OL、マッチポンプで崇められる
「馬鹿な…」
教会騎士から作戦の失敗の報を受けた司教は、ただ一言つぶやくのがやっとであった。己の配下の騎士の中から選りすぐった魔法使いたちの一斉攻撃でも、まったく影響を与えることもできず、這う這うの体で退却せざるを得なかったという事実、さらには謎の事象の影響が当初聞いていたより遥かに大きく、このまま街に直撃すれば街の倒壊は避けられないという報告は、神の与えた試練ではないかと本気で司教に考えさせるほどの効果があったのだ。
「いかがいたしましょう、司教様」
呆然とする司教に対して、次の指示を待つ教会騎士。しかし司教ももはやこれ以上打つ手は思いつかない。それどころか、この街が神の怒りに触れたのではないかという思いに捕らわれこれ以上の対策にも腰が引けていた。
「もはや打つ手はない…、神に祈るしか無かろう…」
「しかし…、」
教会騎士はそのような司教の思いには気づくことはなかったが、今揃えられる最大の魔法による攻撃でも効果が無いという現実に、それ以上司教に尋ねることは出来なかった。
そして司教はカークブルの街に居る教徒たちと共に、大聖堂で神に祈りをささげるのであった。
~~~~~~~~~~
「あれが先頭みたい、もうちょっとで街にぶつかるところだったみたいね」
『ああ主、なんとか間に合ったようで何よりだ』
司教を筆頭に町の住民が神に祈っているなどつゆ知らず、ミヤビは自身の発動した魔法にようやく追いついたことに笑みを漏らしていた。
ミヤビはグリフィスに魔法の進行方向の先に降りるよう指示し、地上に舞い降りた。
そこはすでに後ろを向けばカークブルの城壁がはっきりと見えるほどの距離であったが、気にする様子もなくミヤビは未だ発動し続ける魔法に向けて腕を振る。
(止まりなさい!)
見る間に魔法はその発動を止め、舞い上がっていた土砂が静かに降り積もる。
「ちょっとぎりぎりだけど、間に合ったから問題ないわね」
『主がそれでよいなら、我は何も言う事は無い…』
一仕事終えたミヤビがグリフィスとたわいもない会話をしていると、背後の街から大きな歓声が上がる。
「神の力だ!」
「使徒様だ、使徒様が降臨下された!」
「神よ!」
「女神様だ!」
歓声を上げたのは監視のために残された教会騎士たちであった。もはや打つ手はないとはいえ何かできることはないかと城壁の上から監視を続けていたのだ。
~~~~~~~~~~
少し時をもどす。
最早あきらめの境地にありながらも、神の奇跡を祈りながら城壁を守る騎士たち。
その目の前にグリフォンに乗った女がひとり現れた。それはただのグリフォンではなく神々しい黄金の羽毛に覆われた過去に見たこともないような強大な力を感じさせるグリフォンであり、それに騎乗する女も見たこともない美しい純白のドレスアーマを身にまとい、艶のある黒髪をなびかせ音もなく静かに舞い降りる。まさに教会騎士にとっては神の使い、使徒の顕現と思い込んでも仕方のない姿であった。
その直後、教会騎士の全力でも影響を与えることすらできなかった謎の事象を片腕の一振りで消し去る姿は、女神の降臨と信じるに十分過ぎるインパクトを騎士たちに与えたのだ。
使徒や女神と突然現れた女を称え興奮し騒ぐ騎士たち。
その中の一部の冷静になった一部の騎士たちは、街が守られたことを報告するために大聖堂に報告に走るのだった。
大聖堂はこの世の終わりかのような空気に包まれ、耳をすませばブツブツと神に祈りをささげる声だけがうつろに響いている。
「司教様、神のお怒りを鎮めるには祈るしかないのでしょうか…」
街の教徒も神の怒りならば逃げることはせずに受け止めるべきという教会の方針に従い、しかし震えながら神に祈り続けている。司教もすでになすすべもなく、教徒たちと主に神に祈るしかなかった。
