OL、手配される

「はあ美味しかった!大満足ね!」

結局4枚ものステーキを平らげ、残ったビールを飲みながらミヤビは一息ついた。


「確かに非常においしゅうございましたな。これほどのものはめったに食べることはできませんので私も大満足でございます」

セルジオもほぼ2人前を食べたはずだが、けろりとした顔で満足そうに微笑んでいた。


「そうかよ、このサラダもパンもすっげぇ美味かったよ…」

ひとりステファンは悲しげにつぶやく。


「それじゃあ、お腹も膨れたし今日はこの辺で」

ミヤビが席を立とうとすると、ステファンが声をかける。


「ちょっとまて、本題はこれからだ」

「えー、折角美味しいもの食べて満足してるんだから今度にしない?」


「そうは言ってられんだろ。

 衛兵たちをうまく追い払ったようだが、絶対にこれで終わりとはならないぞ」

「なんで?ビビッて尻尾を巻いて逃げ帰ったんだから、もう来ないでしょ?」


「兵士だけならそうなるだろうが、今回は貴族が絡んでいる。

 次はもっと上、おそらく領主の一族ぐらいが絡んでくるはずだ。

 帝都に話が伝わるまでに犯人を確保していなければ、無能のレッテルを張られることになるから向こうも必死になるはずだぞ」

「ああ、めんどくさいわね。小出しでちょろちょろ来ないでまとめてきなさいよ」


「向こうにも事情があるんだ。すでに領主の騎士団はほぼ壊滅しているから思い通りになる兵がいない。

 衛兵は領主の直接の配下ではなく、帝都から派遣されているという扱いだから好きってに使えないんだ。

 それに詳細な話を衛兵に伝えればすぐに帝都に伝わってしまう。

 帝都の介入を避けたい領主一族にとってそれは一番避けたいことなんだ」

「じゃあどうすればいいのよ」


「大きく手はふたつある。

 ひとつめは、今言った小出しに出てくる相手をその都度潰していく方法だ。

 もうひとつは一気に帝都を急襲して、ミヤビの力を見せつけるんだ。

 実際に見ればミヤビを敵に回す愚かさを思い知るだろうからな」

「なんかそれってステファンの都合に合わせた方法じゃない?

 別に帝国の敵なんかになるつもりはないし、相手が手を出さなければ私も何もしないわよ」


「お坊ちゃま、あまりこちらの都合を前提にした策はよろしくないかと」

「だがなあ、帝都の馬鹿どもはミヤビの戦力を絶対に過小評価するぞ。

 たかが女ひとりと侮って、各個撃破されるのが目に見えている。

 その結果ミヤビはいらない敵を増やしてさらに身動きが取れなくなってしまうだろうよ。

 いっそのことこの街をミヤビの支配下にでも置くか?

 そうすれば、もうちょっとまともな相手が最初から相手になるはずだぞ」


「いやよ、支配とかめんどくさそうじゃん」

「だよな?ミヤビならそう言うと思ったよ。

 じゃあ、ひとまずやるときは徹底的にやる、そしてその結果が帝都にもわかるような形で残るようにする。

 そうすれば、少なくとも軽い気持ちで絡んでくるような奴は減るだろう」


「それって、今までと何が違うの?

