OL、雷を落とす
ギルドにミヤビの捕縛依頼が出された2日後、ドルアーノの街に向かって全力で走る馬車の群れがあった。馬車には冒険者たちが押し込まれたように乗っており、通常の3倍以上の定員となりながらも常時馬に回復魔法をかけ続けることでその速度を維持していた。30人以上詰め込まれた馬車が十数台、500名を超える冒険者が先を競うように馬車を駆る、その様子は単なる女ひとりの捕縛とたかをくくり、ついでに街でひと暴れしようと考えるならず者の集団というほうがより正確かもしれない。
しかし、その接近はすでに数10キロ先の時点で、ミヤビに検知されていたことに誰も気が付いていなかった。
その日ミヤビは新しい装備を身に付け、街を出た先に魔法で四阿を作りのんびりと獲物がやってくるのを待っていた。
新しい装備はいわゆるドレスアーマーと呼ばれる形状で、一瞥しただけではワンピースにしか見えないシンプルだが非常に上質なものであった。白をベースに薄いピンクのストライプが体のラインを強調したデザインはミヤビの魔力によってその色を変える。ミヤビの普段着にも使えるという無茶な注文に鍛冶屋のオヤジが苦労した一級品である。
エンシェントドラゴンの素材の中から最高とされるものをふんだんに使ったドレスアーマーは防御力だけでも一級品で、例えドラゴンでも傷をつけるのに苦労する防御力を誇る。だがそれは単純に素材の持つ基本効果であり、付与された効果により攻撃力が大幅に向上するうえに、全耐性と回復効果も付与されている。
もし市場に流れるなら、その価値は天文学的な数字の羅列を見せることになるだろう。
また以前鍛冶屋で買った刀も新調されていた。これはミヤビの力に耐えることを主眼に強化加工され、ドラゴンの素材に強化と自己再生を組み込んだことで不壊の刀として再構成されていた。
宿を出るミヤビのこの姿を見たステファンは、
「相手がかわいそうだ…」と呟いたと言われている。
そして、ついに冒険者たちを詰め込んだ馬車の群れがドルアーノの街から目視できる距離に近づいてきた。
(はあ、馬鹿が群れを成してやってきたわね…。手加減はいるけど、ストレス解消に派手にやっちゃおうかな)
目視できる距離に砂煙が舞い、冒険者たちが近づいてきたことを確認する。
(雷よ!敵を焼き尽くせ!)
ミヤビが前方に腕を伸ばし、魔法を展開する。
馬車の群れの上空に急に真っ黒な雲が出現し、雲の中で稲妻が荒れ狂う。
急激な天候の変化に気付いた冒険者が窓の外を確認し上空の雷雲を見て驚愕する。
慌てて逃げ出そうとする者もいたが時はすでに遅く、空間を裂くかのような轟雷が馬車の群れに獲物を見つけたかのように降り注いだ。
ドルアーノの街でもその轟音と、真っ白な稲光により人々が慌てて外に飛び出し、門の外を眺める。
「何事だ…この世の終わりなのか…」
「神がお怒りになられている…」
「この街もこれまでか…」
かつて見たこともないような轟雷の雨が一点に降り注ぐ様子は、まさにこの世の終わりと人々が思ったとしても仕方のないものだ。しかし、状況がわかっていた冒険者たちはミヤビの魔法の威力にただただ畏怖する。
「姐さん…神の化身か何かなのか…」
「あれが姐さんの力…」
「ドラゴンも瞬殺されるわけだ…」
数十秒の出来事であったが、このミヤビの魔法の暴威は街の人々や冒険者たちの心に深く刻み込まれたのだった。
そしてその暴威にさらされた冒険者たちの乗った馬車は、冒険者ごと跡形もなく燃え尽き、周辺はクレーターのようにえぐり取られていた。
(うーん、力の加減が難しいわね…。かなり手加減したけど、まだ強すぎたみたいね。この装備で増幅されたのもあるのかな?)
