OL、ちょっと本気を出す
グリフィスに騎乗したミヤビがやってきた冒険者たちを上空から見下ろす。
「前よりも数は少なそうね、でも何か考えてるような動きに見えるわね」
前回と同様に雷撃で終わらせるつもりだったミヤビだが、今回の冒険者たちはCランク以上のものばかりであり、さらにSランク冒険者に統率された集団であった。各部隊はそれぞれの役割を認識し無駄な動きを取っていない。
上空から見たミヤビも前回とは違う雰囲気を感じ、少しやり方を考えることにした。
「前は、馬鹿みたいに密集した馬車が走ってただけだけど、今回はちょっと頭を使ってるみたいね」
実際セレスタンの率いる魔法部隊はミヤビの気配を察知し、
「ふうん、相変わらず不潔だけど頭は使えるみたいね…」
地上ではセレスタンがまずミヤビの気配を察知するが想定外の上空からの接近であり、しかも相手はグリフォンのしかもおそらく上位種と思われる魔物に騎乗しているため、先制攻撃は不発に終わる。
「上空から対象が接近している!相手はグリフォンの上位種と思われる魔物に騎乗、魔法部隊は
セレスタンはミヤビの接近に気付くとすぐに指示を飛ばす。
指示を受けたオーレッドは、剣ほどは使えないがそれでも十分に一流と呼ばれる腕前の長弓を構え、自身の部隊にも遠距離攻撃を準備させる。ガスパールも同様だが、この男は弓は使えないため、対象を引きずり下ろすように指示を出す。結果としてセレスタンが守備、オーレッドとガスパールが長距離攻撃から対象を引きずり下ろす役割を担うことになる。
「ちっ、面倒な。しかしこれでこっちの人数が減って俺の取り分が増えると思えば、悪い状況ではないか」
ガスパールは上空からの接近という事態に舌打ちするが、賞金の取り分が増えると思いなおし部隊に突撃の指示を出す。
指示を受けた冒険者たちは、それぞれ得意な長距離武器を使いミヤビに攻撃を始める。上空のグリフォンに向かい矢や槍、投石が一斉に飛びグリフォンに傷を負わせるかと思ったときだった。
『主よ、この程度の攻撃なら主の手を煩わせることもない』
グリフィスはミヤビにそう告げると、飛んできた矢や槍に向かい風魔法を叩きつける。突如巻き起こった暴風に飛来した攻撃はすべて弾き飛ばされガスパールの部隊に向かって落下していく。
「馬鹿がっ!何とか避けるか防ぐかしろっ!自分の攻撃でくたばるなんぞ馬鹿のすることだぞっ!」
ガスパールはグリフィスの魔法を見るなり、部隊に暴言まがいの指示を飛ばす。そして指示が間に合ったのか冒険者たちは盾を構える者、その場から走り去る者など対応は様々だったが重傷者を出すことなくしのぎきった。
その様子を見たオーレッドは長距離武器での攻撃を中止させ、攻撃を魔法に切り替えさせる。そして暴風が収まるタイミングで一斉に魔法が放たれた。
「次は私の番ね。グリフィスに任せてもいいけど、それじゃつまんないからね」
ミヤビはグリフィスにそう伝えるとオーレッドの部隊に向かい魔法を放つ。
(炎よ!降り注げ!)
ミヤビが飛来する魔法に向かい腕を振る。
グリフィスのわずかに下方に青白く燃え盛るこぶし大の炎が数千は現れたかと思うと、勢い良く降下していく。途中オーレッド部隊の放った魔法と交差するが、そもそもの威力が違い過ぎミヤビのはなった炎は減速することもなく相手の魔法を消し去りオーレッド共々その部隊を蹂躙した。
「まさか、これほどの力を持っていたとはな…、完全な敗北だな。最後がこれほどの相手で良かったのかもしれんな…」
オーレッドは、想像をはるかに超えるミヤビの魔法に心が折れ、すでに死を覚悟していた。周りの冒険者たちも突然現れた数千の炎と、それが自分たちに向かって放たれたものだと気付くとその場にへたり込み、反撃すらする気になれなかった。たとえ反撃や逃亡を計ろうとしたとしても、ミヤビの放った炎からは逃れることはできなかっただろうが。
「馬鹿な!あれほどの魔法を無詠唱で放つだとっ!」
セレスタンはミヤビの放った魔法により、その力量差を叩きつけられた思いで呆然とオーレッド達が燃え尽きるのを眺める。本来ならあの魔法を防ぐために準備していたシールドだったが、あまりの発動の速さに間に合わなかったのだ。しかしたとえ間に合っていたとしても、あの魔法を防げるとはとても思えなかった。
「無理だっ!ガスパール、撤退すべきだ。このままでは全滅は免れないぞっ!」
セレスタンは瞬時に気を取り直し、彼我の力量差を冷静に分析した結果、撤退を決意する。
「おいおい、オーレッドの仇だろ!このまま尻尾を巻いて逃げるってのか!?」
撤退しようとするセレスタンを煽りつつ殿を受け持たせ、自身だけは絶対に逃げ切ろうと一瞬で計算したガスパールが叫ぶ。
(こりゃ無理だ、あの偵察に向かった男の言う事は本当だったんだな…)
すでに忘れていた偵察に出した男の報告を思い出し後悔するが、今はそれどころではないとすぐに思い返す。そして己だけは絶対に逃げ切るための策を、その場で思いめぐらせ部隊に指示を出す。
「お前ら、固まらずに分散しろ!強力な魔法なら、そこまで広範囲に使えるはずはねえからなっ!」
部隊の冒険者を散開させ、相手からの的を分散させることで自身の撤退の可能性を上げる。単純ではあるがそれなりに有効なガスパールの出した策である。そしてさらにセレスタンに指示を飛ばす。
「セレスタン!こっちと同様に分散させろ、それで多方向から一斉に魔法攻撃するんだっ!」
それは、それなりに合理的な内容でありセレスタンも検討に値すると判断せざるを得ない指示だった。しかしガスパールの真意はさらに的を分散させて、己が的になる可能性をさらに減らしたうえでその隙に撤退するという、あくまでも自分本位のものだったが。
しかし、セレスタンはガスパールの指示に従い魔法部隊を散開させ、ミヤビに対して全方位から攻撃を仕掛けようと指示を飛ばしてしまう。
『主よ、敵は恐れをなしたのか散らばってしまったぞ』
その様子を見ていたグリフィスがミヤビに告げる。
「別にあの程度なら問題ないわよ、でもさっきの炎は消しといた方がいいわよね」
ミヤビはオーレッドに向けた炎がいまだ燃え続けているのを気にする。
(水よ!すべてを洗い流しなさい!)
