OL、領主を急襲する

 カトリーナを追い落とし、実質的に商業ギルドのマスターの座についたカルロは、原因となった女のことについて調査させた。

 商業ギルドで2件、冒険者ギルドでも1件の騒ぎを起こしており、いずれも方法は解らないが相手が酷い怪我や、灰にされるほどの高温で燃やされたとある。

「これは、よほどうまくやらないとこっちにも被害が出そうですね…」


 カルロはミヤビの宝石の入手ルートを手に入れるつもりではあったが、正面から行けばカトリーナの二の舞になる。

 出来れば弱みか人質が手に入ればいうことはないが、調査の結果からはそのような弱みは無いようだ。

「ならば…」


 カルロは職員を呼びだし、いくつか指示を出す。

 指示の内容に不満げな職員を怒鳴りつけて、目的の場所に向かわせた。



~~~~~~~~~~



 たっぷり買い物を楽しみ、宿に戻ったミヤビは改めて今後のことを考える。

 (なんか街を歩くだけで絡まれるのよね…やっぱりここは碌なところじゃないのかしら? 街を出るか、ここに住みやすい環境を作るかの2択をどうするかよね。

 街を出るってのは出来れば避けたいのよね。途中お風呂も入れないだろうし、不潔な同行人とかいたら最悪だもんね。

 でもひとりで歩いてなんて絶対嫌だし、馬に乗る練習でもしようかな?

 はあ、なんでこんなことで悩まないといけないんだろ? )


 (何かこの世界でやりたいことを見つけないとね。

 お金はあるけど、何もすることがないのはつまらないわよね。

 好きに生きればいいって自由なのは良いけど、この世界で何が出来るかわからないとどうしようもないわよね…)


 すでに2日目で異世界に飽きてきたミヤビは、この街に対する不満にストレスを感じながらも、

 何もやる気がせずに夕食を取るとそのまま寝てしまった。



~~~~~~~~~~



「ほう、悪くない情報だな。で、その女は美人なのか?」

 醜く腹の出た禿げあがった男が、ギルド職員に向けて尋ねる。


「はい、街を歩けば振り返る程度には美人かと思います」

 ギルド職員は男の酷い口臭と体臭に全力で耐えながら、表情に出すことなく答える。


「ならば、その女は儂が頂くことにする。ギルドは今後手を出すことは許さん」

「はっ、その様に申し伝えます」

 その男、アブドン・ブラスキ子爵は、好色な笑みを浮かべつつ職員に命令すると退室を促した。


 (宝石の入手ルートを持ったいい女か、ぜひ儂のものにする必要があるな。

 ギルドなどにくれてやるのはもったいない、儂のものになるべきだな)


