OL、宝石を売りに行く

 (まあいいわ、あんな馬鹿のことをこれ以上考えても時間のムダね。それより早くお風呂お風呂♪)

 宿に戻り部屋に入るとすぐに風呂に湯を溜めじはじめる。

 下着と部屋着を取り出し他の服を片付けると、やっと念願の風呂の時間だ。

 のんびりと湯船につかり疲れを癒す至高の時間が過ぎていく。



 長湯をして風呂をとことん楽しんだ。

 元の世界の自室のユニットバスと違い、手足を十分に伸ばせる広さがあるここのお風呂は格別だった。

 シャンプーやリンスといったものがないので、後で受付の娘にでも聞いてみようと思う。


 風呂から上がり、部屋着に着替えてだらしなくベットに寝転がる。

 そろそろ夕食の時間だろうが、今日は自室に運んでもらうように頼んでおいたからもうすぐやってくるだろう。


 そしてこれからのことについて考える。

 まずは衣食住の確保が最優先と、なるべく考えないようにしていたがそろそろまじめに考えておく必要がある。

 それにステータスにあった「勇者」の記載。

 物語の中なら勇者もあこがれの存在で済むだろうが、現実に自分が勇者といわれてもピンとこない。

 それに勇者といえば竜退治や、魔王討伐のような事がすぐに思い浮かぶ。

 凄い身体能力を得たが好き好んでそんな戦いをやりたいとは思わない。

 それに女子としてあまり不潔な場所や相手には近づきたくない。


 たしか「何のしがらみも無く自由な異世界生活を!」みたいなことが書いてあったし、「勇者」なんて文字は見なかったことにしようと決める。


 魔法は楽しいし、何より今のところの唯一の収入の手段でもある。

 まずは色々と魔法を試してみようと決めた。



 夕食はパンと肉とスープだった。食べれないほどまずいという訳ではないが、美味しいかと聞かれたら微妙と答える程度の味だった。これでも美味しい方らしいが、元の世界と比べると悲しい気持ちになってくる。

 明日は、食べ歩きもしてみようと心の予定表にメモしておく。


 その後は特にすることもないので、早めに休むことにした。





 転移した翌朝、ミヤビはぐっすり眠れたのか気持ちの良い目覚めを迎えた。

 寝起きに風呂を使い、宿の朝食を部屋で食べると街の散策に出かけることにした。


 街のつくりは受付の娘にざっくりと聞いていたので、実際に自分の足で見てまわることにする。

 (まずは、資金の安定確保よね。宝石を売るにしても目立たずに安定して売れるようにしておかないと)


 そう思いまずはギルドに向かった。

 ギルドとは組合の総称で、商人や職人、魔物を討伐する冒険者がその構成員として存在する組織である。

 国や領主、貴族といった権威から構成員の利益を守るための組織でもある。

 世界中にあるとされるギルドはすべて同じ組織であり、国家に属するものではないため各国からの直接の指示系統は存在しない。

 あくまでも依頼というかたちでのみギルドを動かすことができるのだ。


 そしてこれからミヤビが向かうのは商業ギルド、もともとは同じひとつのギルドであったが、

 構成員の性質がばらばらであり、同じ場所ではもめ事が絶えなかったためにそれぞれのギルドは分離される事になったらしい。


 街の奥の高級店舗が並ぶ当たりに目的の建物があった。

 町の一角を丸々占める大きな敷地に数十台の馬車が止められており、その横に3階建ての学校の校舎ほどもある大きな建物がそびえたっていた。

 派手ではないが凝った装飾が施され、見るものが見れば高価なものなのかもしれないが、ミヤビはすごいな程度の感想しかなかった。


 大きく開かれた入り口から建物に入ると銀行の受付のように、目的ごとに窓口がわかれているようだ。

 窓口の上部にそれぞれ、口座開設や融資、店舗賃貸などの文字がかかれている。

 商業ギルドなど当然知らないミヤビは、入り口そばに立っていたコンシュルジュのような男に声をかける。


「ねえ? 買取りをお願いしたいんだけどどうすればいいの?」

「商業ギルドは、はじめてでございますか?」


「ええ、身分証はあるわよ」

「それでしたら、こちらでギルドへの登録を行い会員となって頂ければ、ギルドでの売買が可能になります」


「ありがとう、じゃあまずは登録してくるわ」


 コンシュルジュにいわれた窓口はちょうど空いていたので、そのまま向かう。割と可愛らしい女性が係員のようだ。

「登録をお願いするわ」

「商業ギルドへの会員登録ですね、入会手数料が銀貨1枚、年間会員費が金貨1枚となります」


「結構するのね、はいこれでお願い」

 身分証と費用を窓口に並べると、係員の女性は笑顔でうけとり確認する。

「はい、問題ございませんので手続きを行ってまいります。少々お待ちくださいね」

 係員の女性は身分証とお金を持って奥に向かう。


 (少々って何分ぐらいなんだろ? )

