その六

 続けて入ってきたのは、あの”ブルース・ブラザース”だった。

 俺たちに捲かれて、あっちこっち探し回ったんだろう。

 二人しかいないところを見ると、残りは外にいるか、車で待機でもしていると見た。

 やっと見つけたという感じで、ほっとしたように隅の席に腰を下ろしたが、彼らは日本語が理解できないらしい。

 すると環嬢が”ちょっと失礼”と断ってそちらに行き、英語と、そしてドイツ語を巧みに操ってオーダーを聞き、同僚に伝えた。



 こういった類の店は、普通だとショーみたいなものがあったり、余分に料金を払うと一緒に写真を撮ってくれるとかいうサービスがあるようだが、ここはそんなものはないらしく、ただお客と女学生がゆっくりと楽しむ、まあそんな感じの雰囲気のようだ。

 俺たちも雰囲気に合わせて、彼女たちと笑ったり、またオーダーを追加したりしていた。

”ダンナって、こういうところ、意外と好きなんじゃねぇの?”ジョージがからかうように言ったが、まあ確かに嫌いじゃない。


 大正時代ってのは、明治ほど堅くもなく、昭和ほど悲劇性もない。何となく緩くて自由な、あの空気は好感が持てるからな。


 そのうち、コスプレをしていたお客はいつの間にか出て行き、俺達とブルース・ブラザース、そして入れ違いに入ってきたのは、やはり外国人だった。


 こっちはも二人、一人は黒の革ジャン。


 もう一人は何だか意味不明の熟語を大書したTシャツを着ている。


 だが、彼らは見かけと違ってフランク。そして日本語も話せるようで、日本人の女学生にメニューを読んでオーダーを伝えていた。


”分かるか?”


 健が低い声で俺に囁く。


”ああ”

 俺は答えた。

 奴らはどうやらマリアを狙っているらしい。


 目的は違っても、どっちも考えていることは同じだ。


 どの途ここには味方などいない。そう思っていた方がいい。


 先に動いたのはブルース・ブラザースの方だった。


(姫様)一人が言う。勿論ドイツ訛りの言葉、つまりはマリアの母国語であろう。

(お迎えに参りました)


『嫌です』

 マリアがはっきり答える。

(ご安心ください。私たちは敵ではございません。大公様のご命令で・・・・)


『おい、いいかげんにしねぇか?』

 啖呵を切ったのは健だった。

『本人が嫌だと言ってるものを、無理に連れ帰ることもねぇだろう。マリアは帰るのが嫌だってんじゃねぇ。あと一日だけ自由にさせてくれ、そういってるんだ!』

 低いが、ドスの効いた声だった。勿論日本語である。

(ひっこんでろ。日本人)

 もう一人がそう言って、懐に手を突っ込む。

 健が立ち上がり、マリアを庇うように前に立ちふさがる。


『テメェらが何者かしらねぇが、ここは日本だ。郷に入りては郷に従えって言葉をしらねぇか?』


 勿論二人には健のセリフが理解できたわけではないだろうが、明らかに自分に逆らおうとしているのは飲み込めたらしい。


 すると、あの革ジャンとTシャツも椅子から立ち上がった。


『おい』

 俺はジョージに声をかける。

『あーあ、まただよ。まあ、しゃあねぇ。割増分は払ってもらうぜ。ダンナ』

『当たり前だ。これは仕事ビジネスなんだからな』


 ブルース・ブラザースの一人が懐から道具を取り出そうとした瞬間、

 俺たちの横の空気を割いて、何かが飛んだ。


 彼の手から、モーゼルHSCが床に落ち、金属的な音を立てる。

『お止めなさい!』


 鋭い声(勿論ドイツ語だ)が飛ぶ。


 巧みな袖さばきでそこに立っていたのは、あの短髪の麗人、

たまきお姉様”だった。






 


 

 

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