野営地の美しい蕾

 野営地には2000人ほど人がいた。


 木で作られた塀や白地に赤い縁取りの東新の旗が見えてくると、砂瑠璃はシュウシュウを自分のマントですっぽりとくるみ、皆にばれないようにした。多英はそれをみてほっとした。


 シュウシュウはその時初めて男の側にいることに気がついた。自分を支えている腕や胸の逞しさに緊張し、そっと顔を仰ぎ見ると砂瑠璃さるりと目が合い、体を固くした。


「大丈夫です、あまり騒ぎ立てたくないだけです。すぐにゲルを用意させます」


 砂瑠璃が耳元で囁いた。低い声だった。逞しい体つき、荒々しい顔立ちだが目が優しいところは少しも変わらない。


シュウシュウは思った。そして幼ない頃に見た砂琉璃を思い出していた。名前を聞いて思い出したのだ。


 穏やかで優しそうな少年。シュウシュウが砂瑠璃に抱いた印象だった。黒髪が風にたなびき、アザクラの空気までが綺麗な山合いで少年は輝いて見えた。


 シュウシュウは一目みて砂琉璃に夢中になった事を、今の砂琉璃をみて思い出していた。だが今は、こんなに逞しい大人。その変わりようにシュウシュウは笑い出したくなったが、大人になった砂琉璃の太くたくましい腕や胸が側にあることを意識してしまい、今更だが身の置き場に戸惑っていた。


 野営地にいた男達が馬について歩く女官の若い女達の姿をみて、「女だ! 」と叫んだ。アカツキとトバリが馬上から説明していた。


「街で買ってきたのではないのですか。なぁんだ、つまらない」


 という声が後方から聞こえて、シュウシュウは思わず砂瑠璃にすり寄ってしまい、馬上の砂瑠璃を緊張させた。そして、砂瑠璃はシュウシュウが怖がらないようにとすぐさま自分達が使っていたゲルにいれた。


 そこへ、アカツキ達と多英と、宮中から遣わされていた女官の葉月はづきも入ってきた。葉月という女はすっかり青ざめていて、それを見たシュウシュウが側に寄って慰めた。


「大丈夫? すぐ王宮へと彼等が連れていってくれますよ」


シュウシュウの優しい言葉に葉月は驚きつつも、泣きそうになりながら思わず胸のうちを晒した。


「ああ、どうしましょう。こんな場所へ来たことが王に知れたら、第一婦人が知ったら、第四夫人となるあなた様が無事ではすまないかもしれません。こんな、男だらけの、それにここは……!


西海の者は野蛮だと聞いてます! 攻撃されませんか? ああ、怖い! こんな所で荒くれもの達の慰めにもなりたくない! 」


「何を言ってるの? 」


 シュウシュウが、狼狽している葉月に眉をひそめると多英たえいが呆れたように答えた。


「この葉月の言うことははちっともおかしくありません。シュウシュウ様。あなたは世間や王宮の暮らしに疎いのです。ですが、多英たえいがシュウシュウ様についています。必ずや王の元へとお連れします。もちろん、誰にも責められることもなくです」


そういって、葉月を睨み付け、葉月は自分の失言に気付き、頭を下げた。


「まずは生きて、そして占いの期日(婚姻の日)に間に合うようにしましょう。ガンム様のお身内、砂瑠璃さるり様は…信用に値する人ですよ」

 

 葉月を安心させるために多英は言ったが、シュウシュウがよく知ってる嘘ぶいた顔だった。多英たえいがガンムの身内を信用していないのはシュウシュウは良く知っている。その嘘にすぐさま呆れた。


 母親殺しのガンムの甥ということが、多英は気に入らないのだ。


 シュウシュウは優しい面持ちで葉月に声をかけた。葉月はシュウシュウの世話係であり、15のシュウシュウより8つほど歳上だというのに、シュウシュウの方が歳上に見えた。


「葉月といったわね。大丈夫ですよ。ほら、あの人数で盗賊をアッという間に退治してくれたのです。無事に戻れるに決まってる。心配しなくてよいのですよ」


 シュウシュウは葉月の体をさすってやり、葉月は妃となる高貴な人に体を触れられびっくりしたが、安心してすがりつくような眼差しでシュウシュウを見た。



「はい…。シュウシュウ様。分かりました。でも、不安で不安で…」


「そうね、でも。大丈夫。大丈夫よね? 砂瑠璃さるり様? 」


 シュウシュウがふいに振り替えって砂瑠璃を見た。砂瑠璃はさっと、目を伏せた。


「勿論です」


 アカツキとトバリの口角が上がった。いつも堂々として、冷静な砂琉璃がシュウシュウの前だと余裕がないのに気がついていたからだ。


 それまでは葉月の「慰み者になりたくない」という言葉にアカツキやトバリは呆れていた。


訓練を受けた兵士達への侮辱ともとらえていたが、侍女も死人を見て戸惑っていたのだろう。


 そして、いまや女に興味のない砂瑠璃さるりの様子がどうもおかしいとトバリ達は思った。だが、花のようなシュウシュウ様の前では当たり前なのかもしれないと二人はこっそり話したが、いつも冷静である砂瑠璃がどこか一つおかしい。それが若者二人の笑いを誘った



「砂瑠璃とお呼びください」


 砂瑠璃が続けて下を向いたまま言う。


「アカツキです」


「トバリです」

 

シュウシュウはにっこり笑った。


「シュウシュウです、砂琉璃様はわたくしの事をおぼえていらっしゃいますか? 」


 砂瑠璃さるりはシュウシュウを見つめた。

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