記憶をなくした慈恵安太婦人
「大丈夫ですか!? ああ、まだ、動いてはいけません。どうされたのです。あ、これが必要ですか? 」
シュウシュウはハクの側に膝をついてそしてそのまま彼が手を伸ばしていた方に目を向けて刀を取り、ハクに渡した。
「シュウシュウ様、一体どうやって…」
ハクはせき込んだ。その咳のせいで脇腹がひどく痛み、受け取ろうとした刀が手から落ちた。思わずいつもの呼び方ではなく、シュウシュウ様と呼んでることにもハクは気づいていなかった。
「あなたは私の名をご存じなのね? 」
シュウシュウが驚いたように言うと、ハクの動きが止まった。
「あなたは崖から落ちたようですよ。ひどく怪我をしていて…。私も側にいたのです。なぜかしら。一緒に落ちたのかしら? とにかく夜になりそうだったので、慌ててあなたをここまで運んだんですよ。重かったわ。だから少し、甲冑を外させてもらったわ、ここにまとめてありますよ。脱がせられなかったのはそのままです。刀も後で取りに行きました」
慈恵安太婦人らしくない口調であった。ハクは黙った。
「…脇腹を傷めたようね。でも安心してね。不安になることはないわ。多英がここに気付いてくれるはずよ。ここで待ちましょう。多英というのは、私の乳母なのよ。家族みたいなものです。おばあちゃんなのに、どこにいても私を見つけてくれるの。すごいでしょう? 」
シュウシュウが笑った。彼女の笑顔をハクは初めて見た気がした。ハクは、紫の木の実が大きな葉の上に置いてあることに気が付いた。焚火もシュウシュウが起こしたのだろう。
「食べられる? 少し山の実を摘んでおきました。でもまずはお水ですね」
シュウシュウは葉をくるりとお皿のような形にして湧き水をとり、自分でも飲んでからハクの元へと運んだ。冷たくて美味しいですよ、とにっこりシュウシュウが笑う。
ハクは黙って水を飲んだ。喉はかなり乾いていたようで、喉が潤うとともにぐっと体が楽になるのが分かった。
だが、ハクは頭が混乱したままだった。だがそれを顔には出さずにシュウシュウを観察した。
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