死にゆく兵士

 シュウシュウの食事の途中、付き人である葉月が、呻き声が聞こえると多英たえいに怯えながら言った。


「兵士の亡霊かしら?気味が悪いわ」


「亡霊? 馬鹿なことを」


と、多英が嫌そうに応えた。シュウシュウは顔を上げた


「亡霊?そんな訳ないわ。でも、もしかして怪我人がいるのなら手当てを…」


 そう言って立ち上がると多英たえいと葉月が顔をあげた。


「シュウシュウ様!」


 多英が鋭く叫ぶ。厳かに「多英たえい」と重ねるようにシュウシュウは言った。驚いた葉月が慌てて頭を下げた。


 多英たえいはシュウシュウがこういうときは言うことを聞かないことが分かっていたが、シュウシュウを宥めるように優しく言った。か弱く優しい祖母のように。


「ここは、どんな状況かもわかりません。ガンム様がいない間、ここを出てはなりません。ここにいることが大事かと…」



シュウシュウは顎に指を当てた。


「そうね。では、葉月。外を見てきて」


「えっ、私がですか?」


 葉月は震えていた。シュウシュウはため息をついた。


「なら、私が見に行くわ」


「だめです」


 多英が早かった。


「呻き声など、葉月の気のせいでしょう。怪我人なんていませんよ。さあ、食事をとり休んでください。シュウシュウ様」


「わかりました」


 シュウシュウは頷いた。多英たえいは目を細めてシュウシュウを見た。


「何? 」


 シュウシュウは眉を吊り上げた。


「いいえ…」


 葉月と多英が食事を見守ろうと下がった瞬間、シュウシュウはさっと走り出して入口から飛び出した。


「シュウシュウ様 」


 多英たえいの声はゲルで遮られている。シュウシュウは兵の半数以上出払った野営地で、うめき声の聞こえるゲルを見つけた。


 シュウシュウはさっと袂から薄い黄緑の布をだし、鼻と口を覆うとシュウシュウはそのゲルへと入った。冬だというのに、中は人いきれでむっとしていた。血の匂いがした。看病していた年配の兵士がシュウシュウを見て驚いた。シュウシュウはその者に言った。


「私はガンム様と遠縁のものです。手伝えることはありますか? 」


 シュウシュウがそういうと、暫く男は驚いていたが首をふった。年よりも老けて見える。深い皺が刻まれていた。疲れている。


「もう、長くないものばかりです。傷の軽いものは、手当てはしてあります。後は辛抱するだけですよ。ここらの賊は質が悪い。矢に細工をしていた。あれで膿まなきゃいいが。体が腐ったら……」


 男は、そばの息絶え絶えの怪我人にも耳があるのを思い出して、口を閉じた。シュウシュウは男の持ってる血に染まった桶に目をやった。そしてゲルの中を悲しそうに見回した。シュウシュウは言った。


「お貸しください。私も、あなたが体が休められるように手伝いましょう」


「ありがたい」


 シュウシュウはすぐに新しい水を探しに行き入れ替えて、傷で熱を持つ兵士の汗をふいてやった。


「水をくれ」


 背中を起こしてる男が誰ともなしに言う。シュウシュウは水瓶の水をすくい、男の元へいく。ひどい匂いがした。男の脇腹が匂うのだ。男は色鮮やかな衣を着た若い女であるシュウシュウを見もしなかった。



馬が運んでも男は分からなかっただろう。目もどこをみてるか分からない。水にかぶりついた。「ああ、うまい」と言った。シュウシュウはこんな場所は初めてで、酷い怪我を負った人間も初めて見たのだった。


 ひどい、こんなにひどいなんて。


「今回は若き参謀のおかげで、これでも死者や怪我人は少ない方ですよ」


 さっきの男が、シュウシュウの側へ来て言った。


「参謀とは? 」


「トバリという若い男ですよ。いろんな戦略を練ってる。あれにはこっちも驚かされた。こんな戦い方あるんだなと…ガンム様も感心しきりだ」


「シュウシュウ様!」


 多英と葉月がゲルに飛び込んできた。


「いやっ、ひどい匂い! 」


 葉月が顔をしかめた。多英はシュウシュウに頭を下げて言った。


「シュウシュウ様、戻りましょう。こんな男だらけのところにいては、シュウシュウ様の名に…」


 シュウシュウの隣にいた男が笑った。


「仮に将軍の縁者でなくとも、ここではだれも手出しする元気はないさ。安心しろ」


 そう言って彼は立ち上がり、足を引きずりながらまた別の兵士の様子を見に行った。






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