OL、ミノを食す

ステファンを連れ宿に向かうミヤビに、珍しく慌てた様子で駆け寄ってきたセルジオ。

「ミヤビ様!ダンジョンに向かった前日について聞きたいと衛兵が宿に詰め寄せております」

「前日?私が宿を移動した日だよね…ああ、あれか」


「何か心当たりがございますか?」

「うん、領主が絡んできてね返り討ちにしてやっただけだけど」


「お、おい!ミヤビ!お前何やってんだよ!」

「返り討ち…まさか領主の殺めたというようなことは…」

「うん、氷漬けにしてやったよ」


「なんという…おそらくそのことで衛兵が動いていると思います。

 どうなされます?このまま身をひそめるか、正面から衛兵に会うか」

「べつにやられたからやり返しただけだし、後ろ暗いこともないのに隠れるのは嫌かな」


「ちょっと待て、領主を殺して後ろ暗いことがないって通用しないと思うぞ」

「お坊ちゃまのいうとおりですね。衛兵の前に出れば問答無用で投獄されることになるかと」

「なんで?先に騎士団とかいうの動かして襲ってきたのは向こうだよ?

 領主相手だと反撃はダメなの?」


「ミヤビ様はこの国のことをあまり詳しくご存じないご様子、あらためて説明させて頂きます。

 この帝国では皇族、貴族、平民、奴隷と身分が明確に分かれております。

 そして上位の身分のものには逆らってはいけないという法まで存在するのです。

 つまりミヤビ様が領主に逆らった時点で犯罪として扱われてしまうのです。

 そして特に貴族以上に逆らった場合は、帝国を上げてその犯罪者を処刑するために動きます。

 このままミヤビ様が捕まってしまうと、間違いなく処刑されることになります」

「えー、じゃあさ、その追っ手を全部やっつけたらどうなるの?」


「それは帝国に剣を向けたということ、帝国の威信を傷つけられたとして全軍がミヤビ様を襲うことになります」

「なあ、ミヤビ?とりあえず逃げとかないか?

 帝国貴族や軍を相手に戦うのはさすがに分が悪いだろ」

「いやよ、なんで悪い事もしてないのにこそこそと逃げ回らないとだめなのよ!

 そんなことになったらお風呂も入れないし、美味しいものも食べれないじゃない」


「おい、この期に及んで問題なのはそこか?」

「ミヤビ様の生活はわたくし共で出来る限りのことは致しましょう。

 お願いですから逃げていただくことはできませんか?」

「ねえ?なんでそこまで私の為に動いてくれるの?

 出会ってまだ数日でそこまでしてくれるっていうのはなんか怪しいわね」


「あまり時間がありませんし、隠しごとでミヤビ様の信頼を失うのは避けたいと考えます。

 お坊ちゃま、ミヤビ様に話してもよろしいでしょうか?」

「ああ、この状況じゃ仕方ないな。

 ミヤビ、隠すつもりはなかったが俺はこの帝国の貴族の一人だ、それもわりと上位の方のな。

 だが、先に言っておくが我が家は現在の帝国の方針に疑念を持っている。

 もっとはっきり言えば、いまの皇帝が気に入らないってことだ。

 あの馬鹿を引きずり下ろすために色々と準備している段階だが、ミヤビの力を見て是非協力してほしいと思ったんだ」

「つまり、逃がしてやるから手を貸せってこと?

 べつに私は逃げる必要を感じてないんだけど、それを恩に着て貴方たちの手駒にならないといけないわけ?」


「手駒ってつもりはない、ただその力を借りたいだけなんだ」

「それって同じことじゃないの?あなた達の指定する敵を倒せって命令か指示かだけの差でしょ?」


「そういわれると返す言葉がないが、少なくともミヤビを自由に操ろうなどとは考えていない事は解ってくれないか」

「ごめん、いってる意味がわかんない。何もせずに今まで通りって訳じゃないんでしょ?

