OL、ダンジョンに行く!
衛兵たちが自分を探していることなど気づくこともなく、ミヤビはすっきりした朝を迎えた。
(やっぱり布団が違うのかしら? 前の宿よりもよく眠れた気がするわ)
暢気に布団の良しあしを考えながら、朝風呂を浴びのんびりと朝食に向かう。
部屋で食べたかったのだが、昨日伝えるのを忘れていたためだ。
服屋でそろえた中から上品なものを選んで身に付けたミヤビは、食堂でもとくに目立つこともなく席に案内される。
朝食のメニューはパンとサラダとスープで前の宿と大差ないが、その味は大きく異なっていた。
(美味しい! 焼きたてのフワフワのパンなんてこっちで食べられると思わなかったわ!
サラダもドレッシングがいい味してるし、スープもちゃんと出汁がとってあるわ! )
昨日の食事でこの世界の食事には期待できないと思っていたミヤビにとって、嬉しい誤算であった。ついつい笑顔で食事を取っていると、声をかけられる。
「あれ、ミヤビじゃないか?」
「ん? ああ、昨日会った人ね」
「おいおい、俺はステファン。ちゃんと昨日名乗っただろ?」
「そうだっけ? じゃあステファン、おはよう」
「じゃあってなんだよ…まあいいか、おはようミヤビ。ここに泊まってたのか?」
「昨日いろいろあって急にこっちに来ることになったの、しばらくこっちに泊まる予定よ」
「じゃあしばらくは一緒に過ごせそうだな、俺もここを定宿にしてるんだよ」
「なんで一緒に過ごすの? 罰ゲーム?」
「おいおい、そこまで嫌われるような事したか?」
「冗談よ、まあ顔を合わすこともあるだろうから、その時はよろしく」
「俺も朝食を取るんだが相席で構わないよな?」
「もうすぐ食べ終わるし、問題ないわよ」
「やっぱりなんか嫌われてないか俺?」
「お坊ちゃま、朝食はこちらの席で取られるのでしょうか?」
そこにザ・執事といわんばかりのタキシードをまとった老紳士が声をかけてくる。
「ああ、ここに持ってきてくれ。それとお坊ちゃんはやめてくれといったはずだぞ」
「いえいえ、私からすればいつまでたってもお坊ちゃまですよ」
「はあ、もういい。そうだ、こちらの女性はミヤビさんだ、昨日たまたま出会ったんだがどうも同じ宿に泊まってるらしい」
「これはこれは、ミヤビ様。お坊ちゃまがご迷惑をお掛けしておりませんでしょうか?
何かされたり言われたりしたら、すぐにわたくしに声をかけてください」
「これはご丁寧にありがとうございます。私はミヤビ、クレイシ ミヤビと申します。
ステファンには親切にしていただいておりますわ…よね?」
「なんで疑問形なんだよ! 昨日もちゃんと説明してやったろ」
「そうだっけ? じゃあ親切にしてもらったってことで」
「じゃあってなんだよ、じゃあって。もういい、朝食が冷めちまう」
「ふふふ、お坊ちゃま、拗ねるところが可愛らしいですわ」
「ミヤビまでお坊ちゃまって言うな!」
「でもこんな立派な執事さんが付いてくれてるって、ステファンって何者なの?」
「なんか俺よりセルジオのほうが扱いが良くないか?」
「被害妄想よ。執事さんはセルジオさんっていうんですね?」
「はい、ミヤビ様。わたくしのことはセルジオと呼び捨ててくださいませ」
「私のような一般人がセルジオさんを呼び捨てなんてできませんわ、ねステファン?」
「その流れで俺は呼び捨てなんだな…」
「だって、ステファンはステファンでしょ? 自分でもそう呼べって言ったじゃない」
「あぁもうっ、この話は終わり!
