OL、後ろから付いて行く

「思ってたほど不潔では無いようね、これなら大丈夫かも」

「それはようございました、もし気になることがあればすぐに申しつけください」


「それでどっちに行けばいいの?」

「お坊ちゃまが事前に確認しておりますので、その後に付いて行けばある程度の階層まで進めるはずです」

「ステファンが肉壁ってことね」


「もうちょっとましな言い方はないか? せめて斥候とかあるだろうが」

「ごめんなさい、つい思ったまま言ってしまったようだわ。次からはちゃんとオブラートに包むようにするわ」

「はあ、ダンジョンに入ってもまったく緊張してないなミヤビは…

 じゃあさっさと奥に進むぞ、遅れるなよ」

 ステファンはそういうと、ためらうことなく通路を進み始めた。

 入り口近くだからだろうか、魔物も現れることなく複雑な迷路を迷うことなく右に左にと進んでいく。


 しばらく進むと先の方から戦闘音が聞こえてきた。

「どうやら先客が戦っている様だな、基本的に他のパーティーの戦闘には手を出さないってのがルールだ。

 のんびり行って戦闘が終わるのを待つか」

 ステファンはそういうと、進む速度を大幅に落としのんびりと進みだす。


 やがて戦闘音が止み、終った事がわかる。

「終ったみたいだな、じゃあさっさと進むとするか」


 少し進むと男女4人のパーティーが魔物、おそらくゴブリンだろう、の死体を切り裂いているところに出くわした。

 ステファンは軽く手を上げ、4人を避けるように進んでいく。ミヤビ達も無言でその後に続いた。

 もう話し声が聞こえないだろう程度に進むとミヤビが尋ねる。

「ねえ、あれって何してたの? 趣味なのかな?」

「ぷっ! 趣味ってなんだよ、趣味って。あれは魔石と討伐部位を採取してたんだ」

「ミヤビ様、魔物には魔石が存在しそれをギルドに持っていけば買い取ってもらえるのです。

 また討伐部位は魔物を倒したことの証明として用います。倒した魔物の種類や数によりランクが上がる仕組みになっているのです」


「ふうん、じゃあ私は別にランクなんて上げる必要もないしお金にも困ってないから、あんな猟奇的な事はしなくてもいいわね」

「いらないのか? ダンジョンに来る奴らはほぼ全員、金とランクアップが目的だ。

 俺もセルジオも採取はするつもりだったからな」

「どちらにせよ、採取を行うのですがミヤビ様の手を煩わすことはないでしょう。

 採取自体はたいした手間ではありませんし、わたくしどものほうが慣れておりますので」


「じゃあ、悪いけどお任せするわ。魔物はちょっと触りたくないのよね」

「そこはぶれないな、別にミヤビに採取してもらうつもりは最初からなかったし気にするな」



 その後も順調に迷宮を進むが魔物に出会うことなく次の階段にたどり着いた。

「なんか湧きが悪いのかな? それとも誰かに根こそぎかられた後なのか?」

「この辺りは大した魔物も出ませんし、手間がかからず良かったとしておきませんか」


「そうだな、ゴブリンなんかいちいち相手してられないよな」


 2階に降りても、ダンジョンは代り映えはしなかった。

 だが少し進むと初の魔物に遭遇した。

「おっ、ゴブリンか? 3体なら俺に任せろ!」

 正面から現れたゴブリン3体にステファンは剣を抜いて飛びかかる。

 一振りで2体の首を飛ばし、残る1体も一撃で葬る。


「ゴブリン程度ならこんなもんだろ」

 ステファンは得意げにミヤビを見る。


「これってすごいの?」

「いえ、ゴブリンは最弱クラスの魔物ですから冒険者なら倒せて当然かと」


「おまえら、ちょっとは俺を褒めたりできない?」


「じゃあ…おぼっちゃますごーい、ぱちぱちぱちー」

「すまん、ミヤビに期待した俺が馬鹿だった…」


 ふざけている間にセルジオは3体から採集を済ませていた。

「では先に進みましょう」



 それ以降もたまに遭遇する魔物はステファンがすぐに片づけてしまい、問題なく先の階層に進んでいく。

「ねえ? どのくらいまで下りて行くつもりなの?」

「そうだな、それなりに強い奴と出会うなら40階層ぐらいからだろうから、だいたいその先辺りが目標だな」


「帰りもこうやって歩きなの?」

「いや、ダンジョンでは10階層ごとに登録が出来るんだ。

 10階層ごとにボスがいて、ボスを倒した先に登録の魔道具が設置されている。

 さらに転移のための魔法陣も設置されているので、帰りは一瞬だし次からも楽が出来るな」


「じゃあ、3日間は進むだけに費やせるってことね」

「そうだな、10階層ごとだから場合によっては少し引き返すかもしれないが、大体そんな感じだ」


「じゃあ、さっさと進みましょ。何もせずについていくだけなんて退屈だわ」

「そういうな、後でしっかり働いてもらうさ」


 そして途中携帯食をセルジオが提供してくれ歩きながら食事を取る。

 迷宮内では時間がわからないはずだが、なぜかセルジオにはおよその時間がわかるようで、

「そろそろ、夜になります。今夜の休憩場所を探すようにしましょう」

 と、20階層を超えた辺りで告げた。


「もうそんな時間か、でも予定より大分進めたな」

「ねえ? 10階ごとに戻れるならダンジョンに泊まる必要ってなくない?」


「ミヤビ様のおっしゃることも間違いではありません。

 ただ、ここの町の宿は最悪ですよ。値段は高いうえに掃除は行き届いていない、食事はとても食べれたものではありません。

 そのうえ泊っている冒険者はたちが悪いのがほとんどです」

「なるほどね、そんなとこに泊まるぐらいなら野営した方がましってことね」



