第三章 惨事

桃太郎は家に着くと、布団を敷いて村人を横たわらせた。


さっきほどではないが、呼吸は荒く脂汗をかいており、苦しそうだ。


「これほどまで追い詰められて。しかし、特に体に傷はなさそうだし、出血もない。これはきっと、心の病にかかっているんだ。」


桃太郎はしばらく心配そうに村人を眺めていたが、ふと立ち上がり玄関へ向かった。


「すまん、村人さん。ちょっと待っててくれ。」


そう言うと、川へ向かい走り出した。


ちょうどその頃、おばあさんは洗濯を終えるところだった。


最後の仕上げに服を絞り、少しでも水分を抜いて軽くするため、砂利の上に丁寧に並べていた。


「おばあさん、おばあさん!ちょっと力を貸してくれませんか。」


「わっ!びっくりした!なんだ桃太郎かい。もう長くないんだ、こんなところで心臓を止めないでおくれよ。」


「ごめん、おばあさん。おじいさんと山へ芝刈りに向かう途中に具合の悪そうな村人と会って、話してるうちに倒れ込んでしまったから家に連れて帰ったんだ。」


「あら、それは大変。じいさんも家にいるのかい?」


「いいえ、おじいさんは山へ登ったよ。2人して仕事を放り投げる訳にはいかないからね。村人の回復を見届けたら、僕もすぐに山へ向かう予定だよ。」


「村人が困っているときに、じいさんは仕事かいな!そりゃあ仕事も大事だけど、人様の命のほうが遥かに大事じゃないか。桃太郎も、人助けを早く済ませて仕事に行ったって、仕事に集中できないでしょう。お説教はこのくらいにして、早く家に向かいましょう。」


桃太郎は半乾きの服がいっぱいに入った籠を背負い、おばあさんを抱きかかえて家へ走り戻った。


玄関を上がり襖を開けると、村人は宙を見つめ不思議そうに眉間にシワを寄せて、布団の上に座っていた。


どうやら、少しは回復したようだ。


「起きてる!よかったよかった。気分は良くなりましたか?」


そういって桃太郎が村人の元へ駆け寄ると、村人は目を見開き、怯えるように飛び退いた。


「おめぇ、桃太郎じゃねぇか!頼むからオラを食わないでくれ!」


「何言ってんだあんた。桃太郎は人を食べないよ。それに、それが助けてくれた人に言うセリフかい。呆れたこと。」


おばあさんが村人の肩を強く叩くと、村人は落ち着いた様子で話し出した。


「そうだな、すまねぇ。オラは隣町の長助ってもんだが、桃太郎の噂を聞いてな。なんでも生まれてから1ヶ月で青年になったとか。オラの村じゃあ、桃太郎は妖怪か鬼の子どもだってことなってたもんで…。すまねぇ、許してくれぇ。」


「いえいえ、無理もないです。なんせ、桃から生まれましたから。それに、1ヶ月で青年になったのも本当だし、まぁ、みんなとは少し違いますから。」


「はぁ…。でもあんた、オラを助けてくれたんだな。いやぁ、ありがてぇ。ここは桃太郎の家じゃろ?桃太郎はいい青年じゃぁ。」


「それはそうと、なぜあんなにも疲れ切っていたんですか?確か鬼が何とか、って言っていたような。」


「あぁ…。思い出したくもねぇが、話すよ。そう、鬼が来たんだ。鬼が来て、一瞬でオラの村はめちゃくちゃにされた。奴らが最後に村に来たのは10年前で、それまでは毎年来てたもんで、もう来なくなったもんだとつい油断しててなぁ。オラの家族も、友達も、みんな死んじまった…。」


「それは大変でしたね…。鬼は、なぜ村を襲うんですか?」


「そんなの分からねぇよ。というか、考えたこともねぇ。突然来て、荒らすだけ荒らして帰っていくんだ。村の米や金銀も根こそぎ持ってっちまう。」


「襲う理由が分からないとなると、対策もできませんね。10年前まではどうしてたんですか?」


「どうしてたもなにも、来たら村の男総出で戦ったさ。みんな武器になりそうなものを待って、一斉に戦うんだ。ところが、鬼はまったく怯まねぇんだ。でっかい金棒でみんななぎ倒しちまう。」


「なるほど、鬼も武器を持っているんですね。そんな強大な相手に、作戦もなく一斉攻撃していたわけですか。」


「作戦なんて考える暇もねぇべ!奴らが来たら1時間もしないうちに帰っちまう。その間はみんな一心不乱に戦ってんだ。頭で考える余裕なんてねぇべさ。」


「でも、毎年来ていたんですよね?時期は決まっていたんですか?」


「そんなにちゃんと決まってねぇが、ちょうど今くらい、だいたい夏前に来てたっけなぁ。」


「なるほど。武器を持った鬼が、毎年夏に1時間ほどやってきて村を破壊する。なんとなく分かってきました。」


「それだけじゃねぇ。今年は一番強ぇ赤鬼だったんだ。みんな戦う前から震えてたよ。」


「鬼は1人じゃないんですか。それに色がある?」


「あぁ、オラは今までに3色の鬼を見てきた。体は小さいが動きの速い緑。線は細いが背が高い青。そして、身長も筋肉もずば抜けてる赤じゃぁ。」


「少なくとも3人の鬼がいて、色ごとに特性がある。順番は?10年前まで、毎年来る順番は決まってましたか?」


「そうだなぁ。緑、青、赤の順で来てたっけなぁ。10年前に来たのは確か青で今回は赤だったから…うん、この順番で違いねぇ。」


「順番にも規則性があるなら、対策は立てられそうですね。となると、次は素早い緑か。」


桃太郎があぐらをかいて深く考え込んでいると、おばあさんがお盆を桃太郎の頭にちょんと乗せた。


「もう難しい話は終わったかい?長すぎてきびだんごが乾いてきちまったよ。ほら、あんたももう大丈夫なんだろ?とりあえずこれ食べて、力つけときなさい。」


そういうとおばあさんは、桃太郎と村人に大きくて不格好なきびだんごを手渡した。


「はぁ、ありがてぇ。助けてもらって、しまいにはご馳走まで…。オラは桃太郎たちを誤解してた。なんとか、許してはくれねぇか?」


「もういいんですよ。だいたい、桃から生まれた僕が悪いんですから。」


「なんにも悪いことはないさ。この子だって生まれた時は、そりゃあ可愛くてたまらなかったんだ。あっちこっちにおしっこして困ったもんじゃよ。」


「おばあさん、やめてくれよ。1ヶ月も前の話じゃないか。」


「「「ははははは!」」」


3人はすっかり打ち解け、談笑を続けた。


おじいさんだけが1人、黙々と芝を刈っているというのに。

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