町の人々が恐れおののいているなどつゆ知らず、ミヤビは魔法の威力制御の反省をしていた。
(でも一度ぐらい全力で魔法を使ってみたいわね…。派手な魔法は気持ちいけど手加減しながらだとなんかスカッとしないものね)
あれが全力でないと知れば街の人々は腰を抜かすだろう、さらに全力で魔法を使いたいなどとミヤビが思っていることを知ればパニックになるのは間違いないだろう。
(どうせまた来るだろうし、その時のお愉しみにしておこうかな)
そして何事もなかったかのように、ミヤビは街に戻っていった。
「嬢ちゃん、無事だったか?あんな魔法ぶっ放して大丈夫なのか?疲れたならゆっくり休むんだぞ」
ミヤビが冒険者ギルドに顔を出すと、ギルマスが駆け寄ってくる。
「大分手加減してるし、疲れてもないわ。それより中途半端に手加減したからストレスが溜まるわよね」
「おい、あれで手加減してたっていうのか…。街の者はこの世の終わりかって神に祈ってたんだぞ」
「大げさよね、ちょっと雷が落ちただけじゃない。それよりどこか本気で魔法を使える場所ってない?」
「はあ、これがミヤビだから仕方ないっていう奴か…。他の冒険者なら訓練場でも使えっていうが、嬢ちゃんの場合だと下手すりゃ街ごと消えちまいそうだもんな。出来れば我慢してほしいもんだが、どうしてもっていうなら街から離れた無人の土地ならいいんじゃないか?できたらその時は連れて行って見せて欲しいもんだがな」
「減るもんじゃないし見るのは別にいいわよ。それにギルマスが指定した場所なら何かあっても大丈夫だろうし」
「おいおい、俺に責任を押し付けるつもりかよ…。だが、嬢ちゃんの本気の見物料としたら妥当かもな」
~~~~~~~~~~
ミヤビが冒険者ギルドに着いた頃、轟雷の跡地にひとりの男が立っていた。
(なんなんだこれは?さっきのは魔法なのか?これをさっきの女がやったとしたら、Sランクどころの力じゃないぞ…こんな奴を捕らえるなんて無理だ。旦那には報告はするが、これで手を引くぞ…)
地面は数メートルもえぐり取られ、高温でガラス化した地面がさらに砕かれと、見るも無残な状態になっている。ここにいたであろう馬車や冒険者などその痕跡を探すのが困難なほどだ。これがたったひとりの女によってもたらされたとは、その目で見ていても信じられない。
(あいつらが街に着くのを待ち構えていたようだったのは、来るのがわかっていたからなのか、来た気配を察知したのか…いずれにしてもただもんではないよな)
魔法というよりも神罰といわれた方がまだ納得できる威力の魔法、それを疲れた様子もなく行使できる女。こんな女の捕縛がたった金貨1000枚では割りにあわない。ドラゴンの群れに飛び込む方がまだましだと思えるほどの脅威である。
(おそらく今後も金に釣られた馬鹿な冒険者がここにやってくるんだろうな…。この内容を知れば思い返すかもしれないが、この目で見ていても信じられないのに、伝えたところで競争相手を減らそうとしているとしか考えないだろうな)
男は今後もここで起きるであろう虐殺と呼ぶべき未来を思い天を仰ぐが、頭を一振りして街に背を向けて歩き去ったのだった。
~~~~~~~~~~
ミヤビが冒険者たちを撃退してから数日が経った。
冒険者ギルドから先日の轟雷はミヤビの魔法であることが周知されたため、街の人々の不安は解消されミヤビの人気はこれまで以上に上昇していた。
「さすがミヤビ様ですわ。あのような魔法、まさに神の化身の様ですわ」
「ああ、馬鹿領主をやっつけてくれた上にあんなすげえ魔法まで使えるなんて、ミヤビ様はやっぱりすげえよな」
冒険者たちの反応はさらにミヤビを神聖視するものだった。
「姐さんの魔法を見たか?この世が終わるんじゃないかと思ったが、あれで手加減してたらしいぞ」
「マジかよ!あれで手加減って…姐さんが全力を出したらマジで世界が亡びるんじゃないか?」
「姐さんって、まさに神の使いって感じだよな」
「はあ、なんかみんなが私を見る目がおかしいのよね」
「そりゃあれを見せられたらな」
その日も宿の食堂でミヤビはステファンたちとのんびりしていた。
魚介をふんだんに使ったパエリアをあてに冷やした白ワインを飲みながら、ミヤビは愚痴をこぼす。
「せっかく仲良くなれそうだったのに、みんな神様でも見るかのように接してくるようになったのよね…つまんない…」
「あれだけの魔法を見せられたんだ、ミヤビを畏怖するのは仕方ないだろうな」
「それに冒険者なんて私を見て拝んでくるのよ!ったく、やってられないわよ」
「あいつらはもともとミヤビの従僕みたいになってたからなぁ…それ以上となると拝むぐらいしか思い浮かばなかったんだろ。冒険者をやってるだけにあの魔法の威力が理解出来ちまうんだ、これも仕方ねえのかな」
「さっきから仕方ない仕方ないって、なんとかならないの?」
「人ってのはな、おのれの想像を超えた力を見たら畏怖しちまうもんだ。神の奇跡みたいな感じだな」
「でも私は神様じゃない!」
「そりゃそうさ、でも他の連中からしたら違いが判らないんだよ」
