OL、まるめこむ
振り返ると門番は此方に手を振ってくれていたので、笑顔で手を振り返した。
(すごくいい人だったわね、賄賂を受け取らない役人なんて存在するのね)
大通りを歩くと街の住人なのか、簡素なデザインのあまり良い生地ではなさそうな服を着た人々が行き交う。
(デザインとか生地とかはあまりいいものではなさそうね、文化レベルが低いのかしら?
それに、何か臭うのよね…。まさかお風呂がないとかだったら最悪だわ…)
この街での暮らしに不安がよぎるが、今は気にしても仕方がないとさっさと宿を探すことにする。
街は碁盤の目のように奇麗に区画整備されている。
おかげで迷うことなく目的の宿につくことができた。
宿が「金木犀の宿」と呼ばれる理由は直ぐにわかった。宿の敷地内には金木犀がたくさん植えられていてとてもいい香りがするのだ。
(確か秋に咲くはずだけど、今は秋ってことなのかな? 基本的な事がわからないから色々不便よね)
宿の入り口の扉を開けるとすぐに受付があった。
受付には二十歳前後だろうか若い娘が座っていた。
「いらっしゃい、おひとり様ですか?」
とても可愛らしい声と笑顔で聞いてくる。
「ええ、ひとりよ。部屋は空いてるかしら?」
「はい、大丈夫ですよ。何泊かされますか?」
「そうね…これでどのぐらい泊まれるかしら?」
門番からもらったお釣りの半分ほどを受付の台の上に広げる。
「ええっ! こんなにあれば1年は泊まれますよ」
「そうなの? じゃあとりあえずひと月でお願いするわ」
「朝食と夕食はお付けしましょうか?」
「そうね、お願いするわ。それとお風呂は付いてるのかしら?」
「お風呂付の部屋もありますよ、少し値段が上がってしまいますがよろしいですか?」
「ええ、ぜひお願いするわ。先払いでいい?」
「はい、そうしていただけると助かります。お風呂付の部屋は一泊銀貨2枚、ひと月だと金貨6枚になります。
お食事はひと月の連泊であればサービスしていますので、金貨6枚頂きますね」
娘は広げたお金から金貨を6枚取ると、残りをまとめて手渡してくれた。
「ではお部屋にご案内しますが、その前に身分書を提示いただけますか」
「ええ、構わないわ」
身分証を渡すと娘は一度奥に入り、なにやら見たことのない道具に身分証をかざしている。
「はい、こちらに登録しました。この身分証が鍵となりますから無くさないようお願いしますね。
ではご案内します」
娘について行くと3階の奥の部屋に案内された。
部屋の扉には野球のボールほどの大きさの玉を半分に割ったようなものが取り付けられており、そこに身分書をかざすと鍵が開くらしい。
(ふうん、なんかホテルのカードキーみたいねって、そのままか)
思ったよりも進んだ技術に驚くが、さも当然という顔で部屋に入る。
「お風呂の使い方だけお伝えしておきますね」
娘は風呂場に向かい、設備の説明を始める。
どうやらお湯を出したり、風呂場を掃除するのはすべて魔道具と呼ばれるもので行うらしい。
魔法が使えるなら直接魔道具に魔力を込めるだけでよく、魔法が使えない場合は魔石を使えば動作するらしい。
ただし、魔石は別途費用がかかるとのことだった。
「一度試してもいいかしら?」
「はい、大丈夫ですよ。軽く魔力を流すイメージらしいですよ、私は魔法が使えないのでよくわかりませんが」
言われた通り少しづつゆっくりと魔力を込めてみると、お湯が勢いよく流れ出はじめる。
「すごい! こんな勢いでお湯が出るのはじめて見たわ。お客様はすごい魔法使いでいらっしゃるんですね!」
娘は尊敬のこもった眼を向けてくる。
「使い方は大体わかったわ。何かわからないことがあればまた教えて頂戴」
「はい! 何でも聞いてくださいね。ではごゆっくり」
娘は私に頼られたのがうれしかったのか、飛び跳ねんばかりに喜んでいて部屋を出て扉を閉めるまでずっと笑顔だった。
「ふう、やっと落ち着けるわ」
