異世界に転職?社畜から解放されたら自重も忘れてしまいました。

乙三

プロローグ ~ OLはつらいよ

 ついさっき日が変わった。

 まばらになっていく終電の端の席にもたれかかり、街から離れるにつれ明かりが寂しくなっていく車窓を眺める。

 金曜の夜、もう日が変わったので土曜になるのだが、車両に居る他の客は皆機嫌よく酔っぱらって居眠りしているにもかかわらず、私はただ疲れた顔で、流れる車窓を見つめていた。


 (あぁ、今日もこんな時間か……あの無能上司のせいで。何が「女は俺の言う通りにすればいいんだ」なのよ、言う通りにしたら次の日には「そんなことは言ってない、お前の勘違いだ」ですって? 自分の言った事すら覚えてられない無能がなんで役職に居るのよ。そんな会社だから新人がすぐに辞めちゃうのよ)


 ひとりガラガラの車両の端に座り、壁にもたれながら誰に聞かせるわけでもない愚痴を垂れ流す。


 私の名前は暮石雅美くれいしみやび、新卒3年目のIT企業に勤めるOL。両親には先立たれ、残された微々たる遺産と安月給で暮らしている25歳独身、彼氏無し。とくに親しい友人もなく、休みは自宅の掃除と買い物でほぼ終わってしまう。


 それなりには夢と希望に燃えて入社した会社だけど、偉そうなことを言うだけの上司は数カ月で中身のないのがわかってしまった。コネやら友人関係やらで上層部は占められ、なんの実績もない奴らが偉そうな態度で好き勝手している。偉そうなことをいっているが、結局どうなの? どうすればいいの? という具体的な説明もなく、単なる自己満足の長い話を聞かされるだけ。どこかの本やニュースで見た内容を、よくわからないまま垂れ流してるだけなのは、質問にまともに答えることが出来ないことからも明らかだ。


 偉そうなことを言う割に、自身は昔ながらの仕事のやり方を変えようとせず、変わらないのは私達が頑張らないからだなど意味不明のことを言う。漠然とした無茶苦茶な指示を出しておいて、出来ないのは部下のせい、稀にうまくいけば自分のおかげ。 口だけで何もしないし、何もできない。エクセルやワードくらいまともに使えるようになってから出直してきなさいって言いたいくらい。


 何も決まらないムダな会議を延々と日中行うから、こっちはまったく仕事が進められないし。自分たちは定時で上がって、私達には自分達が思い付いた仕事をやり終わるまで頑張れなんて、いわゆるブラックな会社であることは間違いないわね。おかげで新人気分などとっくになくなり、使えない中堅の先輩を顎で使っても誰も反論できない程度には成長できたけど感謝なんてするわけはない。


 初めはさすがにいろいろと教えてもらったわ、でもそのうち私の質問には誰も答えてくれなくなった。今ならわかるわ、あれは答えないのではなく、答えられなかったのね。この仕事は何の役に立つのか? なぜもっと効率的な方法を取らないのか? そもそも根本的にやり方を変えたらもっと良くなるのでは? 仕事中に浮かんださまざまな疑問、ちょっとしたノウハウ的なものは教えてもらえたけど、本質的な問題は誰も答えてくれなかった。結局自分で調べて勉強して、それでもだめなら休日に講習を受けたりして頑張ってきた。


 わからなかったことができるようになるのは、とてもいい体験だと思っているし、くだらない遊びなんかよりはるかに興奮したわ。でも、私が頑張っているほどは誰もやっていなかったみたい。どんどん同期との差が開き、中堅に追いつき追い越し、役職はないけど皆私の部下のように指示を求めてくるようになった。


 それでも私に指示を求めてくる人たちは、それ程嫌ではなかった。まだ若い私の指示にも嫌な顔もせずしたがってくれたし、うまくいった時は一緒に喜んでくれたし、飲みに連れて行ってくれたりもした。


 問題は、私の仕事ではなく性別と年齢しか見ない無能な上司たち。二言目には「女のくせに」、自分たちの無能が明るみに出るのを隠すため必要以上に私を貶めようとしてくる。役員や部長のくせに方針を具体的に示すことも出来ないやつらの責任までこっちに押し付けようとしてくる始末。何ひとつ誇れるものがないのに、上司面出来るあの図太さだけは尊敬できるかもしれない……いや、やっぱりないわ。


 (まあやっと休みなんだし、あんな奴らのことは今だけでも忘れて楽しい事でも考えよ。焼き肉食べ放題で飲み放題な手軽で美味しそうなところっと……)


 スマホを取り出し、明日の夕食の為に近場の店を検索する。


 (はあ、美味しそうなところはやっぱり高いわよねぇ……キャンペーンでもやってるかと思ったけどそれも無しか)


 給料日までの日数と財布の中身を思い出すと、焼き肉が遠ざかっていく。


 (もうちょっと給料をもらわないと、やってられないわよね。こんな時間まで働いても残業代はごまかされるしやってられないわよね)



 雅美の勤める会社では、有給を取得するとその時間は就業時間に加算されない。しかも毎月の稼働日数は違うというのに、一定時間を超えないと残業が発生しないという謎の規約となっている。つまり、稼働日数の少ない月に有給など取れば、一定時間に達せず給与が減額されてしまうのだ。残業もその一定時間に達するまでは、残業代の対象になることもない為、実質的なサービス残業である。


 こんなこと、入社前の学生が理解できるはずもなく、新人が辞める理由の一つとなっている。


 (やっぱり私ももっと早く辞めておけばよかったかな? でもまだ若いはずだしきっと大丈夫よね)