 いつか知らないけど貴方たちの為に戦うようになるなら同じことよね」


「しかし、このままでは間違いなく面倒なことになるぞ」

「べつに今までだって絡まれ続けて面倒ごとばかりだったわよ。

 それがごろつきか帝国かって程度の違いでしょ?

 あまりやりたくないけど、宿を脅せばこれまで通りの暮らしはできるだろうし大した問題じゃないわ」


「帝国はごろつきと変わらないってのか…、わかった、もう止めるようなことはしない。

 ただ、何かあれば俺達を頼ってくれるとありがたい」

「なにかあればね。じゃあ宿にはひとりで戻るわ。セルジオさん教えてくれてありがとう」


ミヤビは振り返ることなく宿に向かって歩き出す、残されたふたりはその後姿を心配しながら見守るしかなかった。



(はあ、せっかくいいお肉が手に入ったってのに!

 どうしよっかな?皆殺しにするだけなら簡単だけど、そうしたら居心地が悪くなりそうよね。

 いっそのこと振り切って悪人っぽく派手にやっちゃおうかしら?

 問題は、今晩お肉が食べられるかどうかよね…)


衛兵が待ち構えている中に戻ろうというのに肉の心配をしながらミヤビは宿に歩いていく。



「来たぞ!あいつが領主様を殺した容疑者だ!」

「よし、全員陣形を組め!奴を取り押さえるぞ!」

宿が見えるところまでミヤビが歩いてくると、宿の前には50名ほどの兵士たちが集まっていた。

隊長らしき人物が指示を出し、ミヤビを取り囲もうと動き出そうとしていた。


「ちょっと何なの?デートの誘いなら間に合ってるわよ!」

「ふざけるな!貴様には領主様の殺害容疑がかかっているんだ、抵抗せずにおとなしくしていろ!」


「いやよ、わたしに手をかけようってんなら容赦はしないわよ。

 命が惜しい奴はさっさと離れなさい!向かってくるやつは敵として容赦なく扱うわよ!」

「馬鹿が!これだけの人数相手に何が出来るというのだ!たかが女ひとり、さっさと捕らえるぞ!」

隊長が大声で叫ぶと、兵士たちはミヤビに向かって駆けだしてくる。


(まずはあの偉そうな奴からね、目立つように燃え上りなさい!)

ミヤビが隊長を指さすと、隊長の身体が青白い炎に包まれる。


「ふぐぁゎがっぁ~!」

高温に炙られまともに声を出すことも出来ずに、叫びながら踊り狂う隊長をみて兵士たちの足が止まる。

何事が起きたのか把握できず、隊長の身体が焼かれる臭いが立ち込めるとともに兵士たちの戦意も下がっていく。


「どうするの?まだやるならみんな同じようにしてあげるわよ」

ミヤビは兵士たちを妖艶な笑顔で見わたす。


その笑顔は兵士たちには悪魔の微笑みにしか見えず、その場に腰を抜かしてしまうものまで現れる始末だ。

もはや兵士たちにミヤビに立ち向かう気などなく、どうにかしてこの場から逃げることしか考えられなかった。


「帰るならさっさとどっかに行ってよ。ついでにその邪魔な燃えカスも持って帰ってね」

ミヤビの言葉に、いつの間にか燃え尽きた隊長であったものに兵士たちの視線が集まり、その姿を見てさらに恐怖に身を震わせることになる。


「わ、わかりました!後片付けをして帰りますので、見逃してください!お願いします!」

兵士の中で勇気ある者が、ミヤビに返答する。


「そう?じゃあ後はよろしくね。でも次に来たら容赦しないから、帰ったら伝えておきなさい」

「は、はい!了解いたしましたっ!」

その兵士が最敬礼でミヤビに応えるのをみて、ミヤビはそのまま宿に入って行った。



「おかえりなさいませ。何か衛兵たちがお客様を探していたようですが、何かございましたでしょうか?」

宿に入ると老紳士がすぐにミヤビに声をかけてきた。


「なんかよくわからないけど、帰っていくみたいよ」

「さようですか、それはようございました。本日は夕食はどうなさいますか?