 アブドンは早速配下に指示を出し、その女、ミヤビを捕らえてくるように指示を出す。

「いいか、女に傷をつけるな。貴族に逆らうようなことはないだろうが、間違っても殺すなよ。

 やり方は任せるが、絶対に失敗は許さんから確実な手段を取れ」


 配下の騎士たちはこのような命令に慣れているのか驚くこともなく指示を受け入れる。

 騎士隊の隊長は、屋敷に常駐する半数以上の騎士を集めると作戦を伝える。


 作戦といってもただ包囲してから捕縛するだけの単純なものだ。

 女ひとりに50名もの騎士を繰り出すのだ、失敗するなど考えてもいない。

 騎士たちは美しい女を捕らえる任務と聞いて、あわよくばお零れにあずかろうと嫌らしい笑みを浮かべていた。飼い犬は飼い主に似るものなのだろう…。


 そして、日も落ちて闇に包まれ始めた街に向かって騎士団は駆け出して行った。



~~~~~~~~~~



「お客様! 領主様からの出頭命令だそうです! すぐに受付までお願いします!」

 ミヤビの部屋の扉を激しく叩きながら、宿のものらしい男の声がミヤビの目を覚ます。


 (はあ? 出頭命令って何? やっと眠れたと思ったらたたき起こしてくれてふざけてるの? )

 周りの喧騒から、眠りについてほとんど時間が経っていないことに気付いたミヤビは理不尽な命令に怒りを覚える。


 (ほんとに頭にきた! もう好きにさせてもらう! )

 連日絡まれたことに加え、睡眠を邪魔されたことでミヤビの自制心のタガは外れてしまったようだ。


 動きやすい服に着替え、買ったばかりの剣を収納から取り出し装備する。

 そのまま大股でドカドカと受付に向かった。


「こんな時間に何の用? いきなり夜に女性を訪ねるなんて非常識にもほどがあるわよ!」

 すでに半分以上切れているミヤビは、受付に居た男に怒鳴りつける。


「お、お客様、申し訳ございません。しかし、領主様の使いと言われましたのでお断りすることも出来ず…」

「おい女、お前がミヤビか?」

 慌ててミヤビに詫びを入れる宿の男の言葉を遮り、鎧姿の男がミヤビに声をかけてくる。


「はあ、あんた誰よ? 人に名前を聞くときは自分から名乗れって習わなかったの?

 それとも、こんな時間に来る非常識な奴には、そこまで考える知能はないってこと?」

「貴様! ブラスキ子爵騎士団に対してその発言許さんぞ!」


「なんで、あんたに許してもらう必要があるのよ?

 あんた何様なの?」

「くっ! この女を捕らえろっ!」

 男が声を上げると、10命程の騎士がミヤビを取り囲む。


「今すっごく機嫌が悪いの、手加減するつもりはないから死にたくないやつはさっさと逃げなさい」

「はっ、たかが女一人にブラスキ子爵騎士団が後れを取るなどあり得ん!

 貴様こそ、さっさと降伏しておとなしくついて来い!」


 (燃やし尽くせ! 塵1つ残さないわよ! )

 周りを囲む騎士たちに魔法を放つと、まるでマグネシウムの燃焼反応のように一瞬で騎士たちは燃え上り跡形もなく燃え尽きた。

 後にはタンパク質の焼けた臭いと、熱気だけが残る…。


 囲んでいたはずの騎士たちが一周んで消えたことに理解が追い付かない男は、口を開けたままミヤビを驚愕の眼で見つめる。

「き、貴様何をした…俺の部下たちをどこにやったんだ…」


「消し炭にしたのよ、消し炭すら残らなかったけどね。

 次はあんたの番よ、他にもいるなら連れてくればいい。まとめて相手をしてあげるから」

「おのれ…化け物め…、まだ部下はいるのだ次は油断などしないから覚悟するんだな!」

 男はそういうと表に飛び出し、宿をかこっていた騎士たちを呼び集める。


 ミヤビを怯えた目で見つめる宿の男を無視し、ミヤビも表にゆっくり歩いていく。

 表には40人ほどの騎士が剣を抜いてすでに臨戦態勢を整えていた。


「愚かな女め! これだけの騎士を相手にのこのこと出てくるとはな!」

「あんた馬鹿なの? さっきのを見てまだそんなこと言ってるの?

 そっちの連中は逃げる気はないようね。剣を抜いた以上敵として対応するわよ」


 (切り刻め! 全員みじん切りよ! )

 先頭に立つ男以外魔法が放たれた瞬間に、真っ赤な肉塊と剣や鎧の残骸と化してその場に崩れ落ちた。

 背後で起きたことに気が付かない男はまだニヤニヤとミヤビを嫌らしい目で見つめている。

「何をしている! さっさと捕らえ、ろ…」

 男が背後にいたはずの騎士たちに命令しようと振り向くが、続く言葉に詰まり固まってしまう。


「誰に命令しているの? もうお仲間は皆殺しにしたわよ」

「ば、化け物め…」


「はあ? こんなか弱い女をつかまえて化け物呼ばわりとはいい度胸ね。

 あんたは特別に徹底的に苛めてあげる必要がありそうね」

