命令を無視すると」

「その様な事があるはずなかろう! 帝国貴族を殺したミヤビという女を引き渡せと言っているだけだ。貴族殺しは帝国に対する反逆だ、庇い立てするなら教会といえど容赦できん!」


「確かにミヤビ様はこちらにて滞在頂いております。しかし子爵の言われる貴族殺しではなく、この街をお救い頂いた使徒様としてですが」

「グリフォンなどを騎獣にするミヤビという女がふたりもいてたまるか! 同一人物に決まっているだろうが、いいからさっさと連れてこいと言ってるんだ!」


「たとえ同一人物であろうとなかろうとミヤビ様は教会で認めた聖人です。そのような方を引き渡すなど神に対する反逆でしょう」

「貴様、皇帝陛下に逆らうというつもりか!」


「まさか。それに我々教会に対して皇帝陛下からその様な貴族殺しを捕らえろというような命令は届いておりませぬ。聞くところによると冒険者ギルドへの依頼と言うではないですか、たかが冒険者ギルドの依頼など何故我々教会が従う必要があるのでしょうか?」


帝国がコスタリオ公国への派兵を重視し、貴族殺しには帝国兵ではなく冒険者に対応させようとしたため、ミヤビの捕縛は冒険者ギルドから依頼という形で発せられたことによる、指示系統の歪な指示がここで問題になってくる。


帝国からの依頼ではあるが、ミヤビの捕縛を取りまとめるのは表向きには冒険者ギルドということになっている。つまり本来ならば皇帝からの命令として出されるべき捕縛命令が、公国との戦争を優先したためにギルドを仲介したことで、本来の命令系統とは異なってしまったという事だ。


そしてそれは冒険者ギルドとかかわりない教会にとっては、どうでもいい情報として扱われる。神の使徒、聖人として迎えたミヤビを、そのようなどうでもよい情報の為に引き渡すなど、教会の存在意義をかけて抗うべきことという事なのだ。


そのことに気が付かないパシリュー子爵は、帝国貴族である自分の言葉に従わないばかりか、貴族殺しの犯罪者を匿うとまで言ってのける教会を完全に敵として認識してしまう。


「貴様っ! 女を引き渡さないというなら、力ずくで手に入れるまでだ!」




ミヤビのあずかり知らぬところで、また新たな火種が燃えあげろうとしている。

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