 改めてスマホを操作して、適当に転職サイトを検索してみる。


 (今より給料がましなところ、責任を取ってくれる上司と良い男がいれば言うことないわね)


 大手の転職サイトから見ていくが、なかなかこれといった会社は見つからない。

 検索結果からは、名前も知らない怪しげなサイトしか残らなくなる。


 (この年齢ならまだいろいろあると思ったんだけど、資格がいるとか英語がとか意外と条件が厳しいのよね。この間見たときはそれなりになったと思ったんだけど、世間も厳しくなったってことかしら? まあ、まだしばらく電車には乗ってるしもうちょっと調べてみよっか)


 私は、名も知らぬ怪しさに溢れた転職サイトを、クリックする。


「新しい世界で挑戦する方を求む!」

「年齢、経験は問わず! 報酬は貴方の能力次第!」

「これまでの暮らしをリセットして、新しい世界でチャレンジしませんか!?」


 (うわぁ、うさんくさぁ。良くてブラック、最悪犯罪なのは確定でしょこれ。まあ、来週の昼休みの話題くらいにはなるかな? )


 疲れで判断能力が低下していたのか、普段ならそんな怪しいサイトはセキュリティ的にも絶対に訪問しないのだが、私の指は自然とその「応募」とかかれたリンクに触れていた。


 そして私の意識はそこで途絶えた。




 ~~~~~~~~~~



 真っ白な空間。


 そこにはシンプルなテーブルに向かい合わせに座る二人の女性らしき姿がある。一人は端末のようなものを操作しており、もう一人はうとうとと半分眠っている様だ。そこに、ポォンと電子音が端末から響く。その音で目が覚めたようで、向かいに座る端末を触る女を見つめる。


「応募者がいました」

「あら、あれにたどり着くなんて、よっぽどの人生だったんでしょうね」

「天涯孤独で、生きるのに疲れてる。未来への希望もなく、心を許せる友人もいない。能力は高いが、評価されていない。この条件をクリアしなければたどり着けないはずですから」

「まさかその条件に合致する人があんなのを見るとは思わなかったわ。いくら失踪しても問題の少ない人間を探すためとはいえ、結構ひどい内容よ。でもまあ応募されたなら仕方がないわね、お仕事しようか」


「じゃあ、応募のタイミングで生を終えた人間たちをピックアップして」

「はい……前後5分とした条件で該当23名です」

「結構いるわね、じゃあ応募者の近くから順に5名ピックアップ」

「はい、男性3名、女性2名をピックアップしました」

「応募者と年齢が近いのは?」

「男性1名、女性一名です」

「どっちがいいと思う?」

「男性は性格に問題あり、女性は可もなく不可もなくですので、女性が良いかと」

「応募者の性別は?」

「女性ですね」

「じゃあ男性にしよっか」

「理由を聞いてもよろしいですか?」

「一緒に転移するなら、同性よりも面白そうじゃない」

「そのようなロマンチックなものではないのですが……」

「そうね、神の器からの奪い合い、仲よく半分こなんてできる訳がない。奪い合い、罵り合い、殺しあうなら、やっぱり男女の方が面白そうよね」

「……了解しました。男性を候補として登録します」


「ねえ? 性格に問題ありって何やらかしたのその子は」

「親の資産でやりたい放題甘やかされて育てられ、死因は過去に妊娠させて捨てた女性からの復讐ですね」

「うわぁ、性格に問題ありってレベルじゃないよそれ。単なるクズじゃん」

「そういう言い方もできることは否定しません」

「もおっ! でも登録しちゃったなら仕方ないわよね……」

「はい、指示通り登録は完了していますので、変更は不可能です」

「そんなクズ相手だと応募してくれた子は苦労するよねきっと」

「おそらく、かなりの高確率で問題を起こすと思われます」

「元のスペックは応募者の方が高いのよね?」

「はい、スペック比は……87:13で応募者が大幅に高い数値となっています」


「単純計算で6倍以上か……そのままでもなんとかしちゃいそうよね。でも、クズを選んだのはちょっと心苦しいから私の精神衛生上の為に、少しおまけをつけてあげようか」

「おまけ? といいますと?」

「そうね、本人に直接っていうのは禁則事項だから、神の器とのリンクを応募者の彼女の方を強めてあげよう」

「標準では1:1で等分に引き出せる設定を、変更するということですか?」

「そうそう、だってクズが強くなったら碌なことしないでしょう?」

「その意見には賛成いたします」

「見るに堪えない状況はできれば避けたいわよね。それに例え神の器から何も得られなくても現地の平均スペックは上回るのよね」

「はい、魂のリンクを持つ転移者は現地の平均との比較で、およそ50倍程度の数値が確保されるようになっています」

「それじゃあ、神の器とのリンクを1:0に変更、クズは何も手に入れなくていいわ」

「それはおまけの域を超えているのでは……了解、リンク比を1:0で応募者にすべて流れるように変更します」

「うふふ、クズが悔しがる様が見れるといいわね、きっとおもしろい見ものになるわよ」

「あまり良い趣味とは言えないと思いますよ」

「いいのいいの、これぐらいの楽しみがないとやってれないわよ。それに禁則事項に触れているわけでもないから、怒られることもないわよ……多分」

「はぁ、では行先の世界の召喚に時刻を同期させます」

「お願いね」



「ふふふ、あとはどんな楽しい展開を見せてくれるか楽しみにしてましょう」

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