第六章 緑鬼

緑鬼はまだ桃太郎に気付かない。


背丈は10〜12歳の子ども程度だが、身長とはアンバランスに発達した筋肉が緑鬼の強さを物語っていた。


「なるほど。素早いとは聞いていたが、あのふくらはぎなら納得だ。しかし思ったより小さいな。それに腕も短い。金棒を入れても最大リーチは1メートル程度か。」


桃太郎は緑鬼の体から得られる情報を読み取り、何度もイメージトレーニングをこなした。


すると、緑鬼が不意に振り返った。


桃太郎は急いで身をかがめたが、切れ長で不気味に吊り上がった緑鬼の目は桃太郎を捉えていた。


「お前、いま殺気を放ったな!ぶっ殺してやる!」


緑鬼との距離は約10メートル。桃太郎は茶屋の脇から飛び出そうとした瞬間、緑鬼はすでに目の前まで来ていた。


一瞬で距離を詰めてきたのだ。


移動したというより、一度消えて現れたといった表現のほうが適切かもしれない。


「くっ!速いっ!」


緑鬼は桃太郎めがけ金棒を振り上げたが、桃太郎は瞬時に後ろへ飛び退いた。


これまた、小さな体からは想像できないほど素早く金棒を振り下ろし、地面に突き刺さった。


桃太郎がまだ着地しきれていない中、緑鬼は二歩目を繰り出そうと屈んだ。


「8人目ー!」


そう吠えると、緑鬼は金棒を握る手にぐっと力を入れ振りかざそうとした。


しかし、金棒は地面に突き刺さったまま動かない。


微かに浮いた金棒の先には、白くて粘り気のある餅罠が付着していた。


桃太郎が後方へ逃げる際に、餅罠を地面に投げつけていたのだ。


手から金棒がすぽっと抜けた緑鬼は、体勢を崩し顔面から地面に激突した。


次の瞬間、茶屋とその隣の家の屋根から10人の討伐軍が飛び降り、倒れた緑鬼めがけて一斉に餅罠を投げつけた。


「なんだこれ!動けねぇ!人間ごときがこざかしい真似しやがって!うぉおお!」


緑鬼が手足に精一杯の力を入れると、少しずつ動けるようになっていた。


「よしっ、あと少しで抜けられる!こんなんでやられるかよ!舐めやがってぇ!」


緑鬼が渾身の力を振り絞り、桃太郎めがけ立ち上がろうとしたとき、権三の野太い声が響き渡った。


「第二幕!やれ!」


すると、屋根から残りの討伐軍の持つ大量の土砂が降ってきた。


土砂が餅罠に降りかかり、一瞬にして固まった。


緑鬼の動きを完全に封じた。


「なんだよこれ!いきなり動けなくなりやがって!くそっ、どうなってやがる!ぶっ殺すぞ!」


桃太郎と権三は緑鬼の元へゆっくり近づいた。


全ての討伐軍も地上へ降り、各々の武器を構えて緑鬼を囲んだ。


「権三さん、やりましたね。」


「ああ。これでこいつも動けまい。素早い奴は動く前に封じれば怖くない。桃太郎のじいさんもなかなかやるな。」


桃太郎は、地面に這いつくばった体を土砂で固められ身動きの取れなくなった緑鬼の前でしゃがむと、いくつか質問をした。


「お前は緑鬼だな。なぜこの村に来た。」


「お前らをぶっ殺すためだ!」


「なぜ殺す?」


「理由なんてねぇよ!楽しいから殺す。ついでに物を奪ってんだよ。だいたい緑とか勝手に名前つけてんじゃねーぞ人間のくせに!」


緑鬼はなお手足を動かそうとするが、びくともしない。時間と共により強く固まる土砂には敵わなかった。緑鬼も次第に動けないことを悟り、抵抗を諦めた。


「仲間はどこだ?」


「仲間ってなんだよ仲間って。仲良しクラブじゃねーんだよ。」


「なら質問を変える。お前はどこから来た?そこには他の鬼もいるのか?」


「なんで答えなきゃなんねーんだよ、馬鹿野郎。」


そう言い残すと、緑鬼はだんまりを決め込んだ。


「そうか。なら答えるまでこのままだ。討伐軍のみんな、こいつが口を割るまで交代で見張ろう。各自、十分な餅罠と土砂を用意し、朝昼晩と継ぎ足すように。」


「なるほど。時間が経てばたつほど餅罠と土砂が増えて重くなっていくわけだ。桃太郎、あんた鬼だな。」


権三は徹底的に敵を追い詰める桃太郎に軽く恐怖を覚えつつ、討伐軍の若者に指示を出していった。




それから3日後。




「限界だ。もう無理だ。桃太郎を呼んでくれ。全部話す。」


緑鬼は見張っていた5人の討伐軍に蚊の泣くような声で伝えた。


すぐに桃太郎が到着し、尋問を再開した。


「やっと話す気になったか。だが聞き終えるまでこの体勢でいてもらうぞ。どこから来た?」


「島だ。この村の港から舟で20キロほど離れたところにある。他にも鬼は住んでいるが、一緒に暮らしている訳じゃない。俺らは食べる必要がないから、協力するようなことはしねぇ。普段は色んな村から奪った酒を飲むか、人間の女を抱くくらいしかやる事がねぇ。だから飽きたら、暇つぶしで人間を襲ってた。」


「このクソ野郎!ぶっ殺してやる!」


権三が耐えきれず鎌を振りかざしたが、桃太郎が静止した。


「権三さん、今はダメです。情報収集が優先です。それに鬼とはいえ殺しは良くない。」


権三はしぶしぶ鎌を引っ込めた。


「この村には10年前まで、1年ごとに違う色の鬼が来ていた。鬼同士話し合って決めていたんじゃないか?」


「ああ、それはそうだ。島には俺を含め3人の鬼がいる。助け合って暮らすことはないが、暇つぶしとなったら話は別だ。人間を襲う頻度と順番は決まってる。本当は毎日でも襲ってやりてぇが、そうすると人間がいなくなっちまう。それに1人の鬼ばかりが行くと揉めるから順番にしてただけだ。俺たちにとってお前ら人間は、3年に一度の快楽のために生かしてやっ…」


次の瞬間、緑鬼の首が地面に転がっていた。


長助の手には血のついた日本刀が握られていた。


「もう我慢ならねぇ。これ以上こいつの話を聞いていたら、気が狂っちまいそうだ。すまねぇ、桃太郎。けどオラはそこまで人間できちゃいねぇ。オラの嫁と、これまでに殺された友達を思うと体が勝手に…。」


「いいえ、無理もないです。それに、餅罠に土砂を混ぜて固めるという案を出してくれたのは長助さんだ。餅罠だけでは捕らえられなかったかもしれない。ありがとうございました。情報もある程度聞き出すことはできたので、この情報を持ち帰り、すぐに次の計画を立てましょう。緑鬼が帰ってこないことを不思議に思った他の鬼が、早々に来るかもしれません。」


「ちっ。長助に手柄を獲られたわい。これじゃあ若けぇもんに顔が立たねぇだ。まぁいい、次の鬼だ。もう手出すんじゃねぇぞ。」


桃太郎たちは緑鬼の首と体布で包み、権三の家に持ち帰った。


「さぁ、休んでる暇はありません。緑鬼の体を調べ、次なる鬼の討伐に向けて準備を進めましょう。」


その頃、鬼の住む島、通称"鬼ヶ島"では、緑鬼の帰りを気にしてた青鬼が、静かに舟を漕ぎ出した。

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