ひとりになると、ベッドに腰掛け楽な姿勢を取る。
(早速お風呂に入りたいけど着替えがないのよね…めんどくさいけど先に買い物を済ませちゃおうか)
腰を下ろしたがすぐに立ち上がると、買い物に向かうと気合いを入れる。
部屋を出て受付に近くの服屋を教えてもらい、買い物に出かける。
道行く人の服装を見ていると、自分の服が浮いていることが良くわかった、
女性はロングスカートが基本でたまにパンツ姿の女性もいるが、足を出すような格好していない。
ひざ丈のタイトスカートなので、ひざから下の足は見えてしまっている。
じろじろと見てくる男もいるので、急ぎ服屋に向かう。
教えてもらった服屋は徒歩2分ほどの所にあった。
宿屋の娘も良く利用するらしく、手頃な値段のものも取り扱っており品ぞろえが豊富らしい。
「いらっしゃいませ」
店に入ると若い店員がこちらに近づいてくる。
服は一人でじっくり見たい方だが、この世界の常識がわからない今は店員が来てくれるのはありがたい。
「普段使いの服を数着、下着も合わせて買いたいんだけど、適当に見繕ってくれるかしら?」
「はい畏まりました。今着られている服はかなり独創的なデザインですし生地も非常に珍しいもののようですが、その様なものをお選びした方がよろしいですか?」
「いや、私ぐらいの独身女性が着るようなものを数着見繕ってくれればいいわ」
「わかりました、少しお待ちいただけますか」
そういうと店員は、私の背丈や体形を確認するように見た後店内の服を見繕いに行った。
(さすがにひとつひとつ手作りのようね。ユ〇クロのようにサイズ違いが並んでいたりはしないわね)
「お待たせしました、こちらがお客様のサイズに合うと思います。
好みもありますので、色々なものを持ってきました」
そういう店員の手には、10着ほどの上下さまざまな服があった。
スカートだけでなくパンツも持ってきてくれたのは助かる。スカートでは全力で走るのに邪魔になるからパンツも1つは欲しいと思っていたのだ。
「後は下着ですがこちらになります」
店員が指した奥の棚に、女性用らしいものが並んでいた。
細かなサイズ指定などはないようで、大中小程度のものらしい。
下着も10着ほど選んでもらい、先の服もまとめて購入することにした。
あと部屋で楽に過ごせそうな服も2着ほど追加で購入した。
まとめ買いということで負けてもらえ、金貨3枚を支払った。
ひと月分の風呂付の部屋が金貨6枚だったので、そこそこの金額のような気がする。
実際には一般女性が着るにはかなり高価な良い品だったのだが、そのあたりの違いにはミヤビは気が付かなかった。
それに魔法で作った宝石で得たお金なので元手はタダ同然であるから、使うのにためらいはない。
それなりの荷物になったが、宿も近いので持って帰ることにする。
なにより早くお風呂に入りたい。終電からの異世界転移なので丸1日以上お風呂に入っていない。
しかも日中は森や草原でそれなりに汗もかいているので体中が気持ち悪い。
両手に大きな荷物を抱え宿に向かって歩く途中で、見知らぬ男から声をかけられる。
「そこの色っぽい格好した姉ちゃん、俺に付き合えよ。
そんな格好してるぐらいだ、男に構ってほしんだろ?」
軽薄そうな若い男がにやにやとこっちを見ている。
相手をするのも煩わしいと無視して通り過ぎようとするが、男が伸ばした手に当たり服が辺りに散らばってしまう。
「おいおい、知らん顔とはつれないなぁ。
ボコボコにして持って帰ったっていいんだぜ、おとなしくしてろ」
男は荷物のことなど気にもせず、犯罪を隠そうともしないで脅してくる。
「拾いなさい」
私は男に命令するが、男はにやにやとするばかりで動こうとはしない。
あたりにも人が集まってくるが、誰も手助けしようとはしない。
「もう一度だけ言うわ、拾いなさい」
「はあ? なんで俺が拾わなきゃなんねえんだよ! それより良い事しようぜ!」
