トバリの初恋

 トバリは息を切らしながら山道を急いでいた。暦の上の春ならば、山はまだまだ寒い。日が暮れる前に帰らなければ。だが一人山道を駆けるのは、体もあたたまる。今のトバリは体も心も軽かった。


 トバリは鍛冶屋の息子であった。砂琉璃さるりのように家柄が良いわけではなく、アカツキのように金のある家ではない、貧しい子だくさんの家で育った六番目。期待されない存在であった。


 親には兄達に比べて弱く、女兄弟とは違い使い物にならないとぞんざいに扱われていた。だがトバリは兄弟の中で誰もよりも性格も頭も良かった。家族が気づかなかっただけだった。


 アカツキや砂琉璃がいいところの人間なのは出会ってすぐに分かった。仲が良くなったのは、彼にとって幸運だった。だが彼の性格からして必然の出来事であった。


 アカツキは母親から反対されつつも武人となった。見た目も良く、王宮の武士となり、女遊びも激しい。命の危険に日々晒されている緊張を女遊びでごまかしているのがトバリにはすぐさま分かった。


 トバリは人懐こく明るく知恵はあり真面目なのだが、貧しい生まれのせいか、無意識に人に媚びる。懐に潜り込むのがうまい。



人を笑わせるのが得意な青年は、アカツキにとってはからかいと同時に癒しの存在となった。トバリは喜んでその役を演じた。


 砂琉璃は軍神と呼ばれるガンムの甥。生まれも良く、当たり前のように将軍への道へと進んでいる。物静かでめったに胸の内をあかさない砂琉璃は、真っ直ぐで自分の気持ちをすぐ口にするトバリを、自分にない物を持つ人として好ましく思い、気を許しているのだった。


 トバリはとてつもなく強く、そして実直。周りの部下を大切にする真面目な砂琉璃の胸の内をすぐに察した。



そして決して押しつけがましくなく砂琉璃の言いたいことを先回りして掴み取る。



砂琉璃の不都合にならぬよう仕事を手助けして動く優しさと知恵があり、砂琉璃はトバリのその頭の良さと人の好い所を好いた。


 眼光もするどくガンムよりも体躯のいい愛想のない砂琉璃。人をよせつけない。トバリやアカツキ以外は知らないが、中身は誰よりも情に厚い。


彼が気を許したのはいっしょに武芸を学んだアカツキと明るいトバリだけである。


 トバリは二人の特徴を最初からよくつかみ、彼らの望む友人となっている。だがそれが今は、少し不都合である。


 アカツキがからかって兎と呼んでいるガビという、匪賊と通じてる村人の大きな屋敷の下働きをしている女中のことだ。ガビに一目で心奪われたトバリにとって、アカツキと砂琉璃は厄介な存在だった。


 それはガビが、金や権力のある男が好きであったからだ。


 しきりに、トバリにトバリ自身のことではなく、砂琉璃やアカツキのことを聞きたがる。特に細目で上背のあり、女にもてるアカツキの事をしつこくトバリに尋ねて、トバリをやきもきさせるのだ。


「あいつは女にだらしがない。ガビ、君を幸せにはできない」


 そうトバリが言っても、


「でも、お家がお金持ちでしょう? あんなに見目が良いなら女がいても仕方ないわ。私もすこし混ぜて欲しいだけ。じゃあ、顔は怖いけど、砂琉璃様は? アカツキ様と同じくらい上背もある立派な方よね。不愛想だけど。でも、将軍になられるお方なら、将来有望よね。顔もよく見ればまぁまぁだし、不愛想でも構わないわ。ねえ、トバリ様。あたしは大勢の兄弟姉妹の長女よ。あの子達や両親の為にこんな山奥の屋敷にきてるけど、本当は親にばれたら怒られるの。あの屋敷は曰く付きだから、恐れられてるのよ。でも町の下働きより楽で褒美だって高いのよ。親はなんにも分かってないのよ。畑の事しか知らないの。あたしは流行りの物だって、知ってるのよ。農民の娘だなんんて、一目ではわからないでしょう? 」


 にこにこと明るく笑いながらそんな風にいってのけ、こわいもの知らずのガビは奔放な発言でトバリを苦しめつつも心奪うのだった。



 彼女のおかげで屋敷に商人のふりをして潜り込むことに成功し、中の様子がよく分かった。



 

 トバリは村人とも匪賊の長とも、ガビのおかげで気安く話せるようになっていた。そして、仲間になってもらうための糸口を探し出せそうなところであった。匪賊は、まさかの東新の者で武官に返り咲きたい者が多かったのだ。この任務が成功したらトバリは大きな功績を残せる、出世も見込める。ガビに喜んでもらえる!


 ガビは愛らしく、金に目がなく純粋で、話せば話すほど、トバリは心を奪われるのだった。トバリはもう彼女しか見えない。


 鈍い砂琉璃でさえ、それはすぐさま分かった。


 そんなガビと少しでも離れるのは心苦しかったが、トバリは砂琉璃達の元へと戻っている最中であった。





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