OL、宿を追われる

「大変申し上げにくいのですが、もう利用を辞めていただきたいのです」

 宿に戻ったミヤビに、宿の主人から予想外の言葉が告げられる。


「どういうこと? ひと月分前払いしているし何も迷惑はかけてないわよね」

「いえ、先ほど領主様からの兵に逆らわれたではないですか、

 あのような事があった以上お客様にこのまま利用いただくわけにはまいりません。

 他のお客様に迷惑がかかる前に、出て行っていただけませんか?

 もちろんお預かりしたお金はそのまま返却致します」


「ああ、あの豚! 最後まで祟るわね。わかったわよ、代わりに他の宿を紹介して。

 いきなり野宿なんて耐えられないわよ」

「申し訳ありませんが、このような事情ですのでご紹介は勘弁してください。

 何かあった時にこちらにも飛び火しかねませんので…」


「ちっ、わかったわよ! 部屋の荷物を取りに行くぐらいはかまわないわよね」

「はい、もちろんです。ただ急いでいただけると助かります」


 そしてミヤビは部屋に置いていた荷物をまとめると、宿を追い出されたのだった。


 (どうしよう…紹介は無理っていわれたけど飛び込みで入れば泊めてくれるかもしれないわね…適当に当たっていきましょうか)

 街の奥に行くほど高級らしいので奥に向かって見つけた宿に順番に聞いてまわっていくことにする。


 おそらく一般向けと思われる宿は時間が遅いこともありすべて断られた。

 これ以上行けば貴族向けといわれる宿になるが、背に腹は代えられないとミヤビは宿に突撃する。


 貴族向けの宿も満員で断られること数件。ちょっと心が折れそうになるが諦めずに次に見つけた宿に向かう。



「いらっしゃいませ、お1人様でしょうか?」

 半分諦めながら入った宿で思いがけず断られ無さそうな出迎えを受ける。


「え、ええ、ひとりよ。しばらく泊まりたいのだけど大丈夫かしら?」

「はい、もちろんでございます。どの程度の期間お泊りの予定でしょうか?」


「そうね、とりあえずひと月でお願いできる?」

「畏まりました、ではこちらの受付にお願いします」

 出迎えてくれた老紳士が、受付に先導する。


「当宿は貴族様もご利用するため、一般のお客様とはフロアを分けて利用頂いております。

 現在最上階の4階と3階は貴族様にご利用いただいておりますので、立ち入る事のないようお願いします。

 宿泊費は、1泊金貨1枚で朝食と夕食を含んでおります。

 お食事はこの奥に食堂がございますので、そちらを利用いただくか事前にお声がけいただければお部屋にお持ちすることも可能です。

 それでは、ひと月のご利用で金貨30枚を先に頂戴させて頂きます」

「説明ありがとう、それじゃあこれでお願いね」

 ミヤビは受付に金貨を並べ老紳士に差し出す。


「確かにお預かりしました。それでは身分証をお借りできますか」

 そういってミヤビの身分証を例の魔道具にかざす、これが部屋のカギになる仕組みは同じようだ。


「それではお部屋にご案内いたします」

 そして部屋の案内に立つ老紳士、ミヤビも後から付いて行くと2階の途中の部屋まで案内してくれた。


「こちらになります、浴室の説明は必要でしょうか?」

「多分大丈夫よ、ありがとう」

「それでは、ごゆっくりおくつろぎくださいませ」

 そういって老紳士は戻っていった。


 部屋に入るとさすがに貴族向けなのか、さっきまでいた宿とは設備のグレードが違う。

 豚の館のような悪趣味ではなく、全体的にシックに統一された上品な雰囲気が漂っている。

 (これは良いところに泊まれたわね! 早速お風呂に入って休ませてもらおう)


 浴室は見た目こそ豪華になっているが、機能的には同じものでとくに戸惑うことなく利用できた。

 ゆっくりと風呂につかり、さっきまでの疲れを癒す。

 (あの子は無事に門番の所まで行けたかしら? それに豚の家はそのままにしてきたけど問題ないわよね…)


 気を緩めると、色々と気になることが頭をよぎる。

 (まあ、別にどうでもいいや。何かあればあった時に考えればいいよね)


