プロローグ ~ もうひとりの転移者はクズ

僕の名前は、古家剛志ふるやつよし

 高校2年生で野球部のエースだ。僕ぐらいになると監督が直々に指名してきて、他の部員なんかに口を挟ませないんだ。

裕福な家庭に生まれたおかげでお金で苦労したことはないし、みんなが僕に媚びへつらってくる。中学の時に生意気な奴がいたんだけど、ママに話したら翌日にはそいつは引っ越して行ったみたいだ。やっぱり天罰ってあるんだよね。


 当然勉強もできるしスポーツも得意だから褒められるのは当たり前、学校でも先生達は僕のいうことは何でも聞いてくれるんだ。



 その日も野球部の練習の帰りに僕を待っててくれた女の子達と一緒に帰っていたんだ。

 まあ僕ぐらいになれば、女の子なんか選り取り見取り。今日の女子たちはちょっとレベルが低いんだけど、遊びで手を出すにはちょうどいいかな? ってぐらいだから笑顔で相手をしてあげてたんだ。

 あんまり目立つ子に手を出すと、子供ができたとか騒ぎ出した時に大変だったからね。あの時はママに頼んで手をまわしてもらえたから無事に切り抜けられたけど、また同じことをしたら怒られちゃうからね。


 なるべくおとなしくて気の弱い子なら何かあっても簡単に黙らせることが出来るしね、やっぱり僕って頭が良いなぁ。

 でもたまにはやっぱり良い女と遊びたくなるけど、学生のうちは我慢が必要だよね。



 いつもの通学路を、いつも通り女の子を侍らせて歩く。

 大通りを渡ればもうすぐ駅というところで、信号に引っ掛かってしまう。

 待っている間は腕を組んでる女の子の胸に腕を押し付けてぐりぐりして反応を見ていると楽しい。

 潤んだ目で見てくるのはきっともっとして欲しいからなんだろうけど、構い過ぎて勘違いされても困るから

 反対側の腕を持つ女の子に対象を切り替えて楽しむことにする。

 僕としてはどっちも大して変わりないし、どっちかを選ぶつもりもないからね。


 僕がそんなどうでもいい彼女たち(名前も忘れてるかも…)にちょっかいを出しながら長い信号を待っていると、なぜか急に女の子たちは僕から離れて罵り合いだした。

 何があったか知らないけど面倒だよね。信号がやっと変わったから放っておいて先に歩き出す。


 左折してくるトラックがこちらに気が付いていないようで、それなりのスピードで突っ込んでくる。

 当然僕は気が付いて後ろに下がろうとした時だった。


 背中を強く押され、バランスを崩した僕はトラックの正面に突っ込むことになってしまう。

 慌てて振り向くと、以前孕ませて追い出した女の子が満面の笑みで僕を見ていた。

 その後ろで、さっきまで一緒に帰っていた女の子たちも僕を笑顔で見つめている。

「この子達もグルよ、自己中でマザコンの最低男さん。バイバイ」

 満面の笑みで僕にそういうと、そのままその場から離れたようだ。


 離れたようだって言うのは、僕がトラックに跳ね飛ばされたから、見えてなかったからなんだけどね。


「やっとこの気持ちの悪いのから解放されるわ、親に手をまわすとか最悪だったわ」

「野球部もこんな金でポジションを買う奴がいなくなって良かったじゃない?」

「どうせ学校にも手をまわしてたんでしょ親のコネか金で、ほんとクズよね」

「親の金を当てにして高校生でセクハラって、将来犯罪者確定だもんね」

「でももう将来の心配しなくてよさそうじゃん、あははは」

 女の子たちが楽しそうに喋っているのが、激しい痛みの中聞こえてくる。

 どうやら僕の金だけが目当てだったみたいだな、やっぱりレベルの低い女はダメだな…って…


 そして僕の意識は途切れた。



~~~~~~~~~~



「アルバーノ様、召喚を始めますか?」

 銀髪をオールバックにし、本来なら鋭いであろう眼光が疲れから鈍って見える男、フェルディナンドが公主に向けて問いかける。

 地下室らしく窓のない湿っぽく薄暗い部屋には、フェルディナンドともう一人の男がいるだけであった。

 部屋の床には魔法陣が描かれ、その周囲には召喚に必要なのだろうか、良くわからないモノが散らばっているかのように配置されていた。


「そうだな、始めろ」

 答えたのはアルバーノ、コスタリオ公国のトップに座る公主である。

 コスタリオ公国は大陸の南に位置するイグレシア連邦の一部に加わる国家で、連邦の一加盟国としては目立ったところはない。

 多くの加盟国の1つとして人々には認識されている程度であった。


 まだ30台の若さで公国のトップについたアルバーノが、彼の父親である先代公主の目に余る放蕩ぶりと、高額の税に苦しむ公国民の救済のために公主の座を簒奪したのは5年前のことである。

 国境を接する帝国が弱体化した公国に兵を向けてきたが、先代はおろおろするばかりで日に日に領土は奪い取られていく。

