第九章 出発
「よう似合っとる。苦しくはないか?」
「ええ、ありがとうございます、おじいさん。これを着ていれば、赤鬼の攻撃にも耐えられそうです。」
桃太郎は朱色の甲冑を着込み、脇に長助の日本刀を挿した。
「では、行ってきます。必ず帰ってきますから。」
「桃太郎!道中長いでしょうから、これを持ってきなさい。」
おばあさんはそういうと、きびだんごの入った小さな麻袋を桃太郎に手渡した。
「ありがとう、おばあさん。では。」
まだ空がまどろんでいる頃、桃太郎は港を目指し、山へ向かってゆっくりと歩き出した。
桃太郎は休みなく歩き続け、夕方には山を登り始めていた。
「痛っ。」
さすがに足も限界だった。
辺りを見渡すと、一軒の小屋を発見した。
「すみません。一晩だけ、寝る場所をお借りできますか?」
桃太郎は扉を叩きながら声を張った。
すると、中から老夫婦が現れ、腰の曲がった老婆が優しそうな口調で尋ねてきた。
「はいはい、いらっしゃい。お疲れでしょう。何名様で?」
「私一人です。ここは、ご自宅ではないんですか?」
「いえいえ、ここは旅小屋ですよ。それにしても立派な甲冑を着ていらっしゃる。旅人さん、役人さんかい?」
「私は桃太郎といいます。役人ではありませんが、隣の村を守るため、旅をしています。」
桃太郎は、自分の名前を伝えた後、悪い噂のせいで泊めてもらえないかもしれないと、名前を名乗ったことを少し後悔したが、老夫婦は特に反応を示さなかった。どうやら、桃太郎の噂は山の中までは届いていないらしい。
「そうかいそうかい。それは立派なことじゃ。仕事は?銭は持っているかい?」
「少し前まで芝刈りの仕事をしていましたが、今はなにも。銭は一銭もありません。」
そういうと、老婆の表情が一気に険しくなった。
「銭がないなら泊められないよ。こっちだってボランティアじゃあないんだ。それに、仕事をせずにどうやって村を守るつもりかないな?」
「私はこれから、鬼ヶ島へ鬼を退治しに行きます。鬼は隣村の住民や食料だけでなく、金銀財宝も奪っていったと聞いています。鬼を倒した暁には、取り返した金銀財宝の一部をお渡ししますから、なんとか今日一日、泊めてはくれませんか。」
「だめだだめだ。そんなの約束できないじゃないか。あたしが信じるのは夢物語じゃなく、目の前の銭だよ。あんた鬼退治って言ったね?そんなことできるわけないじゃないか。あたしは、あんたの言ってる隣村の元住人さ。鬼のことはよーく分かってる。だからこんな山奥に逃げてきたんだ。甲冑は立派だが、こんな若僧に鬼を倒せるわけがない。」
「いえ、必ずや倒してみせます。そのために必死に練習だってして来た。その結果、多くの仲間を失いましたが、鬼を2人撃退しました。次に戦う赤鬼は相当強いと聞きますが、絶対に勝ちます。だから、…」
「もういいもういい。夢じゃ飯は食えねぇ。他を探してくれ。」
老婆は桃太郎の言葉を遮り、冷たく言い放つと扉をピシャリと閉めてしまった。
「仕方ない。ここで怒っても、悲しんでも、時間の無駄だ。もう日が落ち始めている。次の旅小屋を探そう。」
そういうと、桃太郎は草鞋の紐を締め直し、さらに山奥へと進んでいった。
険しい山道を進むにつれ、桃太郎は何者かの気配を感じていた。
桃太郎の数メートル後ろには、怪しい影が3つ、音を忍ばせながら近づいていたのだ。
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