OL、祀り上げられる

ミヤビはギルドを出ると特にすることもないので、折角だからと張り紙の実物を見に行く。

(自分の手配書なんて早々見る機会なんてないからね、話のタネに実物を見ておきたいわ)


全く危機感もなくお花畑な思考であるが、実際ミヤビをどうこうできる者がいるはずもなく、

逆にその場にいて巻き込まれるものがいればいい迷惑である。


張り紙の周りには、まだちらほらと人々が集まり張り紙の内容について噂しているようだった。ミヤビが近づいてもまさか本人とは思わず、噂に花を咲かせている。


(ふうん、手配書っていうから顔写真と賞金額の書いたのかと思ったけど全然違うのね。内容は聞いてた通りだし、なんか無駄足だったわ)


やがて手配書にあった正午を回ると、賞金に目が眩んだ者たちが手当たり次第に街を歩く女性に詰め寄っている姿を見かけはじめた。


最初はナンパかな?ぐらいに見ていたミヤビだが、威圧的で女性が怯えているのを見て楽しんでいる男たちの様子をみて頭にくる。

ミヤビのすぐそばのお姉さんにも、ガラの悪い男たちが取り囲むようにして近寄ってきた。

「てめえがミヤビか?ごまかしたら承知しねえぞ!」

「ひひひ、ごまかしてるようなら、ひん剥いてまわしちまいやしょうぜ兄貴」

「それもいいな、まあ姉ちゃんこっちにこいや!」


「ひっ!いやっ、やめて!」


明らかにミヤビを出しにした行為と、怯えるお姉さんを見てミヤビはぶち切れる。

「ちょっと、そこの馬鹿たち! お姉さんが嫌がってるのが見てわかんないの?

 くっさい匂いまき散らして、ぶっさいくな顔で女性に近づかないでよ。

 自分の顔を鏡で見てから出直しなさい!

 私に用があるなら直接やって来なさい、無関係なお姉さんたちに迷惑かけてんじゃないわよ!」

ミヤビの声を聴き、ここだけでなくあちこちで女性に絡んでいた男たちがぞろぞろとミヤビに詰め寄ってくる。


「おい!姉ちゃん、てめえがミヤビか?」

「ほおっ、いい女じゃねえか、連れて行く前にちょっと俺達とお愉しみといこうぜ!」

「おいおい、俺が先だぜ!」

「うっせぇ、お前はこいつを抑えつけときゃいいだろ。好きなとこ揉んでればいいからよ、へっへっへっ」

ミヤビの逆鱗に触れたことにも気づかず、自分たちに都合のいい妄想を垂れ流す男たち。


「私に用のないものは下がりなさい!巻き込まれても知らないわよ!」


「おうおう、威勢のいい姉ちゃんだな」

「なんだここですぐにして欲しいってかぁ?」

ミヤビの声に男たち以外の通行人や怯えていた女性たちが距離を取るが、男たちはさらにミヤビに近づこうとしてその手を伸ばしてくる。


(くっさいわね、燃やすともっと臭そうよね…じゃあ、凍りつきなさい!)

ミヤビが手を振ると、周りを囲み嫌らしい笑みを浮かべた男たちは、そのままの姿で氷像と化す。


「「「えっ…」」」

突然のことにその様子を見ていた人々は絶句する。

今目の前で行われた光景が理解できずにみな立ちすくんでいる。


「なんか、私のせいで迷惑をかけたみたいでごめんなさい」

ミヤビは皆の様子を気にすることなく、絡まれていたお姉さんの前に行くと頭を下げる。


「そんな、ミヤビ様が謝られるようなことはありませんわ」

「そうですわ、このような野蛮な男たちはいなくなった方がこの街の為ですわ」

そのお姉さんだけでなく、絡まれていた女性たちがミヤビのもとに集まり、ミヤビのせいではない、張り紙で馬鹿な男を動かそうとしたやつが一番悪い、釣られた男たちがその次に悪いんだと、逆にミヤビをかばい、慰めてくれた。