 立て続けに起こる問題に考えることを放棄したミヤビは、風呂を出るとさっさと眠りについた。



~~~~~~~~~~



「はっはっ、門番さん! 門番さん! お願いいたら返事して!」

 ミヤビと別れた少女、サラはいわれた通りに門番の詰め所まで走ってきたようだ。

 しかしすでに夜も更け門は締まり門番の姿はない。

 それでも詰め所に明かりがついていることに気が付いたサラは、詰め所のドアを叩き門番を呼び出そうとしている。


「何事だ! こんな時間に少女が出歩くなど危ないではないか!」

「ごめんなさい、でも私行くところがなくて…」

 詰め所から出てきたのはミヤビを担当したあの門番だった。

 夜遅くにひとり出歩く少女を心配して怒鳴りつけるが、返ってきた返答は予想外のものだった。


「どういうことだ? 何があったか話してくれるか?」

「はい、私サラっていいます。昨日、いえもう一昨日かな、家族とこの街に向かって旅をしてきたんです。

 父がここで新しく店を始めるっていうので引っ越すつもりだったの。

 でも街のそばで襲われて…みんな殺されちゃったの…私は一人捕まって、街の奥の大きな屋敷の地下に閉じ込められていたの。

 襲われた時のことはよくわからない、いきなり矢が降ってきて両親が倒れたの。

 私は馬車の中にいたから無事だったけど、両親は御者をしてたから…

 その後たくさんの男たちが現れて、私は縛られて袋のようなものに入れられた後は覚えてないの…

 気が付いたら牢屋みたいなところに入れられて、豚みたいな人に色々撫でられたけどまだ何もされなかったわ。

 豚みたいな人は、明日の楽しみみたいなことを言ってたからあのままだとどうなってたか…

 でもついさっき女の人が突然現れて、牢屋から出してくれたんだ!

 なぜかわからないけどその屋敷には誰もいなくなってて、女の人に付いて行きたかったけど断られて、

 ここに来れば親切な門番さんが居るって教えてくれたから、そのままここに来たの」


「ちょっと待て! 屋敷というのは街の奥にある金ぴかのやつのことか?」

「ええ、そうよ。入る時は知らなかったけど、出たときに見たわ。すごくセンスのない屋敷よ」


「ふふ、センスのない屋敷か…まあ、間違いなさそうだな。

 それで誰もいないというのは本当か? あそこには相当な数の騎士が詰めていたはずなんだが」

「ほんとよ、お姉さんに連れられて外に出るまで誰にも会わなかったもの」


「わかった、ひとまず中に入ってゆっくりしていてくれるか。

 君の言った屋敷はここの領主の屋敷なんだ、急ぎ確認する必要がある」

「休ませてもらえるなら私も助かる。そこに座ってればいい?」


「ああ、疲れたら寝てくれてもいいから、そこに居てくれ」

 門番はそうサラに告げると、急いで同僚を起こして領主の屋敷の確認に向かった。


「門番さんには悪い事したかもだけど、お姉さんのいった通りいい人だったな。

 ありがとうお姉さん」

 サラはそうひとり呟くとテーブルに伏して眠り始めた。




 その後門番たちは近くの衛兵の詰め所により、領主の屋敷に向かう。

 そこで玄関の惨状に言葉を無くすのだった。


 ミヤビによって凍らされ砕け散った直後は美しい氷の粒であったが、時間が経ち氷が溶けだすことにより、

 当たりには血肉が散らばり、鎧や剣などが混じった肉塊に玄関は覆われてしまっていたのだ…。


 その惨状を見て嘔吐する衛兵たち、しかし領主の安否を確認するために勇気ある一部の衛兵が肉塊をまたいで奥に向かう。

 そして領主の部屋に向かった衛兵が見たのは、扉が破壊され無茶苦茶になった領主の部屋に佇む領主の氷像だった。


 表面は少し溶け出してはいるが、領主の姿を完全に保っているため見間違いようもない。

 そしてすでに息絶えていることも間違いようがなかった。


 領主殺し、その罪と対になる罰の重さに衛兵たちは顔色を変える。

 早々に犯人を捕らえなければ、帝国に対する叛意ありとされ街ごと消し去られるかもしれないのだ。


 (あの少女と、お姉さんとやらが容疑者になるだろうな…)

 ここまでついてきていた門番は、この後行われるであろう少女に対する取り調べを想像し気が重くなる。

 領主が少女に対して行ったことは明らかに犯罪だが、貴族というだけで罪にはならない。

 正直なところ門番は領主が殺されてすっきりした思いの方が強いが、犯人の捜索は行わねばならない。


 すでに深夜に差しかかっているがどうやらこのまま徹夜は確定のようだ。

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