昔のシュウシュウ
「ほら、これも美味しいの」
シュウシュウが紫の木の実を食べて目をくるっと回して味わっている。種をふっと手に吐いてから投げ捨てた。
「小さな種があるから出して頂戴ね。飲み込んじゃだめ。食べられる? 食べないと駄目よ…。ねぇ、あなた、名前は? 」
ハクは木の実をシュウシュウの指が自分の口に突っ込まれたことにおどろいて、思わず木の実を噴き出した。
「美味しくないの? 」シュウシュウは目を丸くした。
「いえ、いいえ。むせてしまいました。もう一つ頂けますか? 」
にっこり笑ってシュウシュウはハクの口元にまた同じように木の実を運んだ。ハクはシュウシュウの指先が自分の唇を触れるのを感じた。
シュウシュウはハクが食べる所を見ながら眉間に皺をよせて囁いた。
「あなたは本当に見目がいい男の方ね。こんな人、私、今まで見たことなくてよ」
ハクはまたむせた。
シュウシュウが葉で作った容器に入った残りの水をあわてて差しだした。
「あの、シュウシュウ様…」
「シュウシュウで結構よ。ああ、そうね、ああ、だからかしら」
シュウシュウが嫌そうにつぶやいた。そして手のひらにある木の実をパクパク食べながら言った。
「知ってるのね。あなたも。その恰好だもの。宮中の人でしょう。私がもうじき…。妃になると知ってるのね? 」
シュウシュウがハクを見る。ハクは「はい…」と小さく囁いた。これは、どういうことだ? 慈恵安太婦人は自分をシュウシュウと分かっているのに、これではまるで…。
わかった。
きっと婚姻前のシュウシュウ様なのだ。記憶が混沌としているのだ。つまり、崖から落ちた衝撃で近年のことを忘れているのだ!
ハクは合点がいった。だがそれでも信じられなかった。そして美しい身なりの慈恵安太婦人が、山の娘のように振舞うのに驚いていた。だが、嫌な驚きではないことにハクは気づいた。
女人に心を開く、惹かれるハクではなかった。ハクの周りに女は群がったがハクは選び抜いた。あと腐れのない高貴な女しか選ばなかった。そして婚姻を求めたがる女は避けた。事情があったからだ。
その事情があってもなくても、ハクは心惹かれる相手と出会った事はなかった。
だが、シュウシュウは別だった。いつも気にかけていた。この一年で誰よりもシュウシュウの事を知れたとハクは思っていた。そしてシュウシュウに一番頼られているのは自分だと思っていた。シュウシュウは冷たいハクの良心のようなものだとハクは自分でそう思っていた。
小さなことで傷つき、喜び、他者のために生きる。そんな自分に持たない美しい心根と愛らしい動きにハクはずっと好感を抱いていた。
シュウシュウが怪我の痛みに耐える日々、落ち込む彼女に寄り添ったのは、ハクであり、ハクはシュウシュウの活躍を側で誇らしげに見ていたのだ。ハクはシュウシュウと強い絆が生まれたと思っていた。
そしていまは村の娘のような元気で朗らかなシュウシュウの一挙一動から目が離せなかった。元々はこんなに明るい娘だったに違いない。
思慮深いシュウシュウ様は、こんなに無邪気な娘だったのか。
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