「ま、まて! 待ってくれ!」


「何今更言ってるの? こっちの都合も聞かずにいきなりやってきたのはそっちでしょ?」

「す、すまない、すまなかった、だから命だけは…」


「なに甘えたこと言ってるの? あんたの部下は全部死んじゃったのに一人だけ助かるつもりなの?」

「頼む、何でも言う事を聞くから助けてくれ!」

 男はその場で土下座すると、頭を地面にこすりつけミヤビの許しを請う。


「あんた、最悪ね。弱い者いじめしかできなくて、よく騎士なんて名乗れるわね。

 じゃあ、そこの後ろの汚物を奇麗に片づけて。そんなに汚れてたら宿に迷惑だわ」

「わ、わかった! すぐに片づけます!」

 慌てて男は背後の血だまりに向かうが、むせ返るような臭いに足がすくみ動けない。


「何してるの? 何でも言う事を聞くんじゃなかったの?」

「し、しかし、これに触るのは…」


「何言ってるのよ。それはあんたの大事な部下だったんでしょ?

 あんたの馬鹿な命令で死んだんだから、それなりに丁重に扱ってあげたらどうなの?」

「い、いや、それはそれで…、そもそもアブドン様の命令なので…」


「誰? そのブタドンって?」

「ぶ、ブタドンではないっ! アブドン様だ!」


「名前なんて別にどうだっていいわ? その豚がそもそもの元凶って訳ね」

「豚などと呼べば処刑されるぞ! アブドン様はここの領主であらせられるんだ!」


「別に領主だからって何が違うっていうの? 殺したら死ぬんでしょ?」

「おまえ、まさか…アブドン様に逆らうつもりなのか…」


「何を今更いってるの? もうすでに逆らってるじゃない。

 今更その豚の1匹や2匹手にかけてもどうってことないわよ」

「なんて奴だ…貴族を恐れないなんて…」


「何で貴族が怖いの? 手が10本あるとか、人を頭から丸呑みするとかそんなのなの?」

「貴族だぞ、アブドン子爵に手をかけるのは帝国を敵に回すのと同じことだ。

 お前がどれだけ強くても帝国を敵に回せば最後には殺されるぞ」


「何で? 私もう我慢するのはやめることにしたの。敵に回るなら容赦はしないわよ。

 それにこの程度の騎士なら何万いようが敵じゃないわ」

「な、何者なんだお前は?」


「さあね、なんであなたに教える必要があるの?

 どうせ知ったところで誰にも伝える時間なんてあんたに残されてないし」

「ど、そういうことだ、助けてくれるんじゃなかったのか?」


「はあ、ほんと馬鹿ね。後ろを片付けてってのは何もできてないじゃない。

 なんで自分の言ったことも出来ない能無しを助ける必要があるのよ」

「わ、わかった、すぐに片づけるから助けてくれ!」


「もういいわ」

 (すべて焼き尽くせ! )

 騎士たちの残骸に魔法を放ち、装備の残骸や血だまりを一瞬で塵に変える。

 残ったのは地面にしみ込んだ血の跡のみが残されていた。


「ひ、ひぃっ!」

 男はミヤビの魔法に腰を抜かし、悲鳴を上げる。


「じゃあ、その豚の所に案内して。それまでは生かしといてあげるわ」

「ひっ! そんなことをしたら俺がアブドン様に殺される!」


「じゃあ、ここでお別れね」

 (焼き尽くせ! )

 男は何か命乞いをしようとしていたのだろうが、そんな間もなく焼き尽くされて塵に変わっていった。


 (たしか街の奥が領主の館だったわよね…)

 ミヤビは面倒な奴をこのまま放置すれば、さらに厄介なことになると判断してそのまま領主の館に向かうことにした。


 街はすでに闇に覆われていたが、家々から漏れる明かりで歩いていくのには問題はない。

 ミヤビは、人通りのない道を街の奥に向かって歩いていく。


 やがて突き当りに巨大な敷地に建つ派手な館を見つけた。

 (うわぁ…最悪の趣味ね、成金趣味の劣化版とでも言えばいいのかしら…)


 館は金色の壁に囲まれ、窓には宝石が埋め込まれて館から漏れる明かりでキラキラと輝いている。

 壁ではなく柵なのは、貴族に手を出すような輩がいないからだろうか。

 おかげで、そのムダに金のかかった外装が惜しむことなく晒されている。


 (こんなとこに住んでる時点でアウトね。まともな神経なら絶対にこんな家はお断りよ)

 派手な外装にはもう興味はなくなり、入り口らしき門に向かっていく。

 門にはさっきの男たちと同じような格好をした騎士が警備に当たっていた。


「ねえ? ここが豚の家なの?」

 ミヤビは臆することなく騎士たちに話しかける。


「何者だ貴様! ここはアブドン子爵の館だぞ、その無礼なふるまいは身を持って詫びてもらわなくてはな」

 ミヤビの姿を見て嫌らしい笑いを浮かべると、躊躇いもなくミヤビの身体に手を伸ばしてくる騎士たち。


