第十章 仲間

桃太郎は足を止めた。


山小屋を後にしてから気配を感じていたのだ。


その場に立ち止まり、目を閉じて深く息を吸うと、一呼吸で叫んだ。


「私は桃太郎。その者、姿を現しなさい。」


すると木の影から若い男が3人、武器を構えながら無言でゆっくりと近づいてきた。


桃太郎に戦闘の意思はなかったが、万が一を考え日本刀の鞘に手をかけていた。


しばらくの沈黙を破り、3人の若者のうちの1人が口を開けた。


「お前、良い甲冑を着ているな。その腰の袋は金か?」


「いや、中身はきびだんごだ。金は一銭も持っていない。そしてこの甲冑を渡すつもりもない。」


すると、もう1人の若者が聞いた。


「金も持たずにどこへ行く?」


「鬼ヶ島へ鬼を退治しに行くんだ。だから、それが終わるまでは甲冑と刀を渡すわけにはいかない。」


3人目は言葉を発さず、他の2人よりもやや後ろでその様子を伺っていた。


すると前の2人は腰を低く構え、武器を持つ手に力を入れた。


桃太郎は反射的に左足を引き、こちらも腰を落とした。


どちらが先に仕掛けるか、三者の間に長い沈黙と殺伐とした緊張感が漂っていた。


若者の1人が走り出そうとしたその時、後方で様子を見ていた若者が静かに口を開いた。


「やめておけ。俺たちじゃそいつに勝てない。」


走りかけた若者は急ブレーキをかけた。


「おい、何言ってんだ。こっちは3人だぞ?それにこいつは俺らと歳も変わらないし、どう考えてもいけるだろ。」


「いや、無理だ。俺たちはそいつの持ち物を奪おうとしているが、そいつは鬼退治に行くと言った。それが本当なら、志が違いすぎる。それに、鬼退治が終われば甲冑と刀を差し出すようなことも言っている。俺たちとは格が違うんだよ。お前らも薄々気付いてただろ。やめておけ。」


前方にいる2人の若者は悔しそうに武器を収め、姿勢を正した。


「桃太郎と言ったな。昔、村に降りたときに聞いた名前だ。どうやらバケモノらしいな。バケモノが鬼退治とは、まるで妖怪戦争だ。俺は犬吉ってもんだが、戦いはやめだ。」


「妖怪戦争とはうまいこと言うな。俺は猿彦。鬼退治ねぇ…。実は俺たち3人も、その昔親と親戚を鬼に殺されたんだ。命かながら森へ逃げ込み、悪いこととは分かりつつ、旅人の荷物を奪って3人でなんとか生きてきたんだ。なぁ、こいつと一緒に鬼を倒せば、復讐と罪滅ぼしができるんじゃねぇか?」


「そうだな。どうせこのまま生きていても、同じ毎日の繰り返しだ。そろそろ山賊から足を洗いたいと思っていたところだ。俺の名前は雉康。どうだろう、桃太郎。ここは俺らと手を組んでみないか。」


桃太郎はしばらく考え、3人の目を順番に見ながら答えた。


「その心意気はありがたいです。ただ、命の保証はありません。それに、鬼から取り返した財宝は、そのまま村に返す予定です。なので、対価の支払いもできません。どう考えても割りに合わないですが、それでもよいのですか?」


「なに、どうせ鬼に殺されるはずの命だったんだ。今回鬼に殺されても、少しでも寿命が延びたんだから儲けもんだ。」


犬吉は答えた。


「そうだな。犬吉の言う通りだ。それにこの生活も飽きてきたところだしな。ここは乗っかってみるか。」


猿彦も答えた。


「対価はいらない。俺たちはお前の志に惹かれたんだ。結果はどうあれ、その志の実現の手助けがしたい。」


最後に雉康が答えた。


桃太郎はそれぞれの言葉に深く感銘を受けたが、少々申し訳なさそうに話し始めた。


「ありがとうございます。私も1人よりあなたたちがいた方がずっと心強い。ですが、何も見返りを渡せないことが引っかかっています。」


すると猿彦が視線を落とし、何かひらめいたように言った。


「そこまで言うなら、その袋に入ったきびだんごをくれよ。俺たち昨日から何も食ってないから、腹減って死にそうなんだ。」


桃太郎はふっと表情を緩めた。


「猿彦さん、ありがとうございます。これは私のおばあさんが丹精込めて作った、特別なきびだんごです。これで良ければ、どうぞ。」


桃太郎は、犬吉、猿彦、雉康にそっと手渡した。

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