大聖堂の外は教徒ではない街の住民たちが荷物をまとめて街を逃げ出そうとしている。
その集団の中には貴族も含まれ、貴族の馬車を塞ぐように逃げる住民たちに怒声を上げ、混乱にさらなる拍車をかけていた。
城壁から報告に来た教会騎士が見たのは、逃げ惑う人々の混乱と、正反対に静まり返る大聖堂という奇妙な光景であった。しかし、街が無事に守られたこと、しかも使徒様の降臨によるものと信じ込んでいる教会騎士は周りの状況に構わず大声で街の無事を伝え始める。
「街は守られた! 使徒様が降臨され街を救ってくれたのだ!」
無事を伝える声に逃げ惑う人々は疑惑の眼を向けるが、声をあげているのが教会騎士とわかると街の無事を確信し、その場にへたり込む者や、笑顔ではしゃぎまわる者など、混乱は収まることなく、しかしさっきまでの悲壮な雰囲気ではなく、己や家族の無事を喜ぶ声で街は新たな喧騒に包まれ始める。
そしてその喧騒をかき分け大聖堂に向かった教会騎士は、神の怒りに怯える人々に伝える。
「使徒様が降臨され、街をお守りくださいました! 街は無事です! 神の怒りも収まりました!」
教会騎士の言葉が皆に伝わるのに数瞬の時間がかかる。さっきまでブツブツと聞こえていた祈りの言葉が止み完全な静寂が下りたかと思うと、爆発するような歓声に覆われた。
「神よ!」
「神は我らをお見捨てにならなかった!」
「使徒様、感謝します!」
口々に神への感謝を叫び、周りのものと抱き合って喜ぶ教徒たち。
その教徒たちをかき分け教会騎士の前に司教が現れる。
「使徒様がご降臨下さったというのは、まことか?」
「はい! 見たこともない高貴な黄金のグリフォンにまたがった、純白の衣をまとった黒髪の女神のような方が、腕の一振りで街をお救い下さったのをこの目でしっかりと確認しております!」
教会騎士は女神の奇跡を目の当たりにした興奮が未だ醒めないまま、司教に状況を報告する。
「すぐに使徒様の御もとに案内してくれ。この街をお救い頂いたお礼を言わねばならぬし、儂も使徒様の尊顔を拝したい」
司教は神への祈りが届いたかのようなタイミングで現れた使徒様に対して、もはや疑う事すら思いつかずただただ敬虔な教徒として使徒様にお会いしたい思いが溢れ出さんばかりであった。
~~~~~~~~~~
「神の力だ!」
「使徒様だ、使徒様が降臨下された!」
「神よ!」
「女神様だ!」
「えっ!何?」
ミヤビは突然上がった歓声に、慌てて後ろを振り向く。城壁の上には騎士と思わしき格好をした者たちが大勢でミヤビに手を振り、感謝の言葉を叫んでいた。
『主よ、今のを見て主を神の使いと思ったのではないか?』
呆然とするミヤビに、グリフィスが冷静に状況を伝える。
「はぁ? だってそもそも私の魔法を自分で消しただけよ? それで感謝されるって、どんなマッチポンプよ」
『主の言う事はよくわからぬが、あれらが主に向ける好意は間違いなさそうだぞ』
「どうしよう、このまま逃げても大丈夫かな?」
『我の姿が見られているうえに、主の姿も特徴的だと思う。ここで逃げても特定されるのは時間の問題と思うぞ』
「え~、私って無宗教なのよね。教会とかって胡散臭いとしか思わないし、そんなのに好かれたらめんどくさそうじゃない?」
『しかし、今更逃げようは無いと思うぞ。これだけ目立つことをした上に使徒などと呼ばれているのだからな』
「ああ、いっそのこと街ごと吹っ飛ばしちゃおうか」
『あ、主よ、冗談だよな…』
ミヤビがグリフィス相手にぐちぐち言っている間に、街の門が開き城壁に居た騎士たちがミヤビのもとに駆け寄ってくる。
「うわっ、なんか来た」
