襲撃

「ガンム将軍から命を受けた護衛が付きました」

 


 輿の向こうで従者の男が叫んだ。輿をひく馬以外の蹄の音もシュウシュウの耳に届いた。

 護衛。シュウシュウは輿に揺られながら考えた。80人以上の移動にまたも人が増えたのか。


 聞きなれない男の声で先を急ぐように指示が出た。シュウシュウは多英が歩いているので輿の中で気を揉んだ。


「ここら辺で賊が出たらまずい。ここは王宮へと続く道で近年、商人を狙う賊が出やすい」

 

アカツキが砂瑠璃さるりに言う。


「分かってる」


 まさか、ここに后となる人がいるとは知られてないとしても、賊に狙われては大変だ。


后の体には傷一つつけてはならない。そう考えている矢先に砂瑠璃さるりの耳に物音が風音に紛れて聞こえてきた。



「誰かいるぞ! 」

 

砂瑠璃がいうと、道に矢がささり、馬が興奮しいなないた。


「アカツキ! トバリ! 」


砂琉璃が叫ぶ。


「ちくしょう! 」



 トバリは悔しそうに言った。頭は良いがアカツキや砂琉璃と違い、想定外の出来事に弱い。トバリは慌てて両側へと目をやって、驚きに目を見開いた。砂瑠璃が言い終わらない内に、矢を放った数人を馬で蹴りあげて、賊達を切り捨ててるのが見えたからだ。



 砂瑠璃さるりがトバリに指示を出しながら次々と賊を切る。


「西は…」

 

と言いかけながらトバリが見るとアカツキが今度は盗賊を切りつけていた。

 

 この二人がいれば千人力だ。だが、矢が輿を運んでいた馬や従者い矢が当たり、馬が興奮した。



トバリは思わず馬を切りつけた。馬が倒れてガクンと輿が止まった。そして襲撃に驚いた召し使い達が散り散りに逃げていった。


「しまった! 砂瑠璃! 」

 

人が散っては守れない。思わずトバリが砂琉璃を呼んだ。


「シュウシュウ様! 出てはいけない! 」


 砂瑠璃さるりが叫びながら引き馬が死んだ輿の側へとかけつけた。トバリはそのまま残りを倒しに西側の草むらへ馬を走らせた。


多英たえい! 」


 馬が切りつけられて止まった一番立派な輿の中から若い女の声がした。御簾の朱色がめくれあがったかと思うと同時に綺麗に結ってある髪と垂れ下がる黒髪がのぞいた。砂瑠璃さるりは女の頭を見た。


「出てはなりません! 」


 砂瑠璃さるりが叫ぶ。その声の主を見上げたシュウシュウの目と、馬上の砂瑠璃さるりの眼差しがぶつかった。



「顔立ちのいい子でしょう」



 ジアはよくそう言っていた。砂瑠璃の前で赤い、身分が高い人間しか使わないような金の刺繍を施した袖無しの羽織を着物に重ねる少女を誉めていた。


 砂瑠璃がたまに屋敷に立ち寄ったときのことだ。ガンムは甥とはいえ、砂瑠璃さるりを特別扱いせずに砂瑠璃を自警団の宿舎に入れていた。たまに用事で砂琉璃がジアの元へと顔を出した時に、小さな、十にも届かない赤い服を着た女の子がいた。砂瑠璃は十五だった。その子供の顔をなぜか、あまり見ないようにしていた。小さいながらに女の顔をしていたのを覚えている。砂瑠璃さるりには、そう見えたのだった。


「シュウシュウ様……」


 砂瑠璃さるりは思わず呟いた。


 シュウシュウは砂琉璃から視線を外し、多英たえいの名前を叫んでいた。そこで砂瑠璃さるりは輿にすがり付いていた年老いた女に気がついた。その女が老いた手を震えながら伸ばす。シュウシュウはさっと輿から飛び出してくると多英たえいをささえ、多英を守るようにして庇いながら輿に引き連れて入っていった。


「何てことだ! 従者を守って体に傷でもついたらどうするのですか! 」


 砂瑠璃さるりは我知らず怒鳴った。さっと敵を見渡すとあらかた倒れていた。


 だが、最後の一人を見つけた。その男は離れたところにいてこちらに向かって矢を放った。輿に飛んできた矢を砂瑠璃さるりは剣で叩き落とした。アカツキが矢を放った賊に駆けつけ、馬上から剣でその男の首元を切った。振り向き様叫ぶ。


「全員殺った! シュウシュウ様は無事か!」


「ああ、無事だ! 」


 砂瑠璃は叫びながら馬をおり、御簾の外から声をかける。


「シュウシュウ様、無事ですか? シュウシュウ様」


 御簾の向こうで声がした。


「大丈夫です。あなたは? 怪我はありませんか? 」


 砂瑠璃は少し驚いた。こちらの無事を確認されることに慣れてなかったのだ。そして、落ち着いた、愛らしい声も予想外であった。


「大丈夫です。護衛達は勿論全員。ただ、運び手や従者が数人、殺られてしまいました」


 御簾の向こうで息を飲む音が聞こえた。

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