それよりミヤビ、今日は何か予定があるのか?」
「無理やり話を変えたわね…別に特に予定はないわよ。
でも出歩くとすぐに絡まれるから引きこもってようかなとは思ってる」
「なら一緒に行くか? 今日はちょっとダンジョンに潜ろうと思ってるんだ。
まずは様子見で2,3日の予定だがな」
「えー、いきなり泊りに女の子を誘うって、ステファンってそういう人だったの?」
「いや、ちょっと待て。人聞きの悪い事を大声で言うな。
当然セルジオもいるし、心配なら他にも誘っても構わない」
「なんだ、セルジオさんがいるなら大丈夫そうね」
「なあ、ほんと俺何かしたか? このセルジオとの扱いの違いは何なんだ?」
「うーん、人徳?」
「ありがとうございます、ミヤビ様。お坊ちゃまの毒牙からはこの身を挺してお守りさせて頂きます」
「おーい、俺の扱いってこれで確定なの?」
「そうねダンジョンって行ったことないけど面白そうね。でも不潔だったりしない?」
「まあ、清潔とは真逆だよな。魔物が風呂なんか入る訳ないしな」
「ミヤビ様はどのような点を気にされておられます? 魔物に触れるのがお嫌なのか、臭いがムリだとかがあると思うのですが」
「そうね、不潔なものには触りたくないっていうのと、やっぱり臭いよね」
「ミヤビ様は魔法はお使いになられますか?」
「ええ、わりと得意な方じゃないかな?」
「であれば、討伐は魔法で行えば魔物に触れずに済みます。
そして風魔法で風向きを制御できれば臭いは気ならずに済むかと」
「凄いねセルジオさん! それなら大丈夫かも」
「おいおい、魔物がおとなしく的になってくれているわけないだろ。
突然襲い掛かってきたりもするんだ、そうなれば嫌でも魔物に接触するぞ」
「そこはお坊ちゃまが身を挺してお守りすればよろしいかと。
ああ、お坊ちゃまがミヤビ様に触れるというのも問題ですね」
「ちょっとまて、俺は魔物と同レベルなのか?」
「そうですね、女性を身ごもらせたりしない分魔物の方がましかと」
「もう、勘弁してくれ…」
「ふふ、食わず嫌いじゃないけど、実際に自分で確認するのは必要よね。
ちょうどいい機会だしセルジオさんとダンジョンについていくわ」
「じゃあ、必要なものを買っとかないとな。
食料とポーション、野営道具があればあとはなんとかなるか」
「それぐらいであれば、わざわざ買い物に行かなくとも大丈夫です。
わたくしのアイテムボックスに5人ほどで1週間分ぐらいはストックがございます」
「私も昨日買い物したから、それなりに色々持ってるわよ」
「じゃあ食事が終わったら早速向かうか」
「終ってないの貴方だけよステファン…」
「すまない、急いで食べるよ…」
ステファンが朝食を慌てて終えると、セルジオとともにミヤビはダンジョンに向かうことにした。
ダンジョン、ドルアーノの街の北に馬車で数時間移動した先に存在する。
先にダンジョンが発見され、そののちにダンジョンの管理や冒険者の流入により形成されたのがドルアーノの街らしい。
ドルアーノの街の南西に森があり、その先は見渡す限りの草原が広がる。
東側には帝都に向かう道が完備されており、商人や旅人たちが多く行き交っている。
帝国の西端に位置するが、その先の平原は遊牧民族が支配する領域であり、友好的な関係が結ばれているため外敵に対する警戒は薄い。
帝国の南に位置する連邦と呼ばれる国家とは険悪な関係であるが、ドルアーノは連邦との国境から遠く離れているためこの街ではそのような雰囲気を感じることはない。
そういった街に関する当たり前の情報をダンジョンへの移動中にセルジオは教えてくれた。
セルジオは博識で、ミヤビが一般常識を知らないことに対してはあえて触れずにいてくれた。
今朝少し話に出た、臭いを散らす風魔法の使い方や、身体の洗浄を行う魔法などについてはミヤビの興味も強かったので、
実際のイメージやその実行方法、使いどころなどといった経験者としての説明で、2人は盛り上がっていた。
「おまえら仲いいな…」
「あら、ステファン居たの?」
「街からずっと正面に座ってただろ!」
「そうだっけ? セルジオさんのお話が興味深くて気が付かなかったわ」
