第七章 青鬼

「なるほど。これは強いわけだ。」


桃太郎は、持ち帰った緑鬼の体を、村の医師とともに解剖していた。


「どこを切っても筋肉しか出てきませんよ、桃太郎さん。脂肪が少しもない。人間ならこんなことあり得ません。さすが異形の者ですね。」


「はい、そのようですね。切っても血が出てきませんし、消化器系の内臓もない。あるのは異様に小さな心臓だけだ。こんな体で良くあれだけ素早く動けたものだ。」


桃太郎は次なる討伐のために解剖をしていたはずが、いつしか戦闘に特化した鬼の体に興味を抱いていた。


「てことはよ、お医者さん。鬼の体をいくら斬ったところで血もでねぇし、ダメージも与えられねぇってことか?なら首を落とすか心臓を貫くしか、倒す方法はねぇってことか。」


「そうなりますね。」


「長助!お前さん、このこと知ってたんか?」


「いやいやいや、オラは知らなかったべ。しかもあん時の緑鬼は、体を餅罠と土砂で固められてて、首から上しか出てなかったでねぇか。」


「それにしても長助さん、見事ですよ。運良く鬼の唯一といってもいい弱点を的確に突いたんだ。素晴らしいです。」


「いんやぁ、桃太郎に褒められると、なんだか強くなった気になるべぇ。あははは。」


緑鬼は村の山の麓に埋め、丁重に供養した。


桃太郎と討伐軍はこの日はいったん解散し、久しぶりに各々自分の家へ帰っていった。


桃太郎だけは権三の家に留まり、久しぶりに布団の上で横になった。


天井を見つめなが、ゆっくりと深呼吸した。ここ数日は討伐会議が続き、体も心もまともに休んでいたなかったため、横になっただけでも英気を養っている感覚が全身を包み込んだ。


隣で寝ている権三のイビキはうるさいが、やっと休める時がきた。


ようやく寝入ろうと目を瞑ったその時、玄関が静かに開いた。


桃太郎は体を翻し、枕元の刀に手を伸ばすとすぐに戦闘態勢に入った。


この村は治安が良くないから用心するように、とおじいさんに言われていたため、いつでも身を守る心構えでいたのだ。


「何者だ!」


桃太郎がそう尋ねると、細長い影がゆっくりと近づいてきた。




でかい。




不気味な影は天井に頭をぶつけないよう前のめりで進んできたが、それでもなお右肩が天井に付いている。


間違いない。青鬼だ。


暗闇でよく見えなかったが、桃太郎は刀を鞘から抜くと、青鬼へ向かって一直線に走った。


ところが次の瞬間、桃太郎は地面に転がり、腹部を押さえて血を吐いていた。


カウンターで腹に蹴りを喰らったのだ。


「がはっ。」


腹部の強烈な激痛と呼吸困難が桃太郎を襲った。


目眩がして、体を伸ばすこともできなかった。


そんな桃太郎には目もくれず、青鬼はなにやら部屋の中を物色しだした。


部屋中の匂いを嗅ぎまわり、その顔はついには寝ている権三の額から数センチの位置まできていた。


桃太郎はまだ動けない。声も十分には出せなかったが、振り絞って叫んだ。


「…んぞう!権三!逃げろ!」


するとその声に反応し、権三はハッと目を開けた。


目の前には暗闇に光る二つの目。


「うわぁあ!なんじゃあ!」


権三は思わず叫び、飛び起きようとした瞬間、青鬼は無言で権三の頭を踏みつぶした。


グシャっ!


鈍い音が部屋中に広がった。


権三の周り一帯は真っ赤に染まり、権三はピクリとも動かなかった。


「……んの野郎!なにしやがる!」


桃太郎はやっとの思いで体を動かし、青鬼に斬りかかった。


青鬼は切っ先を避けようとしたが、天井に体が当たってうまく動けない。


桃太郎は青鬼の顔めがけて刀を振り下ろしたが、間一髪のところで腕でガードされた。


すると、青鬼の左腕がぼとりと床に落ちた。


「しまったっ!首を斬り損ねたか!」


首と心臓以外を斬っても死なないと思っていたため、桃太郎は青鬼の反撃を防ごうと、すぐに体勢を整えた。


しかし、青鬼は反撃どころか、斬られた腕を押さえて泣き出した。


「なんでだよぉー!なんでぇー!無くなっちゃったよぉー!」


青鬼は逃げるように権三の家を走り出て、暗闇の中に消えていった。


異様な声を聞きつけた討伐軍の数人が提灯をぶら下げ、わらわらと家から出てきた。


桃太郎は膝から崩れ落ち、ただただ動かなくなった権三を眺めることしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る