 窓口の前に座り、手持無沙汰になったミヤビはなんとなく周りを見渡す。


 いかにもやり手そうな中年の商人が窓口で大声で言い合いをしていたり、胡散臭そうな格好をした男が手当たりしだいに声をかけていたり。

 大量の荷物を背負った老人が別の商人とテーブルで話し込んでいたりと、商業ギルドでもいろいろとあるんだなとぼうっと眺めている。


「お待たせしました、こちらの身分証に商業ギルドの会員登録を行いました。なくさないように気を付けてくださいね」

 係員の女性がいつの間にか戻ってきてミヤビに声をかける。


「ありがとう、買取りはどこでやってるの?」

「はい、買取りは2階にある買取り窓口で行っています。そちらの階段からおあがりください」

「こっちね、ありがとう」


 2階に上がる階段に向かうミヤビに、さっき見かけた胡散臭そうな男が話しかけてきた。

「お嬢さん! とってもいい話があるんですよ。

 資金を提供していただければ、ひと月後には倍にして返ってくるんですよ!」

「結構よ、他を当たって」


 あからさまに怪しい話の内容に相手をする時間がムダになると、追い払おうとするが、

「まあ、そういわずにお話だけでも聞いてください」

 しつこくまとわりついてくる。


「興味がないの、時間も無駄にしたくないからあっちに行って」

「おいっ! 下手に出てれば調子に乗りやがって。ガタガタいわずに金を出せばいいんだよ!」


「はあ? あんた馬鹿なの? これって恐喝よね」

 ミヤビはそばにいたコンシュルジュを見ると、すぐにこちらに来てくれた。


「何かございましたか?」

「こいつがいきなりやって来て、金を出せっていうの。商業ギルドってそういう場所なの?」

 コンシュルジュは胡散臭い男の顔をみて呆れたような顔をしながら答えてくれた。


「大変申し訳ございません。こいつは以前も同じような事をして出入り禁止にしていた男です。

 今回は出入り禁止を破ったこと、他の会員様に迷惑をかけたことで、会員資格の永久剥奪と罰金刑に致しますので、今回はご容赦いただけませんか」

「ちょっとまて! 俺

 胡散臭い男が大声で抗議するが、コンシュルジュは顔色ひとつかえない。


「お前のいい分はなど聞く必要はない。すでに商人に必要な信頼をお前は失っているんだからな」

「うるさい、この女が俺をはめようとしているかもしれないじゃないか!」


「はぁ? なんでこんな胡散臭い男をわざわざ嵌める必要があるの?

 そもそも声をかけてきたのはそっちでしょ。女だからってなめてるなら思い知らせてあげてもいいわよ」

「はっ、女如きにどうこうされる俺じゃねえよ。そんな細腕で何が出来るんだよ?姉ちゃんの力を見てやるから掛かって来いよ!」


「ねえ、この場合ってこいつから依頼があったってことでいいかしら?

 私の力を見てみたいっていう依頼と考えれば、こいつが多少怪我をしても問題はないわよね」

 ミヤビはコンシュルジュに向かって聞いてみる。


「そうですね、ここは商業ギルド。何よりも契約に重きを置く場所です。

 わかりました、私が契約の証人になりましょう。

 契約内容は、この男にお客様がどの程度の怪我をさせることができるかを確認したいという、この男からの依頼となります。

 依頼実行時に発生した被害やケガについては一切を免責と致します」

「おい、何を勝手なことをいってるんだ!」


「あんたが、掛かって来いって言ったんじゃない。

 希望通りやってあげるんだから感謝なさい」

「ふん! 女如きになめられたもんだ。いいだろうやってみやがれ!」


「念のために聞くけど、殺さなければ罪には問われないのよね?」

「はい、もちろんです。契約の履行をしただけですので問題ございませんよ」


 (ふうん今後のこともあるし、徹底的にやって馬鹿が寄ってこないようにした方がいいかもね)


 (骨よ弾け飛びなさい!)

 胡散臭い男に向かい、四肢の骨を対象にして魔法を使う。

 四肢がはじけ飛び、その場に倒れ込む胡散臭い男と、急なことに驚くコンシュルジュ。


「どう? 女如きにやられた気分は?」

「がぁゎぁっ…何をした! 腕が、足が!」

 胡散臭い男の叫び声に、周りに人が集まってくる。

 厄介ごとにならないようにコンシュルジュに念を押す。


「これで契約の履行は完了ね。もう行っていいかしら?」

「ええ、完了を見届けましたので問題ございません。

 この件で何かあれば私の方で対応させて頂きますので、お客様にご迷惑をお掛けすることはありません」

「そう、ありがとう」


 ミヤビは面倒ごとをコンシュルジュに押し付けることに成功し、目的の2階に上がっていく。その姿を集まった人々が恐れるように見ていたのにはミヤビは気が付かなかった。



「ここで買取りができると聞いたんだけど、大丈夫かしら?」

 2階の窓口にいた、奇麗な女性の係員に聞いてみる。


「はい、こちらが買取り窓口になります。どのような商品なりますでしょうか?」

 奇麗な笑顔で係員は向かいの椅子に座るように促しながら聞いてくる。


「宝石なんだけどね、定期的に買い取ってもらえるなら助かるんだけど」

 ミヤビはポケットから親指大の宝石、昨日門番に買取りが無理だと言われたものを取り出す。


「まあ、これほどの大きさの宝石はめったに見かけませんわ。

 今後もこのサイズのものを提供いただけるということでよろしいでしょうか?」

「そうね、買取り価格にもよるけど、出来ればそうしたいと考えてるわ」


「こちら鑑定させて頂いても大丈夫でしょうか?」

「ええ、問題ないわ」

 奇麗な係員は鑑定のためなのか、宝石を手に取り何やら呟いている。

 おそらく鑑定スキルで確認しているのだろう。


 気になったのでミヤビもこっそり鑑定スキルを使って確認してみる。


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 サファイヤ


 不純物が含まれない最高級の品質の原石

 成型後は最大50カラット相当

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 (よかった、私が作ったのはばれないようね…)


「お待たせしました。非常に高品質ですので金貨3000枚でいかがでしょうか?」

 (銀貨1枚がだいたい1万円でしょ、銀貨10枚で金貨1枚だったから…さ、3億円! )

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