トバリの奥方
トバリの妻はアカツキと砂琉璃に優雅に頭を下げて、気持ちのよい挨拶をしてくれた。
美人といえなくもないが、ふくよかで穏やか。いい育ちだと一目でよくわかる明るい女人であった。
アカツキがほっとしたように子の誕生など祝いの言葉を述べると、トバリの妻は嬉しそうに赤子について語るのだった。トバリはその間はぼうっとしていたが、妻に子供ことを聞かれるとぽつぽつと話し始めたのだった。そして妻がトバリを庇うように話し始めた。
「子が生まれる前は、産む私よりも神経質となって夫は言いましたのよ。子供は男がいい、男がいいと…。それはもう、こちらの気がおかしくなるほど。生まれた子供が男児で本当に良かったですわ。元々、無口な優しい夫に戻ってくれて私達は幸せに暮らしてますの。ねえ、あなた。あなたってば聞いてらっしゃるの? お友達が訪ねてくれたのではないですか。嬉しくないのですか?」
「…久しぶりだったので、何を話していいかわからなかったんだ…」
妻は小さくため息をついた。
「この通り不器用な人ですけど、私や子供にとても優しいのですよ。良ければ中へどうぞ」
トバリの奥方が頭を下げた。砂琉璃とアカツキは驚いた。あんなに明るかったトバリが、話し上手であったトバリ。
二人は戸惑いながらお茶に呼ばれ、これがトバリの昔を知っていなければ楽しい時間ではあっただろうが、人の変わったトバリと落ち着いたこの家庭、屋敷、赤子が何もかもおかしく見えて二人は早々に席を立った。
トバリの妻はトバリを促して二人で門まで送ってくれた。トバリの妻が思い出したように、
「この人の悪い所は、私の好きな花を植えさせてくれないところですわ。牡丹でなくともせめて菊くらい手慰みに育てさせてくれたらいいのに」
「…花は嫌いなんだよ。何度も言わせるな。二人に話があるからお前は戻ってなさい」
トバリが言う。アカツキと砂琉璃は顔を見合わせた。そしてアカツキと砂琉璃にトバリは言った。
「…妻は真面目で人を裏切らない女。俺は全て過去を忘れてやりなおすつもりです。二人にはすまないが…戦に戻れない」
「あやまることなど…」
砂琉璃が言う。するとトバリが砂瑠璃に言った。
「同じ帯留めを買ったのを覚えてますか。私はあれをガビに捨てられた。『花のように美しいガビに』と思ったのに、苦い思い出だ。将軍はあの帯留めはどうされました」
アカツキも砂琉璃も黙った。暫く沈黙した後に、
「母君にあげたんだよ。喜んださ」
砂琉璃が答えるとトバリがほっとしたように、
「親は子のすることに何でも喜ぶからな」
と最後に口角を歪め、笑顔をらしきものを見せたがすぐにまたぼんやりした顔つきになり、挨拶もせずくるりと二人に背を向けて屋敷へと戻っていった。
アカツキは砂琉璃に言った。
「戻りましょうか」
「ああ」
二人は黙って馬に乗った。
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