OL、蹂躙する

 打ち合わせも終わりここからはミヤビが先頭を歩くことになった。

 後ろからステファンが道順を指示するので、特に迷うことなく進んでいく。


 しかしなかなか魔物と出会うことなく時間が過ぎていく。

「なんかおかしいな、これほど魔物が出ないことなんてこれまでなかったぞ」

「うーんなんかね、どんどん逃げるように先に行ってるような気がする」


「魔物の気配がわかるのか?」

「魔物かどうかはわからないけど、何となくそんな気がするって感じかな?」


「ミヤビのいう通りだとするとちょっとまずいな。

 奥についた時に大量の魔物があふれてるかもしれん」

「べつにさっきのミノぐらいならどうってことないんじゃない?」


「ミノぐらいって…俺でも5匹ぐらいまでだぞ一度に相手できるのは」

「そんなの魔法でやっちゃえば5匹が100匹でも一緒でしょ?」


「…ほんととんでもないな…わかったミヤビの判断を信じるよ」

「じゃあドンドン行こう!」



 そしてまたしばらく歩くと開けた場所に出た。

 そしてその奥には無数の魔物の気配が立ち込めている。

「あちゃぁ、嫌な予想ってのはどうしてこう当たるのかな」


 サッカーコートが楽に2面はとれる程度の広さの空間の奥には、ミノタウロスの団体がひしめいている。

 だがミヤビが前に進むと、少しづつ後退しているように見える。


「おい、こいつらミヤビにビビってるんじゃないのか?」

「失礼ね! こんなか弱い女の子にあんな牛の化け物が怯える訳ないでしょ!」


「いや、実際あいつらミヤビが近づくと下がっていくぞ…」

「残念ながらお坊ちゃまのいうとおりに見えますな」


「ひどい…こんな乙女を傷つけたんだから、しっかり代償は払ってもらうわよ!」

 (窒息して苦しめばいい! )

 広間の奥に向かい魔法を展開する、酸素だけが取り除かれた空気でミノタウロス達は覆われもがき苦しみだす。

 窒息し痙攣をおこしながらすべてのミノタウロスが倒れるまで5分もかからなかった。


「乙女の怒り思い知れ!」


『『『『『おめでとうございます、レベルアップしました!』』』』』・・・・

 ミヤビの頭の中に例の声が鳴り響き、なかなか終わらない。

 (ああ、煩いわねわかったから止まってよ! )

 レベルアップのアナウンスに切れそうなミヤビに後ろから声がかかる。


「ミヤビ…一体何をしたんだ?」

「べつに? ちょっと魔法を使っただけよ」


「ちょっとってレベルなのか、これで…」

「さすがに採取だけで今日は終わってしまいそうですな…」


「ねえ? この牛男って何が取れるの?」

「うしお? ああミノのことか。こいつらは魔石の他も全て高価で買い取ってもらえるんだ。

 皮だけじゃなく肉も素材としてつかえるからな」


「じゃあ、解体せずにそのままもってけばいいんじゃないの?」

「もちろんそうできれば一番いいんだが、こいつらを1体まるまる持ち運べるようなマジックバックは普通は手に入らないんだ。

 セルジオの持っているやつなら1体なら入るだろうが、それでもう一杯になるだろう」


「じゃあ、私が持っていくよ。その代わりお肉はちょっと食べさせてね」

「俺の話を聞いてたか? 多分100体は軽くいるんだぞ? どうやって持って帰るつもりなんだ」


 ステファンがいうことは無視して、ミヤビはミノタウロスの死体の山に向かって歩き出す。

 (お肉、お肉! サシの入ったステーキとかいいわよねぇ)

 もはやミノタウロスはミヤビには肉のかたまりにしか見えていなかった。


 指輪のはまった手を伸ばし片っ端から収納していくミヤビを、後ろの2人は呆然と見つめていた。



「おい、アイテムボックスは持ってないって言ってたよな?」

「うん、そんなボックスはもってないわよ」


「じゃあ、さっきのは何だ? どこにミノタウロスをしまったんだ?」

「えー、めんどくさいから内緒ってことで」


「ったく、理由がめんどくさいってどういう事なんだよ…」

「お坊ちゃま、ご婦人の秘密を暴くのは野暮というものですぞ」


「こいつがご婦人って柄かよ! ミノタウロス100匹以上を一撃で倒すんだぞ。

 そんなご婦人がいたらあってみたいもんだよ!」

「え? 目の前にいるじゃん。可憐な乙女のミヤビちゃんだよ♪」


「くっそぉ! なんかすっごく腹が立つ!

