老将軍 黄連

 もう年を取りすぎた。黄連おうれんは思った。


 戦に出ても負け知らずだった。ガンムにも劣らない。その証拠にそこらの若者よりも上背もあり、肩幅もある。ただもう年を取りすぎていた。


 数十人の部下を連れて慈恵安太じけいあんたい婦人の警護を任命された。つまりシュウシュウの護衛をせよと命が下された時にこれが「引退」ということか、と黄蓮は思った。


 白髪の髪は「戦神」の名にある意味ふさわしく、年の割に豊な髪をまっすぐ垂らしていた。黄連は歳は老いても立派だった。


 そして、慈恵安太婦人と名乗るようになっていたシュウシュウが療養する寺院へと足を運び、シュウシュウの姿を初めて見るなり、黄連は驚いた。



 仙女のように儚げで美しい、少女のような可憐な姿。そのような娘が身を挺して王を庇ったと黄蓮は到底信じられなかった。


 シュウシュウは痛みに悩まされていた。顔色も悪かった。



黄蓮はつい、シュウシュウの賢そうな目と唇を思わずしげしげと見てしまい、多英の咳払いによって慌てて頭を下げた。「しまった、見過ぎてしまった」黄連は己を叱った。


 シュウシュウは寝台の上で、葉月の手を借りながら苦しそうに体を起こした。


「お前が黄連。宜しく頼みます。すべてのことは多英、そこにいる多英に聞きなさい。私はまだ、見ての通り身体が思うように動かないので療養に専念させてもらいます」


 形のいい唇から、訛りのない美しい声が聞こえた。黄連は黙って膝をついたまま、更に頭を下げた。多英の隣に並ぶハクがシュウシュウを見ている。どこかの王子のような容貌でありながらも、冷静沈着なハクを、人情味に欠ける男だと黄連は常々そう思っていたが、今のハクのシュウシュウの眼差し…慈恵安泰婦人への尊敬。そして愛情さえもみてとれる。


 黄連は、ハクは王を命をかけて守る腹心だと思ってはいるが、人情味のない人間であると思っていた。なので出世街道とは関係のない、慈恵安泰夫人の寺院にいる事自体が不思議であった。


 その疑問は顔には出さず、そしてこの見目麗しい二人の姿を見て仲を邪推をした。


 だが黄連もその寺院にて共に生活する内に、すぐにハクにも慈恵安太婦人にも下心がないのが分かった。


 シュウシュウは、身体の痛みに長く悩まされて 他のことは眼に入らないようだった。だが決して弱音を吐かなかった。1度だけ、黄連は静かに泣く慈恵安泰夫人を見たことがあった。まだ、若い女子が体の痛みに静かに涙を流して耐えるその姿は、黄連の心を痛めた。


 そしてシュウシュウの辛さを励ましたのは侍女たちでもあったが、ハクの存在も大きかった。ハクは体の構造に詳しく、苦しむシュウシュウを励まし続け、腕や体を動かすことを勧めたのだった。


 いつしかシュウシュウの背中の痛みが取れ、ハクの厳しい指導の元、体を動かしていった。長く歩けるようにもなった。シュウシュウは顔色が戻るにつれ、周りの付き人や下女、下働きの者にも目をかけた。シュウシュウは寺院の外で困っている者にも気前よく手を貸す命を下した。


 図らずも皇帝を身を挺して庇ったシュウシュウは第一王女の次に偉い立場となった。

 

 そして皇室からは離れた所ではあるが、民を思いやる姿は皇帝の名をあげる手助けにもなっていた。第一婦人も、「傷のある者は王の真の婦人にはなれない」ということで皇帝からシュウシュウを離せて満足していた。皇帝の子供を生めないことに第一夫人の凛々は満足したのだ。


 慈恵安太婦人。外見だけでなく心根の美しさ。一緒に過ごせばその立派な人間性で、黄連の心はますます婦人を尊敬して忠誠を尽くすのだった。


 シュウシュウは葉月や多英をいつも側に置き、そして町の様子を気に掛けるようになり、黄連の護衛で寺院の外へ出た。どんな者に対しても慈愛が満ちていて人々の心もつかんだ。




 黄連は最期まで彼女を守り抜こう、そう考えた。だが、寺院にシュウシュウがきてから2年と経たずに何者かが寺を襲い、シュウシュウに怪我はなかったものの、黄連は大怪我を負ってしまった。


 黄連は体の右半分が動かせなくなり、黄連はそれを恥じて寺を出ることを申し出たが、シュウシュウは黄連の家族までも寺院に呼び、殆んど寝たきりとなった黄連を黄連の家族とともに、自ら手を貸し、最後まで面倒を見たのであった。


 黄連がシュウシュウの計らいで庭が見えるように椅子に腰をかけているとき、右半身が全く動かない王連の為に優しく上掛けをかけてやるシュウシュウを見て、黄連の息子のジーマは、慈恵安太婦人を生涯かけて守ることを誓い、度々様子を見に来ていたハクはそれを受け入れたのだった。


 

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