男は私を捕まえようとこちらに飛びかかって来た。
(焼き切れろ)
男の両足に向かい魔法を使う。
男はこちらに向かう勢いのまま、すべるように上半身が地面に向けて落下する。
男の膝上で両足は切断されており、その断面は黒く焼け焦げていた。
「うわぁっぁぁ~!!」
男が叫び声をあげ、周りの連中もあまりの凄惨な光景に息をのむのがわかる。
そんな中私は散らばった服を拾い集め、何事もなかったように宿に向かおうとした。
「ちょっと、待ちなよあんた!」
周りに集まった連中からひとりの男が声を上げ呼び止める。
「何か用?」
「あんたがやったんだろこれ? 衛兵が来るまでそこを動くんじゃない」
「はあ? そこの男が私の服をばらまいたから文句言っただけよ。その後こっちに飛びかかってくるのかと思ったらそんな姿になったおかげで無事で済んだわ。
なんかそういう芸みたいなもんじゃないの? 私は知らないし関係もないわ。
そもそも、私が何かをしたって証拠でもあるの? いいがかりなら容赦しないわよ」
「い、いや、あんたがやったんじゃなければ良いんだ」
「だいたいあんたたち私がその馬鹿に絡まれても知らん顔だったじゃない。
ここじゃ女に暴言を吐いて襲い掛かるのは当たり前なの? みんな止めるどころか声もかけてこなかったじゃない。
あんたたちもそいつの仲間なんじゃないの?」
「そんなことはない、こいつはこの辺りの鼻つまみ者で誰も関わり合いになりたくなかっただけだ」
「関わりたくないけど、私が襲われるのを見物してたってこと? いい趣味してるわね。
助けもせず一緒に見物してたら仲間も同じことよ。
衛兵が来るまで待ってたら、このことを全部私の感じた通りに伝えるから覚悟しておくことね」
「い、いやそんなつもりではなくてだな、なんとか助けたいとは思ってたんだ…」
「はぁ? あんたたちが何を思ってるかなんてどうでもいいし興味もないわ。
結果がすべてよ、こいつが私に襲い掛かってきたことと、あんたたちがそれを周りでニヤニヤ見てたってことがね」
「ニヤニヤなどしてないっ!」
「そんなの私がどう思ったかだけで、あんたの顔がどうだったかなんてどうでもいいのよ。
女性が襲われているのを助けもせずに、周りで見ていただけで他に助けも呼ぼうとしなかったのは事実よね」
「そういわれると、返す言葉もないな…」
「しかもこいつがなんか倒れたら、私に罪を擦りつけようとしたわよね」
「そ、それはあの状況ではあんたがいちばん疑わしいじゃないか…」
「へぇ、疑わしいだけで犯罪者扱いしたわよね。あんた一体何様なの?
返事によったら、こいつの仲間としてきっちり証言してあげるから覚悟しなさい」
「わ、わかった、あんたはそいつに襲われただけで、突然そいつが倒れただけ。
わしらは、あんたを助けることも出来ずに周りにいただけの力のない一般人だ」
「で、こいつはどうするの?
初対面で襲い掛かるような犯罪者なんか、わたしは興味ないから。
普段からこんなことしてるんなら自業自得だし、天罰でもあたったんじゃないの?」
「そうだな、天罰が下ったとでも考えることにするよ。お嬢さん引き留めて悪かった。
あと、こいつから守ってやれなくてすまなかった」
「ふん、分かってくれればいいわ。それに暴力には普通は弱いことも理解しているつもりだから、今日のことは水に流すわ」
「ありがとう、気を付けてな」
(危なかったわね、無詠唱だからばれないとは思ったけど強気で押せば何とかなるものね。
そもそもあのクズが余計な事をしなければ何も起こらなかったのよ)
風呂に入りたくて急いでいたところを邪魔され、普段以上にイラついてしまったようだ。
軽く気絶させるだけで済んだはずなのだが、やり過ぎてしまったような気もする。
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