「ミヤビ様、そういってもらえるとお話しさせて頂いた甲斐もあります」
ステファンの横、ミヤビの斜め前に座るセルジオは穏やかな笑みを返す。
ダンジョンまでの馬車は、セルジオが手配してくれた。
御者付きの馬車を3人で使うのは贅沢では? ともミヤビは思いセルジオに聞いてみると、やはり贅沢とのことだった。
しかし見知らぬ冒険者たちと相乗りするのはリスクを伴うこと、それ以上にミヤビが嫌がるだろうからというのが理由だった。
当然の様にミヤビのことを考えてくれているセルジオに対して評価が上がるのは、これもまた当然のことだった。
「ちぇっ、もう俺帰っていいか?」
「どうしたの? お腹でも痛いの?」
「お坊ちゃまそれは大変です! すぐに街に戻らなくては」
「ちげぇよ! どこも悪くなんかないよ!」
「ああ、お坊ちゃまは私とセルジオさんが仲がいいので、拗ねてらっしゃるのね?」
「なるほど…。しかしお坊ちゃま、ご婦人の前でそのような態度は感心しかねますな」
「くっそぉ、お前ら絶対わざとだろ!」
「ふふふ、ステファンって弄りがいがあるわねぇ…、退屈しなくていいわ」
「お坊ちゃまもミヤビ様のお役に立てるとわかれば、きっとお悦びでしょう」
「そんな趣味はねぇよ! なんで弄られて喜ぶんだよ、俺は変態かっ!」
「あら、そうじゃなかったの? ごめんなさい、気が付かなかったわ」
「わたくしめも、お坊ちゃまが新しい資質を開花させたと喜んでおりましたが」
「もういい! そろそろ着くぞ、準備はできてるだろうな」
「ええ、特に荷物はないし大丈夫よ」
「わたくしめもいつでも大丈夫でございます、お坊ちゃまは忘れ物はございませんか?」
「当たり前だ、それから子ども扱いはほんともうやめてくれ…」
ステファンのいう通り周りの景色も大きく変わり、すでにダンジョンを取り囲むように作られたちょっとした町のようなところに入っていた。
「ふうん、ダンジョンってこんな風になってるのね?」
「ええ、冒険者を相手に食料や装備などを売る商人が集まることで、自然と町が構成されることが多いようです」
「じゃあ、わざわざ準備しなくてもここで全部手に入るんじゃないの?」
「手には入りますが、やはり何割かは高値で売買されるのでよほどのことがなければ事前に準備しておくものです」
「ああ、この辺はぼったくりの店ってことなのね」
「はっきりいえば、そのようになりますね」
そしてダンジョンのすぐそばの馬車泊まりで馬車が止まる。
「旦那方、着きましたぜ」
御者が声をかけてくれると、すぐにセルジオが馬車の外に出てミヤビに手を差し出す。
「どうぞお手を」
「ありがとう、セルジオさん」
「ああセルジオ! それは俺がやりたかったのに…」
ステファンの悲しげな声が響くが、2人は気にも留めない。
セルジオは御者にいくらか渡すと、帰りについて指示している様だ。
「ひとまず3日後に街に戻るよう手配しておきました。では、参りましょうか」
「よし! こっからは俺がリーダーを務めるから指示に従ってくれよ」
「嫌らしい指示には従わないわよ」
「お坊ちゃま…女性をその様に扱うのは妙な評判が流れても困りますのでおやめいただけませんか。」
「…もういい…」
「あーあ、拗ねちゃったわね。まあ折角来たんだし早速入ろっか?
教えてもらった魔法も試したいし」
「ではこちらに。ダンジョンは基本的に誰でも入場できますが、全て自己責任です。
受付で事前に登録しておけば、予定期間が過ぎて戻らなかったときに捜索を依頼することも出来ます。
今回は登録の必要はないでしょうから、そのままダンジョンに入りましょうか」
拗ねたステファンを連れて3人はダンジョンに入っていく。
人気がないのか、ピークが過ぎたのか周りにはほとんど人はいない。
入り口は頑丈な建物で覆われ、いくつかの扉をくぐっていくと地下に向かう階段が見えた。
階段を降りるとそこは迷路のような通路が目に入る。
やはり入り口周辺にも人はおらず、物寂し気な雰囲気であった。
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