 求心力を失った先代に替わりアルバーノが先頭に立つことで何とか帝国の侵攻を止めることが出来たのだ。


 公主の座についたアルバーノは公国の立て直しに奔走するが、もともと資源が豊富なわけでも肥沃な土地があるわけでもなく、海産資源も他国に抜きんでるものもない、はっきり言えば貧乏国家であるコスタリオ公国の先行きは絶望的なものであった。

 わずかに産出していた資源を有する土地は帝国により奪われてしまっている。


 主要産業であった海運業も、先代が輸送船を税の代わりと言って取り上げたため全盛期の見る影もなく衰退している。

 その船も他国に売り払い己の欲の為のみに浪費してしまい、後には何も残っていない。

 公国民は疲弊し人口は減少の一途をたどっている。人口の回復までは恐らく国が持たないという試算も出ていた。


 そこでアルバーノは起死回生の一手として、伝承のみ伝わる勇者召喚に眼を付けた。


 伝承曰く、人ならざる力を持つ勇者は単独で100万の敵を打ち破る。

 伝承曰く、勇者を召喚しえた国家は繁栄を極め世界をその元に跪かせた。

 伝承曰く、勇者の血統を維持しうる限りその繁栄は衰えることはない。

 等々、通常であれば単なるおとぎ話の類と笑い飛ばすような内容の伝承だが、アルバーノは藁をもつかむ思いで伝承にかけることにしたのだ。


 伝承発見後、幼馴染みで執事でもあるフェルディナンドに勇者召喚について調べさせ、ついに今日その実現にたどり着いたのだった。



「私の正直な感想としては、自分で調べておいて何ですが胡散臭いの一言ですね。

 まあ、今更ですし準備も整った今となっては単なる愚痴として聞き流してください」


「フェディ、ここまで動いてくれ事には感謝しているよ。

 お前の言いたいこともわかるが、もはやこんなものに頼るしかない程に、この国はどうしようもないところまで来ているんだ」

「ええアル、わかってますよ。では、始めるとしますか」


 フェルディナンドは過去の伝承から調べだした召喚の呪文を唱えだす。

 それは、言葉としては理解できず意味のない音の並びのように聞こえる。

 アルバーノは事前に聞いていたのか、そのことは気にせずただ魔法陣をじっと見つめている。


 やがて呪文の詠唱が後半に差し掛かったころ魔法陣が淡く輝きだす。

「おおっ、伝承は本当だったのか…」

 光りだした魔法陣にアルバーノは驚く。やはり伝承については半信半疑だったようだ。

 そしてフェルディナンドの詠唱が終わると、目が開けていられないほどに魔法陣が輝く…輝きはさらに大きくなりやがてふたつに分かれていく。

 ふたつに分かれた輝きは片方がさらに輝きを増し、もう片方の輝きを奪っているかのようにさらに光り輝く。そして輝きを増した光は空中に向かって飛び去って行った。


 輝きが飛び去ると、部屋にはアルバーノとフェルディナンド以外に、もうひとり少年が現れていた。

 魔法陣の中心で横たわる少年は気絶しているのかピクリとも動かない。

 僅かに胸が上下していることから死んではいないと思われるが、このまま放っておいていいものか判断が付かない。


「おい、大丈夫か?」

 アルバーノが少年のもとに近づこうとするのを、慌ててフェルディナンドは抑える。


「不用心ですよアル! まずは私が近づいて確認しますから、下がっていてください」

 アルバーノを下がらせ、少年に近づくフェルディナンド。

 (輝きはふたつ、そしてこの少年は輝くが弱かった方になるのか…

 しかし何か嫌な感じがする少年だな、念のために手は打っておくか)

 まだ目覚めない少年の胸元をはだけさせ、そこに手を当てて呪文を唱えだす。

 フェルディナンドの掌が輝くと、少年の胸には楔型の文様が刻み込まれていた。


「アル、嫌な感じがするので独断で悪いが隷属で縛らせてもらったぞ。これでこの少年は俺達の支配下に置かれたはずだ。念のためもう少しそのまま離れていてくれ」


 アルバーノが頷き返すのを見て、少年の肩を軽く揺らす。

 少年は起こされるのを嫌がる子供のようにいやいやと首を振るが、やがて意識が戻り目を覚ます。


「僕は死んだんじゃないのか? ここはどこだ?」

 少年、古家剛志は事故の記憶を思い出すが、病院でもない見知らぬ薄暗い部屋に不安に襲われる。


「ようこそ、勇者殿。我々には貴方を歓迎する用意がある」

 フェルディナンドは少年の意識が戻ったことを確認し、少年の言葉を理解できることがわかると少年に話かける。


「え? おまえ誰?」

「私はフェルディナンド、ここはコスタリオ公国の公主の館にある地下室だ」

「フェルなんとか? コスタリオ公国って聞いたことがないけどどこなんだ?」

「ここは、勇者殿から見れば異世界と呼ばれる世界だ。」

「異世界っ!? えっ、僕が勇者ってことかい?」

