第五章 作戦

「なんだぁ、あの若いのは。ウチの村では見ねぇ顔だなぁ。」


「そうだねぇ。けどちょっと男前じゃないかい?」


「うんうん、もっとこっち向いてくれねぇかなぁ。」


「馬鹿野郎。お前ぇにはこんなに男前な亭主がいるでねぇか。」


「何言ってんだい。はやく釣りに行っておいで!いいかい、亀がいじめられてても助けるんじゃないよ!絶対ね!」


「ちっ、分かっとるべぇ!」


桃太郎が隣村へ着くと、周囲の村人は見慣れない顔にざわついていた。


桃太郎はその好奇な眼差しを感じつつ、村の中心へ着くとすーっと息を吸い込み、大きな声で、ゆっくりと語り出した。


「私の名前は桃太郎!桃から生まれること2年、この村を鬼から救うためにやってきた!私に協力してくれる者はおらぬか!」


せわしく行き交っている村人たちは、一瞬何のことか分からず静まり返っていた。


しかし、次第にまたざわつきはじめた。


「おいおい、あれが桃太郎か。確か隣の村に住んどんるでなかったでねぇか。」


「そうだなぁ。しかも奴は妖怪だと聞いたことがある。そんな奴がなぜこの村へ。」


「成長が早いとは聞いていたが、いま2歳ってことだろ?信じられねぇ。桃太郎の偽物でねぇか。」


次第に桃太郎への視線が強くなり、あからさまに怪訝な表情で戸惑っていた。


するとそこへ、村一番の暴れ者がやってきた。どうやら酒に酔っているらしい。


「おい!お前さん、誰の許可取ってここで演説してるんだ!協力してくれだ?頼み事するときは、筋ってもんがあるだろ!ほら、金よこせ、金を!」


「許可は得ていません。なんせこの村のルールを知りませんし、どこにも書いていなかったので。しかし、筋を通さなかったことは申し訳ありません。」


「生意気な野郎だ。まぁいい、とりあえず持ち金全部よこしな!」


「金はありません。あっても渡しません。あなたたちの村を救うために来たのに、なぜ私が対価を払わなければならないのでしょう。」


「あぁ!?貴様、この俺様に向かってなんて口の聞き方だ!もう我慢ならねぇ!無礼なよそ者は俺様が成敗してくれる!覚悟ー!」


暴れ者が桃太郎に飛びかかろうとしたそのとき、聞き慣れたしゃがれ声が響き渡った。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれー!」


1年前、鬼から逃げ疲れ切っていたところを助けた、長助だった。


「やっぱり!お前さん、桃太郎じゃねぇか!いやぁ〜久しぶりだ。ばあさんは元気かい?それにしても桃太郎、1年で見違えるほど成長したべな。前会ったときは確か14〜5歳だったのに、もう25歳くらいでねぇか!それになんじゃあその筋肉は!?こんなこと言ったらまたバチが当たるが、ほんとにバケモノじゃあ!」


「長助さん、お久しぶりです。おばあさんは変わらず元気ですよ。そうだ、今度また来てくださいよ。きびだんごをたくさん作ってお待ちしてますから。」


2人は周りの目を気にせず、昔話に花を咲かせ談笑していた。


そこへ、暴れ者が慌てた様子で割り込んできた。


「待て待て待て待て!意味が分からねぇぞ、長助。説明してくれ。桃太郎と知り合いか?」


「知り合いもなにも、命の恩人じゃよ。ほら、1年前鬼に襲われた翌日、村へ帰って桃太郎の話をしたじゃろ?倒れたところを助けられたって。お前さんは全く聞く耳をもたなかったが。」