思わず腰の引けるミヤビ、しかしその様子には気づくこともなく騎士たちはミヤビの前にたどり着くと、腰を折り最敬礼の姿勢で膝まづく。
「使徒様、この度は街をお救い頂き心より感謝いたします!」
先頭の騎士の声に合わせて、騎士たち全員がミヤビに向かって頭を下げる。
「是非街にお立ち寄り頂き、ささやかですが感謝の宴を捧げさせて頂けないでしょうか」
騎士は頭を下ろしたまま、ミヤビの機嫌を伺うように尋ねてくる。
「こ、この程度大したことではないから、歓迎は不要よ」
マッチポンプな自分の行いがばれないかと、ひやひやしながらもミヤビは何とか言葉を返す。
「そう仰られず、せめて街の教徒たちにご尊顔を拝す栄誉をお与えいただけませんか」
騎士もすんなりとミヤビを返すわけもなく、なんとか街に立ち寄ってもらおうと必死の思いで言葉をつなぐ。
「私は別に使徒なんかじゃないし、え、えっと、その、旅の途中だから…」
敵対する者にはどこまでも強気で押せるが、身に覚えのないどころかマッチポンプな行いで必要以上に感謝されたうえに神の使徒扱いまでされると、もはやミヤビもどう対応したらよいかわからず半ばパニックになりかける。
「それでは、せめてこの街で一晩でも旅の疲れを癒していただけませんか。街の総力を挙げて歓迎させて頂きますから」
騎士の眼には、挙動不審なミヤビも謙虚な神の使徒以外には見えていないようで、さらに強く押していく。
「そ、そんなに感謝されるようなことでもないし、そんなに気を使わないでいいわよ」
「いえ、使徒様にきちんとお礼もせずにお返しするなど、許されざる愚行です。歓待がご迷惑ならば、せめて我が街の司教から感謝の言葉を伝えさせる場を持っていただけないでしょうか」
教会騎士とミヤビがやり取りしていると、街から新たに豪華な馬車が現れる。
「おそらくあの馬車に司教が乗っています。是非司教にも使徒様の尊顔を拝する栄誉をお与えください」
「え、栄誉って、そんなたいそうなもんじゃないわよ…」
「では、司教の目通りをご許可頂けたという事でよろしいでしょうか?」
「え、いや、そういう事じゃなくて…」
「目通りは許されないという事でしょうか?」
「だ、だからそんな大したことしてないから、ね?」
「司教が参りましたので、すぐに連れてまいります」
「あ、だから、その…」
騎士は到着した馬車に駆け寄り、ミヤビは手を伸ばすが届くことはなかった。そしてその間もずっと他の騎士たちは跪き頭を下げたままであることにミヤビは気づく。
「みんなも、そんな畏まらないで、ね?」
ミヤビが声をかけると跪いていた騎士たちは恐る恐る頭を上げ、ミヤビの姿を見て感動の涙を流し始める。
「えっ、なに?どうしたの?」
「使徒様のご尊顔を拝する栄誉を頂けるなど、教徒として最高の誉れでございます」
涙を溢れさせながら、ミヤビの顔を見た騎士たちは改めて頭を下げる。
そして司教が先の騎士に連れられ、ミヤビの前に跪く。
「使徒様、この度は神の怒りをお鎮め頂き、また街を守って頂き、誠に感謝いたします」
司教は頭を地面にこすりつけんばかりに頭を下げ、ミヤビへの感謝を告げる。
「だから、ね? さっきも言ったけどほんとに大したことじゃないから、ね? 帰ってもいいかな…」
「数万の町の住民の命をお助けいただいた使徒様をそのまま返すようなことはできませぬ!是非街にお立ち寄り頂き、感謝を伝える機会をお与えください」
もはやミヤビが何を言っても街に寄ることは決定事項のようだ。
せめて最初から割り切って堂々とふるまっておけば回避できたかもと、ミヤビが思い至るのは司教の乗ってきた馬車に乗せられ大聖堂に着いた頃だった。
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