野営地へ

「どうする? 」


 アカツキが砂瑠璃さるりに聞いた。輿の側で、若い三人の男と老婆の多英たえいは立っていた。



野営地へ連れていこうとアカツキとトバリが砂瑠璃さるりはそう決めた。人数を増やしてから王宮へと向かおうということだった。


 だが、多英たえいというシュウシュウの年老いた侍女は、頑固にそれを許さなかった。



三人の若者の前で小柄な老婆の多英たえいは目を伏せつつも、自分の意見を曲げないので困っていた。


「そんな危険な場所へと、シュウシュウ様を連れては行けません。そんな男ばかりのところに! 汚らわしい」


 若者達は顔を見合わせた。


「だが、安全なのだ。その場所はほとんど西海の人間退治の為の駐屯地ではあるがそこ自体はかなり安全だ。休戦しており、攻められることもない。味方も大勢いるし、こうなっては人手が必要だ」


 アカツキが言う。


「男ばかりの場所へと連れていったとなると、シュウシュウ様の評判に傷がつきます」


「そこは、致し方ない。事情が事情。王もわかってくれるはずだ。お前がずっと一緒にいてやればいい。ゲルを空けておくからそこで過ごして欲しい、輿の持ち手も壊れたぞ、直さなければ」

 

 アカツキがさらに説き伏せた。


「逃げた者も多い。他の生き延びた者も皆、怯えてる。言うことを聞いてくれ」


 トバリが言う。多英たえいは尊大にため息をつき、


「シュウシュウ様に誰一人、指一本ふれてはなりません」

 

 と言った。


 輿の中から可愛らしい声がした。


「私達のために考えてくれてるのよ。多英ったら我が儘だわ。それに私はまだ王様に嫁いでないわ。そんなに難しく考えなくても誰も私に興味なんてないわよ」


「シュウシュウ様! 」


 多英たえいが慌てて輿に向かって怒鳴った。


 アカツキとトバリは輿の中から聞こえる愛らしい女の声に興味津々となった。下働きの逃げ損ねたのと、侍女達の数人がへとへととなり、砂琉璃たちの遠くでそれぞれ塊になり座り込んでいる。


 御簾が上がった。中から若く美しいシュウシュウが出て来て砂瑠璃達はあっと驚いた。


「中に居てください」


 多英たえいが怒るのを制して、シュウシュウは言った。


「輿の担ぎ手もいない。馬も死んでしまった。他の者は逃げてしまったのでしょう。家の者はすこしは残ってる? 」


「それが、死んだ者の殆どが家の者でした。…可哀想に…。逃げたのは今日のために雇った者達でした…恩義がないわ。手間賃はかなり弾んだらというのに! 」


「命より大事なものはないでしょう。多英たえいの言葉よ。


…そう、殺されたの。弔ってやらなければ」


「今は先を急ぎましょう」


 トバリが言った。シュウシュウは悲しそうな顔をしていたが、すぐさま切り替えた。シュウシュウは若者三人に綺麗に頭を下げた。


「お願いです。あなた達の言う通りにします。すぐに向かって下さい。言うとおりにしますから。ですが、そこが遠いのならば、多英たえいを馬に乗せてやってほしいの。もう疲れてるはずなのです」



 アカツキとトバリは驚いた。宮中のお高く止まった女達は知っていた。武人というだけ二枚目のアカツキはもちろん、トバリでさえ女達の熱い視線を浴びることもあるが、蔑すまれていることも知っている。



街中で女達は逞しい体を喜ぶが、王宮にいる身分の高い者が下働きの人間を虫のように扱うのも知っている。位が高くなればなるほど、末端にいる人間に命があるのを忘れてしまうようだった。



アカツキやトバリは蔑まれるのにも蔑むのにも慣れいたのだ。だからこそ驚いた。


 目の前のシュウシュウはしかも、身内でもない、お付きの人間のためにお願いしてきたのだ。


「私は乗りません! 乗れませんよ! シュウシュウ様! 」


 老婆の方は慌てふためいている。アカツキとトバリが笑った。老婆の慌てぶりがおかしかったのだ。



 結局、砂瑠璃さるりの馬にシュウシュウが乗ることになった。多英たえいは高いところがダメだという。乗る乗らないで、多英とシュウシュウのやりとりは三人は楽しそうに眺めていた。


 身分がという話から結局は、


「馬に乗るのが怖い」


 という多英の言葉にシュウシュウがやっと納得た時には、アカツキ達は笑いが堪えきれなかった。



 結局、多英は後ろから生き残った者達ととぼとぼとついてきた。



それが心配なシュウシュウは、上からちらちらと後ろを見てばかりで、側の砂瑠璃さるりの存在を意識せずに済んだが、砂瑠璃さるりの方といえば動く度に花の薫りがする美しいシュウシュウを意識せざるを得なかった。



だが、いつものように顔には出さなかった。アカツキとトバリは羨ましそうに美しいシュウシュウを馬に乗せてる砂瑠璃を眺めるのだった。


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