「このあたりなら、死角は少ないしゆっくりテントを張れるスペースもある。

 今夜はここに野営するぞ」

 結局28階層まで下りてきてやっと良い場所を見つけることが出来た。

 ここまではゴブリンから始まり、コボルトやオーク、オオカミやコウモリのような魔物がほとんどで、

 そもそも出くわす事もごく稀でステファンだけですべて倒してしまっていた。


「あんまり疲れてないけど、眠れるときに寝ておかないとね」

 ミヤビはセルジオに教わった洗浄魔法で体を奇麗にすると、セルジオが張ってくれたテントにもぐりこむ。


「ふつう初めてのダンジョンなら気が張って疲れ果てるもんなんだがな…」

「そこはミヤビ様の強さという事でしょう、それではごゆっくりお休みください」


 ミヤビは休ませてもらったが、ステファンとセルジオは交互に見張りをしてくれるらしい。

 気配察知のスキルを持つミヤビには本来なら見張りなど不要だが、そこはあえて手の内をさらさず2人の善意に甘えることにした。




 ミヤビが目を覚まし起きだしてくると、ちょうどステファンが見張りをしてくれていたようであった。

「おはよう、早いな。もっと寝てても良かったんだぞ」

「おはよ、なんかあんまり疲れてないからか目が覚めちゃったのよ。

 これ以上は寝られそうもないし、さっさと今日も進みましょ」


 2人の声にセルジオも起きだしてきて、簡単な朝食を作り出そうとする。

「セルジオさん、朝は私が準備するわ。見張りで大変だったでしょうからゆっくりしてて」

「おはようございます、ミヤビ様。それではお言葉に甘えてお願いいたします」

「おいおい、俺も見張りしてたんだぞ。俺にはねぎらいはないのか?」


「えー、ねぎらいを催促するってどうなの?」

「お坊ちゃま、そこは何も言わずにいるのが大人の男というものです」


「はあ、朝からでもお前らぶれないな…」


 ミヤビは自身の収納から街の屋台で買い漁った簡単な食べ物を広げる。

「おや、これはまだ暖かいですな」

「ミヤビはアイテムボックス持ちなのか? ってか、これどこから出したんだ?」

「まあいいじゃない? 別に変なものじゃないわよ、こないだ街で買ったのだから美味しいはずよ?」


「そういう事じゃないんだがな…まぁいいか、ご馳走になるよ」


 (アイテムボックスって、単なる大きなカバンってことみたいね。

 暖かいのを出すとばれて面倒になるのか…覚えとかなきゃね)



 少し妙な空気の中、朝食を終えると片づけを行い先に進むことになる。

「じゃあ、今日もどんどん降りて行くとするか!」

「今日も肉壁…じゃなくて斥候をよろしくね」

「…おい」


 今日もほとんど魔物に出会うことなく順調に先に進んでいく。

 たまに出会う魔物もステファンが瞬殺するので、ほとんど立ち止まることがない。


 30階のボスはこれまで通り、単なる数が増えただけの魔物でステファンの敵ではなかった。

 そして40階のボスも同様に通り抜けると、少し周りの気配が変わってくる。


「そろそろ、それなりの魔物が現れだすはずだ。気を抜くなよ!」

 これまでとは変わって真剣な顔でステファンは進みだす。


 (ステファンってどのぐらい強いんだろ? 確かAランクっていってたけどそれがどの程度か知らないし)

 ミヤビは自分の気配察知により魔物の存在が把握できるため、緊張することもなく後を付いて行く。


 そしてついにステファンの一撃で倒れない魔物が現れた。

 恐らくミノタウロスだろう牛の頭を持つ大男が巨大な斧を振りかぶって襲い掛かってくる。


 ステファンの一撃を受けても傷を負った程度で、気にする様子もなく斧を振り回す。

「ちっ! さすがにミノ相手だと簡単にはいかないか」


「手を貸した方がいい?」

「いや、1匹なら問題ない!」

 そういうとステファンの剣が振りぬかれミノタウロスの首が飛ぶ。

 長身のステファンでもミノタウロスの巨体に正面からでは首に切り込めず、身をかがませた後の一撃を狙っていたようだ。


「すごいすごい! やるじゃんステファン」

 ミヤビのあまりに軽い賞賛に、ステファンの肩の力が抜ける。


「はあ、ミヤビと喋ると気が抜けるな。こっからは結構魔物が強くなるようだ、どうするやってみるか?」

「いいわよ、このままだと何もしないで帰ることになりそうだし。

 私が先頭を歩けばいい? 後ろから道順を教えてくれたら大丈夫でしょ?」


「いきなりミヤビ様が先頭では心配ですな。坊ちゃまを盾にするような形で進みませんか?」

「おい、セルジオ! おまえまで無茶を言うな!

 それにミヤビはとんでもなく強いぞ、多分俺以上だ」


「心配ありがとうセルジオさん、でも多分大丈夫ですよ、後ろから見てた感じだと問題なさそうだったし。

 それより魔物って首を切ればいいの? ずっとステファンはそうしてたじゃない?」

「別に首を切るっていうルールはないが、首を飛ばせば確実に死んだとわかるだろ?」


「そういうことね、じゃあ後は…きれいに残しておいた方がいい部位ってある?」

「そうだな、魔石は心臓辺りにあるからその周辺と討伐部位だな。

 討伐部位は魔物によって違うから一概には言えないな」


「じゃあ、新しいのが出たらその都度後ろから教えて頂戴。

 出会い頭だとそこまで気にしてられないかもしれないけど。」

「それは当然だな、命が最優先でいい。討伐部位なんか他でまた狩ればいいんだからな」

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