 (焼くのも飽きてきたし、ちょっとあれは臭いのよね…そうだ! )


 (凍てつけ! )

 2人の騎士に魔法を放ち、一瞬で氷漬けにする。絶対零度のイメージで放たれた魔法はあらゆる活動を停止させ時を止める。氷像と化した2人をミヤビは蹴とばして粉々に砕き散らす。


 (これなら嫌な臭いはしないわね! )

 新しいやり方を見つけて少しテンションが上がってくる。

 そのまま門を通り抜け玄関の扉を蹴破って館への侵入を果たす。


 玄関には誰もいなかったが、扉を蹴破った音に大勢の足音が響いてくる。

「貴様何者だ! ここが子爵閣下の館と知ってのことか!」

「おいおい、いい女がひとりでやってきやがったぜ。今夜はお愉しみだなぁ!」

 さまざまな男たちが現れるが、当然ミヤビに好意的なものなどいるはずもなく、敵か獲物を見る目でミヤビを見ている。


「なんか、ここの豚が私に会いたいらしいのよね。

 わざわざやって来てあげたんだから、さっさと豚を連れてきなさい!」

「きさま、子爵様に向かってなんという暴言を!」


「あっれぇ? 私は豚って言っただけよ? なんでそれが子爵様になるのかなぁ?」

「くっ、貴様! 私をはめたな!」

 ミヤビに反論した男は焦って言い訳しようとするが、周りの男たちからは何とも言えない目で見られている。


「くそっ! こいつを捕らえろっ! 子爵様の前に引きずり出すぞ!」

 男がやけになって叫ぶと、周りの男たちもそんなことをしている場合ではないと気が付いたのか、ミヤビに向かって近づいてくる。


「はぁ、やっぱりこうなるわよね…」

 (凍てつけ! )

 ミヤビが腕を伸ばし、男たちに魔法を放つ。

 玄関はミヤビの周りを残してすべてが凍り付き、静寂が広がる。

 腰から刀を抜いて振り回しながら屋敷の中に進んでいくと、男たちの氷像は粉々に砕け散って美しく輝いていた。


 ほとんどの者が玄関に来たようで、屋敷の中では誰にも出会わない。

 明らかに悪趣味で派手な装飾が施された階段を見つけたので、そこを上っていくと、金色に統一された廊下がありその突き当りに派手な宝石が埋め込まれた扉を見つけた。

 (うわぁ、絶対ここに居るじゃん。最悪の趣味よねこれ…)


 扉には手を触れたくなかったので、ここも蹴り破って扉を開ける。

「な、なんじゃぁおまえは! 無礼であるぞ! 儂をアブドン子爵と知ってのことか!」


 中には豚がいた…。いや醜く腹が出た太った禿げがいた。

 (なんて予想を裏切らないやつなんだろう…)

 ミヤビは内心の思いを顔に出すこともなく、男に応える。


「あんたが私を呼んだんでしょ? あんな馬鹿な男たちを使ってね」

「おお、お前がミヤビか。なるほど美しい女だな、よしよしこっちにこい可愛がってやるぞ」


「誰が行くか! そんな事より何の用なのこんな時間に襲ってくるなんて」

「なんと恥ずかしがっているか? まあ時間はたっぷりあるし後で可愛がってやるから安心しろ。

 要件は簡単だ、お前の知る宝石の入手ルートを儂に寄こせ」


「あんた馬鹿なの? なんであんたに触られないといけないのよ、気持ち悪い。

 鏡見たことあるの? あんたと比べたら、まだ豚の方がましよ。

 それから、あんたに渡すものなど何ひとつないわ。2度と私に関わらないで頂戴!」

「貴様、誰に口をきいておる! このような気の強い女は地下牢で暫く調教せねばな。

 誰かある! この女を捕らえろ!」


「誰も来ないわよ、向ってきた奴は全部処分したから」

「馬鹿な、儂の兵がこんな女にやられるわけがないではないか。

 たわごとはその辺りで止めておくんだな」


「はあ、どうやら悔い改める気はないようね」

「何を言っておる、儂は貴族だぞ。貴様のような平民風情が何を言おうと知った事か」


「じゃあ、死になさい」

 (凍てつけ! )

 豚、もといアブドンに魔法を放ち、ムダに大きな氷像ができ上がる。


 (凍っても触るのは勘弁ね…)

 アブドンであった氷像を放置して部屋を出る。

 館からは物音ひとつ聞こえないことから、すでにミヤビに倒されたか逃げ出したかのどちらかだろう。


 (そういえば豚が地下牢がどうとか言ってたわね…)

 無辜の人たちが捕まっていたら、寝覚めが良くないと地下の入り口を探すと、さっきのムダに派手な階段の裏手の床に扉を見つけた。

 鍵も掛かっていない様なので扉を開けると地下に続く階段が現れた。

 中は薄暗く明かりがほとんど差し込んでいない様なので、近くの扉を蹴破りちょうどいい長さの木材を確保し、

 適当なカーテンを引きちぎって巻き付け簡易たいまつを作り上げると、魔法で火をつける。


 たいまつ片手に地下に降りると、饐えたにおいが立ち込める湿った空気が満ちていた。