 見た目がきれいなだけに否定しづらいのも腹が立つ!」

「きれいだなんてぇ、て・れ・る」


「セルジオ! なんとかしてくれ!」


「では、先に進みましょうかミヤビ様」

「そうね、ここに居てももうすることないし、行きましょう」


「おい! 俺のことは放置かよ!」




 その後もミヤビの快進撃は続いた、気配察知も使いこなせるようになったミヤビにとって、もはや狩ではなくゲーム感覚だった。

 使える素材が多ければ窒息、少なければ切り刻み、燃やし尽くし、粉々にしと様々な魔法を行使するミヤビにとっては、魔物を狩ることは散歩の途中にジュースを飲む程度の感覚でどんどん進んでいく。


 もちろんもはや採取などはわざわざ行わず、使える素材は全てミヤビが手をかざして収納していく。

 後ろから付いてくステファンとセルジオは、単なる道案内としてしか役にたっていなかった。

「なあセルジオ、俺達ってなんだろうな…」

「お坊ちゃま、まだ道案内としては役に立てているはずです…」


「さっきの魔物って、グリフォンだったよな。なんでAランクが複数パーティで何とかって魔物が瞬殺されてるんだ?」

「あまり考えてはいけません、そういうものだと割り切ってミヤビ様の活躍を堪能させて頂きましょう」


「セルジオ、おまえは大人だなぁ…」



 すでに80階層を超え、現れる魔物はSランク冒険者でもパーティーでかかる必要があるほどに強力になっている。

 この少し手前の階層がこれまでの最深到達階で、そこから先のマップは存在しないため、ステファンもただ後ろをついていくだけとなっている。

 だがミヤビの進むスピードは変わらず、あいかわらず優雅に散歩でもしているかのようだ。

 気配察知を広範囲に広げることで、迷うこともなくなり最短距離で踏破していく。


「ねえ? どこまで進めばいいの? ちょっと歩き疲れちゃったんだけど」

 85階層を超えた辺りで、ミヤビが後ろの2人に聞いてきた。


「そ、そうだな、もう最初の予定なんかどうでもいいよな。

 ミヤビはどこまで進みたいんだ?」

「そうねぇ、もうちょっと手ごたえっていうのかな? 戦ってる感じがするところが良いな」


「ここは100層が最下層なはずだ。あと少しだから進んでみるか?」

「そうなの? あと15階ぐらいなら、頑張っちゃいますか」


「お坊ちゃま、確かこのダンジョンの最深記録は76階層だったと記憶しているのですが…」

「いうな、ミヤビに俺達の常識は通用しないんだよ」


「ねえ? なんか失礼な事言われている気がするんだけど?」

「そ、そんなつもりじゃない。ミヤビの想像以上の強さに驚いているだけだよ」


「そうなの? 別に大したことしてないのに、変なの」


 (絶対に変なのはお前だ! )

 と心の中で叫ぶステファン。怖くて口に出せないだけとも言えるかもしれない。



 そしてついに100階層に降りる階段までたどり着いた3人。

「この次で終わりなの? ダンジョンって大したことないのね」


 (突っ込んだら負けだ、突っ込んだら負けだ…)

 念仏のように心の中で唱えるステファン。


「ミヤビ様いかがいたします? このまま下に降りますか?」

「そうね、ここで休憩してもいいけど、次で最後でしょ? ちゃっちゃと終わらせたいって気もするのよね」


「では、最下層にアタックしますか」

「そうね、いっちゃおうか?」


 (ダンジョンの最下層ってそんな軽いノリで行くところじゃないぞっ! )