 ここ3日程お出かけされておりましたが、このままお休みになられますか」


「そうそう、これを夕食に出して欲しいの?

 ここって持ち込みって大丈夫かしら?」

そういって解体してもらった肉塊を取り出して、老紳士に見せる。


「ほう、これは見事な…ミノタウロスの肉ですかな?」

「ええ、でもその上位種のよ!美味しいって聞いたから是非食べて見たくて」


「畏まりました、ただこの量ではお客様の分としては多すぎると思いますがいかがいたしましょう」

「そうね、余ったらみんなにふるまってあげて。でも私の分はしっかり確保しといてね」


「このような高級なものを提供いただけるとは、誠にありがとうございます。

 もちろんお客様の分として一番良いところを充分に確保させて頂きます」

「ありがとう、急に無理行ってごめんなさいね。

 まだ他にもいろいろあるから、近いうちに提供させてもらうわ」


「畏まりました、楽しみにお待ちしております」


ミヤビは念願の肉を夕食に確保し、満面の笑みで部屋に戻っていった。





(うふふ、お肉っお肉っ!まずはお風呂よね、ダンジョンじゃあ入れなかったし。

 きれいにしてから美味しいもの!ああ楽しみだわぁ…)

ミヤビは風呂に入り疲れを癒すと、ウキウキした足取りで食堂に向かう。


食堂にはステファンとセルジオがすでに席についていた。

なんとなく違うテーブルに座ろうとするが、ステファンから声がかかる。

「ミヤビ、こっちで一緒に食べないか?」


「えー、また面倒な話でもするんでしょ?折角の美味しいお肉が台無しになるじゃない」

「今後のことについて話し合った方がいいだろ?

 どうやったのかうまく追い払ったようだが、このままでは終わらないぞ」


「だから、食事中にそんな話はしたくないの!