「そうだ、私が勇者殿を召喚したので間違いないだろう」

「ふふふ、僕が勇者かぴったりだよな。やっぱり魔王を倒せってやつなのかな?」

「いや、この世界に魔王は居ない。勇者殿にはこの国の未来のために戦ってもらいたいのだ」

「戦うって誰と?」

「今の想定では、北の帝国を相手とする可能性がもっとも高いな」

「それって人相手の戦争ってこと?」

「もちろんそうだ、勇者殿は100万の兵を打ち破ると伝承にもある、まずは伝承どおりの戦力となるか調べさせてもらう」


「ちょっと待って、手伝ってほしいなら何を提示できるの?」

「正直なところ先に渡せる報酬はない。ただ帝国から領土を奪い返しさらに攻め取ることが出来れば、思いのままの報酬は約束しよう。

貴方が戦わなければ我が国は遠からず滅ぶことになる。そうすればこの国の国民が路頭に迷い、その多くが野垂れ死ぬことになってしまう」

「でも、それって僕には関係ないよね。報酬自体結果を出さないともらえないんじゃやる気も出ないし」


「帝国は野蛮な国で、わが国にも多くの被害が出ているとしても変わらないか?」

「そうだね、知らない人が苦しんでたとしても知った事じゃないし」

フェルディナンドは、少年の義侠心に期待するのを諦め別の切り口からに攻め方を変えてみる。


「私達の言う事を聞いて、公国の為に戦ってくれれば当然国民からの賞賛が、さらに帝国を滅ぼせば美女も大勢寄ってくると思うぞ」

「美女か…前の世界では妥協したおかげで酷い目にあったからなぁ。わかったそういう事なら力を貸すよ」

まさかこれで上手くいくとは思いもしなかったが、駄々をこねられても面倒なのでさっさと話しを終わらせる。


「では契約成立だ。まずは公主を紹介しよう」

 してやったりとした顔を隠しフェルディナンドはアルバーノのもとに勇者を連れて行く。



「此方が我が公国の公主であられるアルバーノ様だ」

「えーっと、こんにちは。僕は勇者の古家剛志(ふるやつよし)、ツヨシ フルヤだ」


「勇者殿、ようこそコスタリオ公国へ。我が国に力を貸していただけることに感謝する。

 ツヨシ君とでも呼べばよいかな?」

「呼びやすいように呼べばいいよ、男になんて呼ばれても興味ないし」


「ツヨシ君もいきなりのことで戸惑っているだろうし、まずは部屋を用意させるから休むといい」

 アルバーノがそういうと、フェルディナンドは少年を連れ部屋を出る。


 館のはずれに用意しておいた部屋に案内するように事前に決めてある。

 そこは館の奥に位置し、アルバーノを含む家人が済む建物とは別のものである。

 渡り廊下などで偽装されわかりにくいが、敷地の出入り口からもっとも離れた場所にその建物は作られていた。

 異世界からの勇者などというどこの者ともわからない人物を置く以上、もっとも身動きが取り辛く、監視しやすいところに置くのは当然のことだ。


「しかし、あれが勇者なのか? 頼りない子供にしか見えないし、あの上目遣いでこちらの機嫌を伺うような目、尊大な態度、どうにも気にいらんな」

 アルバーノはすでに地下室を出た少年に対して不安と不満を口にするのだった。

(それに召喚の時のもうひとつの光、まさかあちらが本命ではないだろうな…)



 フェルディナンドは少し離れた部屋まで勇者の少年を案内しながらも、その様子を観察しどのような人物かを見定めていた。

 そして部屋までの距離は少年を観察するには十分な時間であった。

 年長であるフェルディナンドには恐れや嫌悪といった感情を、途中であったメイドには好色で野卑な反応をしていた。

 勇者であることを嵩にきて、すれ違いざまに家人に尊大な態度を取る姿を見て、フェルディナンドは少年に期待することを諦めた。

 権威には弱く自制心も弱い、フェルディナンドにとって唾棄すべき人物像が浮かび上がるにつれ、勇者召喚自体を後悔し始めるのであった。


 このような少年にこの国の未来をかけることになるとはと、世界の不条理さに腹を立てそうになったところで部屋に到着した。


「ここがツヨシ君の為に用意した部屋だ。しばらくしたらメイドが来るから何か用事があれば彼女に伝えてもらえればいい。

 念のためだが、メイドは娼婦ではないから手は出さないように」

「うん…わかった」

 フェルディナンドの言ったことが気に障ったのか、思っていたことを見抜かれて焦ったのかはわからないが、明らかに不機嫌そうな顔を隠すこともなく返事をし、

 少年はそのまま部屋に入り扉を閉めた。


「ふう、人物面は劣悪。感情を制御する知能も持ち合わせず、礼儀も期待できないってところか」

 フェルディナンドはため息とともに呟くとアルバーノの元へと急ぎ戻っていった。



 ~~~~~~~~~~


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