周りにいた通行人たちは、絡まれた女性たちを助けたミヤビに賞賛の眼を向ける。

男たちはすでに死亡しているが、モデルはともかく幻想的な氷像が突然現れただけに見える事から、特に怯えることもなく、絡まれていた女性たちもミヤビに口々に礼を言う。



ミヤビの圧倒的な力を目にした人々が噂し、その力の証拠でもある氷像が路上に放置されていることで、それ以降ミヤビに手を出そうとする愚か者は現れなかった。

実は冒険者たちも手をまわしていたのだが、ミヤビの為というよりはミヤビの暴走に巻き込まれるのを恐れたためだったので表に話が出ることはなかった。


もともと貴族とはいえ領主は街の住民から忌み嫌われていた。貴族は平民に何をしても良いとばかりに略奪や暴行、誘拐など好き勝手してきた過去があるためだ。

さらになりふり構わずミヤビを捕らえようとしたため多くの女性に迷惑をかけたその一族も同様に民衆の反感を買ってしまった。



このことがきっかけで、迷惑をかけられた女性たちをミヤビが救ったということや、領主に対しても恐れることなく立ち向かう姿に、一躍街の救世主のようにミヤビは祀り上げられていくのである。

街行く人はミヤビに笑顔で手を振り、助けられた女性やその噂を聞いた女性たちにミヤビはしょっちゅう囲まれるようになる。


当然衛兵や貴族の私兵達は街の空気からミヤビに手を出すのが悪手であることを肌で感じることになる。私兵たちは領主に対する忠誠心ではなく金のため、衛兵も街の治安を守るのが目的であるため、圧倒的な力を持つミヤビにわざわざ立ち向かうこともせず、領主一族のミヤビの捕縛は完全に暗礁に乗り上げてしまっていた。



~~~~~~~~~~



「どういうことだ!なぜ何の連絡も入ってこない!」

ミヤビに蹂躙された領主の館で、部下を怒鳴り散らす男がいた。

ミヤビに殺されたアブドン・ブラスキ子爵の甥にあたるカスティーニは、子のなかったアブドンの後を継ぐのは当然自分と信じており、すでに子爵家当主としてふるまっていた。

アブドンの妹で、カスティーニの母でもあるシモネッティも当然兄の後を息子が継ぐと考えており、カスティーニが子爵家で暮らすことを止めるどころか後押ししたほどだった。


本来なら家督の継承には王家の裁可が必要であるが、当然その様なものは下っていない。また貴族とは厳密には当主個人を指すもので、その身内は貴族の一族として平民と貴族の間に位置する身分である。

当主であれば貴族としての振る舞いは許されるが、ただの一族に過ぎないカスティーニが貴族のふりをすることは重罪に当たる。

そのことにも気づかず、当主の部屋にふんぞり返り部下を顎で使っているのだ。

部下たちも次期当主の有力候補であるカスティーニには逆らわず、しかし注意をすることもなく諾々と従っている。


「命令通り街中に張り紙をしております。まだ女を見つけることが出来ていないのではと思います」

「うるさい!俺を待たせるな!さっさとお前達も探しに行けばどうなんだ!」


「我々まで館を留守にすれば、万一の時に館の守りがいなくなることになりますが、よろしいので?」

「くそっ!もういい!どいつもこいつも俺の思う通りにならん!

 昨日も公爵家からこの件に一切関与しないと嫌味交じりに文句を言われるし…酒だ!酒を持ってこい!」


カスティーニは公爵家から口止めされているのも忘れ、部下たちの前でこぼしてしまう。部下たちはこのような重要事項を簡単に口走るカスティーニに、ブラスキ家もそう長くはないなと、次の勤め先を検討するのであった。