 どうでもいいことに気を使いながら食べても楽しめないでしょ」

「どうでもいい事って…わかった、食事が終わるまではこの話はしないから。それならどうだ?」


「じゃあ、少しでもその話をしたらステファンのお肉は取り上げるわよ。

 残りのお肉をふるまってって頼んだけど、嫌がらせする人にはあげるつもりないし」

「はあ、それでいいよ」


ミヤビはしぶしぶステファンたちのいるテーブルに向かうが、セルジオの隣に腰掛ける。

「何でそっちなんだ?」


「だってセルジオさんなら、私の嫌がることはしないだろうしね。

 それになんかステファンは汗臭い!」

「臭い!?嘘だろ?ちゃんと洗浄の魔法できれいにしたはずだぞ?」


「魔法だけじゃ臭いまできれいにとれないわよ。ちゃんとお風呂できれいにしておいた方がいいわよ。

 汗臭い男なんてこの世から消え去ればいいのよ」

「そこまで言うか…」

「お坊ちゃま、ですので入浴を勧めたではありませんか。面倒がって魔法で済ますからこのような事になるのですよ」


「その点セルジオさんはちゃんとしてるよね」

「もちろんでございます、人と会う可能性がある以上清潔に保つのは当然のことかと」

「わかった!俺が悪かったよ。今度からちゃんと風呂に入るからもう勘弁してくれ」


「じゃあ汗臭いのの横に座らないのは納得してくれたのね」

「もう勘弁してくれ…」

ミヤビに不潔扱いされ相当な精神的ダメージを負ったステファンは、わかり易く落ち込んでいた。


そして待望の夕食が運ばれてきた。まずはミヤビの前に夕食が並べられる。

メインは大きなステーキ、奇麗なサシが入り見るからに美味しそうな色つやと、暴力的なまでの香りがミヤビを包む。

「お待たせいたしました。こちらが提供いただきました中で最上位の部位のステーキとなります。

 お替りの用意も致しておりますので、お気軽にお声がけください」


その後ステファンたちの前にも並べられるが、そこには明らかにミヤビのものよりも数段落ちる焼き肉のようなものが並べられている。

「おい、ずいぶん差があるんじゃないか?」

「お気に召さないようであれば、元々用意しておりましたものに変えさせていただきますが」

ステファンは自身の皿とミヤビの皿を見比べ、明らかな差異にウエイターに文句を言う。


「美味いっ!なんだこの肉!」

「ああ、こんなの初めて食ったぞ!提供してくれたって人に感謝だな」

別の席からは、称賛の声が大きく響く。


「いや、このままでいい…」

ステファンは周りの声を聴き少なくとも交換されるよりはマシだろうと思ってあきらめる。


「やっばいっ!滅茶苦茶美味しい!あーダンジョンに行って良かったわぁ」

ミヤビを見るとすでに食べ始めていて、ステーキにとびっきりの笑顔を浮かべていた。

「ねえビール、キンキンに冷えたやつをもらえる?」

ステファン達がいることも忘れ、酒を追加で頼みだす始末だ。


その様子を見てステファンも食事に手を付ける。

「おお!確かにうまいな」

ミヤビのものと比べると大きく見劣りするが、それでも高級肉の味は別格なのだろう。

「確かにおいしゅうございますね、ミヤビ様のおかげですな」


「うふふ、もっと感謝してくれてもいいわよぉ!」

ご機嫌なミヤビはハイテンションでセルジオに応える。


「そうだな、ミヤビが居なければこんな上位種の肉は持って帰れなかったもんな。

 それにさっきのごたごたがうまく片付かなかったら、この肉は食えなかったんだよな」

「はい、アウト!」

ミヤビは目にもとまらぬ速さでステファンの肉の乗った皿を奪い取る。


「おい!何するんだ!」

「いったでしょ?面倒ごとの話は聞きたくないって」

「今のはお坊ちゃまの失言ですな」


「セルジオさん食べる?汗臭いかもしれないけど」

「ふふふ、では折角ですので頂くことにしましょうか」

「おい、セルジオ!それは俺のだぞ!それに肉は汗臭くない!」


「サラダもスープもあるんだし、おとなしく食べたら?」

「そうですな、約束を守れなかったお坊ちゃまの失態ですからどうしようもありませんな」

「くっそう!こんなことなら先に全部食べとけばよかった…」

ステファンは未練たっぷりの視線でセルジオのもとにいった焼き肉を眺めている。


「ぷっはぁ!やっぱりお肉にはビールよね!最高過ぎるわ!」

落ち込むステファンに見せつけるようにステーキを頬張りビールを流し込むミヤビ、もちろんステファンの方を向いて満面の笑みだ。

「うう、ミヤビが苛める…」

ステファンは仕方なく残ったサラダやパンをつまむが、目線はミヤビのステーキにくぎ付けだった。


「ねえ、ステーキをもう一枚くれる?」

そんなステファンの視線をものともせず、ステーキの追加をたのむ。

するとすでに用意していたのか焼きたての香り漂うステーキがすぐにミヤビの前に届けられた。


「ミヤビ、食べ過ぎじゃないか?」

「全然!このステーキならいくらでも入りそうよ、この肉と脂の甘味とか旨味とか信じられないくらいなのよ。

 ステーキの焼き加減も絶妙できれいなミディアムレアだから、ばっちり好みの焼き方だし」

ミヤビが熱く語るほど、ステファンの目線は下がっていく。


「頼む!一切れ、いや一かけらでいい食べさせてくれ!」

ステファンは我慢の限界を迎え、プライドを捨ててミヤビに頭を下げる。


「やだ」

「一言かよ、せめて考えてくれてもいいだろ?」

「考えるのもやだ、今はこのステーキのことしか考えたくない」

「くっそぉ!そうだ!太るぞそんなに食べたら、ビールまで飲んでるし間違いないな」

「お坊ちゃま…さすがにそれは見苦しいかと…」


「べつに美味しいもの食べて太っても気にしないわよ?それに私太りにくい体質だし」

ミヤビはそういって、2枚目のステーキもペロリと平らげさらに追加とビールのおかわりも頼みだす。


その食べっぷりにセルジオも驚くが、自身の食事も満足そうに食べている。

そしてその二人の姿をステファンは寂しげに見つめるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る