「もうやだ…普通に暮らしたいだけなのに…」
「そいつは難しいな、今までさんざんやらかしてきているからな。どこか別の場所に行ったとしても、ミヤビの力は隠しきれないだろ?なら開き直るしかないんじゃないか?」
「開き直るってどういうことよ?」
「つまりだな、ミヤビは最強だからみんなが畏怖するのは当たり前って考えるんだよ。あんなに強いのにすごく気さくな人ってあたりが落としどころじゃねえか?そもそもそれだけの力があるのに一般人として生活しようってのが無理なんだよ」
「それって、今と何が違うの?」
「ミヤビの気持ちだな。街の連中から畏れられるのを嫌がるか、当然と受け止めるかの違いだけだ」
「なるほどね、気の持ちようで私の気分も変わるってことか…。ステファンにしてはなかなかいい意見じゃない」
「おいおい、結構大事な事を言ったつもりなんだがな。要はミヤビが楽しく過ごせるためには、今の状況を楽しめばいいんだよ」
「つまり私が美しく可憐だから、みんな崇め奉るって思えばいいってことね!」
「…もう、それでいいや…」
「じゃあ、これからは手加減とかしないで本気でやっちゃってもいいわよね」
「そこは手加減しとけよ、世界が滅んだらどうするつもりだ」
「えー、手加減するのってストレス溜まるのよね…、次はもうちょっとだけ手加減なしでやってもいいよね」
「あー、程々にな…」
~~~~~~~~~~
「俺はもう降りさせてもらう。あんな化け物相手に敵に回るようなことは絶対にご免だ!」
「おいおい、金はもう払ってんだからよ、しっかり仕事してもらわないと困るんだわ」
町はずれの人目を避けた場所で、ミヤビの轟雷の跡を偵察していた男は雇い主のSランク冒険者ガスパールに報告した後、これ以上の仕事は受けられないと断りを入れようとしていた。
「だいたいだな、女ひとりでそんな冗談じみた魔法が使えるわきゃないだろ?嘘をつくならもっとましな嘘をつけ!偵察もまともに出来ないんじゃ金は返してもらうぞ」
「金を返せばいいんだな、わかった。これであの女にかかわらずに済むなら金など惜しくはないさ」
「ちっ、全く使えねえ奴だ。まあ金が返ってくればお前にもう用なない」
ガスパールは目にもとまらぬ速さで男の首を切り飛ばす。
「ったく、先に向かった連中からは音沙汰無しだわ、偵察に向かわせた奴は役立たずだわ、一体どうなってやがんだ?」
ガスパールは目の前に転がっている男のことなどすでになかったかのように呟くと、町の人ごみに消えて行った。
ドルアーノの街に近い冒険者ギルドでは、あれだけ大量に送り出した冒険者たちの消息が耐えたことに大騒ぎになっていた。低ランクとはいえ数百人の冒険者がいなくなったのだ、これまでは消化されていたはずの依頼が山積みとなり業務にも支障が出始めている。
ギルド間で相互に連絡を取り合うが、冒険者たちの消息は不明のまま。ドルアーノの冒険者ギルドは今回の件からは手を引くことを明言しており、一切の情報が洩れてこない。
仕方なく独自に調査に向かわせたものからは、ドルアーノの街のそばに巨大なクレータが出現していること、おそらく魔法による攻撃の跡であり冒険者たちはここですべて失われたと思われる、という報告が上がってきている。
当然ドルアーノのギルドでは情報をつかんでいてしかるべきだが、一切の情報は提供されず具体的な魔法の内容やその状況については不明のままであった。
当初は貴族殺害犯が街に居るため、街の治安維持のために手を引いていたと思われていたドルアーノのギルドであったが、一切の情報開示に応じないことから周辺のギルドでは不満と疑惑が満ちていく。
情報が入らず依頼が溜まっていく状況にギルド職員の不満が溜まり、情報を出さないドルアーノのギルドが実は貴族殺害犯をかくまっているのではないのかという論調が主流を占めだす。ドルアーノの街の被害を憂慮していたギルド職員たちもその流れになるようになり、その結果として第二次の殺害犯捕縛が計画される。
生存者がひとりもおらず、クレータ状の跡が残るほどの大規模魔法が使われたことから、前回のように連携もない個人の集まりに過ぎなかったものではなく、災害級の魔物に当たるかの如くグループ分けされ命令系統も確立されたレイドが組織された。
メンバーも前回のような低ランクではなくCランク以上に限定することで、よりしっかりとした連携を担保しレイドとしての強さはここ数年類を見無い程精強なものとなった。
これは帝国からの依頼であるうえに、たかが女ひとり捕縛することすらできないと思われることは冒険者ギルドにとって死活問題であったため、帝都内のギルド本部からも追加報酬が大幅に上乗せされたことも精強となった原因である。そのため当初の報酬額から大きく膨らみ最終的には、10倍を超える報酬額となっていた。
そしてレイドのリーダーの中にガスパールの姿もあったが、ガスパールが男のいう事を聞いておけばよかったと後悔するのはもう少し先のことである。
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