第八章 疫病
権三が死んだ2日後。
村のいたるところには、住民の死体が転がっていた。
みな一様に目を見開き、口を大きく開け、苦しそうな表情で死んでいる。
桃太郎は権三を殺した青鬼の片腕を切り落とし、撃退に成功したのだが、その時、腕の切断面から微かに黒い煙が出ていた。
青鬼は村を走り去る際、無意識にその煙を村中に振り撒いていたのだ。
その煙を吸った村人は、身体中の水分が蒸発し、もがき苦しみながら約1日で全滅した。
しかし、なぜか桃太郎と村に住む動物たちは煙の影響を受けず、特に変わった様子もなかったのだ。
「なぜ私だけが生き残った…。あのとき、私が青鬼の煙に早く気づき、対処していたら、こんなことには…。」
桃太郎はひどく落ち込み、死んだ村人たちを一人ひとり山に埋め、供養した。
「権三、長助、討伐軍のみんな…。やっとできた仲間たちはみんな死んでしまった。私の初めての仲間が…。私は鬼を許さない。次はお前たちが全滅する番だ。」
桃太郎は最後の1人を埋め終えると、手を合わせながら、鬼への復讐を誓った。
それと同時に、自ら鬼ヶ島へ出向く覚悟が決まったのだ。
鬼ヶ島へは海を渡る必要があったが、舟に乗るための港は山を越えた向こう側にある。
夜の山は危険が多いため、一晩越えてから出発することにした。
まだ周囲が薄暗い朝、桃太郎は長助の日本刀を腰に携え、静まり返った村を後しにした。
桃太郎がまず向かったのは港ではなく、おじいさんとおばあさんの家だった。
「おじいさん、おばあさん、戻りました。」
中から小走りな足音が聞こえ、2人揃って勢いよく扉から出てきた。
「桃太郎!無事だったか!いやぁ〜よかった。しばらく帰ってこねぇから、鬼にやられたんじゃないかと心配しとったんじゃ。」
「なに言ってんだい!桃太郎がやられるわけないだろ!それにしても桃太郎、あんたひどい格好だね。それに、やけにやつれてるね。ちゃんと食べてるのかい?」
「思えばここ数日、満足に食べていなかったような気がします。なんせ、討伐会議ですっかり寝食を忘れていましたから。おじいさんの書いた討伐計画書、素晴らしかったです。あの計画に少し手を加え、鬼を1人討伐することができました。餅屋のに土砂を加えて…」
桃太郎は村の仲間のことや緑鬼と戦った時のことを興奮気味に一気に伝えた。
おじいさんは嬉しそうに頷き、話を聞いていた。
「もう1人の鬼も追い払うことができたのですが…その鬼に大切な仲間を殺され、村人全員を失ってしまいました。彼らはなにも悪いことをしていないのに…。次は私が鬼を全滅します。明日の朝、鬼ヶ島へ発ちます。絶対に復讐してみせます。」
それまで頷いていただけのおじいさんが、静かに口を開いた。
「そうかそうか。それは大変じゃったな。村人のことは残念でならねぇ。でもみんな、桃太郎を恨んじゃいないよ。だから、桃太郎。お前も復讐に囚われるでない。正しい志で正しいことをしなさい。分かったか?」
「…はい、そうですね。権三さんや長助さんも、きっと復讐は望んでいませんね。しかし、私一人となってしまった今、果たして鬼たちを倒せるものか…。」
「桃太郎、あんた珍しく弱気になってるね。きっとろくなもん食ってないからだよ。ほら、好きなだけ食べなさい。」
桃太郎の目の前に、籠いっぱいのきびだんごが出てきた。
大きさも形もバラバラの、なんとも美しいきびだんごだった。
おばあさんは桃太郎の帰りを待ちながら、大量のきびだんごを作っていたのだ。
桃太郎は緊張の糸が切れたようにきびだんごを鷲掴みし、そのもま貪るように次から次へと口へ放り込んでいった。
「おばあさん、ありがとう…。死ぬかもしれない私の帰りを信じて、こんなにたくさん…。ありがとう、ありがとう…。」
桃太郎は涙と鼻水でグシャグシャになった顔を上げ、おばあさんに精一杯の感謝を伝えた。
その夜、桃太郎は久しぶりに熟睡した。
「ほらおじいさん、見て。この寝顔、桃から生まれた日となにも変わってないよ。
「あぁ、そうじゃなぁ。」
おじいさんは桃太郎が寝たのを見届けると、納戸を開け、古びた甲冑を持ち出してきた。
「うん、直せば着れそうじゃな。あんなボロ一枚じゃあ、すぐにやられちまうだろう。ちょいと修理は必要じゃが、明日までには間に合うか。さて、一仕事じゃ。」
そう言うと、おじいさんは蝋燭の灯りの下で甲冑の修繕を始めた。
この甲冑は、桃太郎が隣村へ向かった日の夕方に、おじいさんが別の村の骨董屋で全財産の半分を払って買ったものだ。
空が明るくなってきた頃、桃太郎はすっと目を覚ました。
ふと顔を右に向けると、そこにはなんとも立派な甲冑が置かれていた。
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