再びミヤビの腕が振られると、豪雨が辺り一面に降り注ぐ。攻撃を散らすために散開した冒険者であったが、その広がった範囲以上の場所への突然の豪雨に全身水浸しになっている。
「なんだとっ!これだけ散開してもまだ足りないってのかよ」
ガスパールは己の策が相手には通用しないことを思い知る。
(こりゃ、なりふり構わず尻まくるのが正解だな…)
ガスパールは突然の豪雨にさらされた冒険者たちを尻目に、豪雨によって視界の悪い状況を逆手に取り、ひとり走り出す。
(雷よ!敵を焼き尽くせ!)
さらにミヤビは魔法を発動する。水浸しになったところに落雷が襲う、つまり周囲すべてに落雷による電流が流れるという事だ。単発の雷ならば直撃さえ回避すれば痺れる程度で済んだかもしれないが、ミヤビの放った轟雷は休む間もなく周囲に雷を落とし続ける。
『主よ、やり過ぎではないか…』
グリフィスは地上で繰り広げられる轟雷と感電による蹂躙劇に声を失う。それは前回を遥かに超える規模の轟雷であり、すでに地上に立つ者は存在せずあちこちで電気分解された酸素と水素が炎を上げている。
ミヤビはグリフィスの声で魔法を止めると、自身の魔法による被災地を上空から見渡す。
「あらら、手加減は難しいわね…」
轟雷により大地はえぐられ、そこを炎が舐めるように舞う。豪雨によりしみ込んだ水が炎にあおられて湯気を立てている。確認するまでもなく生存者はいないだろう。
しかし、グリフィスの眼はそこから一人逃げ出す冒険者を見逃すことはなかった。
『主よ、あそこに逃げ出した者がいるようだがどうする?』
「どうしよっか? やっつけるのは簡単だけど、ここに来たらどうなるか報告してもらうってのもありかもね」
『なるほど、主に歯向かうとどうなるか身をもって知ったものをあえて逃がすという事だな』
「なんか、それって私が悪者みたいに聞こえない?」
『そ、そのようなつもりはない。主に歯向かうなど愚か者のすることだからな』
「ふうん、まいっか。あいつは放置するけど、とどめにもう一回ビビらせちゃおうかな」
『主、何をするつもりだ』
「ふふふ、見てのお楽しみよ」
そう言ってミヤビは逃げる男、ガスパールに向かって腕を振る。
(えぐり取りなさい!)
ミヤビが放ったのは風魔法、ガスパールの頭上を越えて地面に着弾した魔法は幅5メートル、深さ3メートルほどに地面をえぐりながら、真っ直ぐに突き進む。
ミヤビの魔法からうまく逃げだしたガスパールは、後ろを振り返ることなくただ距離を稼ぐ事だけを考え全力で走っていた。
(化け物だ、あんな魔法見たことも聞いたこともねぇ。しかも連続であれだけの魔法を使うなんて全く底も知れねえ、奴に気付かれる前に距離を稼ぐしかない!)
豪雨に打たれたことだけでなく、ミヤビの魔法を見た衝撃で体が思うように動かないが、それでもSランク冒険者の鍛えた体である、それなりの速度で走り続けるガスパールだった。やがて後方の爆裂音が止んだことで攻撃が止まったことに気付くが、その直後とんでもない魔法の気配が後方から襲ってくる。慌てて振り向くが、風の魔法は目に見えないため何が飛来しているのかわからない。そして目に見えないことがさらに恐怖をあおる。慌てて頭を抱えてしゃがみ込むと、ものすごい音が前方で聞こえ始める。ガスパールは自分の身体に痛みがないことに安心しつつ、そっと目を開けて前方をみる。
「な、何が起きてるんだこれはっ!」
ガスパールが思わず叫ぶのも無理はなかった。はるか先まで続く草原だったはずの地面が、ガスパールの目の前からまるで街道でも作るかのように真っ直ぐに草や土を巻き上げながら前方に向かって進んでいく。近くを見ると巻き上がった後の地面は深くえぐれ、それがそのまま前方に向かって続いていく。そしてその謎の現象は今も続きはるか先で未だに土を巻き上げて地面をえぐり続けているのだ。
「こ、これもあの女の仕業なのか…、無理だ、こんな奴相手に勝負など挑めるかよ。ドラゴンの群れに素手で突っ込む方がはるかにましだ」
その場に座り込み、いつまでも土を巻き上げ進んでいく魔法を見ながらガスパールは冒険者の引退を考えるのだった。
「ふふ、どう?威力は押さえたけど持続性には全力を振るってみたの」
『あ、主、あれはどこまで行けば止まるのだ…』
「さあ?魔力が切れたら止まるんじゃない?」
『あの方向に街がないことを祈ろう…』
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