砂瑠璃を想う気持ち

 この数年。宮中からも生まれ育った家からも離れたところで町の者の為に尽くし、慈恵安泰婦人として過ごしてきたシュウシュウであったが、砂瑠璃が生きていたことに死ぬほど驚き、そして、なぜか今になって自分が生きているということを感じていた。


 それまでは「自分」ではなく「慈恵安泰婦人」として過ごしていた。



 だが、今やシュウシュウの心は自分でも驚くほどに勝手に騒いでいる。そして帯留めに胸が高鳴る。



 パナンは王に愛されて幸せそうだ。第一婦人の凛々でさえ、夫や子供がいて幸せそうだ。



 祭りのために、侘しい辺境からまたもこうして艶やかな人々の暮らしを目の当たりにし、その上、亡くなったと思い込んでいた砂瑠璃が生きていた。これら何よりシュウシュウを驚かせ戸惑わせた。失った心臓が戻ってきた。そう思ったほどだった。


 

 あの人はなんと美しいのだろうか。



 シュウシュウは砂瑠璃の姿を思い出していた。どうして誰も彼を見もしないのか。私は、彼を見るのが怖い。私が見れば全ての人に自分の胸のうちが知られる。シュウシュウは思った。



「シュウシュウ様。明日は山の豊穣を祝うので狩りに出る王様や奥方様達と山へと登りますよ。早く休まれるように」


 多英の声にはっとした。いつの間にかシュウシュウの目の前の蝋燭が小さくなっていた。ずっとぼんやりと砂瑠璃のことをシュウシュウは考えていたことに気がついた。



 だがどんなに砂瑠璃のことを考えたとしても、これからまた会うことも話すこともないことはよく分かっていた。だが、何かきっかけさえあれば。いや、何を考えている。私は慈恵安泰婦人だ。



 ポタポタと涙が零れ、シュウシュウはそれを手でぬぐった。そして今さら何を考えてるのかと自分を叱った。


「すぐに休むわ。お休み、多英」


 多英がシュウシュウの寝所まで顔を出さなかったことをシュウシュウは心底ほっとして床に入った。


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