 相変わらず声に出せない叫びのステファンも、黙って後に付いて行く。



 階段を降りるとすぐに巨大な扉がそびえたっていた。

「こんな大きな扉はこれまでなかったわよね、やっぱり最後だから演出が派手なのかしら?」


 そういってためらうことなく扉を押し開くミヤビ。

 扉の先は巨大な空間が広がっていた。

 直径2キロほどの半球状の空間が広がり、その中心からここからでも巨体とわかる魔物がこちらを見ていた。


「あれは…ドラゴンなのか…」

「恐らくは。しかもあの大きさは通常種ではない可能性が高いですな」

「ドラゴンって美味しいの?」


「えっ? 聞くのはそこなのか?」

「はい、ミヤビ様。種類によるらしいですがとても美味なものもいると伝えられております」

「そっか! じゃあちょっと行ってくるね!」


 美味しい肉と聞いたミヤビはスキップしながらドラゴンに向かっていく。

「なあ、ドラゴンって最強種だったよな…」

「はい、特に目の前のものはその中でも抜きんでた強さと予想されます」


「なあ、女の子ってドラゴンにスキップで向かうもんなのか?」

「いえ、その様な話はこれまで聞いたことはございません」


「なあ、…ドラゴンって寝転んで痙攣するものなのか?」

「いえ、恐らくあれは息を引き取る寸前のように思えます」


「なあ、ドラゴンを丸々収納って聞いたことあるか?」

「いえ、過去どのような伝説でもそのまま持ち帰ったなどと聞いたことはございません」


「ただいまっ! このお肉美味しいといいね!」

 とてもいい笑顔で微笑むミヤビ、生気の抜けた顔の2人と見事に対照的である。


 ドラゴンが倒れたことで、入り口と反対側に位置する所に扉が現れて開いていく。

 当然の様にそこに向かうミヤビと、ただただ呆然と付いて行くふたり。


 扉を抜けると登録の魔道具や魔法陣はこれまでと同じように存在したが、さらに宝箱がそこに置かれていた。

「宝箱って初めて見るけど、ダンジョンにあるのは普通なの?」


「いや、めったに出現するようなものではないな。

 過去に数度発見されたという話があるぐらいだな」

「罠が仕掛けられたものもあるとのこと、ご注意ください」


 ミヤビは罠の存在を聞いて念のため鑑定を行うが、どうやら何もしかけられていないようだ。

「なんか大丈夫そうだし開けてみよっか?」


「おいおい、大丈夫か? 今罠の話をしたとこだろ?」

「なんか大丈夫っぽいし、いけるでしょ」

 そういうとミヤビは宝箱に近づいて、ふたを持ち上げる。


「ほらね、大丈夫でしょ。

 ってか、これ何?」

 宝箱には金貨があふれていたが、問題はその中心に置かれた黒い球だ。

 ミヤビの鑑定によれば、「魔力の玉」らしく使用した者の魔力を倍増させるものらしい。


「ちょっと見せていただけますかな?」

「ああ、セルジオは鑑定もちなんだ。見て貰えば分かるんじゃないか?」

 そういってセルジオが宝箱の中の黒い球に近づいて目を凝らす。


「魔力の玉、とありますね。しかしその効果まではわたくしには鑑定できませんでした」

「鑑定ってレベルみたいなのがあるの?」


「ええ、私の鑑定はLV5でかなり上位のものと自負していたのですが、それでもまだレベルが足りないようです」

「じゃあとりあえず私が預かっておくわね、それと金貨は山分けでいい?」


「いや、ぜんぶミヤビのものでいい。途中から俺達は何の役にも立ってないからな」

「そうなの? いらないなら貰っておくけど。魔物もいっぱい倒したし戻って素材は山分けね」


「いやいや、それもミヤビのものでいい。気持ちはありがたいが、それを貰うと男として哀しくなってしまう」

「お坊ちゃまも男としてのプライドを自覚されましたか、このような形でお坊ちゃまの成長を見れるとは感慨深いですな」


「なんかよくわかんないけど、いらないのなら貰っとくね。

 後でほしいものがあれば言ってくれればいいから」


「それでは外に戻りますか、すでに夜も明けております。

 予定通りの3日目になるのでちょうどよいでしょう」

「そうか、たった3日でダンジョンを制覇したんだな…」


「ふうん、ダンジョンってなんかあっけなかったよね。

 もっとこうバンバン戦うってイメージだったんだけど、お散歩してるのと変わんないよね」

「多分その感想はミヤビだけだぞ、他であまり言わない方がいい」


「そうなんだ? じゃあそうする。か弱い女子としては、また絡まれたらいやだもんね」

「はあ、もうそれでいいや。か弱いとかって言葉の意味がもう分かんねぇよ」


 そうして宝箱ごと収納したミヤビにまた驚く2人とともに、転移陣を使ってダンジョンの外に戻っていった。

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