~~~~~~~~~~



張り紙が張り出された数日後、ステファンは宿の食堂でセルジオ相手にのんびりとお茶を飲んでいた。

「しかしあの馬鹿、まさかこんなバカな手を使うとはな…」

「確かに、領主の死を公開するなど…ここまで無能であるとは想像もできませんでしたな」


「まあ、さすがに公爵家に逆らう真似はしなかったようでこっちの名は出さなかったようだがな」

「あれだけはっきりと伝えたのです、それでもわからないようであれば私が始末しておりましたよ」


「ふふふ、そりゃそうだな。あの馬鹿のせいでこっちに害が及ぶなんてセルジオが許すわけないよな」

「はい、公爵家に仕えるものとして当然です」


「後は放っておけば自滅すると思ってたんっだが、なんか思ってたのと違うよな?」

「ミヤビ様の件ですね。少なくとももう一度は領主の館にミヤビ様が乗り込むかと思っておりましたが、どうやら平和に過ごされているようですね」


「そうなんだよ、あのミヤビが暴走しないなんて完全に予想外だ」

「…ミヤビ様も自ら騒動を起こすようなことは、これまでもなさいませんでしょう?」


「いやいや、あいつが街についてからどれだけ騒ぎがあったと思ってるんだ。

 しかも全ての騒ぎの中心にいたんだぞ、おとなしく出来るんだって驚いてるよ」

「しかしどの騒ぎも全て相手から手を出したようですし、街の者に迷惑をかけるようなことはしておられないかと」


「ああ、なんか町ではミヤビはえらく評判がいい。悪徳貴族にも恐れずに立ち向かい、か弱い女性を颯爽と救う正義のヒロインらしいぞ?」

「ミヤビ様がですか…それは何とも…」


「はっきり言え、化け物のような力を使って刃向かうものは皆殺しにするような女で、中身を知ったら街の奴らがっかりするだろうって、お前も思ったんだろ?」

「何にがっかりするって?」

セルジオはミヤビがこちらに来るのを見つけ言葉を濁していたが、ステファンはミヤビの背後からの接近に全く気付けなかった。


「え、み、ミヤビ?いつの間に来てたんだ…」

「「しかしあの馬鹿」あたりから?」


「それって最初からだよな…」

「そうともいうわね。で?誰が暴走するって?化け物って何?がっかりするようなことあったっけ?」


「いや、違うんだミヤビ。そうだけどそうじゃなくてだな、つまりそのなんだ。

 そう!ミヤビが今街の人気者ってことだよ」

「ふうん?でいい残すことはそれだけ?」


「ちょ!お前それはシャレにならないから…ごめんなさい」

ミヤビがステファンに腕を向けると、ステファンは奇麗に椅子から立ち上がりそのまま土下座した。


「お坊ちゃま…」

「はあ、もういいわよ。なんか私が悪者みたいに思われるじゃないの」


「ふう、助かった。寿命が半分縮まった気がするよ」

「まあステファンが私のことをどう思ってるかわかったし、これからの付き合いは考えないとね」


「ちょっとまてよ、許してくれたんじゃないのかよ!」

「許すなんて一言も言ってないわよ?あんな格好をされて迷惑したからやめてもらっただけよ」

「確かにあの格好は、される側にもダメージがありますからな」


「おい!悪かったよ、もう勘弁してくれ」

「えー、私のいないところで酷いこと言ってたのに、こんな簡単に許してもらえるって思ってるのかしら?」

「確かに、陰口など男の風上にも置けませんな」


「セルジオ!ちょっとはフォローしてくれ!」

「なんか私のことを味方にしたいとか言っててこれだもんね。なにを信用すればいいんだか?」


「あーもう、悪かった!何でも言う事を聞くから勘弁してくれ!」

「へー、何でも言う事を聞いてくれるんだ?」


「い、いや、そのなんだ、いわゆる常識の範囲でだな…」

「お坊ちゃま、見苦しいですぞ。男が一度口に出したのです、それを後から反故にするようなことはなさいませぬよう」

「そうよね、じゃあ貸しひとつってことで今回は見逃してあげるわ」


「…わかった、お手柔らかに頼む」


「で、何してたの?男二人でお茶してるなんて珍しいんじゃない?」

「あー、なんか思ってたのと違う動きになってるからな、これからどうなるのかなって世間話だ」


「何が違うの?」

「ミヤビの件だよ。領主の親族がもっと絡んでくるって予想してたんだが、街の空気はミヤビの方につくって感じだろ?しかもあいつら嫌われもんだから部下どころか衛兵すらまともに動いてないみたいじゃないか。そもそもこの街が帝国の端にあって帝国の一部って意識が薄いのも原因なんだがな…」


「あー、そういうことね。私もお姉さんたちに囲まれてモテモテだったからねぇ。衛兵も私を怖がって近づいてこないもん」

「だろ?でもこのままでは終わらないんだよな。アブドンの死が帝都に報告されたら間違いなく帝国兵がやってくる。その時この街がどうなるかだな…」


「帝国兵ってそんなにすぐ来るの?」

「いや、報告が届いて編成してからの移動だからひと月以上はかかるだろう」


「じゃあ、別に急ぐことないじゃん。それよりドラゴンのお肉をまだ食べてないんだよね」

「はぁ、相変わらずお気楽だよな?心配してるこっちが馬鹿みたいだよ」


「そんないつ来るかわからない帝国兵なんかより、ドラゴンのお肉の方が気になるじゃない」

「なんか、俺もどうでもよくなってきたわ…」


「それじゃあ今日はドラゴンのお肉に決まりだね!さっそくお願いしてくる!」

ミヤビは厨房に駆け込み交渉を始めだした。


「お坊ちゃま、ミヤビ様ですからその様な心配はご不要かと」

「そうだな…ミヤビだもんな…」



そしてその日の夕食では、前回よりもさらに満面の笑みを浮かべるミヤビと、またもや肉を奪われてしょげかえるステファンの姿があった。


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