「確かにそんなこと言ってたな。でも妖怪に助けられて、よく無事だったもんだな、長助は。」


「だから、妖怪じゃないべ!その証拠にこうやって普通に話してるし、立派な足だって生えてるべさ!桃太郎は立派な青年なんじゃと、これで分かったじゃろ!」


他の村人たちも桃太郎と長助、暴れ者のやり取りを見て、だんだんと桃太郎への警戒心は解かれていった。


「そ、そりゃそうじゃな。噂では人を食う妖怪だと聞いていたが、どっからどう見たって普通の人間じゃ。さっき、この村を救うって言ったな?できるのか?そんなことが。」


「できます。しかし、私一人の力ではきっと難しいでしょう。そこで、おじいさんと考えたこの討伐計画書をもとに作戦を実行してくれるメンバーを探していたんです。」


桃太郎は懐の討伐計画書を暴れ者に見せると、その場に座り込み詳細な説明を始めた。


暴れ者はあぐらをかいて腕を組み、しばらく聞き込んでいたが、ふと顔を上げて桃太郎の目をまっすぐに見つめた。


「お前さん、本物だ。俺にはこの討伐計画書がいい加減なものだとは思えねぇし、お前さんを嘘つきや偽者だとも思えねぇ。疑ってすまなかった。俺の名前は権三。こう見えて、この村を治めていた組合の唯一の生き残りじゃ。話しは早いほうがいい。ちょっと俺の家で話さねぇか。酔いもすっかり醒めたわい。」


権三は桃太郎と、呼んでもないのについて来る長助を引き連れ、自宅へと向かった。


桃太郎たちはその日、寝ずに討伐計画について議論した。次の日も、その次の日もほとんど休むことなく、あーでもない、こーでもないと作戦を練った。


連日の異様なまでの熱気を感じたのか、1人、また1人と会議に参加していった。





それから10日後。






「よし、だいぶ作戦も仕上がってきたべ。」


「権三さん、ありがとうございます。おじいさんと私だけでは、ここまで具体的な作戦を考えられませんでした。それに長助さん、あなたの柔軟な発想も素晴らしい。」


「いやぁ、オラは難しい話は分からねぇが、ちょいと考えただけだ。そんなことより桃太郎。周りをよく見てくれ。立派な討伐軍が出来上がってるでねぇか。」


桃太郎があたりをぐるりと見渡すと、そこには20人を超える若者が、目を輝かせ所狭しと集まっていた。


「最近人数が増えてるな、とは思っていましたが、まさかこんなになっているなんて。皆さん、ありがとうございます。こんな狭い家に、こんなにもたくさん集まってくださって。」


「狭い家ってなんだ!こっちは場所を貸してやってんだ。あとで家賃はきっちり請求するべさ、楽しみに待っとけ!ガハハハ!」


桃太郎と権三たちが束の間の休息をとっていると、なにやら外が騒がしくなってきた。


「おい、なんか外がやけに騒がしくねぇか、長助。」


「あぁ、権三。様子が変だべ。ちょいと見てくる。」


長助はそう言って権三の家の扉を開け、足を一歩踏み出した瞬間、恐怖で固まった。



緑鬼だ。



その足元には、村の男が血を流し、何人も重なって倒れていた。


緑鬼はまだ長助に気づいていない様子で、権三の家から3軒先の茶屋にのそのそと入っていった。


扉を数センチ開けたまま動かない長助を不思議に思い、桃太郎が声をかけた。


「長助さん、どうしました?何かあったんですか?」


「…来た。来た、来た!緑鬼だ!」


「なにぃ!?来るならもう少し先のはずだぞぉ!なんでこんな早くに!」


「権三さん、今は疑問を持っている場合ではありません。行きましょう。長助さん、緑鬼はいまどこに?」


「近くの茶屋に入っていった。3軒も離れてるのに、聞きたくねぇ鈍い音と悲鳴が聞こえたよ…。まだ作戦も完成してないのに…。きっとまたやられちまうんだ…。」


「弱気になってる暇はありませんよ。それに、作戦に完成なんてありません。今できるベストを尽くしましょう。みんな、各自持てるだけの餅罠を持って外へ。あとは討伐計画書をもとに、各自の判断で。権三さん、では。」


「おぅ。若ぇもんの指示はまかしとけ。桃太郎、死ぬなよ。」


「その予定はありません。家賃は緑鬼の首で払います。」


桃太郎はじめ討伐軍は、静かに権三の家を後にした。


桃太郎が茶屋の横に身を伏せた直後、茶屋の亭主を引きずりなら緑鬼が出てきた。


「はい、7人目。しっかし今年は若いもんがいなくてつまんねぇな。もう殺し尽くしちまったか?」


桃太郎は息を殺し、まっすぐ緑鬼の背中を見つめていた。

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