 どうやら牢獄のようになっているらしく、四畳半程度の部屋が並び鉄柵で入り口がふさがれている。

 手前から順に中を見ていくと、すでにこと切れた死体がそのまま放置されて居たり、黒いしみに覆われただけの部屋があったりと、

 あの豚が碌な事をしていなかったことが良くわかる。


 奥の部屋にただひとり生き残りがいた。

 服装が汚れてもなく乱れてもいないことから、ごく最近捕らえられたように見える。

「ねえ? 生きてる?」

 正直なところ足手まといを連れて歩く気はないのだが、人として声はかけてみる。


「う、うぅん」

 眠っていたのかその人物は眠そうな声を上げる。


「ううん、ってことは生きてないのね。じゃあ私は戻るね」

 ミヤビはとんでもないことを口走るが、その人物もその内容に驚いたようだ。


「えっ! ええっ! ちょっと! 助けてくれんじゃないの!」

 寝起きにしては大きな声で慌ててミヤビを呼び止める。その人物はどうやら少女のようで助かるために必死なようだ。


「えー、生きてたの? じゃあちょっと下がってなさい」

 ミヤビは少女を下がらせると、鉄柵を蹴り飛ばす。

 見事に蹴りぬかれた鉄の棒が数本、少女が抜け出すのに問題ない隙間ができた。


「ありがとうございます! もうここであの貴族に汚されるのを待つだけと思って死のうかと思ってたんです」

「へぇ、その割によく寝てたようだけど…」


「え? えへへ、そうでしたっけ? サラ良くわかんなぁい」

「はあ、上はもう片付いてるから好きに逃げればいいわ、じゃあね」


「ちょ、ちょっと待ってください! 一緒に連れてって!」

「ああ、ここ暗いからね。上までは付いてきていいよ」


「いえ、そうじゃなくて。私行くところがないんです」

「そう? じゃあここに居たら?」


「えっ! 普通こういう時って私について来なさいっていうもんじゃないんですか?」

「そんな普通は知らないわ。そもそも助けた上に面倒まで見ろって厚かましすぎない?」


「そういわれるとそうなんですけど…」

「じゃあそういうことだから、上までついてくるならすぐに来なさい。そこから先は自分で何とかすること!」


「ええっ! そんな冷たいこと言わないで助けてくださいよぉ」

「い・や」

 そういうとミヤビはすたすたと降りてきた階段に向かい、さっさと1階に戻っていく。

 少女も置き去りにされまいと慌ててミヤビの後から階段を昇って行った。



 ミヤビはたいまつを踏み消すと、一部破壊された無人の館を無言で玄関まで歩いていく。

 少女も後を小走りで追いかけてくる。そして玄関の氷のかけらを見て目を見張る。

「きれい…」


「ああ、それここの屋敷の馬鹿のなれの果てだから」

 ミヤビは少女にその実態を教え、少女をドン引きさせる。


「え、えぇっ! お姉さんがやったんですか、これ?」

「内緒、貴女に関係ないことでしょ」

 ミヤビは冷たく少女に返すと、そのまま屋敷を出て門をくぐり外に出ていく。


「ちょっと待ってよ!」

「何? まだ何か用があるの?」


「そ、そんないい方しなくても…」

「はっきり言わないとわからないわよ、それにこれ以上関わる気はないとも言ったわよね」


「でも、ほんとに行くところがなくて…」

「だから何? 見ず知らずの私に貴方の面倒を見ろって言うの?」


「そんなつもりじゃなくて…」

「じゃあ、どんなつもりなの? イライラするわね」


「お願いします、何でもしますから連れて行ってください!」

「い・や。はい、じゃあさよならね」


「そんなぁ…」

「何でもするんでしょ? だったらその辺の男でも捕まえて同じことを言えば一晩ぐらい寝る場所を用意してくれるわ」


「酷いっ!」

「何が? 自分は嫌な事はしたくないしお金もない、だから私に全部面倒を見ろっていう方が酷いわよ」


「それは、そんなつもりじゃなくって…」

「どんなつもりだろうと同じことよ。なんで私があなたの面倒を見る必要があるの?

 なんで私が面倒見てくれるって思えるの? そのお花畑な頭で考えてみる事ね」


「ごめんなさい、私が悪いですね…。急に助けてもらったんで舞い上がってました」

「わかればいいの、それとここの門番は良い人だったから、行く当てがなければ相談したらいいんじゃない?

 門番なら私ほど突き放したりはしないでしょう」


「あ、ありがとうございます! 早速行ってみますね。

 命を救って頂き本当にありがとうございました!」

「はいはい、じゃあ気を付けてね」

 少女をうまく丸め込み門番に押し付けることに成功したミヤビは、やっと眠れると宿に戻るのであった。

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