第二章 村人

僕は普通の子と比べて、成長が早い。らしい。


正確には他の子の基準がよく分からないが、いわゆる人から生まれた子どもの何倍ものスピードで成長しているとおばあさんから聞いた。


生まれたその日に首が座り、


生後1週間でおじいさんおばあさんと普通の会話ができるようになり、


その翌週には裏庭を走り回っていた。


そんな僕のことを、隣村の住民たちは気味悪がっていたようだ。


そりゃあ、普通の子どもと比べたら成長が早いのかもしれない。いや、とてつもなく早いのだろう。


おばあさんからさんざん聞かされたから、それはなんとなく分かる。


だからといって、気味悪がる必要はないんじゃないか?


赤ちゃんは人から生まれるのが、"常識"


首が座るのは生後3ヶ月頃が、"常識"


話し出すのは2歳頃が、"常識"


自由に走り回れるようになるのは3歳頃が、"常識"


でも、考えてみて欲しい。


スイカから生まれた子だってこの世のどこかにはいるかもしれない。


竹から生まれる子がいたって不思議じゃない。


もしかしたらその子たちは、最初から着物を着て歩ける状態で生まれてくるかも。


そんな子が突然村に現れたら、僕は"常識"側に入るのだろうか?


考えれば考えるほどよく分からないが、みんなが求めている"常識"が全てではないことは分かる。


だって現に僕は、"常識"でなくても存在しているのだから。


「桃太郎、ちょっといいか。」


「なんでしょう、おじいさん。」


2人は古びた縁側に腰掛け、風になびく雑草に目を落としながら話し合うのが日課だ。


「生まれてから1ヶ月経ったが、わしはまだ信じられんよ。ばあさんが持ち帰った桃からお前が生まれて、あっという間に青年になった。でも、よかったよかった。こんなにいい子に育ってくれたのだから。」


「おじいさんとおばあさんのおかげです。もし、あのまま桃の中に入って海まで流れていたら、どうなっていたことやら。」


「そうじゃな。でも、その"もし"をお前は経験したことがあるのか?」


「いえ、ありません。ただ、想像しただけです。」


「そう、それはお前の単なる想像なんじゃよ。つまり、本当のところはどうなるか分からん。もし、桃を拾ったのがばあさんではなく、3つ先の村の大富豪だったら?もし、犬に拾われていたら?こんなこと考えてもどうにもならん。そうじゃろ?」


「確かにそうですね。経験していないことを想像して、あっちがいい、こっちがいいと言うのはおかしなことですね。」


「その通り。ただ、今わしと話している。これがすべてじゃよ。」


「それでも僕は、おじいさんとおばあさんと一緒に暮らせている今が幸せです。


「ありがとう、桃太郎。お前は本当にいい子じゃ。」


「2人とも、朝ごはんですよ〜!」


毎日朝から元気なおばあさんの声が、日課終了の合図だ。


「桃太郎はたくさん食べて、もっと大きくならなきゃね。じいさんもしっかり食べて、まだまだ仕事に精を出してくださいよ。」


「ありがとう、おばあさん。今日も最高の一日になったよ。」


「ところで、桃太郎。仕事にはもう慣れたかい?」


「うん、先生が良いからね。芝刈り中は無心になれて、終わると心がスッとするんだ。」


「ほら、ばあさん、先生が優秀なんじゃと。桃太郎はよく分かっとる。ガハハハ!」


「じいさんじゃなくて桃太郎が優秀なの!そろそろ時間だからいってらっしゃい。」


おじいさんと桃太郎は支度を終え、山へ向かった。その道中、村人がフラフラしながら前から歩いてきた。


「桃太郎、あの人は大丈夫かいな?」


「どうでしょう。足元が定まっていませんし、顔色も悪そうですね。話しかけたほうがいいかもしれません。」


村人に近づくと、顔はやつれ、髪もボサボサ、両腕をだらりとぶら下げていて、生気を失った様子だった。


「お前さん、お前さん!大丈夫かいな。何があった?」


おじいさんが大きな声で話しかけると、村人はゆっくりと顔を上げた。


桃太郎を見ると一瞬目をギョッとさせたが、視線をおじいさんに移すと再び空虚な表情に戻った。


「…にが、…来た……。」


「なんじゃ?何が来たんじゃ?」


「……鬼だよ。鬼が来た。おらの村はめちゃくちゃだ。ここ10年姿を見なかったから、てっきり油断して…。」


そこまで話すと、村人はその場で気を失って倒れ込んでしまった。


「おじいさん、僕がこの人を担いで家に連れて帰るよ。今日は手伝えるか分からないけど、おじいさんは先に山へ行っててくれる?」


「あぁ、分かった。2人とも行かないのはまずいからな。心配だけど、あとは任せたぞ。」


桃太郎は全身の力が抜けて倒れ込んでいる村人をそっと籠に入れ、おじいさんとは反対方向へ早足で駆け出した。

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