 長々と話したわりにすごい作戦って風には見えないわよね」

「…なあ、もうちょっと俺に優しく出来ないかな…」

「お坊ちゃま、わざわざ引き留めた後の策がこれではミヤビ様のいわれる事も仕方のないことかと」


「まあ、帝都ってとこがろくでもないところだというのはわかったわ。

 それに一応ステファンも無い知恵を絞ってくれたってのものね」

「ありがとうございますミヤビ様、お坊ちゃまもその言葉で報われるでしょう」

「いやいや、遠回しに馬鹿っていわれてるよな、それ!」


「そういう言い方も出来るってことは否定しないわ。

 じゃあ、他にないなら部屋に戻るわ。さすがに徹夜明けで眠たいからね」


そういってミヤビは席を立ち、部屋に戻っていった。



「よろしいのですかお坊ちゃま?領主の一族、つまりお坊ちゃまの親戚にあたる者たちですぞ」

「わかってるよ、親戚っても分家の分家ぐらい遠いもんだ。

 あいつら如きがどうなっても実家には影響はない。それどころか無能な親戚が排除出来て喜ぶだろうよ」


「ですが、あの者たちはご実家の名を出す可能性もありますぞ」

「だよなぁ、たかが子爵程度の無能なら公爵家の後ろ盾を振りかざすよなぁ」


「恐らくは。名を出すことの影響にまで考えが及ばないと思います。

 それにミヤビ様を侮っているのは間違いないでしょうから、場合によっては先に大声で触れてまわるやもしれません」

「ああ、捕らえるのは当然の結果と思ってるだろうから、うちの名を出すことで貸しを作ろうとか考えそうだよな…」


「そのとおりです、もしご実家の名が出れば捕獲失敗時に連座させられることもあり得ます」

「あーもう馬鹿はこれだからやってらんねえ!

 面倒だが先に手を打っておくか、奴らに先にくぎを刺しに行くぞ」

ステファンたちは、部屋に戻ることなくすでに薄暗くなった街に消えて行った。




そして翌日、街は朝から騒がしい。

街の各所に領主代行からの告知として張り紙がなされていたからだ。


張り紙には、

・領主を殺害した不届き物がこの街に居る事

・その不届きものはミヤビという女であること

・すでに証人は確保しているため、言い逃れの余地はないこと

・自首するなら温情を与えるが、今日の昼までに期限を切る事

・それ以降は生死を問わず連れてきたものに賞金を出すこと

などがつらつらと書かれていたのだ。


張り紙を見た街の者たちは領主が殺害されたことに驚くが、もともと嫌われていた領主なのでその死を悲しむ者は居なかった。

それどころか、殺害した犯人をほめたたえるものまでいる始末だった。


しかし、賞金の記載になると目の色を変えるものが多く、犯人が女であることから捕まえるのは簡単と思い込み我先に町中を駆け回るものも現れていた。


そして冒険者ギルドでも張り紙の話題は当然上がっていたが、その反応は街のものとはまるで違うものだった。

「これって姐さんのことだよな…」

「間違いないだろ、こんなことをする同じ名前の人間がもうひとりこの街にいたらたまんねえよ」

「でもよ、姐さんが捕まると思うか?」

「無理無理!あのギルマスがあそこまでいうんだぞ、Sランクが束になって掛からないとだめなんじゃないか?」

「だよな、ちょっかい掛けたやつがやられるとこを見てたが、何をしたのかすらわからなかったもんな」

「どうするよ?姐さんがギルドに来たら」

「俺は死に急ぐつもりはないぞ、触らぬ神にたたりなしだ」

「だよな、手を出す馬鹿が居たら止めるのが精一杯ってとこだな」


冒険者たちの間ではすでにミヤビの噂は広まっており、張り紙の内容は信じても手を出そうなどと考えるものはひとりもいなかった。



~~~~~~~~~~



商業ギルドでは、また違った動きになっていた。

暫定的にギルマスの座についたカルロは張り紙を持ってこさせその内容を確認していた。

(こいつは間違いなく例の女だな、カトリーナだけじゃなく領主にも手をかけてくれたのか。

 怖いもの知らずというより絶対にやられない自信があるんだろうな。

 おかげでこっちもやりやすくなる、感謝しないとな)


そもそも領主のアブドン子爵にミヤビのことを吹き込んだのがカルロであった。

領主の性格上、必ず捕まえに行くだろうことを予想していたのだ。


無事捕まえれば宝石のルートのお零れをもらうつもりだったし、捕獲に失敗したら領主の力が削られる。

どっちに転んでも損はしないと踏んでいたのだが、領主が殺されるということまでは予想していなかった。

(あの女、貴族に平気で手を出すのか…ちょっとやり方を見直す必要がありそうだな…)


(この状況ならあの女は金の引き出しに表に出てこられないだろうが、念のため預金は一時凍結させておいてやろう。

 そうすれば手持ちの金が無くなって、宝石の確保に動くはずだ。

 そこを見張らせておけば、こっちが動かずとも欲しい情報が手に入る。

 馬鹿な前ギルマスや領主と違って、俺はリスクはとらずにリターンだけもらうのさ。はっはっはっ)


捕らぬ狸のなんとやらでほくそ笑むカルロは、すでにミヤビが預金を全額降ろしていることも知らずに、内心で高笑いしているのだった。

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